大型放射光施設 SPring-8

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持続可能な水素社会実現に向けた高性能人工酵素へのヒント ~[NiFe]ヒドロゲナーゼ活性中心の構築過程の解明に世界で初めて成功~(プレスリリース)

公開日
2023年02月08日
  • BL09XU

2023年2月8日
高輝度光科学研究センター
ベルリン工科大学
フンボルト大学ベルリン
マックスプランク研究所
ドイツシンクロトロン放射光

 高輝度光科学研究センターはベルリン工科大学、フンボルト大学ベルリン、マックスプランク研究所およびドイツシンクロトロン放射光と共同で、大型放射光施設SPring-8※1のBL09XUを用いて、水素に対して触媒作用のある[NiFe]ヒドロゲナーゼ酵素の活性中心※2構築への多段階取り込み過程を解読することに初めて成功しました。
 本研究成果は、持続可能でクリーンな水素社会実現に向けて、より性能の高い人工酵素を作製する際の重要な知見となることが期待されます。
 地球温暖化の影響が世界各地で顕在化する中、化石燃料の使用をゼロにし二酸化炭素を排出しないことは人類にとって急務となっています。水素は燃焼や発電の際に二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーとして知られ、その利用の拡大が期待されています。そのような状況の中、水素の状態を自由にハンドリングすることは極めて重要となります。一方、水素を燃料として発電する燃料電池では高価なプラチナを含む電極が用いられており、普及へのハードルを上げています。水素を触媒する天然に存在する酵素の構築過程を解明した本研究成果は水素ベースの技術の新たなプラットフォームを提供する可能性を秘めています。
 本研究成果は、ベルリン工科大学のCaserta博士Lenz博士Frielingsdorf博士などの国際研究グループとJASRI依田芳卓主幹研究員の共同研究により得られたものです。
 今回の研究成果は、国際科学雑誌、「Nature Chemical Biology」に1月26日に掲載されました。

【論文情報】
題名:Stepwise assembly of the active site of [NiFe]-hydrogenase
日本語訳:[NiFe]ヒドロゲナーゼ活性中心の段階的構築
著者:Giorgio Caserta, Sven Hartmann, Casey Van Stappen, Chara Karafoulidi-Retsou, Christian Lorent, Stefan Yelin, Matthias Keck, Janna Schoknecht, Ilya Sergueev, Yoshitaka Yoda, Peter Hildebrandt, Christian Limberg, Serena DeBeer, Ingo Zebger, Stefan Frielingsdorf and Oliver Lenz
ジャーナル名:Nature Chemical Biology
DOI:https://doi.org/10.1038/s41589-022-01226-w

【研究の背景】
 地球温暖化の深刻な影響が世界各地で顕在化する中、化石燃料の使用をゼロにし二酸化炭素を排出しないことは人類にとって急務となっています。水素は燃焼や発電の際に二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーとして知られ、その利用の拡大が期待されています。そのような状況の中、水素の状態を自由にハンドリングする技術を持つことは極めて重要となります。一般に知られている燃料電池は水素を燃料として発電し高い発電効率を誇っていますが、高価なプラチナを含む電極が用いられており、普及へのハードルとなっています。
 一方、自然界には水素分子を水素原子と電子に分解または水素分子を可逆的に生成するヒドロゲナーゼと呼ばれる酵素を持つバクテリアが存在します。ヒドロゲナーゼの活性中心は、地球上に豊富に存在し比較的安価な鉄やニッケルなどの金属しか含まず、反応は常温常圧で行われます。そこで燃料電池の電極などに利用すべく、活性中心の構造を模した人工触媒の探索が盛んに行われています。そのような中、ヒドロゲナーゼの活性中心が自然界でどのように構築されるかを知ることは人工触媒や人工酵素を開発する上で、非常に重要な指標となります。

【研究内容と成果】
 図1に示されているように、鉄とニッケルを1原子ずつ内包する[NiFe]ヒドロゲナーゼの活性中心の構造はX線構造解析などによりよく知られていました。しかしながら、この活性中心がどのように自然界で構築されるか示す直接的な証拠はこれまでありませんでした。今回、鉄とニッケルが取り込まれる各段階での単離と精製に成功し、生化学的手法ならびにさまざまな先進的分光技術を駆使して活性中心が構築される過程が解析されました。その解読された結果を図2に示します。特にSPring-8とPETRAIIIを利用した核共鳴振動分光法※3では活性中心が構築される過程で水酸(OH)基が鉄とニッケルを架橋することを明らかにしました。図3に3つの構築段階における核共鳴振動スペクトルから導出された鉄原子の部分状態密度を示しますが、この鉄原子の振動の状態を解析することにより活性中心全体の結合の様子が判明しました。

【今後の展開】
 この研究により、水素を触媒する[NiFe]ヒドロゲナーゼの複雑なコアである活性中心の構築過程に関する詳細な洞察が与えられました。これは持続可能でクリーンな水素社会実現に向けて、より性能の高い人工触媒・人工酵素を作製する際の重要な知見となることが期待されます。さらに、単離された中間体は、(半)人工 [NiFe]-ヒドロゲナーゼを研究するための理想的なプラットフォームを提供し、代替触媒機能を備えた人工酵素を生成する可能性を秘めています。


図1

図1 [NiFe]ヒドロゲナーゼの結晶構造。活性中心に鉄とニッケルを1原子ずつ含む。


図2

図2 解明された[NiFe]ヒドロゲナーゼ活性中心の構築過程


図3

図3 核共鳴振動スペクトルから導出された鉄原子の部分振動状態密度


【用語解説】

※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2. 活性中心
酵素の中で基質が選択的に結合して触媒反応が起こる部位。活性中心の中に金属を含むものを金属酵素と呼び、さまざまな場面で活躍し生命活動を支えている。

※3. 核共鳴振動分光法(NRVS)
原子核の共鳴準位のエネルギーに近いX線を試料に照射し、フォノンの生成・消滅をともなう原子核励起をおこさせることにより振動の様子を調べる分光法。ある特定の原子に注目した振動が測定できることが最大の特徴で、1995年瀬戸らにより初めておこなわれた。原子核のエネルギー準位が極めて狭いエネルギー幅をもつことを利用している。



 

《問い合わせ先》
依田 芳卓(ヨダ ヨシタカ)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 精密分光推進室 主幹研究員
 TEL:0791-58-0802 (内線:3939)FAX:0791-58-0830
 E-mail:yodaatspring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp