大型放射光施設 SPring-8

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遺伝子翻訳システムの重要なタンパク質の分子構造を解明- タンパク質がRNAの分子擬態をしていることが明らかに -(プレスリリース)

公開日
2004年06月22日
  • BL45XU(理研 構造生物学I)
理化学研究所は、大型放射光施設(SPring-8)の理研構造生物学ビームラインBL45XUを用いて、遺伝子の翻訳過程に重要な役割を果たすタンパク質(翻訳伸長因子P (EF-P))の立体構造を決定することに世界で初めて成功した。

平成16年6月22日
独立行政法人理化学研究所

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、遺伝子の翻訳過程に重要な役割を果たすタンパク質(翻訳伸長因子P (EF-P))の立体構造を世界で初めて決定しました。理研ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)、タンパク質構造・機能研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター、白水美香子チームリーダー、塙(末次)京子リサーチアソシエイト、播磨研究所・横山構造分子生物学研究室の関根俊一研究員らの研究グループによる成果です。
 遺伝情報は、DNAに遺伝暗号という形で蓄積されています。遺伝暗号通りの決められたアミノ酸が決められた順序で結合し、決まった構造を持つことにより、生命の体を作り生命活動を行うタンパク質が生まれます。この過程は“翻訳”と呼ばれています。翻訳は、リボソームと呼ばれる巨大な分子装置上で行われますが、リボソームの働きを助けたり、タンパク質合成に必要な材料やエネルギー源を供給するために、数多くの翻訳因子と呼ばれるタンパク質やRNAが関与しています。
 研究グループでは、生命の生存に必須であり、遺伝暗号の翻訳過程において重要な因子であるとされながらも、機能や構造の多くの点で謎につつまれたタンパク質である「翻訳伸長因子P(EF-P: Elongation Factor P)」の立体構造を、大型放射光施設(SPring-8)理研構造生物学ビームラインBL45XUを用いて決定することに世界で初めて成功しました。1.65Å(オングストローム)※1という高分解能で解析された結晶構造から、EF-Pはそのかたちや大きさの点で、トランスファーRNA(tRNA)※2と呼ばれる核酸(RNA)分子に酷似していることが明らかになりました。
 本研究は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたもので、翻訳に関わるタンパク質の解明は非常に重要であると考えられています。これまでに多くの抗生物質が翻訳機構をターゲットに作られているなど、翻訳機構の分子メカニズムの解明は、学術的な貢献の他、今後の新たな創薬開発にも寄与すると考えられます。
 本研究成果の詳細は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』(6月29日発行)に掲載されます。それに先立ち、6月22日、オンライン版に掲載されます。

(論文)
"Crystal structure of elongation factor P from Thermus thermophilus HB8"
Kyoko Hanawa-Suetsugu, Shun-ichi Sekine, Hiroaki Sakai, Chie Hori-Takemoto, Takaho Terada, Satoru Unzai, Jeremy R. H. Tame, Seiki Kuramitsu, Mikako Shirouzu, and Shigeyuki Yokoyama

1.背 景
 遺伝情報は、DNAに遺伝暗号という形で蓄積されています。DNAを構成する4種類の塩基の並び(=配列)はタンパク質を構成する20種類のアミノ酸の配列を指定しています。このDNAという設計図に従って、アミノ酸が決められた順序で次々と結びつけられ、タンパク質が合成されます。このプロセスを遺伝暗号の翻訳といい、すべての生物にとって最も本質的な生命活動です。翻訳は、リボソームと呼ばれる巨大な分子装置上で行われますが、リボソームの働きを助けたり、タンパク質合成に必要な材料やエネルギー源を供給するために、数多くの翻訳因子と呼ばれるタンパク質やRNAが活躍しています。このように多くの分子が関与するため、翻訳のメカニズムは非常に複雑で、いまだにその機能や構造が明らかになっていない翻訳関連因子もたくさんあります。これらの翻訳因子の立体構造を解明し、また翻訳における役割を詳しく調べていくことは、翻訳の分子機構の全貌を明らかにするために不可欠です。また、これまでに多くの抗生物質が翻訳機構をターゲットに作られていることからも明らかなように、翻訳の分子メカニズムの解明は、学術的な観点からだけでなく、新薬の開発という点においても、非常に重要なテーマのひとつとなっています。

2.研究成果
 研究グループでは、生命の生存に必須であり、遺伝暗号の翻訳に重要な因子であるとされながらも、機能や構造の多くの点で謎につつまれたタンパク質である「翻訳伸長因子P (EF-P)」(高度好熱菌由来)の立体構造を、大型放射光施設(SPring-8)の理研構造生物学ビームラインを用いて決定することに世界で初めて成功しました(図1)。1.65Åという高分解能で解析し、EF-Pは3つのドメイン(ドメイン1、2、3と命名)からできており、全体の構造はL字型であることがわかりました。EF-Pは3つあるドメインのうち2つのドメインの構造(ドメイン1、2)が、きれいに重なり合うほど真核生物※3古細菌※4ホモログ※5であるeIF-5A(eukaryotic Initiation Factor 5A)と似ていることがわかりました(図2)。さらにEF-Pのドメイン2と3の折りたたみ構造は同じであることがわかりました。従って、進化の過程で遺伝子の一部が重複し、EF-Pが生まれたことがわかりました。
 最も興味深いのは、EF-Pの全体構造が、トランスファーRNA(tRNA)と呼ばれる翻訳において中心的な働きを担う核酸(RNA)分子に酷似していたことです(図3)。EF-Pはタンパク質から、tRNAはRNAと呼ばれる核酸からできており、各々を構成する物質は全く異なります。にも関わらず、どちらもその全体構造はL字構造をとっており、その大きさ、折れ曲がりの角度など、非常によく似ていました。つまり、EF-Pはタンパク質でありながら、tRNA分子を擬態しているということができます。このことから、EF-PはtRNAの様にリボソームの中のtRNAの指定席となっている場所で働くのではないかという、機能解明における大きなヒントを得ることが出来ました。

