大型放射光施設 SPring-8

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地球マントルの謎の溶融層の形成メカニズムを解明 (プレスリリース)

公開日
2025年05月08日
  • BL04B1(高温高圧)

2025年5月8日
岡山大学
高輝度光科学研究センター

◆発表のポイント

・地球のマントルには410kmの深さにある不連続面上に2重の低速度層がしばしば観察されますがその成因は謎でした。
・高圧下でマントルを構成するケイ酸塩物質に水を加えたものを溶かして重い球を落下させることで溶融物の粘性を決定したところ、異常に粘性が低いことが分かりました。
・モデル計算から、上昇するマントル対流の部分で水を含む溶融物が存在する場合に2重の低速度層を再現できることが分かりました。

岡山大学学術研究院先鋭研究領域(惑星物質研究所)の芳野 極教授が参加する、日英仏米の国際的な科学者チームが、地球マントル深部に存在する謎めいた溶融層の成因を調査しました。Nature Communications誌(2025年4月4日)に掲載されたこの研究は、高圧科学技術先端研究センター(HPSTAR)とユニバーシティ・カレッジ・ロンドンに所属する岡山大学出身のロンジャン・シェ博士が主導しました。地球深部の水を含むケイ酸塩メルトの粘性測定から「メルト・ダブレット」と呼ばれる、地球の410 kmのマントル不連続面より上に位置する一対の溶融岩石層の形成過程を解明しました。岡山大学の高圧実験技術とSPring-8の強い放射光を用いて高温高圧下の含水ケイ酸塩溶融物(メルト)の粘性を測定し、モデル計算により、地球深部における溶融挙動がマントルのダイナミクスや水循環に及ぼす影響に関する謎を解き明かしました。この研究によりマントルの対流や化学進化への理解が進むことが期待されます。

論文情報
雑誌名: Nature Communications
題名 :Low melt viscosity enables melt doublets above the 410-km discontinuity
著者:Longjian Xie, Denis Andrault, Takashi Yoshino(芳野 極), Cunrui Han, James O. S. Hammond, Fang Xu, Bin Zhao, Oliver T. Lord, Yingwei Fei, Simon Falvard, Sho Kakizawa(柿澤 翔), Noriyoshi Tsujino(辻野 典秀), Yuji Higo(肥後 祐司), Laura Henry, Nicolas Guignot & David P. Dobson
DOI:10.1038/s41467-025-58518-7

芳野教授

岡山大学惑星物質研究所で博士の学位を取得した学生との共同研究からこの成果を得ることができました。SPring-8の高輝度放射光と惑星物質研究所の高圧発生技術によって、地球深部の高温高圧状態の物質をその場で観察することができます。研究者を目指す若者が減っていますが、ワクワクドキドキするような体験を我々と一緒にしてみませんか?

■発表内容

<現状>
地震探査により、マントル内でカンラン石から高圧相のワズレアイトへの遷移が起きる410km地震波不連続面(1)の直上に低速度層が検出されています。これらの低速度層は、多くの場合、含水ケイ酸塩メルトに起因すると考えられており、厚さは30~100kmとさまざまで、時には二重層として現れることがあります。これまでのモデルでは、高密度の溶融物が不連続面上に蓄積されることが示唆されていましたが、観測された二重の低速度層を説明することはできませんでした(図1b)。

<研究成果の内容>
研究チームは、大型放射光施設SPring-8(2)(BL04B1)において高圧実験を実施し、410 km不連続面近傍の温度圧力環境を再現し、含水ケイ酸塩溶融体の粘性(3)を測定しました。その結果、含水率の増加に伴い粘性が劇的に低下することが分かりました(図1a)。これらの含水メルトの非常に低い粘性は、マントル中を高速に移動することを可能にします。1次元シミュレーションによって、上昇するマントルにおける含水ワズレアイトの継続的な脱水溶融によって二層のメルト層が形成されることを明らかにしました(図1b)。興味深いことに、これらの層は、局所的な条件、特に密度差やプルーム(4)の上昇する速度に応じて、単一の厚い層に融合することも、明確な二重層のまま残ることもあります。この挙動は、アラビア半島南部のアファー地域のマントルプルームシステムで観測される、単一の溶融層から分離された二重層への遷移を完璧に説明することができます。

<社会的な意義>
地球深部のマントルにおける溶融体の移動過程の解明は、火山システム、地表と内部間の深層水循環、そして惑星進化に関する理解に革命をもたらす可能性のある重要な知見を提供します。この研究成果は、地質災害の予測から新たな鉱物資源の発見に至るまで、幅広い応用が期待される、地球深部プロセスの次世代モデル開発の基盤となります。この画期的な成果は、地球のダイナミックな内部構造に関する将来の研究に刺激的な道を開くものです。


図1 低粘性により410 km不連続面より上において2重溶融層の形成が可能になることを示す模式図。(a) マントル溶融物の粘性に対する水の影響。(b) アファープルーム領域で観測された溶融層分布。Thompson et al. (2015) から改変。

■研究資金

本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」(基盤S・21H04996研究代表:芳野極)、RCUK grants (NE/X009807, NE/T006617研究代表:David Dobson)の支援を受けて実施しました。また、本研究はSPring-8の課題番号2023A1109, 2024A1175で実施しました。ダイヤモンドシーリング技術は、フランスのソレイユにあるプシシェで、課題番号20230084、20220234、20211568、および20201203の支援を受けて開発されました。回収されたサンプルのトモグラフィーは、ClerVolcの2024年度ビジタープログラム(課題番号686)の支援を受けて実施されました。ダイヤモンドカプセルの製造は、英国王立協会の大学研究フェローシップ(UF150057)の形で部分的に支援されました。ビームタイムの実験準備は、岡山大学惑星物質研究所(IPM)の2023年度共同利用・共同研究拠点の支援を受けて行われました。


【補足・用語説明】

※1. 410km不連続面
地球内部の上部マントルと遷移層の境界で、深さ約410kmに存在し、主にかんらん石(オリビン)が高圧でワズレアイトへ相転移するため、地震波の速度が急に変わる不連続面で、地球内部の構造理解や、マントル物質の挙動を調べる上で重要な層です。

※2. 大型放射光施設 SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※3. 粘性
物質が流れにくさを示す性質で低粘性は流れやすいことを意味し、マントル対流や地震波の伝播、地球の熱輸送などに影響します。

※4. プルーム
マントル深部から上昇する熱くて軽い物質の柱状構造で、地表に到達すると火山活動を引き起こすことがあり、ハワイやアイスランドのプルームなどが代表例です。



本件に関するお問い合わせ先
<お問い合わせ>
岡山大学 学術研究院先鋭研究領域(惑星物質研究所)
教授 芳野 極

高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後 祐司

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp