大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 67号(2013.3月号)

研究成果 · トピックス

体温をあげて細菌から身を守る仕組みがわかった 〜放射光がとらえた水素イオンの調節機能〜

細菌を攻撃する白血球

 風邪や食中毒などの感染症は、細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入することによって引き起こされます。細菌は、たえず私たちの体の中に侵入しようと狙っていますが、体には細菌の侵入を防いだり、感染しても症状を軽くしたりするような仕組みが備わっています。たとえば、傷口などから体内に侵入した細菌は、好中球*1などの白血球に攻撃されます。
 また、病気になると発熱することがありますが、これは白血球が病原体を攻撃したときにつくるサイトカインという物質が脳の視床下部に作用するためと考えられています。近年、発熱 によって白血球などの免疫に関わる細胞が活性化されたり、病原体の増殖が抑えられたりすることがわかってきましたが、その理由は明らかにされていませんでした。

殺菌の武器は活性酸素

 では、好中球はどのようにして細菌を退治しているのでしょうか。まず、自らの細胞の表面を覆っている細胞膜で細菌を包み込みます。好中球の内部に取り込まれた細菌は、活性酸素*2の作用を受けて酸化され、殺菌されます(図1)。活性酸素は、細胞膜の表面でつくられていて、その原料として欠かせないのが水素イオンです。
 細胞膜には、水素イオンチャネルというタンパク質があり、水素イオンの通り道となっています。水素イオンチャネルは、活性酸素の原料である水素イオンを細胞の外に運ぶことで細胞内外の酸とアルカリのバランスを調節し、活性酸素の生成を維持しているのです。
 細胞膜にこのようなイオンの通り道があるのは、細胞膜から細胞の外にある物質が簡単に入り込めないようにしているからです。このようなイオンの通り道には、水素イオンだけでなく、ナトリウムイオンやカルシウムイオンなどのイオンチャネルもあります。これらのイオンチャネルは、細胞膜の内と外の電位差を感じ取り、イオンの通り道となる孔を開閉することによって、イオンを透過させ、細胞に電気的な興奮を伝えるなどの役割をしていることが知られています。
 「ところが、水素イオンチャネルの開閉の仕組みは、従来のイオンチャネルと違うのです」と大阪大学教授の岡村康司さんが話します。岡村さんたちの研究チームは、水素イオンチャネルの構造や機能を研究しています。

図1.好中球が細菌を退治する仕組み
図1.好中球が細菌を退治する仕組み

好中球は細菌を見つけると、自分の中に取り込む。取り込まれた細菌は、好中球がつくり出した活性酸素によって殺菌される。水素イオンチャネルは水素イオンを細胞の外に運び、活性酸素の生成を促す。

水素イオンチャネルの原子構造を解析

 これまでマウスやヒトの好中球の細胞膜を使って水素イオンチャネルの分子が特定され、イオンの通り道をもつタンパク質がペアになってはたらくことが明らかにされています。しかし、「どのようにしてタンパク質がペアになるのか」、そして「なぜペアになってはたらくのか」は謎でした。
 水素イオンチャネルのメカニズムを解く鍵は、タンパク質がペアをつくっている部分にあるはずです。そこで、その部分の原子構造を解析することにしました。まず、タンパク質のペア部分を見つけ出し、結晶化しました(表紙)。その結晶をSPring-8の生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)を使ってX線結晶構造解析を行いました。すると、このタンパク質は、水素イオンが通る孔と好中球の内部に突き出たしっぽのような構造からなることがわかりました。しっぽの部分はらせん構造をしていて、2本が絡み合いペアになっていました(図2)。

