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小惑星リュウグウ粒子の微小断層から読み解く天体衝突(プレスリリース)

公開日
2023年04月21日

2023年4月21日
国立研究開発法人 海洋研究開発機構
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
学校法人 神奈川大学
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所
国立大学法人 大阪大学
国立大学法人 東海国立大学機構 名古屋大学
国立大学法人 広島大学
学校法人 千葉工業大学
国立大学法人 京都大学
公立大学法人大阪 大阪公立大学

本研究のポイント
1.探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った小惑星リュウグウの粒子を高分解能電子顕微鏡で詳しく調べ、リュウグウを作る岩石に小天体が衝突した際の温度と圧力の上昇度を評価しました。
2.主要鉱物である粘土鉱物は、脱水分解を全く起こしておらず、衝撃温度は500℃より低かったことを明らかにしました。
3.リュウグウ粒子に見つかった断層構造と新たに発見した高密度の硫化物鉱物から、衝撃圧力は約2万気圧であり、天体衝突で発生する圧力としては、かなり小さな値であることを明らかにしました。
4.水を含む天体での衝突は水蒸気爆発を引き起こし大量の岩片をまき散らしますが、リュウグウではそのような活動は活発ではなかったことが明らかになりました。

 国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」)超先鋭研究開発部門高知コア研究所の富岡尚敬主任研究員を中心とする研究グループは、探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った小惑星リュウグウの粒子を高分解能電子顕微鏡で詳しく調べ、これらの粒子が経験した穏やかな天体衝突の痕跡を発見しました。本成果は英科学誌「Nature Astronomy」に4月21日付(日本時間)で報告されました。

<発表論文>
掲載誌: Nature Astronomy
タイトル:A history of mild shocks experienced by the regolith particles on hydrated asteroid Ryugu
DOI:10.1038/s41550-023-01947-5

背景
 天体衝突現象は、天体の破壊や合体に関わる重要な基礎プロセスです。我々の太陽系の惑星も、約46億年前の形成以来、大小様々なスケールの衝突を繰り返しながら進化してきました。特に小惑星は、太陽系初期に起こった衝突現象の記録を残していると考えられています。そのため、小惑星を起源とすると考えられている隕石の衝撃変成組織(破壊や流動といった変形を示す組織、鉱物の高密度化や溶融を示す組織)の観察が、各国のこの分野に関係する研究者の間で、精力的に行われてきました。
 直径約1 kmの小惑星リュウグウは, それより大きな母天体が天体衝突によって壊された際の破片からできたと考えられています。そして、リュウグウになったあとも多数の天体衝突を経験しています。衝突の痕跡を探るために最も有効な手段の一つは、小惑星の物質そのものを直接手にとって調べることです。しかし、このような分析の機会は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)はやぶさ計画による小惑星イトカワの表層粒子に限られていました。また、回収されたイトカワの粒子は0.1ミリメートルに満たない非常に小さなもので、衝撃の痕跡を詳細に調べることはできませんでした。
 このような状況の中、2020年12月6日、JAXAによる小惑星探査機「はやぶさ2」が、小惑星リュウグウの表層で回収した粒子を格納した容器を地球へ持ち帰ることに成功しました(文献1)。得られた試料の総重量は5.4gで、1ミリメートルを超える大きさの粒子も多数ありました。「はやぶさ2」によるリュウグウ物質の回収は、小惑星を構成する物質が経験した衝突の履歴を調べることのできる、世界で最初の機会になりました。リュウグウの粒子がもつ鉱物組織は微細なため、高知コア研究所の高分解能電子顕微鏡と、それを用いた地球外物質研究の蓄積が、本研究において重要な役割を果たしました。
 (参考:https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20210122/

成果
 リュウグウの粒子は、大部分が粘土鉱物(層状構造をもつ含水鉱物)からなることが、先行研究から明らかになっています(文献22–7)。本研究では、4つの粒子について透過電子顕微鏡 (TEM)※1を用いた高分解能観察や電子線回折像(※2)により、詳しい解析を行いました。いずれの粒子においても、粘土鉱物の一種である蛇紋石やサポナイトの混合層が多く観察されました(図1)。現在まで、これらの鉱物において、強い衝撃加熱によって分解・発泡した組織は一切見られませんでした。この観察結果と、過去に行われた隕石中の粘土鉱物の加熱実験の結果に基づき、この粒子は形成されたあとに一度も500℃以上まで加熱されていないことがわかりました。

