地震の発生頻度は岩石にかかる力の大きさを反映することを解明 大地震発生の評価につながる基礎研究(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年05月26日
- BL04B1(高温高圧)
- BL15XU(理研 物質科学III)
2025年5月26日
愛媛大学
高輝度光科学研究センター
理化学研究所
●実験室におけるミニ地震の発生は、岩石試料が受ける力が過去に受けた最大値を上回った場合に限られること(カイザー効果)が知られていた。
●しかし、技術的な問題により、カイザー効果は常温常圧でしか確認されておらず、数10kmの深さで発生する実際の地震の高温・高圧下では確認されていない。
●本研究では、深さ60~90kmの地震発生場の温度圧力環境を実験室で再現し、カンラン石の変形実験とミニ地震の測定を行った。
●サブ秒オーダー(1秒以下)の高い時間分解能での観察を可能にするSPring-8の次世代X線が、実験成功の鍵となった。
●この結果、地震発生場の温度圧力環境下にてカイザー効果はおおむね成立したが、カイザー効果に反する結果も得られた。
●地震発生場の温度圧力環境下では、岩石がある一定以上の強い力を受けている場合にのみ地震が発生するものと予想される。
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センターの大内智博准教授、入舩徹男教授、高輝度光科学研究センターの肥後祐司主幹研究員、理化学研究所の矢橋牧名グループディレクターなどからなる研究チームは、大地震発生のリスク評価につながる実験に成功しました。以前より、実験室におけるモデル実験では、ミニ地震の発生は岩石が受ける力の大きさ(差応力)が過去に受けた力の最大値を更新した場合に限られることが知られていました(カイザー効果)。仮にカイザー効果が実際の地震に対しても成り立つのであれば、地震が頻発する状況は「地下の岩石がかつてないほどの力を受けている」ことを意味するため、大地震発生のリスクが高まっていると解釈できます。しかし技術的な問題から、実際に地震が発生する高温高圧環境下にてカイザー効果が成立するかどうかを検証することは困難でした。地震発生をもたらす岩石の破壊現象は秒単位で進行しますが、そのような時間分解能にて破壊現象を観察するのは高温高圧下では困難だったためです。 |
地震発生予測技術の実用化は、地震大国である我が国にとって悲願です。これまで、大地震の前兆現象の有無について経験的・統計的な観点から検討され続けてきました。その結果、予測の指標となりうる観測値(例えばグーテンベルク・リヒター則のb値(※1))が見いだされていますが、いずれの指標も防災に応用できる程の高い有効性はありません。そもそも、経験的・統計的な観点から得られた“指標”は、「なぜそれが指標となりうるのか?」といった問いに明確に答えることができません。
一方、物質科学的に裏付けされた地震発生予測の指標があれば、より信頼しうる指標となりえます。カイザー効果は、その代表例です。カイザー効果はもともと1950年にドイツのカイザー博士によって金属の変形・破壊のプロセスにて見出された現象で、その物質が受ける力が過去に受けた力の最大値を超えた場合に破壊が発生する、というものです。岩石でも同様にカイザー効果が成り立つことが知られており、常温常圧の実験室におけるミニ地震の発生は岩石が受ける差応力が過去最大値を更新した場合に限られます。仮にカイザー効果が実際の地震発生場でも成り立つのであれば、微弱地震が頻発する状況は「地下の岩石がかつてないほどの力を受けている」ことを意味します。これはすなわち、大地震発生の可能性が高まっていることを示唆することとなります。このような背景から、カイザー効果に関する研究は防災への応用が期待されます。これまで多くの研究がなされてきましたが、地下10~700 kmに位置する地震発生場の高温高圧環境下(200~1000℃、0.3~25万気圧)での実験は行われてきませんでした。そのような環境下にて、サブ秒単位(1秒以下)で進行する破壊現象を連続的に観察するのは技術的に困難だったためです。
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の大内智博准教授を中心とする本研究チームは、稍(やや)深発地震(図1)が多発する深さ60~90 kmのプレート内部の温度圧力条件下(600~900℃、2~3万気圧)でのカンラン石(※2)の変形実験(※3)を大型放射光施設SPring-8(※4)のビームラインBL15XU 及びBL04B1にて行いました(図2)。特にBL15XUでは強力な次世代X線と高温高圧発生装置(マルチアンビル装置)を組み合わせて用いることで、高温高圧下にてサブ秒単位で進行するカンラン石の破壊現象の観察に成功しました。実験ではGRCで独自に開発した高圧力環境用の測定技術を用い、カンラン石試料を押しつぶした際に発生する『アコースティック・エミッション(AE)』(※5)という音波を検出しました。これは実験室における“ミニ地震”に相当し、自然地震を実験室で模した状況を再現できたことになります。
