大型放射光施設 SPring-8

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Topic 23 天王星 · 海王星の鉱物を合成

巨大氷惑星の核に潜む主要鉱物を発見

天王星、海王星などは「氷惑星」と呼ばれ、惑星を形づくる主構成要素は氷である。ただし氷惑星の中心にも岩石や金属で構成される核がある。その組成は地球を構成する固体部分と類似していると考えられているが、観測から求められているのは惑星全体の平均密度だけであり、その実体はまったくわかっていない。ところがSPring-8の高圧構造物性ビームラインが300万気圧という超高圧を実現したことによって、二酸化ケイ素の構造の変化の観察が可能となり、巨大氷惑星の核を構成する可能性がある新鉱物が発見された。この発見は、巨大氷惑星の深部を推測するための貴重な鍵を提供してくれた。

300万気圧下でシリカの相転移を解析する

水星、金星、火星などの惑星は「地球型惑星」といわれ、鉄などの金属からなる核の外側に各種鉱物で構成されるマントルがあり、地殻と呼ばれる薄い岩石層で覆われている。これに対して天王星、海王星などのマントルは、水を主成分とする氷で構成されており、「氷惑星」と呼ばれる。ただし、惑星の中心部には、地球型惑星のマントルや地殻と同様の固体成分からなる核があり、その密度は地球などの固体成分よりはるかに高いと考えられている。

地球型惑星のマントルや地殻、木星型惑星(ガス惑星)の核は、さまざまな鉱物で構成されているが、氷惑星の核の主成分は二酸化ケイ素(SiO2)であると考えられている。SiO2はケイ素(シリコン)の酸化物だ。SiO2は太陽系を構成する重要な成分のひとつであり、ケイ素は宇宙で7番目に多い元素とされる。

SiO2は、一般に「シリカ」と呼ばれ、通常の環境では石英と呼ばれる結晶の状態にある。石英の中でも無色透明なものが、宝石として珍重される水晶である。

このシリカを高温・高圧下に置くと、SiO2という組成は変わらないまま、構造状態(相)が変化する。これを「相転移」という。炭素でできた黒鉛が、5万気圧という高圧下でダイヤモンドに変化するのも相転移である。

世界最高の高温高圧環境を誇るSPring-8の高圧構造物性ビームラインBL10XUは、2005年春にさらにその性能をアップさせた。それまで2200°Cで220万気圧だった圧力を2000°Cで300万気圧に高めたのだ。

この新生BL10XUを使って、シリカが超高温高圧環境下で、どのような相転移を見せるかの実験を開始したのが、海洋研究開発機構地球内部変動研究センター(IFREE)の研究員も兼務する東京工業大学大学院理工学研究科の廣瀬敬助教授(現・教授)とJASRIの共同研究グループだった。

ごく微量の試料から情報を引き出す高輝度X線

これに先立つ2004年、廣瀬教授(当時・助教授)率いる東京工業大学大学院理工学研究科とIFREEの共同研究グループは、地球の下部マントルと外核との境界領域(深さ2700〜2900 km)であるD”(ディーダブルプライム)層の主要鉱物「MgSiO3ポストペロフスカイト」を発見している(詳細はTopic 21参照)。この成果は、SPring-8のBL10XUで125万気圧2200°C以上の環境をつくったことで得たものである。

「宇宙、そして太陽系に広く存在するシリカの相転移を探ることは、地球以外の惑星、特に氷惑星の深部構造を知るための貴重な手がかりになると考えたのです」と廣瀬教授は、シリカの超高温高圧環境下での相転移観察実験の目的を語る。

これらの研究のために開発されたのがレーザー加熱型ダイヤモンドアンビル装置(図1)である。研究グループは、まず2つのダイヤモンドを用意し、このダイヤモンドの先端どうしを向き合わせて、その間に試料であるシリカ結晶を置いた。そしてダイヤモンドを左右から挟んで加圧し、さらにレーザー光を用いて加熱する。この装置によって、300万気圧2000°Cが実現するのだ。

ただしこのすさまじい性能の装置にもネックはある。200万気圧以上の超高圧を実現するためには、両ダイヤモンドのつくる間隙の幅は10 μm(マイクロメートル=10-6 m)が限界であり、試料のサイズはさらにその半分程度でなければならない。この微量の試料にX線を当て、散乱や回折の強度分布を測定するのだが、得られる情報がごくわずかであることは容易に想像できる。

「従来の発生装置から得られるX線の1億倍の輝度をもつSPring-8のBL10XUの高輝度放射光によって、やっと有効なデータを得ることができるようになったのです」と廣瀬教授は語る。

図1.レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置での試料の加圧
図1.レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置での試料の加圧

ブリリアントカットされた宝石用の2つのダイヤモンドの先端に実験試料を挟んで加圧し、レーザー光を用いて加熱する。その幅はわずか5 μmである

天王星や海王星の核の主成分である可能性

研究グループは、シリカに圧力を加えながら、X線の回折の様子を観察した。すると圧力が270万気圧を超えたところで、六角柱状の結晶の構造の変化が原子配列から確認された。その変化した後の形状はサイコロ状である可能性が高いと推測されている。

「私たちは、これをパイライト型の新鉱物であると判断しました」と廣瀬教授。パイライトとは二硫化鉄(FeS2)のことである。この物質の鉱物名は黄鉄鉱といい、結晶は金色のサイコロ状である。そのためにサイコロ状の結晶はパイライト型と呼ばれる。超高圧高温下でシリカは人類にとって未知の鉱物に変化したのだった。

さらに興味深いのは、この新鉱物の密度が、これまで知られていたシリカ鉱物よりはるかに大きい点だった。常温常圧の石英の結晶のなんと2倍以上の密度をもっていたのである。270万気圧以上という高圧がこの高密度を実現したわけである。この高密度によってパイライト型シリカは、金属であることが予測されていたが、実際は金属にはなっていなかった。

実は、パイライト型シリカの存在は日本の研究グループなどによって1980年代に理論的に予測されていたが、超高圧が実現しなかったために実証できずにいた。新鉱物に相転移した270万気圧は、地球では、液体の鉄を主成分とする外核の圧力に相当するが、地球の外核は鉄が主成分なので、地球にこの新鉱物が存在する可能性はないのだ。

「しかし氷惑星である天王星・海王星の核はこのパイライト型シリカで形成されている可能性があります」と廣瀬教授は予測する。現在の技術では、実際の観測は不可能な巨大氷惑星の核の謎を解く重大なヒントをこの研究成果は提供してくれたということである。

この研究成果は、2005年8月に米科学誌『Science』で詳報され、世界の惑星科学者たちの注目を集めた。

図2.二酸化ケイ素のパイライト型の結晶構造

図2.二酸化ケイ素のパイライト型の結晶構造
白丸が酸素、青の八面体の中心にケイ素がある。

図3.石英の結晶とパイライトの結晶

図3.石英の結晶とパイライトの結晶
石英(水晶)の結晶は六角柱状だが、パイライトの結晶はサイコロ状である。