トップページYSAEnglish


「SPRUC 2022 Young Scientist Award」の受賞者の決定について

SPring-8ユーザー協同体
会長 西堀 英治
SPRUC 2022 Young Scientist Award 選考委員会
委員長 尾嶋 正治

YSAは、SPring-8/SACLA利用法や解析手法の開発に顕著な成果を創出した若手研究者、あるいは測定手法や解析手法は確立された方法であったとしても、SPring-8/SACLAの特徴を活用し測定対象の分野にとって顕著な成果を創出した若手研究者に与えられる賞です。

このような観点からYSA選考委員会において厳正な審査を行った結果、下記の2名の受賞者を決定しました。

受賞者 井上 伊知郎(INOUE Ichiro)/ 理化学研究所 放射光科学研究センター
研究テーマ ユニークなXFELモードの開発と高強度X線科学への応用
受賞理由 井上伊知郎氏は、XFELのポテンシャルを高める新規の光源技術や計測手法を開拓し、XFEL科学に多大な貢献をした。まず、SACLAが世界に先駆けて実現した硬X線領域の2色XFELを用いて、フェムト秒の時間スケールで起こるX線損傷過程を捉える「X線ポンプ・X線プローブ法」を開発した。一連の研究によって、ポンプ光照射後20フェムト秒程度以内であれば試料の結晶構造に変化が生じないことを明らかにした。これにより、XFEL科学の究極的な目標の一つである単粒子解析の実現に向けて、「破壊前の回折」コンセプトによる、試料損傷を無視した測定が行えることを示した。さらに、マイクロチャンネルカット結晶分光器を用いた新規の「反射型セルフシード技術」を開発し、従来よりもスペクトル密度が約6倍高い、ほぼフーリエ変換限界のXFELパルスを生成することに成功した。反射型セルフシードは、SACLAを特長付ける運転モードとなっており、多くのユーザー実験に用いられ、重要な研究成果に繋がっている。また、X線領域で初めての実用的な非線形光学素子となる、飽和吸収を用いたX線レーザーの短パルス化を実現した。パルス幅の計測には、独自の「蛍光X線の強度干渉法」が用いられたことも特筆すべきである。これら研究業績は、新たなXFEL科学を切り拓くものであり、井上伊知郎氏はSPRUC 2022 Young Scientist Awardに相応しいと判断する。
受賞者 古池 美彦(FURUIKE Yoshihiko)/ 自然科学研究機構 分子科学研究所
研究テーマ 概日リズムを生み出す時計タンパク質の精密制御機構の解明
受賞理由 生命は本質的に動的なシステムであり、生命現象を理解するためには、その動的システムの構造基盤を解明することが必要不可欠である。地球上では、地球の自転に伴って環境因子(温度,湿度,光など)が約24時間(概日)の周期で変動しているが、多くの生命は概日時計と呼ばれる動的システムを備えており、生体内における地球の自転周期を宿した概日時計システムの精密な制御機構に関する問題は、生命現象の根幹に関わる研究テーマの一つである。古池美彦氏は、KaiA、KaiB、KaiCという3つのタンパク質の相互作用で約24時間の概日リズムを刻む、シアノバクテリアの概日時計システムを研究のターゲットにして、SPring-8を活用した研究成果により、概日時計システムの根幹となるKaiCリン酸化サイクルの全貌を原子のスケールで解明することに世界で初めて成功した。この中で古池氏が発見した単一部位のリン酸化サイクルが概日リズム発現の構造基盤であるという知見は、これまでの定説を覆すものであり、単一部位のリン酸化であっても、そこにリン酸化・脱リン酸化に伴う最小単位の構造変化が残存する限り、概日リズムを生み出し得ることを世界で初めて実証した極めて画期的な成果と言える。この研究成果は、単に概日リズムの解明に留まらず、細胞内の様々な動的制御における構造基盤の解明にも波及し、さらに新たな創薬等の開発にも寄与することが期待される。このような観点から、古池美彦氏はYoung Scientist Awardに相応しいと判断される。