大型放射光施設 SPring-8

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Topic 7 核形成直接観察とナノ配向結晶体(NOC)ポリマーの創製

超臨界伸長結晶化による鉄鋼より強いプラスチックの誕生

「なぜプラスチックは鉄鋼より弱いのか」という疑問をもつ人はいないだろう。それが常識だからである。しかし、広島大学の彦坂正道特任教授たちは、重量換算で鉄鋼よりもはるかに強靭な「ナノ配向結晶体(NOC)」というプラスチックを開発した。しかも製造コストは普通のプラスチック並み。世界の素材産業の成り立ちを根底からひっくり返すようなこの快挙は、高分子の結晶化のメカニズムを解明する地道な努力の末に可能となった。そのためには高分子の結晶化の様子や内部構造をナノメートル(10-9 m)のオーダーで克明に解析できるSPring-8の高輝度・高精度のX線がきわめて重要な役割を果たしたのである。

高分子結晶化の謎を解明するという「暴挙」

「物質の結晶化においては初期段階にナノメートルサイズの核が発生し、これが大きな結晶体に成長する」。1930年代以来の定説である。液体を融点以下の温度(過冷却状態)にすると結晶、つまり固体になる。しかし核生成のメカニズムは謎だった。「結晶の赤ん坊」ナノ核があまりに微小かつ希少なので、その実在の検証を多くの科学者があきらめていた。

しかし彦坂教授はあきらめなかった。彼は、1987年に「高分子は長いひも状分子が絡み合いを解き、蛇のように滑りながら結晶格子上に配列していく」という「高分子滑り拡散理論」を提唱した。ポリエチレン、ポリプロピレンなどの結晶性高分子は長いひも状分子で構成されるが、等間隔で細かく折りたたまれ、板状構造となる(図1)。高分子学の泰斗、英国ブリストル大学のアンドリュー・ケラー教授が1957年に発表した「高分子折りたたみ鎖結晶」である。これに加え1964年に「高分子伸び切り鎖結晶」も確認された。高分子滑り拡散理論は、両者を統一的に説明する試みだった。この理論は世界的な物議を醸したが、ケラー教授の支援も助け、その後、広く認知される理論となった。

43歳でものにした偉業だが、彦坂教授本人が高分子結晶化初期の様子を確認できずにいた。「核生成から結晶化までをこの目で確かめたいと思ったのが1992年でした。周囲からは無謀だといわれましたが」と彦坂教授は語る。固体材料の主要な性質は結晶化初期に決定される。もしナノ核レベルで性状を制御できれば、これまでにない素材の開発も夢ではない。核生成の仕組み解明は、産業的にも大きな意味をもつのだ。

 

図1.高分子結晶の折りたたみ構造と球晶
図1.従来の高分子結晶の折りたたみ構造と球晶

従来の一般的な高分子においては、高分子鎖が折りたたまれるようにして厚さ約10 nmの板状の折りたたみ鎖結晶となる。これがさらに非晶をサンドウィッチしたような積層構造を構成し、これが成長して、球晶というゴルフボール用のような100 μmサイズの「巨大結晶」を構成する。そのために、その結晶化率は50%に満たず、弱い固体にしかなれない。

 

世界で初めて解明されたナノ核のふるまい

ナノサイズの核の観察で、唯一期待できるのは、X線を照射し、ナノ核による散乱をキャッチする小角X線散乱法(SAXS)である。しかし従来の放射光ではX線散乱強度が弱く、有効データとノイズの識別は難しかった。そこで高輝度放射光をもつSPring-8に彦坂教授は期待をかけた。

2002年、彼は、SPring-8の構造生物学IIビームラインBL40B2でポリエチレン融液を過冷却し、ナノ核の発生を観察した。融液とは純物質のみが融けた状態の液体である。期待どおり従来よりはるかに明確なデータは得られた。ただし生成するナノ核の数密度があまりにも小さく、データは乏しすぎた。十分な密度のナノ核を発生させる工夫が必要だったのだ。

彼は、核剤(NA)を利用することを考えた。核剤とは、核形成を促進する結晶体である。核が核剤の粒子上に発生すれば容易に成長が開始できる。塵が雲の生成を促進するのと同様の仕組みだ。

ただし高分子融液は粘度が高く、核剤を均一に分布させるのは至難だ。核生成が均一でなければ、データの信頼性が低下する。この核剤均一分散の研究を買って出たのは、当時、広島大学4年生だった岡田聖香博士研究員である。結果的に溶媒と高分子、核剤の懸濁液を超音波で混合するという手法に至った。「2003年から1年以上かけ核生成量を1万倍以上増大させることに成功しました」と岡田研究員は苦労を語る。

かくして高輝度X線が、核剤を均一に分散したポリエチレン融液に照射された。すると1 nmレベルからの幅広いサイズの核生成が散乱強度の増大としてリアルタイムでとらえられた。世界で初めてナノ核生成の様が解明された瞬間である。

