大型放射光施設 SPring-8

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旧版 ひかりの丘からSPring-8 News 4号(2000.3月号)

世界初の長尺1,000mビームラインでアインシュタインの相対性理論を検証!?

「光子に質量はあるのか?」

SPring-8
イラスト1

 光は、“波としての性質”と“粒子としての性質”を併せ持っています。“波としての性質”は、光の干渉現象からホイヘンスなどにより19世紀に確立され、“粒子としての性質”は、20世紀になってプランクやアインシュタインにより確立されました。
 光を構成する“光子と呼ばれる小さな粒子”は、波としての「振動エネルギーの塊」で、質量がないと考えられていて、普通に考えれば、重力の影響は受けないのです。でも、宇宙では非常に大きい重力中心の近くを通過するとき、曲がって進むことが知られています。
 アインシュタインの一般相対性理論では、この現象を「天体の強い重力場により光が伝わる空間そのものが歪むために、光の質量のあるなしに関わらず光の進路が曲がる。さらに、光がそのエネルギーに“等価な”質量を持っているので、“その質量”と重力の作用も加わって、光の進路が曲がる1)」つまり、質量があると考えるしかないと説明しています。
 SPring-8の1,000mビームラインは、この理論をいかに検証するのでしょうか ──。

 1) 遠方にある同じ天体からの光が、手前にある重力中心により複数に分かれて観測される重力レンズ現象や、水星の光が太陽表面最近傍で曲げられて、直線ではまだ太陽に隠されているときにも光が届くことが観測されたことなどです。その他にも、重い星から出てくる光の波長が、その重力により赤方偏移していることの多くの観測例があります。また、地上でγ線の地球重力による赤方偏移がメスバウアー法により観測されています。これらは、一般相対性理論の正しさの実証となっていることがらです。

放射光X線で重力が光子に与える作用を直接見る ~研究者の夢をのせて!~

 SPring-8では今、“世界初の長尺1,000mビームライン”の建設が、2000年3月完成を目指して進められています。本号では、この1,000mビームラインで期待される研究の一端を覗いてみましょう。

 重力が光子に与える作用は、重力レンズ現象など宇宙観測でよく知られており、一般相対性理論の証明となった現象です。しかし、重力が光子に与える作用の大きさの測定値には、まだ大きな幅があります。この“測定値の幅”をもっと絞ることができれば、それは現在の宇宙像にも変更を迫るような重要な寄与となるでしょう。SPring-8の高輝度で干渉性の高いX線を用いて、この“重力が光子に与える作用の大きさ”を精度高く観測しようというのです。

「1,000mビームラインとは?」

 この世界初の1,000mビームライン(BL29XU)は、SPring-8標準型真空封止アンジュレーターを光源にしています。アンジュレーターは、波長領域5~40keVのいずれの波長ででも、40m先で2㎟程度にしか広がらないという非常に指向性の高い、波長幅が絞られた準単色X線を発します。その光の中心部をスリットにより切り出し、それを2枚のシリコン単結晶のブラッグ反射を組み合わせて単色化し、さらに単色性の良いX線とし、蓄積リング棟実験ホールに導きます2)。X線は、蓄積リング棟を出てほぼ1,000m先の長尺ビームライン実験棟まで、上下1mを隔てて設置された直径10cmのステンレス導管の中を一直線に進みます3)。この導管の中は真空に保たれます。
 そして、1,000m先の実験棟に、面積(約20mm角)の平行波面を持つエネルギー分散度の小さい(ΔE/E~1×10-4)X線として到達します4)
 光の導管が上下2本あることが、動力が光子に与える作用を検出するのに必要なのです。下を走る導管は、アンジュレーターから発したX線ビームが直接進むための導管です。1m高い上の導管は、後で述べる分離型X線干渉計によりビームの一部が分けられ、1m高いところに上げられてその高さを保ったまま1,000m並進するためのものです。

1,000m長尺ビームライン1,000m長尺ビームライン(建設中)

「1,000m分離型X線干渉計による観測実験」

 すでにお話してきた通り、このビームラインではX線を基準高より1m上に上げ水平に1,000m先に送り出す必要が干渉計の素子に要求されます。X線の分波に用いるブラッグ角は約23度ですから、そのためには1.5mもの長さを持つ完全単結晶シリコンロッド(円柱状)が必要になります5)。現在では直径10cm・長さ1.5mのものが2本入手できています。それぞれに3枚の薄い板を平行に切り出したものが分離型干渉計の心臓部をなします。(下図参照)。1,000m離れてこの2つの結晶があたかも1つの結晶のように、ひとつながりの状態を再現するよう調整が行わなければ干渉は起きず、目的とする1オングストロームの1/1,000オーダーでの干渉強度の時間差の上下比較は実現できません。このような精度が要求される実験には、これらの分離型干渉計や検出器など光学的機能部は高度に均一な環境におかれていることも必要条件です。そのためこのビームラインでは、振動や電圧変動、温度変化を極度に排除する設計になってます。
 また、実験ハッチ内を1/10℃以内までの温度変化に抑え、機器の周囲をさらに断熱シールドで囲んで、その内部は測定実験中は1/100℃以内の温度変化に保たれます。温度の安定までにほぼ3日かかりますが、これも機器の非常に均一な作動のために必要な条件の一つなのです。

