大型放射光施設 SPring-8

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高強度X線が引き起こす特殊な融解現象 -X線と物質との相互作用を1000兆分の1秒単位で可視化-(プレスリリース)

公開日
2021年03月20日
  • SACLA

2021年3月19日
理化学研究所
筑波大学
高輝度光科学研究センター

 理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン開発グループビームライン開発チームの井上伊知郎研究員、矢橋牧名グループディレクター、筑波大学数理物質系/エネルギー物質科学研究センターの西堀英治教授、高輝度光科学研究センターの犬伏雄一主幹研究員らの国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設「SACLA[2]」を用いて、高強度X線を物質に照射した際に起こる融解過程をフェムト秒(1000兆分の1秒)オーダーの高い時間分解能で可視化することに成功しました。
 本研究成果は、非線形光学現象[3]の観測やタンパク質微結晶の構造解析など、高強度XFELを利用する研究のデザインやデータ解析などに貢献すると期待できます。
 今回、国際共同研究グループは、SACLAから時間差を制御した二つのXFELビームを出射して、ダイヤモンドに高強度X線を照射した際に起こる固体から液体への融解過程を測定しました。その結果、この過程が熱エネルギーの増加によって引き起こされる通常の融解ではなく、原子間ポテンシャル[4]の変化によって生じる特殊な融解(非熱的な融解)であることを明らかにしました。
 本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(3月19日付、日本時間3月20日)に掲載されました。

【論文情報】
<タイトル>
"Atomic-scale visualization of ultrafast bond breaking in x-ray-excited diamond"
<著者名>
Ichiro Inoue, Yuka Deguchi, Beata Ziaja, Taito Osaka, Malik M. Abdullah, Zoltan Jurek, Nikita Medvedev, Victor Tkachenko, Yuichi Inubushi, Hidetaka Kasai, Kenji Tamasaku, Eiji Nishibori, and Makina Yabashi
<雑誌>
Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.126.117403

通常の融解過程(左)と今回観測されたXFELによる融解過程(右)

通常の融解過程(左)と今回観測されたXFELによる融解過程(右)


※国際共同研究グループ

理化学研究所
放射光科学研究センターXFEL研究開発部門
ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
研究員 井上 伊知郎 (いのう えいちろう)
研究員 大坂 泰斗 (おおさか たいと)
ビームライン研究開発グループ 理論支援チーム
チームリーダー 玉作 賢治 (たまさく けんじ)
加速器研究開発グループ 先端ビームチーム
チームリーダー 原 徹 (はら とおる)
ビームライン研究開発グループ
グループディレクター  矢橋 牧名 (やばし まきな)
筑波大学数理物質系/エネルギー物質科学研究センター
教授 西堀 英治 (にしぼり えいじ)
助教 笠井 秀隆 (かさい ひでたか)
数理物質科学研究科物理学専攻
大学院生(研究当時) 出口 裕佳 (でぐちゆうか)
高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 
先端光源利用研究グループ 実験技術開発チーム
主幹研究員 犬伏 雄一 (いぬぶし ゆういち)
ドイツ電子シンクロトロン
教授 ビアタ・ジアジャ (Beata Ziaja)
研究員 マリック・アブドゥラー (Malik Abdullah)
研究員 ゾルタン・ジュレック (Zoltan Jurek)
研究員 ビクトール・トカチェンコ (Victor Tkachenko)
チェコ科学アカデミー
研究員 ニキータ・メドヴェージェフ (Nikita Medvedev)


研究支援
 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究「2色発振X線自由電子レーザーを利用した非線形X線分光法の開発(研究代表者:井上伊知郎)」による支援を受けて行われました。

背景
 20世紀後半に誕生したレーザーは、半世紀を経た今なお、科学技術に大きな変革をもたらし続けています。通常のレーザーが発振する波長の範囲は赤外線から可視光に限られてきましたが、近年になって米国のLCLS[5]や日本のSACLAといったX線自由電子レーザー(XFEL)施設が完成しました。このXFELは、波長がオングストローム(100億分の1メートル)程度の電磁波であるX線の領域で初めて実現したレーザーです。
 X線と物質との相互作用は非常に弱く、X線を照射しても物質の構造はほとんど変わらないと考えられてきました。しかし、強力な光であるXFELを試料に照射すると、多数の電子が同時に励起され、試料に不可逆的な構造変化が生じます。XFELを上手に使いこなすためには、実験条件を工夫して構造変化をできるだけ抑えながら実験を行う必要があります。しかし、このXFELが引き起こす構造変化は非常に速く生じるために、その詳細なメカニズムや構造変化のスピードは明らかになっていませんでした。

研究手法と成果
 国際共同研究グループは、SACLAから時間差を制御した二つのXFELビームを出射して、ダイヤモンドに高強度X線を照射した際に起こる固体から液体への融解過程の測定を試みました(図1)。試料に最初に当たるXFELビームを構造変化を引き起こす「ポンプ光」として、次に当たるXFELビームを試料の様子を調べる「プローブ光」として用いました。そして、ポンプ光とプローブ光の時間間隔を1フェムト秒(fs、1fsは1000兆分の1秒)以下の精度で変化させながら、プローブ光による試料からの回折強度を精密に測定しました。この回折強度を解析することで、ダイヤモンドの電荷密度分布が時間とともに変化していく様子を可視化することに成功しました(図2)。