解析の結果、ナノ核は無数に発生し続けるが、ほとんどはすぐに消え去ることがわかった。生まれた核の百万個に1個しか生き残れないのだ。核のサイズ分布を観察すると、ナノ核の数は初期に急増し、大きい核は後からゆっくり増大することも判明した(図2)。この成果は、岡田研究員の博士論文となり、さらに2007年に学術論文誌『Polymer』に掲載され、世界的な反響を呼んだ。

図2.核のサイズ分布の時間発展
図2.核のサイズ分布の時間発展

(a)核のサイズ分布の時間発展。縦軸が核のサイズ分布f (Nt)、横軸が時間t。核のサイズ(N)は高分子のくり返し単位数で示す。時間とともに、小さい核(N=20)の数は初期に急速に増大し、大きい核は後からゆっくり増大するという核生成の実体が初めて明らかになった。
(b)融液から生成している核生成の模式図。初期に小さい核がたくさん生成し、後から大きい核がゆっくり出てくる。

 

高分子融液を潰すという妙案

結晶性高分子は長いひも状分子なので、融液中で毛糸玉のように互いに絡み合う部分が多い。折りたたみ鎖構造の薄い板は、互いに層構造をなし「球晶」というゴルフボールのような結晶体になる(図1)が、球晶内には結晶になれずに固化しただけの非晶が半分以上残ってしまう。この非晶率の高さが、プラスチックの低強度、低耐熱性などの原因とされる。

もし非晶率をほとんどゼロにできるならば、高分子の性状は大きく改良できる可能性が高いが、誰も成功していない。ここで彦坂教授は「伸張」というアイデアを思いついた。毛糸玉状態になったひもでも左右に引っ張れば、分子は直線状になる。結晶や分子がバラバラな方向ではなく、一定の方向にそろうことを「配向」というが、ひも状分子を伸長し「配向融液」になれば容易に結晶化するので非晶率を大幅に小さくすることが可能かもしれない。

ただし液体を引っ張ることは不可能である。「そこで融液を潰してみることにしました」と彦坂教授と岡田研究員。左右に細長い溝の中に融液を入れ、瞬間的に高圧を加える。すると融液内には左右に広がる激流が生じ、急流にさらされて引き伸ばされる布のようにひも状分子が引き伸ばされ、高配向が実現するというのである。

そこで溝に入れた融液に1秒間で1000倍に伸長する力に相当する高圧をかける実験が行われた。伸長圧がもたらす融液の流れの速度は「伸長歪み速度」と名づけられた。

ここで興味深い現象が観察された。伸長歪み速度が一定以上になると同一温度でも結晶化が一気に百万倍速くなる「臨界伸長歪み速度」が確認されたのだ。同じ物質とは思えない変貌だ。そのメカニズムを知るために彦坂教授たちは、BL40B2でポリプロピレン融液を、臨界伸長ひずみ速度以上で伸張し、結晶化させて作成した固体を観察した。すると融液中の高分子鎖が平行に並んだ完璧に近い配向融液になり、あらゆる場所で無数の核が、ミリ秒オーダーで生成してナノ結晶になり、90%が結晶化した固体が生成していることが発見されたのだ。「ナノ配向結晶体(nano oriented crystals, NOC)」の誕生である。

NOCは、紙のように軽いのに引っ張り破壊強度、つまり引っ張る力に耐える強度が同重量の鉄鋼のなんと2〜5倍。しかも耐熱温度は通常のポリプロピレンより50°C以上高い176°Cで、高い透明性も示す。さらに製造コストは従来のプラスチックと大差なく、90%以上のリサイクルが見込まれるというおまけまでついていた。廉価な超高性能高分子材料なのである。

「X線回折法で調べると、100個以上の20〜30 nmの結晶が長さ2 μmの強い結合(共有結合)をしている1本のひも状分子鎖により結びつけられていたのです」と彦坂教授。ナノ結晶は「ひも」でしっかり結わえられているから鉄よりも強いのである(図3)。

NOC創製は、学術論文誌『Polymer Journal』に詳報され、国内外で特許申請が行われた。NOCは、自動車鋼板を含むさまざまな製品で、金属、セラミックスに代替できる。省エネルギー、省資源を実現する潜在力を秘めており、現在、科学技術振興機構(JST) のプロジェクトとして幅広い実用化をめざしている。彦坂教授たちの高分子結晶化との40年の格闘の成果は、巨大な果実に育ったのである。

 

図3.ナノ配向結晶体の構造模式図
図3.ナノ配向結晶体(NOC)の構造模式図

(a) ナノ配向結晶体(NOC)は、長さ2 μmのダイヤモンドと同等の強度のひも状分子が約100個のナノ結晶を連結した構造をとっている。その構造は「よろいモデル」と名づけられた。NOCはほぼ100%の結晶化度を示す。
(b) NOC生成の証拠となったX線回折像(左がWAXD、右がSAXS)。ナノ結晶の直径が26 nmであることがわかった。