【用語解説】

※1透過電子顕微鏡(TEM):薄膜化した試料に電子線を照射し、透過あるいは回折した強度から、ナノメートル以下の空間分解能で、微細組織や結晶の構造を解析できるタイプの電子顕微鏡です。 電子線照射により試料から発生したX線を分光し、微小領域の元素分析も行うこともできます。

※2電子線回折像単一の波長を持った電子線を結晶に照射すると、結晶が持つ面それぞれに特有の角度で回折(ブラッグ反射)が生じます。それぞれのブラッグ反射は、結晶の構造と化学組成により、 その強度が変化します。

図1

図1 リュウグウ粒子内部の透過電子顕微鏡像。(左)構成鉱物のほとんどは粘土鉱物で、隙間に鉄硫化物(Po) と鉄・ニッケル硫化物(Pn)の微粒子を含む。(右)粗粒な粘土鉱物(CC)の高分解能像。蛇紋石(層間隔0.7 nm)とサポナイト(層間隔1.1 nm)が折り重なっている。強い衝撃加熱で脱水・分解した痕跡は全く見られない。1 nm(ナノメートル)は100万分の1 mm。

 走査電子顕微鏡(SEM)※3による観察では、断層が観察されました(図2)。リュウグウ粒子は、酸化鉄(マグネタイト)の微粒子でできた木イチゴ状の球状集合体(フランボイド)を多く含みますが、この集合体が直線状の断層(3次元では面)に沿って50ミクロン近くまで大きく引き伸ばされたり、ずれたりしていました。我々の研究チームはこの断層構造の解析に、地球の断層に用いられている力学計算手法を応用しました。その結果、衝撃波によりリュウグウ粒子に与えられた圧力は約2万気圧であることがわかりました(図3)。 このような高圧力は直径1kmほどの小さな天体であるリュウグウの内部では生じ得ないことから、この断層はリュウグウより更に小さな天体が高速度で衝突した際に形成されたと結論づけました。

【用語解説】

※3走査電子顕微鏡(SEM)試料の表面で電子線を走査し、反射した電子や2次的に発生した 電子の強度分布、サブミクロンメートルの空間分解能で、微細組織を解析できるタイプの電子顕微鏡です。電子線照射により試料から発生したX線を分光し、微小領域の元素分析を行うこともできます。

図2

図2 リュウグウ粒子中に見られる断層組織の走査電子顕微鏡像。明るい粒子は酸化鉄(マグネタイト)。(左)球状の酸化鉄微粒子集合体(フランボイド)が断層によって引き伸ばされている。(三角矢印で示された領域)、(右)左図の点線で囲まれた領域の拡大像。断層に沿った粘土鉱物(三角矢印で示された領域)には、気泡や鉄–硫黄–酸素に富む微粒子などの溶融組織は認められない。矢印は断層のずれの方向を示す。

図3

図3 断層の変位(ずれ)の大きさと衝撃圧力の関係。断層面上は摩擦熱により周囲よりも高温になるが、その温度はリュウグウ粒子全体が溶ける温度(約1100℃)より低温である。測定した断層の変位量から、衝撃圧力の上限は約2万気圧と見積もられた。

 またTEMによる結晶学的な観察では、鉄・クロムの硫化物(化学式FeCr2S4)粒子が見つかりました(図4)。この粒子の電子線回折像は、FeCr2S4鉱物としてよく知られているドブリーライト(daubréelite)では説明がつかず、密度の高い結晶構造をもつゾレンスキーアイト(zolenskyite) であることがわかりました。ゾレンスキーアイトは、昨年、隕石の中から初めて発見・命名されたばかりの新鉱物で、リュウグウのゾレンスキーアイトは2例目の発見となります。このような高密度の構造をつくるには数万気圧の圧力が必要なことが実験的に明らかにされています。以上の断層組織や高圧鉱物などの衝撃組織の観察結果を総合すると、リュウグウが経験した衝撃圧力は2万気圧程度であったことが明らかになりました。イトカワのように水を含まない小惑星を起源とする隕石には、約20万気圧を超える圧力が記録されていることがあります。リュウグウにおける圧力は、それと比較すると一桁も低い値です。

