大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 44号(2009.5月号)

目次

研究成果・トピックス
~インフルエンザの新薬を目指して~

SPring-8 Flash
SPring-8を使った研究の受賞情報!
濡木理教授(東京大学)、廣瀬敬教授(東京工業大学)の「第5回日本学術振興会賞」
櫻井和朗教授(北九州市立大学)の「平成20年度高分子学会三菱化学賞」

行事報告
第17回SPring-8施設公開
つなげよう科学と君とのネットワーク!

インフルエンザウイルス(左)と増殖に関わる酵素、RNAポリメラーゼの構造の一部(右)
インフルエンザウイルス(左)と増殖に関わる酵素、
RNAポリメラーゼの構造の一部(右)

研究成果・トピックス

~インフルエンザの新薬を目指して~

インフルエンザウイルス

 毎年、冬になると流行が心配されるインフルエンザ。その症状は、咳や熱など風邪に似ています。普通の風邪は細菌が原因ですが、インフルエンザはウイルスの感染によって起こります(図1)。
 インフルエンザウイルスは、8本のRNAを遺伝子としてもっており、ウイルス粒子の表面には2種類のスパイク状のタンパク質が存在しています。あまりにも単純な構造のために、自己増殖する能力がありません。代わりに、人の細胞に侵入し、そのシステムを巧みに利用して増殖します。
 表面にある2種類のスパイク状のタンパク質は、ヘマグルチニン( HA)とノイラミニダーゼ(NA)です。HAは、細胞表面に存在する糖タンパク質に結合します。それによりウイルスは細胞に侵入します(感染という)。一方、NAは、ウイルスが細胞から放出されるときに、ウイルスと細胞を切り離す働きをもっています。この2つのタンパク質を構成しているアミノ酸は変わりやすく(変異という)、HAは16種類、NAは9種類も見つかっています。その組み合わせの数(H1N1~H16N9)だけインフルエンザウイルスには種類があるのです。例えば、人間に感染するもっとも基本的なウイルスはH1N1。最近、大流行が心配されている鳥インフルエンザウイルスは、H5N1です。種類の違いによって、病原性の強さも異なります。例えば、1918年に大流行したスペインかぜや1968年の香港かぜなどでは、強毒性のインフルエンザが原因で多くの人が亡くなりました(図2)。

図1. インフルエンザウイルスの模式図表面にスパイク状のタンパク質がたくさんついているのがわかる。 図1. インフルエンザウイルスの模式図表面にスパイク状のタンパク質がたくさんついているのがわかる。
ヘマグルチニンは、人の細胞に侵入する際に、ノイラミニダーゼは人の細胞から放出される際に働く。
図2. インフルエンザウイルスの大流行の歴史図2. インフルエンザウイルスの大流行の歴史

難しい治療

 現在、対処法としてはワクチンによる予防と、タミフルのような抗ウイルス薬による治療があります。ワクチンは、あらかじめ流行するインフルエンザを予想してつくられます。それを投与すると感染しても、免疫反応がすばやく起こるので、ウイルスは増殖できません。しかし、種類の違うインフルエンザウイルスには、効果がないという欠点があります。
 タミフルは、ウイルスが感染細胞から放出され感染が広がるのを抑える薬です。放出されるのを食い止めるには、感染後48時間以内に投与しなければ効果がありません。いずれにしても、根本的な治療法はなく、インフルエンザの快復は患者の体力によるところが大きいのです。体力のない子どもや高齢者には怖い疾患です。
 「いまだに、患者との接触を避けて、うつらないようにするのが最良の対処方法です」と話すのは、横浜市立大学生命ナノシステム科学研究科生体超分子システム科学専攻の朴三用(ぱくさんよう)准教授。インフルエンザウイルスの増殖にかかわる“酵素”の構造解析に取り組んできました。そして、2008年7月、新薬開発につながる重要な部分の構造を明らかにしました。