図2.水素イオンチャネルの構造
図2.水素イオンチャネルの構造

水素イオンが通る孔と好中球の内部に突き出たらせん構造からなる。2本のらせん構造が絡み合いペアになっている。

温度を感じて、水素イオンの量を調節

 また、水素イオンチャネルに流れる水素イオンの量を測定しました。タンパク質が単独のときは、短時間でたくさんの水素イオンが流れましたが、ペアのときは、ゆっくりと時間をかけて水素イオンが流れました。「2つの水素イオンチャネルタンパク質が、ペアになっている部分を介してお互いに水素イオンの流れを抑制していました」と研究チームの大阪大学准教授の藤原祐一郎さんが説明します(図3)。
 さらに、らせん構造の安定性を調べたところ、温度が高くなるとペアが離れることがわかりました。「温度があがると、タンパク質のペアが離れ、たくさんの水素イオンが流れます。つまり、活性酸素をたくさんつくれるということです。一方、温度がさがると、再び元通り2本のらせんが絡み合い、ペアとなって水素イオンの流れる量が少なくなったのです」と藤原さんが続けます。水素イオンチャネルは温度によってペアをつくったり、離れたりして水素イオンの流れを調節していたのでした。

図3.水素イオンチャネルが単独のときとペアのときの水素イオンの流れ
図3.水素イオンチャネルが単独のときとペアのときの水素イオンの流れ

水素イオンチャネルが単独(シングル)のときは短時間でたくさんの水素イオンが流れた(左)が、ペアのときは時間をかけて水素イオンが流れた(右)。2つの水素イオンチャネルが、ペアになっている部分(細胞膜から細胞内までつながる一連のらせん構造)を介してお互いに水素の流れを抑制している(下)。

水素イオンチャネルがペアなのは自分を守るため?

 水素イオンチャネルは、なぜペアとなってはたらくのでしょうか。「実は、2本のらせんがほどき始める温度は体温と同じ37°Cでした。さらに、完全にほどけるのが、約40°Cでした。そのデータが出たとき、体温と関係しているのではないかと気がついたんです」と藤原さん。
 こうして、水素イオンチャネルの生体でのはたらきが浮かびあがってきました。細菌に感染して発熱すると、好中球では水素イオンチャネルタンパク質のペアが離れ、水素イオンが大量に流れます。すると活性酸素がたくさん生成して、細菌を殺します(表紙)。でも、活性酸素は細胞自身にとっても毒性が強いので、ふだんはタンパク質がペアになり、水素イオンの流れを抑えて、活性酸素ができないようにしています。「水素イオンチャネルは細胞の中の温度計のようですね。ペアでいることは、自身の細胞を活性酸素から守る意味があるのだと思います」と藤原さんは話します。まだ、全部のメカニズムが明らかになったわけではありませんが、研究が進めば、免疫を調節する薬などの開発に役立つかもしれません。

温度を感じて、水素イオンの量を調節

 この研究の特徴は、水素イオンチャネルの構造と機能の両面から解析したことにあります。「近年のイオンチャネルの研究では、原子レベルの理解が求められています。この研究もSPring-8で水素イオンチャネルの構造を決定できたからこそ、新たな機能を説明することができたのです」と岡村さん。藤原さんも「水素イオンチャネルタンパク質のらせん構造がわからなければ、温度を感じて構造が変わるということは理解できなかったと思います」と話します。
 今回の研究から、水素イオンの通り道を開閉させる要因は、電位差のほかに温度の変化があることがわかりました。イオンチャネルは、そのほとんどが開閉する機構をもっています。この研究の成果がほかのイオンチャネルの機能の理解へと広がり、医学や薬学の発展につながることが期待されます。

コラム:実験に魅せられて

岡村教授
岡村教授 藤原准教授

 岡村さんも藤原さんも医学部出身で、医師免許をとったものの研究の道に進みました。同級生のほとんどが臨床医になったのに、そのまま研究者になったのは珍しいケースだったそうです。「学生のときは、研究がどんなものかはまったくわかりませんでした。偶然に出入りするようになった解剖学研究室で顕微鏡を通して見る生命の世界にすっかりはまってしまいました」と岡村さん。外科医を目指していた藤原さんも、気が付けば生理学研究室で実験に夢中になっていました。それ以来、イオンチャネルの研究に取り組んでいます。「いつの間にか患者さんを診るより、実験するのが好きになっていたのですね」と藤原さんも当時を振り返ります。偶然にも同じような道を選んだお二人が、「治療に役立つような研究をしたい」と日夜、実験に没頭しています。

 

用語解説

*1 好中球
白血球の一種。白血球には顆粒球、単球、リンパ球があり、顆粒球のうち中性の色素によく染まるものを好中球という。体内に侵入した細菌を包み込み(食作用という)、殺菌を行うことで、感染を防ぐ役割を果たす。