図4

図4 リュウグウ粒子中に発見された高圧型の鉄・クロム硫化物(ゾレンスキーアイト)。(左)透過電子顕微鏡像、(右)ゾレンスキーアイトの電子線回折像。2万気圧以上の圧力発生を示唆する。

 水に富む小惑星物質に30万気圧程度の強い衝撃が加わると、粘土鉱物が熱分解し、生じた水蒸気の力で小惑星が爆発的に粉砕されてしまうことが知られています(文献8,9)。地球で回収される隕石や宇宙塵の多くも、このような強い衝突現象によって形成された可能性があります。しかしながら、本研究で観察したリュウグウ粒子で推定されたリュウグウの衝撃温度や圧力はとても弱いもので、脱水分解は全くしていませんでした。すなわち、少なくとも有機物と水に富む小惑星においては、岩片を大量に生み出すプロセスに、衝突イベントは大きな寄与をしていない可能性があります。

今後の展望
 本研究では、小惑星の物質そのものに記録された衝突の記録を、高分解能電子顕微鏡を用いた微細組織観察により、詳しく明らかにすることができました。さらに、微小断層の解析は、惑星物質科学と地震断層の専門家が身近に研究している高知コア研究所のユニークな環境があればこそ、はじめて地球外物質に応用することができました。
 その一方で、観察できた粒子は量も限られているため、今回の結果はリュウグウ全体を反映しているのか、他の含水小惑星でも同じような天体衝突が起こっているのかなど、さらに検証の必要がある課題も残っています。我々の研究チームは、リュウグウ粒子の観察だけでなく、炭酸塩や無水のケイ酸塩鉱物の衝突実験を行い、回収試料の微細組織から新しい圧力・温度指標を構築する研究を進めています。同時に、地球で回収される様々な隕石の衝撃組織の観察を継続中です。これらの結果を小惑星回収試料に応用し、より詳細に衝突イベントを明らかにしていく予定です。2023年秋にはNASAのオサイレス・レックス探査機が、リュウグウと同様に含水鉱物に富むと考えられる小惑星ベンヌからより多くの粒子を持ち帰る予定です。ベンヌ粒子の分析結果が加われば、小惑星ごとの天体衝突プロセスの違いも明らかになると期待できます。

参考文献
1. Yada et al., Nature Astronomy, 6, 214–220 (2022).
2. Ito et al., Nature Astronomy, 6, 1163–1171 (2022).
3. Nakamura, E. et al., Proceedings of the Japan Academy, 98, 227-282 (2022).
4. Nakamura, T. et al., Science, DOI:10.1126/science.abn8671 (2022).
5. Yokoyama et al., Science, DOI:10.1126/science.abn7850 (2022).
6. Noguchi et al., Nature Astronomy, 7, 170–181 (2023).
7. Yamaguchi et al., Nature Astronomy, doi.org/10.1038/s41550-023-01925-x (2023).
8. Tomeoka et al., Nature 423, 60–62 (2003).
9. Tomioka et al., Meteoritics & Planetary Science, 42, 19–30 (2007).

本研究に関連するプレスリリース
・大型放射光施設SPring-8での「はやぶさ2」サンプルカプセル内の粒子のPhase2キュレーション高知チームによる分析開始について
 https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20210617_2/
・小惑星リュウグウ:太陽系外縁部からの来訪者-多機関連携分析が読み解いた小惑星の記録-
 https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20220816/
・「小惑星が生命の星・地球を創り出した」 リュウグウ試料の分析により、地球がどのようにして水を得たのかが明らかに
 https://www.jamstec.go.jp/kochi/j/news/20221221.html
・小惑星リュウグウの活発な地質活動の歴史が明らかに
 https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20230322_2/

<発表論文>
掲載誌: Nature Astronomy
タイトル:A history of mild shocks experienced by the regolith particles on hydrated asteroid Ryugu

