大型放射光施設 SPring-8

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Tb-Coアモルファス薄膜の4つの磁気補償点の発見 -磁性体の応用に新しい視点-(プレスリリース)

公開日
2025年06月10日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)

2025年6月10日
群馬大学
量子科学技術研究開発機構
信州大学
高輝度光科学研究センター

本件のポイント

● Tb-Coアモルファス薄膜の円偏光X線磁気コンプトン散乱測定を行い磁気補償、角運動量補償、スピン磁気補償、軌道磁気補償の少なくとも4つの補償点があることを明らかにした。
●これまで磁気補償、角運動量補償については、垂直磁化、高速磁化反転との関連が注目され研究が進められてきた。今回新たに見出したスピン磁気補償、軌道磁気補償に着目した研究を進めることで、電界駆動・電流駆動磁化反転などに関連したスピントロニクスデバイス開発の進展が期待される。
●本研究は群馬大学、量子科学技術研究開発機構、信州大学、高輝度光科学研究センターとの共同研究であり、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギーX線の利用によって可能になった。

群馬大学(学長:石崎泰樹)の櫻井浩教授・高橋学教授、量子科学技術研究開発機構(理事長:小安重夫。以下「QST」)の安居院あかね上席研究員、信州大学(学長:中村宗一郎)の劉小晰教授、高輝度光科学研究センター(理事長:雨宮慶幸)の辻成希主幹研究員らの研究グループは、磁気コンプトン散乱測定を利用し、磁気デバイス材料であるTb-Coアモルファス薄膜において、磁化がゼロとなる磁気補償、角運動量がゼロとなる角運動量補償、スピン磁化がゼロとなるスピン磁気補償、軌道磁化がゼロとなる軌道磁気補償の少なくとも4つの補償点があることを見出しました。これまで、磁気補償に着目した垂直磁気記録に関する研究、角運動量補償に着目した高速磁化反転に関する研究が進められてきました。新たに見出した軌道角運動量補償あるいはスピン角運動量補償に着目した研究が進めば、電界で軌道磁気モーメントを制御する電界駆動の磁気メモリーや電流のスピントルクで磁壁駆動できるレーストラックメモリーなどの開発に資する可能性があります。本研究で見出した4つの補償点の関係は、各補償点に関連した材料の機能を活用したスピントロニクスデバイスの設計に指針を与えると期待されます。なお、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギー・円偏光X線を用いることで、初めてこの測定が可能になりました。


図 TbxCo100-xアモルファス薄膜の4つの磁気補償点の組成比依存性。
磁化がゼロとなる磁気補償組成Xcon、 角運動量がゼロとなる角運動量補償組成XJ、スピン磁気モーメントの総和がゼロとなるスピン磁気補償組成Xspin、 軌道磁気モーメントの総和がゼロとなる角運動量補償組成Xorbitalの温度変化。Xorbital (T) < XJ (T) < Xcon (T) < Xspin (T)であることがわかる。



論文情報
雑誌名: Journal of Magnetism and Magnetic Materials
題名 :Four compensation points in TbxCo100-x amorphous films
著者:Akane Agui, Akino Harako, Naruki Tsuji, Xiaoxi Liu, Kazushi Hoshi, Kosuke Suzuki, Manabu Takahashi, Hiroshi Sakurai
DOI:10.1016/j.jmmm.2025.173248

研究の背景

一般に磁性体はマクロな磁化測定(注1)で評価されていますが、我々はミクロスコピックな磁性の起源となる構成元素、スピン磁気モーメント、軌道磁気モーメントに着目しTb-Coアモルファス薄膜の磁気補償について研究を進めてきました。Tb-Coアモルファス薄膜は、スペリ磁性(注2)とよばれる特殊な磁気構造を有しており、Co原子とTb原子の磁気モーメントは互いに逆を向いているため、特定の組成で薄膜の磁化がゼロとなります。この現象は磁気補償と呼ばれ、その組成近傍では高密度磁気記録に有効な垂直磁化が観測されます。スピン磁気モーメントは電子のスピン角運動量に起因し、軌道磁気モーメントは電子の軌道角運動量に起因します。スピン角運動量と軌道角運動量の総和がゼロとなる角運動量補償組成では、磁気記録時間を短縮できることが知られています。これら良く知られた磁気補償と角運動量補償に加え、スピン磁気モーメントの総和がゼロとなるスピン磁気補償組成や、軌道磁気モーメントの総和がゼロとなる軌道磁気補償組成で、電流のスピントルクによる磁壁駆動や電界による軌道磁気モーメント制御との関連を見出せる可能性があります。また、4つの磁気補償点の関係を把握することにより、垂直磁化、高速磁化反転、電流駆動・電界駆動磁化反転など各補償点に関連した材料の機能を活用したスピントロニクスデバイス(注3)の設計に指針を得ることができます。しかしながら、スピン磁気補償と軌道磁気補償の実験的報告はなく、磁気補償、角運動量補償、スピン磁気補償、軌道磁気補償の関係については明らかではありませんでした。