*2 活性酸素
大気に含まれる酸素に比べ、著しく反応性が高い酸素種をいう。酸素分子に過剰の電子が取り込まれたスーパーオキシドや過酸化水素などが含まれる。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 佐藤 成美


この記事は、大阪大学医学系研究科の岡村康司教授と藤原祐一郎准教授にインタビューして構成しました。

次号研究成果・トピックス予告
文化財の樹種を識別する −真の史実を解くカギに−(仮題)

 

SPring-8 Flash

2012年度 朝日賞

神谷 信夫教授
沈 建仁教授
神谷 信夫教授 沈 建仁教授

 朝日賞(朝日新聞文化財団主催)は、学術、芸術などの分野で傑出した業績をあげ、日本の文化や社会の発展、 向上に貢献した個人・団体に贈られる賞です。

受賞者:神谷 信夫 大阪市立大学複合先端研究機構 教授
            沈  建仁 岡山大学大学院自然科学研究科 教授

研究業績:光合成における水分解・酸素発生の分子機構の解明

 お二人は長年にわたり光合成タンパク質の構造解析の研究を行ってこられました。2011年には、大型放射光施設SPring-8を利用し、光合成において光エネルギーを利用して水を分解し、酸素を発生させる「光化学系II複合体」の構造を解明することに成功されました。
 本成果は、世界に大きな衝撃を与え、アメリカの国際科学雑誌Scienceによって2011年に得られた画期的な10の科学成果「Breakthrough of the Year 2011」の一つに選出されています。今回、こうした長年の研究とその成果が評価され、受賞されました。
 本成果は、SPring-8 NEWS No.59で取り上げました。SPring-8ホームページをご覧ください。

行事報告

第5回サイエンスフェア in 兵庫

第5回サイエンスフェアin兵庫1 1月20日(日)に神戸国際展示場において「第5回サイエンスフェアin兵庫」が開催されました。この展示会は、高校・高専と大学・研究機関・企業との交流を通して若者の科学技術分野への期待と憧れの増大を図り、将来の日本を担う人材の育成を目的としています。当展示会にはSuper Science High school(SSH)指定校の参加も多く、生徒の研究発表は極めて高いレベルの内容でした。理研播磨研究所と高輝度光科学研究センターは、SPring-8・SACLAのパネルや模型を出展し、「つながる科学」と題して理研の他センターとともに、それぞれの施設やセンターが薬の開発に関する一連の流れの中で、どのように関わっているかを紹介しました。多くの生徒が立ち寄り、最先端の科学やそれがどのように役に立つのかを理解して頂くことができました。教員の方からは、見学に行くことを考えているとのコメントも多く頂きました。皆さんも機会があれば是非SPring-8・SACLAにお立ち寄りください。

お知らせ

研究者インタビューシリーズのお知らせ

篠原久典先生 本年度最後となる研究者インタビューは、カーボンナノ物質・材料研究の権威である名古屋大学の篠原久典先生です。今や、さまざまな産業で活用されているナノカーボン物質。篠原先生は『この現状に至るには、SPring-8は無くてはならなかったものです。』と話されます。
 インタビューでは、この研究分野の権威である先生が、どのように研究に出会われたかという意外なエピソードも伺えます。
 このインタビューは3月中旬公開です!お楽しみに。

研究者インタビューが一覧できるようになりました!

研究者インタビュー   光のひろばにYouTube / SPring-8 Channelの画像が一覧できるページが出来ました。これまでの研究者インタビューも楽々見渡せます。
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第21回施設公開のお知らせ −光が導く科学の未来 さくらとエイト!−

施設公開ポスター SPring-8、SACLAをはじめとする敷地内の各施設・装置の公開や研究成果紹介、科学講演会、光科学に関する実験・実演など、施設をより身近に感じていただける ようなイベントを企画しております。
 みなさまのご来場をお待ちしております。
施設公開QRコード ○開催日時 2013年4月27日(土)9:30〜16:30(*受付は15:30まで)
○予約不要・入場無料

 最新の情報は、施設公開ホームページをご覧ください!

 

最終変更日 2013-04-25 10:46