実験では、差応力が過去最大値を更新しながら上昇しつづける場合にはミニ地震が発生し、差応力が低い状態ではミニ地震の発生が休止するという結果が得られました(図3)。この結果はカイザー効果の定義と一致します。しかし一方で、カイザー効果の定義から外れる結果も得られました(差応力が過去最大値を下回っている場合でも、ある程度差応力が高い状態が維持され続ける場合にはミニ地震は発生する)。以上の結果は、高温高圧下にて微弱地震が頻発する状況は、どちらの場合であっても「地震発生場の岩石がある一定程度の強い力を受けている状態」であると解釈することができます。
本研究では微弱地震の発生頻度における差応力の効果を検証しましたが、微弱地震の発生頻度は他の効果(例えば地下水の侵入など)によっても影響を受けるものと予想されます。そのため、防災への応用には本研究のような基礎実験を継続して積み重ねていく必要があります。今後、室内実験の結果と地震観測の結果を合わせることによって、大地震発生の可能性評価への展望が期待されます。
図1.日本列島下に沈み込むプレートと稍深発地震。稍深発地震とは、深さ50~300kmにて発生する地震のことを指す。稍深発地震のほとんどは、日本をはじめとした沈み込み帯において、地球深部へと沈み込むプレートの内部にて発生する。稍深発地震は、プレート内部にて「二重深発地震面」という地震発生場を形成する。
図2.マルチアンビル装置(左)と高温高圧力下でのアコースティック・エミッション検出技術の概要(右)。マルチアンビル装置では、超硬合金製の高圧発生用アンビルを上下左右の6方向に配置し、その中心に配置した立方体の高圧力発生容器(ピンク)内のカンラン石試料に高圧力を加える。カンラン石の破壊の際に発生する特徴的な音波である『アコースティック・エミッション』を高圧発生用アンビルの背面に張り付けた計6個のセンサーで検出する。
図3.温度880℃、圧力2.3万気圧におけるカンラン石試料の変形実験の結果の一例。変形中には差応力が上昇する(白)。変形を定期的に一時停止することにより、差応力は低下する(水色)。試料の変形がある程度進行すると(ひずみ0.08以上)、アコースティック・エミッション(AE)が発生した。ただしAE発生は差応力が上昇する過程(白)に限定されており、差応力が低下する過程(水色)ではAEは発生しなかった(カイザー効果の成立)。ただし試料が大きく変形すると(ひずみ0.2以上)カイザー効果に反し、差応力が過去最大値未満の状態でもAEが発生した。なお、差応力はカンラン石の複数の回折線(茶:021、ピンク:130、オレンジ:131)より決定しているため、回折線の種類によって得られる応力値は多少異なる。
■日本学術振興会科学研究費補助金
課題番号:19H00722, 23H00147
■三菱財団
課題番号:202310008
■SPring-8一般利用課題
課題番号:2022B1183, 2023A1213, 2023B1229
■SACLA/SPring-8基盤開発プログラム
【用語解説】
※1. グーテンベルク・リヒター則のb値
グーテンベルク・リヒター則とは、マグニチュードが大きい地震ほど発生頻度は低いといった統計的な経験則を定式化したもの。b値は両者の比例定数である。自然地震のb値は一般的に1であることが多い。マグニチュードが大きい地震の発生頻度が相対的に増加した場合、b値は低下する。
※2. カンラン石
カンラン石は上部マントル及びプレート(稍深発地震の発生場)の最主要構成鉱物であり(6~7割を占める)、その化学組成はMg1.8Fe0.2SiO4で表される。
※3. 変形実験
実験試料に数万気圧以上の超高圧をかけるマルチアンビル装置の一種である、D-DIA型変形装置を用いて行う。6つのアンビルを大型のプレスで加圧し、中心に置かれた試料に高圧力を発生させた上で、その試料を変形させる機能をもつ。放射光を用いることにより、試料にかかる圧力、差応力、歪みを測定することができる。
※4. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いて幅広い分野の研究が行われている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁場によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。
※5. アコースティック・エミッション(AE)
微小破壊音とも呼ばれる。クラック(割れ目)が成長する際に放出される弾性波のことであり、一般的には50 kHz~5 MHzの範囲の周波数をもつ。高温高圧環境下においてクラックを直接観察するのが困難なため、AEが検出されれば、発生源にクラックが存在することの強い証拠となる。自然地震との共通点も多いことから、実験室における“ミニ地震”と呼ばれることもある。
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