研究成果

今回の研究では、組成xを変えた7種類のTbxCo100-xアモルファス合金薄膜(12<x<23)を信州大学で作製しました。群馬大学のSQUID磁力計で磁化測定を行い、高輝度光科学研究センターの協力のもとQST、群馬大が大型放射光施設SPring-8(注4)のBL08Wで磁気コンプトン散乱測定(注5)を行いました。各組成の試料について、10K<T<300Kの範囲で測定温度を変えて測定しました。各組成、各測定温度における測定データを解析して、Tb原子・Co原子それぞれの原子の電子に起因するスピン磁気モーメント、軌道磁気モーメント、角運動量を解析しました。その結果、ある温度においては磁化がゼロとなる磁気補償組成Xcon、角運動量がゼロとなる角運動量補償組成XJ、スピン磁気モーメントの総和がゼロとなるXspin、軌道磁気モーメントの総和がゼロとなるXorbitalの4つの磁気補償組成が存在すること、それらの磁気補償組成は温度変化し、Xorbital (T) < XJ (T) < Xcon (T) < Xspin (T)の関係にあることを見出しました()。
特に本研究で新たに指摘したスピン角運動量補償点あるいは軌道角運動に関する知見は、電流のスピントルクで磁壁駆動できるレーストラックメモリー(注6)や電界で軌道磁気モーメントを制御する電界駆動の磁気メモリーの開発に資すると考えられます。本研究で示された4つの補償点補償点を独立に制御したり、組み合わせて制御したりすることで、材料の機能をより活用したスピントロニクスデバイスの設計指針が得られると期待されます。なお、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギー・円偏光X線を用いることで、初めてこの測定が可能になりました。

今後の展開

本研究で示された4つの補償点に関する知見は、電流駆動磁壁移動時に僅かな電流で磁壁駆動ができる超低消費電力のレーストラックメモリー、電界で軌道磁気モーメントを制御する電界駆動磁気抵抗メモリー(MRAM)、スピン流の検出(スピンホール効果)を用いたTHzのセンサーの開発など、スピントロニクスデバイス開発のブレークスルーにつながると期待されます。さらに、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(注7)で開発される高性能の軟X線磁気円二色性吸収測定装置を活用することで、広汎な新磁性材料の局所磁気補償の解明が大きく進展すると期待されます。

付記

本研究は日本学術振興会(JSPS) 科研費 基盤研究(C) 15K04658, 19K04464、基盤研究(B) 22H02103、国際共同研究強化(B) 21KK0095からの支援を受けて行われました。


【用語解説】

※1. マクロな磁化測定
外部磁場によって試料全体に誘導された磁気成分を計測する。代表的な測定に振動試料型磁力計(VSM磁力計)やSQUID磁力計を用いる方法がある。

※2. スペリ磁性
希土類-遷移金属合金がアモルファス構造をとるとき、希土類元素の4f電子の磁気モーメントと3d遷移金属元素の3d電子の磁気モーメントの向きは、それぞれが一方向にそろうのではなく分布を持つことが多い。4f電子の磁気モーメントと3d電子の磁気モーメントが互いに逆向きの分布を持つ場合をスペリ磁性とよぶ。

※3. スピントロニクスデバイス
従来のエレクトロニクスデバイスでは、半導体におけるpn接合を利用しており、電子の電荷を電場で制御することによりデバイスの動作を制御している。スピントロニクスデバイスでは、電子のスピンを磁場または電流で制御することにより、デバイスの動作を制御する。微細化や低消費電力化に有効である。

※4. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁場によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

※5. 磁気コンプトン散乱測定
入射X線が物質中の電子で散乱されたとき、散乱X線のエネルギーが入射X線のそれより低くなる現象をコンプトン散乱とよぶ。物質中の電子のスピン状態に依存したコンプトン散乱を磁気コンプトン散乱とよぶ。この現象を利用して磁化のスピン成分を測定することができる。

※6. レーストラックメモリー
磁区の磁化の向きで0と1の情報が書き込まれた磁気ナノワイヤに、電流パルス(矩形波)を与えることによって情報のある磁区を駆動し(磁壁を駆動し)、読み取り素子である磁気トンネル接合素子(MTJ素子)で構成する磁性層で読みだす。不揮発性であり、機械的な駆動部分がないため省電力で高速の読み出しが可能とされる。

※7. 3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)
国の主体機関である量子科学技術研究開発機構と地域パートナー(宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会で構成)の代表機関である光科学イノベーションセンターによる官民地域パートナーシップという新しい枠組みによって整備・運営する特定先端大型研究施設で、東北大学青葉山新キャンパス内に立地している。利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。最新の円型加速器設計を国内で初めて採用した第4世代放射光施設で、従来の100倍の高輝度化と高コヒーレント化を実現することで、物質構造の解析に加え、機能に影響を与える「電子状態」、「ダイナミクス」等の詳細な解析が可能。



本件に関するお問い合わせ先
〈研究に関すること〉
群馬大学 大学院理工学府電子情報部門
教授 櫻井浩
教授 高橋学

量子科学技術研究開発機構
上席研究員 安居院あかね

信州大学 大学院工学研究科 教授 劉小晰

高輝度光科学研究センター(JASRI) 放射光利用研究基盤センター
回折・散乱推進室 主幹研究員 辻成希

〈報道に関すること〉
群馬大学 桐生地区事務部事務課庶務係(広報担当)
TEL:0277-30-1895(直通)  FAX:0277-30-1020
E-mail:rikou-prml.gunma-u.ac.jp

量子科学技術研究開発機構
国際・広報部国際・広報課
TEL:043-206-3026(直通)  FAX:043-206-4062
E-mail:infoqst.go.jp

信州大学 総務部総務課広報室
TEL:0263-37-3056(直通)  FAX:0263-37-2188
E-mail:shinhpshinshu-u.ac.jp

<SPring-8/SACLAに関すること>
高輝度光科学研究センター 
利用推進部 普及情報課 
TEL:0791-58-2785  FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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