プラズマ誕生の瞬間を観測 -国際チームがX線自由電子レーザー照射によるプラズマ生成機構を解明-(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年08月03日
- SACLA BL3
2018年8月3日
東北大学多元物質科学研究所
京都大学大学院理学研究科
広島大学大学院理学研究科
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
【研究のポイント】
•高強度X線自由電子レーザー照射によるプラズマ誕生の瞬間を観測。
•実験と理論計算により高強度X線照射プラズマ生成機構を解明。
東北大学多元物質科学研究所上田潔教授・福澤宏宣助教のグループ、京都大学大学院理学研究科永谷清信助教のグループ、ドイツのハイデルべルグ大学のローレンツ・セダーバウム教授のグループ、広島大学大学院理学研究科和田真一助教のグループ、理化学研究所放射光科学研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクター及び高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室先端光源利用研究グループ実験技術開発チーム登野健介チームリーダー等による合同研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)*1施設SACLA*2から供給される非常に強力なX線の照射によって、物質からプラズマ*3が誕生する瞬間を捉えることに成功しました。 論文情報 |
背景
XFELは、わずか10フェムト秒の照射時間という極短パルスの高強度X線です。XFELの誕生により、これまでは見ることが出来なかった超高速・超微細な現象を見ることができるようになりました。そのため、ライフサイエンスやナノテクノロジー・材料開発をはじめとする幅広い分野で、XFELを利用した新たな科学技術の創出を目指し、世界中の研究者がXFELを利用して活発に研究を進めています。しかし、このようなXFEL利用研究を推進するためには、高強度X線を物質に照射した際に起こる反応過程を理解しなければなりません。
XFELの照射が物質に引き起こす代表的な現象の一つとして、プラズマ生成が挙げられます。数千個の原子の集合体であるクラスター*5にXFELを照射するとナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)サイズの微小空間内に正の電荷と負の電荷が混在する(ナノプラズマ)が生成します。X線照射により、初めに原子から内殻軌道*6の電子が剥ぎ取られます。内殻電子を失った原子は高いエネルギーを保有し、不安定であるため、さらに複数個の電子を段階的に放出し、エネルギー的に安定した多価の原子イオンになります。SACLAから供給される高強度X線をクラスターに照射すると、クラスター内の多数の原子から大量の電子が放出され、ナノプラズマが生成します。このXFELの照射によるプラズマ化現象は、あらゆる物質で起こる過程ですが、あまりにも早く起こる過程であるため、その詳細は明らかにされていませんでした。本研究では、XFEL照射によってクラスターからナノプラズマが生成するまでの超高速過程を捉え、その詳細な生成機構(図1)を解明しました。
(A)高強度X線が原子クラスターへ照射され、(B)半数以上の原子が複数個の電子を放出し、多価原子イオンになる。(C)イオン化されていない原子が、電子との衝突によりエネルギーを受け取り、励起状態になる。(D)励起原子対の間でエネルギーが移行し、電子がさらに放出される。(E)微小空間内に多数の原子イオンと電子が混在したナノプラズマが生まれる。
研究の手法と成果
キセノン原子で構成された原子クラスターにSACLAから供給されたXFELを照射して、ナノプラズマを生成しました。このナノプラズマは、ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)程度の時間をかけて徐々に膨張し、最終的には多数の原子イオンを放出して消失します。XFEL照射により生成したナノプラズマに、近赤外レーザーを照射し、放出される多数の原子イオンの収量を計測することで、ナノプラズマの近赤外レーザーに対する応答を調べました。
誕生した瞬間のナノプラズマは高い電子密度を持ち、近赤外レーザー光を吸収することは出来ません。しかし、ナノプラズマが徐々に膨張し、その電子密度が低くなると、近赤外レーザーによるプラズマ加熱がおこり、原子イオン収量が増加していきます。二価の原子イオンの収量は、プラズマ膨張、つまりプラズマが消えていく時間スケールで比較的ゆっくりと増加していきました。それに対し一価の原子イオンは、XFEL照射後わずか10フェムト秒程度の時定数で突発的に増加しました。この突発的な増加は、XFELパルスを照射している間に生成した電子がまだ中性である原子と衝突し、励起原子を生成していることを示しています(図1(C))。さらに、この二次的に生成した励起原子は、原子間クーロン緩和*7によって、別の励起原子からエネルギーを奪い取り、自身はイオン化します(図1(D))。本研究では、理論計算で実験結果を再現し、励起原子の生成とそれらの原子間クーロン緩和が、プラズマ誕生に密接に関わっていることを明らかにしました。
今後の展望
これまでの研究では、ナノプラズマ生成過程におけるエネルギー移動・電荷移動を司る過程として、電子とイオンが再結合する過程、電子衝突により原子がイオン化する過程など、電荷を持つ粒子が関与する過程が主に考えられていました。本研究により、電荷を持たない中性の励起原子もナノプラズマ生成におけるエネルギー移動・電荷移動の重要な役割を担っていることが明らかになりました。高強度X線の照射によるプラズマ誕生のメカニズムが明らかにされ、SACLAのXFELを利用した科学技術開発に繋がると期待されます。
本研究の手法により、10フェムト秒の時間スケールで起こる超高速過程を捉えることに成功しました。この高時間分解測定法は、XFEL照射によるナノプラズマの誕生だけでなく、これまで捉えることが困難だった他の超高速現象の観測にも応用できると期待されます。
本研究は、東北大学の上田潔を代表とする文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題、5附置研究所間アライアンス、多元研プロジェクトの支援を受け、遂行されました。
補足説明
*1 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
X線領域で発振する自由電子レーザー(Free-Electron Laser)であり、可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。
*2 SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。諸外国で稼働中あるいは建設中のXFEL施設と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
*3 プラズマ
空間内に正の電荷をもつイオンと負の電荷をもつ電子が混在している状態。気体、液体、固体に次ぐ第4の状態とも呼ばれる。
*4 励起原子
原子に光や電子などの粒子を衝突させると,原子はエネルギーを受け取り励起状態に移る。このようにしてできたエネルギーを持った原子を励起原子と呼ぶ。
*5 クラスター
原子・分子が複数個集まって生成した集合体のことをクラスターと呼ぶ。不活性な原子でも弱い分子間力(ファンデルワールス力)により数個から数万個を超えるサイズのクラスターを生成することができ、気体でも個体でもないその中間にある状態
*6 内殻軌道
原子や分子中の電子は電子軌道に収容されている。原子核に近い電子軌道を内殻軌道と呼び、内殻軌道に収容されている電子を内殻電子と呼ぶ。
*7 原子間クーロン緩和
励起された原子・イオンの近くに他の原子集団が存在すると励起原子・イオンの脱励起に伴って他の原子集団の電子緩和がおきることが多々ある。この緩和過程は原子間クーロン過程と呼ばれ、原子間のエネルギー移動・電子移動を司る重要な機構の一つである。
【問い合わせ先】 京都大学大学院理学研究科 広島大学大学院理学研究科 (報道に関すること) 国立研究開発法人理化学研究所 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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