著者:Naotaka Tomioka1,*, Akira Yamaguchi2,3, Motoo Ito1, Masayuki Uesugi4, Naoya Imae2,3, Naoki Shirai5,6, Takuji Ohigashi7,8, Makoto Kimura2, Ming-Chang Liu9,†, Richard C. Greenwood10, Kentaro Uesugi4, Aiko Nakato11, Kasumi Yogata11, Hayato Yuzawa7, Yu Kodama12, ††, Kaori Hirahara13, Ikuya Sakurai14, Ikuo Okada14, Yuzuru Karouji11, Keishi Okazaki1,15, Kosuke Kurosawa16, Takaaki Noguchi17, Akira Miyake17, Masaaki Miyahara15, Yusuke Seto18, Toru Matsumoto17, Yohei Igami17, Satoru Nakazawa11, Tatsuaki Okada11, Takanao Saiki11, Satoshi Tanaka11, Fuyuto Terui19, Makoto Yoshikawa11, Akiko Miyazaki11, Masahiro Nishimura11, Toru Yada11, Masanao Abe11, Tomohiro Usui11, Sei-ichiro Watanabe20, Yuichi Tsuda3,11

所属:1Kochi Institute for Core Sample Research, X-star, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (JAMSTEC), Nankoku, Kochi 783-8502, Japan
2National Institute of Polar Research (NIPR), Tachikawa, Tokyo 190-8518, Japan
3The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI), Hayama, Kanagawa 240-0193, Japan
4Japan Synchrotron Radiation Research Institute (JASRI/SPring-8), Sayo, Hyogo 679-5198, Japan
5Graduate School of Science, Department of Chemistry, Tokyo Metropolitan University, Hachioji, Tokyo 192-0397, Japan
6Department of Chemistry, Faculty of Science, Kanagawa University, Hiratsuka, Kanagawa 259-1293, Japan
7UVSOR Synchrotron Facility, Institute for Molecular Science, Okazaki, Aichi 444-8585, Japan
8Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization, Tsukuba, Ibaraki 305-0801, Japan
9Department of Earth, Planetary, and Space Sciences, UCLA, Los Angeles, CA 90095, USA
10Planetary and Space Sciences, The Open University, Milton Keynes MK7 6AA, UK
11Institute of Space and Astronautical Science (ISAS), Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA), Sagamihara, Kanagawa 252-5210, Japan
12Marine Works Japan, Ltd., Yokosuka, Kanagawa 237-0063, Japan
13Department of Mechanical Engineering, Osaka University, Suita, Osaka 565-0871, Japan
14Synchrotron Radiation Research Center, Nagoya University, Nagoya, Aichi 464-8603, Japan
15Earth and Planetary Systems Science Program, Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University, Higashihiroshima, Hiroshima 739-8526, Japan
16Planetary Exploration Research Center, Chiba Institute of Technology, Chiba 275-0016, Japan
17Division of Earth and Planetary Sciences, Kyoto University, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan
18Department of Geosciences, Osaka Metropolitan University, Sumiyoshi-ku, Osaka 558-8585, Japan
19Kanagawa Institute of Technology, Atsugi, Kanagawa 243-0292, Japan
20Graduate School of Environmental Studies, Nagoya University, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi 464-8601, Japan
Now at Lawrence Livermore National Laboratory, CA 94550, USA
††Now at Toyo Corporation



 

(研究に関するお問い合わせ先)
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門
高知コア研究所 物質科学研究グループ
主任研究員 富岡 尚敬(とみおか なおたか)
 電話:088-878-2210
 E-mail:tomiokaatjamstec.go.jp

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
准教授 大東 琢治(おおひがし たくじ)
 電話: 029-864-5592
 E-mail: ohigashiatpost.kek.jp

東海国立大学機構 名古屋大学シンクロトロン光研究センター
特任准教授 櫻井 郁也(さくらい いくや)
アドバイザー 岡田 育夫(おかだ いくお)
 電話:052-747-6562
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広島大学大学院先進理工系科学研究科 地球惑星システム学プログラム
准教授 宮原 正明(みやはら まさあき)
 電話:082-424-7461
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広島大学大学院先進理工系科学研究科 地球惑星システム学プログラム
准教授 岡﨑 啓史(おかざき けいし)
 電話:082-424-7462
 E-mail:keishiokazakiathiroshima-u.ac.jp

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教授 野口 高明 (のぐち たかあき)
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准教授 瀬戸 雄介(せと ゆうすけ)
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