まず、敵を知る

 どのタンパク質の構造を解析すれば、創薬につながるか?朴准教授はインフルエンザウイルスの増殖のメカニズムに注目すれば、その答えが見えてくると考えました。
 インフルエンザウイルスは、人の細胞の中で、自らの遺伝子を複製し、タンパク質を合成します(図3)。こうしてつくられた遺伝子やタンパク質からウイルスが組み立てられ、最後に人の細胞から外へ飛び出します。
 このような増殖を行うために、インフルエンザウイルスは自前のタンパク質を10個もっています。その1つにRNAポリメラーゼという酵素があります。これは、ウイルスの遺伝子の複製を行う重要なタンパク質です。このRNAポリメラーゼはPA、PB1、PB2の3つのサブユニットからできています(図4左)。どのサブユニットが欠けても、酵素としての働きは失われ、ウイルスは増殖できません。

図3. インフルエンザウイルスの増殖機構インフルエンザウイルスは、細胞に侵入し、細胞のシステムを利用して遺伝子をふやしたり、タンパク質を合成したりする。 図3. インフルエンザウイルスの増殖機構インフルエンザウイルスは、細胞に侵入し、
細胞のシステムを利用して遺伝子をふやしたり、タンパク質を合成したりする。
図4. インフルエンザRNAポリメラーゼのサブユニットの構造RNAポリメラーゼのPA、PB1、PB2のサブユニットの模式図(左)。 図4. インフルエンザRNAポリメラーゼのサブユニットの構造RNAポリメラーゼのPA、PB1、PB2のサブユニットの模式図(左)。
PA(239-716)とPB(1-81)の複合体の結晶化に成功(右上)。SPring-8のビームラインBL41XUを使った結晶構造解析を行った。
その結果、PAのC末端部分の鍵穴のような構造(点線部分)に、PB1のN末端81アミノ酸のうちの15アミノ酸(青)が
入り込んでいることがわかった(右下)。

RNAポリメラーゼの構造解析

 3つのサブユニットがどのように結合しているか立体構造がわかれば、人為的にサブユニット間の結合を切って、RNAポリメラーゼが働かないようにできるかもしれません。そこで、PAとPB1がどのように結合しているかを調べることにしました。
 構造を調べるには、ある程度の量が必要です。ウイルスから大量にとることはできないため、大腸菌につくらせます。これは、タンパク質を大量に必要とする場合に一般的に行われる手法です。しかし、大腸菌はPAとPB1の安定なタンパク質をつくることができませんでした。
 今回の目的はPAとPB1の結合部分の構造を知ることです。全体の構造をつくる必要はないと考えた朴准教授は、PAとPB1の長さを短くして結合にかかわる部分だけにしようとしました。しかし、PAとPB1のどの部分が結合しているか明らかになっていなかったため、さまざまな長さのPAとPB1の組み合わせを大腸菌につくらせました。200以上の組み合わせを試した結果、PAのアミノ酸239から716番の部分と、PB1のアミノ酸1から81番部分を組み合わせると安定なタンパク質が得られることがわかりました。
 次に、この安定なタンパク質を結晶化させ、X線構造解析を行いました。初めは、他の放射光施設で実験したところ、十分な分解能が得られず、アミノ酸の主鎖の構造を知るのがやっとでした。そこで、SPring-8のビームラインBL41XUの高輝度X線を使って、より詳細な立体構造の解析に取り組みました(図4右)。PAとPB1の結合部位は、鍵と鍵穴の関係のように、PAタンパク質のポケットの部分にPB1タンパク質が差し込まれていました。「これほど大きなタンパク質では、互いに表面で接するように結合しているのが一般的です。一方がもう一方の中に入り込むような形で結合している例は珍しい」と朴准教授は解析結果に驚いたと言います。
 さらに、PAの鍵穴に相当する部分のアミノ酸をいろいろ変える実験を行い、PB1との結合に大事なアミノ酸も突き止めました。