図:わずかな位相の違いを測定するしくみ図:わずかな位相の違いを測定するしくみ
イラスト2

 この1,000mの長尺ビームライン干渉計では、上下1mの高さの違う導管があり、上の導管は1m上げられX線((1))が走ります。下の導管中は、実は数mm離れた2本のX線ビーム((2)(3))が進みます。アンジュレーターからの光の水準のまま走る一番下の光((3))は回転する位相子によりその位相にほんの少し周期的変化を受けて併走し、数cm上を行く高さによる重力影響差をほとんど受けないで進んだX線ビーム((2))との間、および1m上に上がって重力により少しエネルギーを減じて、そのまま1,000m進んできた光との間で、それぞれ1,000m先で同時に合わされ、両方の光とそれぞれ干渉縞を作ります。この2つの干渉縞の強度の時間変化を同時に表示することで、重力・光子相互作用の大きさが直ちに観測されます。

「重力は光にどう作用するの?」

イラスト3

 光のエネルギーEと振動数νの間にはE=hνという関係があります。(プランクの式、hはプランクの定数)。一方アインシュタインのエネルギー保存の法則はエネルギーと物質の質量mの間にE=mc2(cは真空中の光の速度)の関係があることを示します。したがって、mc2=hνと書けますが、表紙で見たように、光子にとても小さいながら質量がありそうです。光子の仮想的質量をmphotonと表すと、mphoton=hν/c2となります。

 今、同じ光が二つに分けられ、一方が地球の重力に逆らって1m上に上げられると、その光はmphoton gH(H=1m)の位置エネルギー6)を得たことになり、とても少ないながら光の運動エネルギーはその分小さくなります。その結果、波長はわずかに長くなり(波動数はわずかに低くなり)ます。下を進むもう一方の光の方はそのままのエネルギー(波長、振動数)で進みます。
 下方の光に比べて上方の光で“わずかに変化する量”は、波長1オングストロームのX線では、その波長の1/1016位のとても小さい変化と見込まれます。これはとても小さすぎて観測できる大きさではありませんが、この微小なエネルギー差を保ちながら水平に1,000m進む間には10の13乗個の波の数が存在しますので、一波長あたり1/1016の変化も1013回累積され、1,000m先ではその差の程度は、一波長の1/103位にまで拡大されます。このため、上下2本の1,000mにもわたる光路長が必要となる理由なのです。
 さらに、1,000m走った光に生ずる重力による微小な変化の累積は、精緻なX線干渉計があれば、十分観測可能な範囲です。

 地球の重力がX線に与える微小な作用をたった1m違う高さで1,000m走らせることにより、地上で精度高く検証するものです。微小な干渉強度の差が読み取れた時、実験ラインは初めて完成したことになるのです。このプロジェクトがどんなに精密な制作・調整技術・検出機器を要するプロジェクトであるかが推察されるでしょう。


2)この間、可干渉性を劣化させる可能性があるビームライン光学要素はできる限り使われないよう工夫されています。
3)直進するX線ビームは、地表が球面なので、はじめ地表に水平に発射されますが、1,000m先ではその地点での水平準位からは約8cm高いところに到達・通過します。1,000mビームラインでは、それを考慮して設計がされています。
4)光のエネルギー(E)の幅(ΔE)を挟めることにより、干渉性が高まります。
5)完全結晶シリコンロッドは普通薄い円板に切り出され、主に超LSIや太陽光シリコン電池に使用されます。
6)高い所にある物体は、落下する時、他の物体に仕事を与えることができるのでエネルギーを持っています。これを位置エネルギーといい、その大きさはUp=mgh(Up:位置エネルギー、m:重量、g:重力の加速度、h:基準面からの高さ)で表されます。

直進する光は1,000m進むと、水平面から8cmも離れる!!

 地球は球面なので、蓄積リング棟で水平に発進した光も、1,000m直進した長尺ビームライン実験棟のところでは、8cmも高いところを通過します。長尺ビームラインでは、地球の丸さの曲率による補正が必要となります。この補正には、基準面を水平面にとり、L離れた先でのビームの高さのズレを以下の近似式で求められます。

数式

 Rは地球の半径です。R=6,371kmを用いて、L=1kmのとき、⊿H~7.8cmとなり、無視出来ない大きさであることが分かったのです。
 L=10kmのとき、⊿Hは約8m。L=220kmでは、⊿Hは約3,800m。ですので、途中に何の障害物が無くても日本一高い富士山(3,889m)も見えなくなることが分かります。ちなみに、富士山は三重県の志摩半島からは辛うじて見ることができるそうです。(富士山から志摩半島の鳥羽まで直線距離で約200km)

直進する光は1,000m進むと、水平面から8cmも離れる!!

