大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

未来の材料開発に向けた新しい大環状分子を合成 未踏だったパーヒドロキシアサー[6]アレーンとその酸化体を世界で初めて合成し、機能を解明(プレスリリース)

公開日
2025年06月10日
  • BL41XU(生体高分子結晶解析 I)

2025年6月10日
公立大学法人 名古屋市立大学

【研究のポイント】

・新環状分子「パーヒドロキシアサー[6]アレーン」とその酸化体を世界で初めて合成
・両分子は、将来的な機能化に有利な多数の遊離水酸基を有する
・従来のピラーアレーンでは到達できなかった新しい機能性分子設計や材料開発への展開が可能に

名古屋市立大学の田畑 愛美 大学院生、青栁 忍 教授、雨夜 徹 教授らの研究グループは、新しい環状分子「パーヒドロキシアサー[6]アレーン」およびその酸化体「パーヒドロキシアサー[6]キノン」の合成に世界で初めて成功しました(図1)。これらの分子は、材料科学など幅広い分野で注目されている環状分子「ピラーアレーン」と構造的に類似する新たな派生体にあたります。母骨格であるアサーアレーンは、ピラーアレーンよりも多くの官能基を有し、高機能材料の創出に有望な構造を備えています。しかし、2013年の初報告以来、水酸基が遊離した「パーヒドロキシ化体」は、これまで合成例が報告されておらず、未踏の分子でした。本研究により、その合成と単離が初めて達成され、さらに酸化により対応するキノン誘導体への変換も実現しました。これにより、従来アクセスが困難であった新たな分子を利用した機能性分子の設計や材料開発の可能性が大きく広がります。
本研究成果は 米国化学会の国際学術誌『Organic Letters』の電子版に2025年6月6日(日本時間)付で掲載されました。

論文情報
雑誌名: Organic Letters
題名 :Synthesis and Characterization of Perhydroxy-asar[6]arene and Perhydroxy-asar[6]quinone
著者:田畑 愛美1,2、青栁 忍1、雨夜 徹1*
所属:1) 名古屋市立大学 大学院理学研究科、2) 名古屋市立大学 大学院薬学研究科(*Corresponding author)
DOI:10.1021/acs.orglett.5c01891

【背景】

ピラー[n]アレーン図1A)(注1)に代表される環状分子は、分子内に空間を持つ「ホスト分子」として、超分子化学や材料科学、さらには医薬品のドラッグデリバリーなど、さまざまな分野で応用が進んでいます。中でも、全ての芳香環がメトキシ基で置換されたアサー[n]アレーン図1B)(注2)は、官能基導入の自由度が高く、より高機能な分子設計が可能な骨格として期待されています。しかし、その水酸基を遊離させた「パーヒドロキシアサー[n]アレーン」(図1C)(注3)は、これまで合成例がなく、応用展開の障壁となっていました。


図1. (A)ピラー[n]アレーン、(B)アサー[n]アレーン、(C)本研究で合成した「パーヒドロキシアサー[6]アレーン」およびその酸化体「パーヒドロキシアサー[6]キノン」

【研究の成果】

パーヒドロキシアサー[6]アレーンの化学合成がこれまで達成されてこなかった背景には、この化合物自体が非常に不安定であることが、本研究によって明らかになったという事実があります。特に、空気中の酸素に対して極めて敏感で、容易に酸化されてしまう性質が、合成および単離の大きな障壁となっていたと考えられます。本研究チームはこの課題に対し、窒素雰囲気下で水を加えて目的化合物を沈殿させ、窒素を吹き付けながら速やかにろ過するという操作により、パーヒドロキシアサー[6]アレーンの単離に成功しました。さらに、この化合物を空気中に曝露することで自発的に酸化が進行し、酸化体であるパーヒドロキシアサー[6]キノン(注4)が得られることも明らかにしました(図1C)。
得られたパーヒドロキシアサー[6]キノンは、水酸化カリウム水溶液中で溶解性を示し、明確な二電子還元波を示すなど、酸化還元活性を持つことが確認されました。また、大型放射光施設SPring-8のBL41XUを用いたX線結晶構造解析により、分子内に溶媒分子を包接した構造が明らかになり、分子が平面状に積層する様子も観察されました。さらに、2価のジアンモニウムカチオンをゲスト分子とするホスト–ゲスト包接挙動を水溶液中で示し、特にこの包接はエントロピー駆動の相互作用であることが明らかになりました。

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

本研究で合成されたパーヒドロキシアサー[6]アレーンおよびそのキノン型誘導体は、これまでのピラーアレーンでは実現できない分子設計や高機能材料の開発に向けた強力な足がかりとなります。多数の水酸基をもつことから、金属イオンとの錯形成、さらなる化学修飾、電子伝達材料としての展開などが期待されます。今後は、分子センサー、電池材料、ナノ材料、分子触媒など、環境・エネルギー・医療分野への応用が見込まれ、持続可能な社会の構築にも貢献する可能性を秘めています。

【研究助成】

科学研究費補助金「挑戦的研究(萌芽)」(課題番号:JP24K21772、研究代表者:雨夜徹)


【用語解説】

(注1)ピラーアレーンまたはピラー[n]アレーン
2008年に生越友樹氏および中本義章氏らによって初めて合成された環状分子。ベンゼン環がメチレン基(–CH₂–)でつながってできた柱状構造を持ち、その構造が柱(pillar)を想起させることから「ピラーアレーン」と名付けられた。[n]は繰り返し単位の数を表す。環内に空孔を有し、他の分子を包み込むホスト分子として機能する。合成および誘導化が容易であり、分子認識や超分子材料、分子機械など多様な分野で応用が進んでいる。

(注2)アサーアレーンまたはアサー[n]アレーン
2013年にJames Fraser Stoddart氏らによって合成されたピラーアレーンに類似した構造を持つ環状分子。アサロールメチルエーテル(asarol methyl ether)から合成されたことに由来し、「アサーアレーン」と名付けられた。[n]は繰り返し単位の数を表す。ピラーアレーンのベンゼン環上の水素原子がすべてメトキシ基(–OCH₃)に置換されている点が特徴であり、より高い官能基化の可能性を持つ骨格である。

(注3)パーヒドロキシ
「完全にヒドロキシ化された」という意味。ヒドロキシ基(-OH)は水酸基ともよばれる。

(注4)キノン
ベンゼン環に似た炭素の6員環構造において、二重結合(C=C)2つとカルボニル基(C=O)2つが共存する構造をもつ有機化合物。電子を受け取る性質をもち、酸化還元反応に関与しやすい。生体内ではビタミンKや補酵素Q(ユビキノン)などの構造にも見られ、生命活動において重要な役割を果たす。



本件に関するお問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院理学研究科 教授 雨夜 徹

【報道に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 経営企画部広報室広報係
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8328  FAX:052-853-0551
E-mail:ncu_publicsec.nagoya-cu.ac.jp

連携できる企業様でご関心をお持ちいただける場合は、下記の問い合わせ先までご連絡ください。
【共同研究に関する企業様からの問い合わせ】
名古屋市立大学 産学官共創イノベーションセンター
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8041  FAX:052-841-0261
E-mail:ncu-innovationsec.nagoya-cu.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

ひとつ前
Tb-Coアモルファス薄膜の4つの磁気補償点の発見 -磁性体の応用に新しい視点-(プレスリリース)
現在の記事
未来の材料開発に向けた新しい大環状分子を合成 未踏だったパーヒドロキシアサー[6]アレーンとその酸化体を世界で初めて合成し、機能を解明(プレスリリース)