新しい薬につなげる

 RNAポリメラーゼは、3つのサブユニットがすべてそろっていないと、働きません。サブユニット間の結合を阻害するような物質は、薬として有効だと考えられます。既に、PAとPB1の結合を阻害する物質がいくつか見つかっています。
 このRNAポリメラーゼをターゲットに薬をつくる大きな利点はもう1つあります。RNAポリメラーゼは、他のタンパク質と比べ、変異が起こりにくいタンパク質です。つまり、どのインフルエンザウイルスでも共通のアミノ酸配列でできています。その理由を朴准教授は、ウイルスの増殖で中心的に働くタンパク質であるため、そう簡単には変わらないのだろうと考えています。RNAポリメラーゼをターゲットにした薬は、どのインフルエンザウイルスにも有効だということです。
 朴准教授は、いろいろなアイデアによっていくつもの課題を乗り越え、PAとPB1の結合部分の構造解析に成功しました。この成果を薬の開発につなげるには、たくさんの候補物質の検討や人体への影響の調査が必要で、これまで以上に人手と費用がかかります。それは、1つの研究室でできることではありません。「他の研究室や製薬会社と連携しながら実用化に向けた研究を進めたいです」と朴准教授。インフルエンザが騒がれない冬は、そう遠くないかもしれません。

コラム:日本に来て20年。いろんな環境を楽しんできました。

 「故郷に一番近い留学先でした」と日本の大学を選んだ理由を笑いながら話す朴准教授は、大阪大学に通っていた学部生の頃、週末には韓国・釜山に帰っていました。大阪大学の豊中キャンパスから伊丹空港へは自転車で20分。そこから飛行機に乗って釜山までは約1時間の道のりでした。「いつでも帰れると思っていましたが、日本に来て20年が経ってしまいました」。それは、文化も食べ物も自然に受け入れられたから。
 20年の間には、いろいろな場所で研究しました。SPring-8にいた1996年から4年間のことは、近所の自然やスポーツを大いに楽しんで、都会から離れた環境を満喫したと振り返ります。「子供が大きくなった今は、現実的に帰れなくなってしまいました」。どんな話からも、いつも自然体な人柄が伺えました。

国際会議で訪れたデンマークのオーフスにて 国際会議で訪れたデンマークのオーフスにて

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子


この記事は、横浜市立大学生命ナノシステム科学研究科生体超分子システム科学専攻の朴三用准教授にインタビューをして構成しました。

SPring-8 Flash

SPring-8を使った研究の受賞情報!

第5回(平成20年度)日本学術振興会賞をSPring-8ユーザーの2名が受賞しました

*「日本学術振興会賞」とは優れた若手研究者の顕彰・支援を目的とし、日本学術振興会が平成16年度に創設した賞。

受賞者:濡木 理教授(東京大学医科学研究所)
受賞内容:「遺伝暗号翻訳の動的機構の構造基盤」

 生物がその生命を維持していくためには遺伝子に記載された暗号情報を高精度に翻訳し、それぞれの生命反応に必須なタンパク質を正しく合成していく必要があります。濡木先生は、この翻訳機構に関わる反応機構をX線結晶構造解析によって原子分解能レベルで明らかにされ、反応途中にある様々な状態をあたかも連続写真のように捕らえる事に成功されました。このような解析を実現するためには、反応に関与するタンパク質や酵素の結合状態をそのまま結晶にする事が必要です。しかし、そのような結晶は大きさが微小サイズであったり、結晶性に問題を含んでいたりすることが多いのですが、SPring-8の高輝度微小ビームを利用して、高精度のデータ収集に成功されています。(利用研究促進部門)

受賞者:廣瀬 敬教授(東京工業大学大学院理工学研究科)
受賞内容:「超高圧高温下における地球惑星内部物質の実験的研究」

 廣瀬教授は地球内部環境に相当する百万気圧・数千度の超高圧高温状態を実験室で発生させるための技術開発に成功し、それをSPring-8の高圧構造物性ビームライン(BL10XU)での利用実験に応用して研究を進められています。地球内部は表面を覆う薄い地殻・岩石からなるマントル・中心部の金属コアに区分され、それぞれ特性の異なる複数の相で構成されていますが、特にマントル最下部におけるマグネシウム珪酸塩の構造状態の解明について重要な発見の数々や画期的な成果を上げてこられました。廣瀬教授は現在、地球のコア領域に相当する更なる超高圧高温実験を目指されており、その成果は、地球ばかりでなく、よりサイズが大きい惑星の内部構造の理解にも大きく寄与するものと期待されています。(利用研究促進部門)