「用いられるX線干渉計とはどんなものでしょう」

 X線も電磁波(光)の一つですから、その干渉現象は他の光の場合と原理的に異なるわけではありません。しかし、X線の場合、波長が短いことなどの制約から、独立に置かれた光学素子の位置と角度を調整して、同一光源から放出されたX線を2つの光路に分けた後、再びそれらを干渉が起きるように重ね合わせることはきわめて難しい。それに加えて、X線の屈折率は1に非常に近いために通常のレンズがつくれないことなどの理由から、干渉計を作ることは容易ではありませんでした。X線領域の干渉計は1964年に初めて実現しました。1つのシリコン完全結晶にひとつながりに3枚の板を切り出し、それぞれにビームスプリッター、ミラー、アナライザーの働きをさせた一体型のものでした。このため、入手できるシリコンの単結晶の大きさが制約されていました。そこで、少し大きな試料に適用するために、分離型X線干渉計が工夫されました。測定の精度を確保するため、分離型干渉計は1つのシリコン単結晶から作成されなくてはなりません。このため、SPring-8のX線での分離型X線干渉計の製作とそれを精度高く調整することに、この計画の成功はかかっているのです。

「干渉効果って・・・・?」

「干渉効果って・・・・?」 イラスト4

あなたの目で体験してみてください。

まず、紙面とフィルムの図をぴったりと合わせてみてください。そして、フィルムを上下左右に少しずらしましょう。このとき、新しく見えてくる模様が「干渉」です。

スプリングエイト まめ知識

干渉と干渉計

屈折波長1オングストロームの1秒角傾いた2つのX線ビームが作る干渉縞間隔=20ミクロン屈折波長1オングストロームの1秒角傾いた2つのX線ビームが作る干渉縞間隔=20ミクロン

 2つ以上の波が1つの箇所に同時に到達したとき、その場所でそれらの波が互いに強め合ったり弱め合う現象を干渉といい、波動の特有な性質の一つです。到達した波の位相が同じとき強め合い、逆のとき弱め合います。水面に同時に生じた2つの波紋でよく見ることができます。
 位相は波が進む経路の長さによって決まりますから、2つの波が干渉するためには、波の進行方向・波長・振動数・位相角・波束の広がりの間に一定の関係が成り立つことが必要となります。これを波の干渉性といいます。
 光も波なので干渉を利用していろいろな測定が行われています。そのために、目的に応じて数多くの光学干渉計が考えられてきました。
 一般に1つの光源から出た光を何らかの方法で2つに分け、それぞれ別の経路を通した後に再び重ね合わせて生じる干渉縞を観測します。こうした干渉計の精度はきわめて高く、簡単な構造ですが、他の装置・方法では出来ないような精密測定が可能となり、とても便利な測定法なのです。それには、干渉によって生じる干渉縞(干渉により強め合わされた波動点)の振動が、もとの光の波長よりずっと長く(振動はおそく)なるので、精度がずっと高くなるのです。例えば、波長1オングストロームのX線の2つの波面が作る干渉縞の間隔は20ミクロンとなりますが(上図参照)、これはX線の波長の20万倍の間隔です。

虹虹やシャボン玉も干渉の一種です。
前項の“干渉効果って・・・・?”の付録の模様を、平行にあるいは少し傾いて重なるように動かして、干渉を目で確かめてみませんか。

HELLO, SPring-8!

科学っておもしろい!サイエンス・アドベンチャー・スクール

 SPring-8の研究者たちによる特別授業が、播磨科学公園都市内にある播磨高原東小学校で行われています。
 同校のモットー「地の利を生かしたオンリーワンの教育」に協力したかたちで、最先端の科学を追究する研究者たちが次々と教壇に立つ「サイエンス・アドベンチャー・スクール(SAS)」。1回2時間程度で、今年度は計6回。3・4年生と5・6年生の2つのグループに分かれて行われる実験中心のユニークな授業に子供たちも興味津々です。
 様々な形のシャボン玉を作りながら、膜ができる仕組みや光の屈折を学ぶ「シャボン玉の科学」、赤外線感知器で子供たちの体温をモニターに映し出したり、紫外線ランプで見えないものを発光させ、光の性質を探る「いろいろな光」、牛乳パックや栗のいが、タマネギの皮など身近なものを使って、葉書大の紙を作る「染め物屋さん」など、盛りだくさんの題材で、子供たちの生き生きした表情からも、研究者たちの思いが十分に伝わっていることを実感します。
 「子供たちの理科離れ」といわれている現在、この夢のある授業を通じて、自ら学び、自ら考えるおもしろさを身をもって体験してくれれば・・・・そう願っています。

サイエンス・アドベンチャー・スクール
サイエンス・アドベンチャー・スクール

広報部から

 世界中でミレニアムムードがただよう中、“ひかりの丘からSPring-8 News”第4号をお届けします。SPring-8では、この記念すべき2000年に、世界初の1,000mビームラインが完成します!今回は、1,000mビームラインで期待される研究の一端をご紹介しました。少し難しい(?)内容ですが、地上で重力が光子に与える作用を検証することは、研究者、いや科学技術全般において、大きな夢となるわけです。
 ・・・・どんな夢かって??それは21世紀のお楽しみ!!

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