3.今後の展開
 これまでも翻訳機構を司る様々な因子が、tRNAに似た全体構造を持つことが示唆されていました。EF-Pは、それらの翻訳因子と比較しても、最もtRNAに類似した構造を持っています。今回明らかになったEF-Pの立体構造は、翻訳因子はその分子構造をtRNAに擬態させている、という“tRNA 擬態”と名付けられた概念を強く支持しています。
 蛋白質であるEF-Pが拡散であるtRNA様の立体構造を模倣することにより、共通の分子基盤をもち、tRNAによって司られている役割(例:遺伝暗号の翻訳など)を果たすのではないかと考えられます。
 本研究は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたもので、翻訳に関わるタンパク質の解明は非常に重要であると考えられています。これまでに多くの抗生物質が翻訳過程をターゲットにして作られています。従って、遺伝暗号の翻訳の詳細な分子機構の解明は、創薬にとっても非常に重要であり、本研究の成果が、今後の新たな創薬開発に寄与することが期待されます。


<参考資料>

図1 EF-P の立体構造
図1 EF-P の立体構造

EF-P の3つのドメイン:リボン図による表示(左)とサーフェスモデルによる表示(右)。

 


 

図2 EF-P とeIF-5A の構造比較
図2 EF-P とeIF-5A の構造比較置

EF-P(青)とeIF-5A(黄)の立体構造リボン図を比較のため重複させた図。ふたつのドメインの構造がきれいに重なり合っている。

 


 

図3 EF-P とtRNA の構造比較: “tRNA 擬態”
図3 EF-P とtRNA の構造比較: “tRNA 擬態”

タンパク質であるEF-P ( 左) と核酸からできているtRNA( 右) の立体構造比較。
構成される物質は違うのに、L 字構造をとる全体構造、大きさ, 折れ曲がりの角度など非常によく似ていることがわかる。翻訳因子はその分子構造をtRNA に擬態させている、という“tRNA 擬態”と名付けられた概念を強く支持。

 


<補足説明>

    ※1 Å(オングストローム)
     長さの単位で、1オングストロームは1x10−10メートル(=0.1ナノメートル)。 タンパク質の立体構造解析においては、解析した構造の分解能を表す単位として用いられ、数字が小さいほどより精度の高い高解像度の立体構造であることを示す。
    ※2 tRNA
     翻訳の過程で、伝令RNA上の塩基配列は三つが組みとなってひとつのアミノ 酸を規定し、タンパク質を合成するが、その対応関係を与えるアダプターが転移RNA(tRNA)である。細胞の中では、リボソームと呼ばれる大きな高分子複合体の上で伝令RNAとtRNAが結びついてたんぱく質が合成されるが、それによって塩基配列からアミノ酸配列への情報の変換が厳密に行われる。
    ※3 真核生物
     生物の分類のひとつであり、真核細胞からなる生物を指す。真核細胞の最も際立った特徴は、細胞内に細胞核を持ち、細胞のそれ以外の部分からは膜で区切られていることである。核の中には遺伝情報を保持しているDNAが収められている。
    ※4 古細菌
     古細菌は、メタン菌・好熱菌・超好熱菌・好塩菌などを含む特異な原核微生物の一グループとされる。生物は「真核生物」と「原核生物」とに分けられ、原核生物=細菌であるというのが従来の考え方だったが、1977年に米国のC. Woeseらによって、メタン生成細菌がこれまでの原核生物とも真核生物とも系統的に異なることを発見、第3の生物群として「古細菌」を提唱したことが始まりとされる。
    ※5 ホモログ
     2つのタンパク質を比較すると、立体構造(フォールド)は似ているにも関わらず、アミノ酸の一致度は低い場合が多く存在する。これらのタンパク質ペアは遠縁のホモログと呼ばれ、弱い進化的類縁関係を有する。

 

<本研究に関する問い合わせ先>
独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
ゲノム科学総合研究センター
タンパク質構造・機能研究グループ
プロジェクトディレクター  横山 茂之
TEL:045-503-9196  FAX:045-503-9195

  研究推進部  星野 美和子
TEL:045-503-9117  FAX:045-503-9113

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所
  広報室  駒井 秀宏
TEL:048-467-9272   FAX:048-462-4715

<SPring-8についての問い合わせ先>
財団法人高輝度光科学研究センター
   広報室長  原 雅弘
e-mail: hara@spring8.or.jp
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786

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