授賞式の写真:濡木理教授(上段右から3番目)と廣瀬敬教授(上段左端) 授賞式の写真:濡木理教授(上段右から3番目)と廣瀬敬教授(上段左端)

平成20年度高分子学会三菱化学賞を、櫻井和朗教授(北九州市立大学国際環境工学部)が受賞しました

 北九州市立大学国際環境工学部の櫻井和朗教授が、平成20年度高分子学会三菱化学賞を受賞しました。同賞は、社団法人高分子学会が高分子科学に基礎をおき、技術、産業に寄与する独創的かつ優れた研究業績をあげた研究者個人に授与しています。櫻井教授は、新規薬物送達システムとして、多糖と核酸からなる新規高分子複合体を考案・構築し、SPring-8のビームラインBL40B2を利用した小角散乱法に基づき、その構造を分子レベルで解明することに成功しました。また、本薬物送達システムの構造と薬理効果の関係を詳細に調べて、これまで難しいとされていた医療への応用の可能性を見いだしました。櫻井教授が本研究を通じて高分子科学の発展に貢献したことが高く評価され、今回の受賞に至りました。櫻井教授の今後益々の活躍が期待されます。(利用研究促進部門)

2008年9月25日受賞式会場にて櫻井和郎教授 2008年9月25日受賞式会場にて櫻井和郎教授(写真右)

行事報告

第17回SPring-8施設公開 つなげよう科学と君とのネットワーク!

 4月26日(日)、科学技術週間に因んで、今回で17回目となる施設公開を開催しました。当日は風が強く時折雨が降る寒い日であったにもかかわらず、家族連れをはじめ、幅広い年代層の方々3,638人(過去最高)にご来場いただきました。当日は、SPring-8を舞台とした漫画「エイトハカセ」の主人公である「ニャン博士」や兵庫県のマスコット「はばタン」も応援に駆けつけてくれて施設公開は大いに盛り上がりました。
 また、今回初めて国家基幹技術である「X線自由電子レーザー」施設を公開しました。本施設では、これから先見ることができない機械・装置類が並ぶ前の状態が公開されました。また、本施設では理化学研究所がSPring-8以外で取り組んでいる研究についても紹介が行われました。来場者からは「SPring-8やX線自由電子レーザー以外のサイエンスも紹介されており思いがけずラッキーだった!」といった喜びの感想をいただきました。
 見学ツアーは「加速器見学ツアー」と「実験ホール一周ツアー」の2つを企画し、併せて500人以上の方々にご参加いただきました。見学ツアーは毎年人気の企画で、10名程度を1グループとして、研究者が一般の公開範囲とは異なるところを説明付きでご案内するというものです。見学ツアーにご参加いただいた皆様にはSPring-8のことをより深くご理解いただけたのではないかと思います。
 科学講演会は、4人の講師により、それぞれSPring-8を利用した研究成果について講演していただきました。角田 匡清氏(東北大学大学院)には「ハードディスクのナノ磁石」、長谷川 美貴氏(青山学院大学)には「光フィルターを分子でつくる」、入舩 徹男氏(愛媛大学)には「新しいダイヤモンドの超高圧合成」、山下 敦子氏(理化学研究所)には「おいしいの仕組みを探る」をテーマに講演していただきました。会場は終始満員で、講演会に参加された来場者からは「科学の世界は男性社会だという印象を持っていたが、女性も同様に活躍されており、同じ女性としてエールを送りたい」といった感想をいただきました。
 放射光普及棟での工作教室や体験型イベントは、家族連れに人気で、子供達が工作に熱心に取り組む姿がとても印象的でした。また、その他どの会場にも大勢ご来場いただき、施設公開は大盛況のうちに終了することができました。(広報室)

写真家 吉岡悟氏が撮影したSPring-8の美(写真展) BL01B1の公開:光学装置のしくみを見学 磁石で遊ぼう
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水素のちから:燃料電池自動車の試乗 暮らし中の産業とSPring-8:マジックフィルム(偏向板)で工作  
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