図1 実験の概略図

図1 実験の概略図

SACLAから時間差を制御した二つのXFELビームを発振させて、試料に最初に当たるXFELビームを構造変化を引き起こす「ポンプ光」、次に当たるXFELビームを試料の様子を調べる「プローブ光」として用いた。ポンプ光とプローブ光の時間間隔を0.5fsから50fsまで変化させながら、プローブ光による試料からの回折強度を精密に測定した。


図2 ポンプ光を照射後のダイヤモンド(110)面の価電子の電荷密度分布の時間変化

図2 ポンプ光を照射後のダイヤモンド(110)面の価電子の電荷密度分布の時間変化

左: 光や熱による通常の融解過程では、原子の熱による移動(熱振動)がだんだんと大きくなっていき、ある時点で化学結合が耐えられなくなることで固体から液体への相転移が起こる。

右: 今回観測された融解過程では、XFEL照射によって電子励起による化学結合の切断が最初に起こる。そして、原子がもともと持っていた速度で位置を変化させていくことで融解が起こる。

 その結果、ポンプ光を照射してからわずか5fsの間に原子間の化学結合が切れて、原子の周りの電荷密度がほぼ球対称になることが明らかになりました。この等方的な電荷密度は、それぞれの原子が周りの原子の影響を感じておらず、あたかも孤立した原子になっていることを意味しています。
 さらに興味深いことに、化学結合が切断された後さらに15fs以上遅れて原子が移動し始めることが 分かりました。物質を光や熱などで温めることで起こる通常の融解過程では、原子の熱による移動(熱振動)がだんだんと大きくなっていき、ある時点で化学結合が耐えられなくなることで、固体から液体への相転移が起こります。一方で、今回観測された融解過程では、化学結合の切断と原子の移動の時間的な前後関係が通常の融解過程とは反対になっています(図3)。
 これらの実験結果と詳細なシミュレーションの結果、XFELの照射は電子の励起による原子間ポテンシャルの平坦化をもたらし、それによって原子がもともと持っていた速度で位置を変化させていく、という融解のメカニズムが明らかになりました。この過程は、原子の熱振動が原因で起こる融解ではないため、「非熱的な融解」ということができます。

図3 通常の融解過程(左)と今回観測されたXFELによる融解過程(右)との違い

図3 通常の融解過程(左)と今回観測されたXFELによる融解過程(右)との違い

時間経過に伴ってダイヤモンドの電荷密度が大きく変化する様子が観測された(左図)。
左下のカラーバーは電荷密度を示す。ポンプ光照射後5 fs後には、原子の周りの電荷密度はほぼ球対称になっている(右図)。
このことは、化学結合が切れていることを意味している。左図の35fsや50fsの電荷密度分布を見ると、原子の中心位置付近の電荷密度が通常のダイヤモンドと比較して小さくなっている。これは原子が元の位置から移動している、すなわち融解が起こり始めていることを意味する。

今後の期待
 今回明らかになった、非熱的な融解過程はダイヤモンドに限ったものではなく、さまざまな物質においても同様に起こると予測できます。XFELの強度は、X線光学素子や光源技術の発展によって日進月歩で進化しています。高強度のXFELをうまく使いこなすことは、21世紀のX線科学にとって極めて重要なテーマです。
 本研究で明らかになった物質の融解過程は、タンパク質微結晶の構造解析やX線非線形光学現象の探索のような高強度XFELを利用する計測科学技術の発展に貢献することが期待できます。


補足説明

[1] X線自由電子レーザー(XFEL)
X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。

[2] SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から供用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル(100億分の1メートル)以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。

[3] 非線形光学現象
物質の光への応答が、光の波の振幅に比例しない光学現象のことをいう。このような現象は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測には強力なレーザー光が必要とされる。

[4] 原子間ポテンシャル
異なる原子の間の相互作用に起因するエネルギーのこと。一般に、原子間が近づくにつれて減少するが、ある距離以下になると原子間の反発力のために急激に上昇する。

[5] LCLS
米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。Linac Coherent Light Sourceの頭文字をとってLCLSと呼ばれている。2009年12月から利用運転が開始された。



問い合わせ先
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい。
理化学研究所 放射光科学研究センター XFEL研究開発部門
 ビームライン研究開発グループ
  ビームライン開発チーム
   研究員 井上 伊知郎(いのうえ いちろう)
 ビームライン研究開発グループ
   グループディレクター  矢橋 牧名(やばし まきな)

筑波大学数理物質系/エネルギー物質科学研究センター
  教授 西堀 英治(にしぼり えいじ)
  E-mail: nishibori.eiji.gaatu.tsukuba.ac.jp

高輝度光科学研究センター
 XFEL利用研究推進室 先端光源利用研究グループ 実験技術開発チーム
  主幹研究員 犬伏 雄一(いぬぶし ゆういち)
  E-mail: inubushiatspring8.or.jp

<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
 E-mail:ex-pressatriken.jp

筑波大学 広報室
 TEL: 029-853-2040
 E-mail: kohosituatun.tsukuba.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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