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電気の力でココアバターの結晶をコントロール! 〜美味しくて健康的なチョコレート製造へ貢献〜(プレスリリース)

公開日
2025年06月13日
  • BL40XU(SAXS ID)

2025年6月13日
広島大学
高輝度光科学研究センター

【本研究成果のポイント】

・ココアバターがもつさまざまな結晶の構造(=結晶多形)を、電気の力(外部電場)によってコントロールし、口どけの良い結晶を生成することに成功しました。
・口どけの良さにつながるV型結晶の生成には、外部電場を加えるとともに、適切な周波数を加えることが重要です。
・口どけの良い(微細な結晶の)美味しいチョコレート製造への応用に期待されます。

広島大学大学院統合生命科学研究科 小泉 晴比古 准教授、上野 聡 教授、羽倉 義雄 教授、高輝度光科学研究センター 関口 博史 主幹研究員(チームリーダー)、青山 光輝 主幹技師の共同研究グループは、チョコレートの美味しさを左右する重要な要素であるココアバターの結晶多形(※1)について、外から電気を加える外部電場を適用することで、美味しい口どけをもたらすⅤ型という結晶への変化(多形転移)を促進できることを明らかにしました。
本研究では、ココアバターのⅡ型からⅤ型への多形転移頻度が、適用する外部電場の周波数によって変化することを確認しました。特に、10 kHz(キロヘルツ)の周波数で約2.85倍の多形転移の促進効果が得られる一方、周波数が高くなるにつれて効果は減少し、5 MHz(メガヘルツ)で消失することを見出しました。この現象は、結晶と結晶の境目にあたる「界面」に形成される「電気二重層(※2)」の挙動に起因すると考えられ、電気二重層の安定性が結晶多形の促進に重要であることが示唆されました。この成果は、外部電場を利用してココアバターの結晶構造を調整することが、よりきめ細かいⅤ型結晶の生成を促進し、結果として優れた口どけを持つチョコレート製造に貢献する可能性を示しています。
本研究成果はFood Research Internationalのオンライン版に2025年5月27日付で掲載されました。

論文情報
雑誌名: Food Research International
題名 :Control of Polymorphic Transition for Cocoa Butter under Applied External Electric Field
著者:Haruhiko Koizumi1※, Yuka Nakao1, Hiroshi Sekiguchi2, Koki Aoyama2, Yoshio Hagura1, Satoru Ueno1
所属:広島大学 大学院統合生命科学研究科1,高輝度光科学研究センター2, 責任著者
DOI:10.1016/j.foodres.2025.116368

【背景】

チョコレートの美味しさ、特に「口どけの良さ」は、ココアバターに含まれる結晶の状態(結晶多形)によって決まります。ココアバターには Ⅰ型から Ⅵ型 まで6種類の結晶多形がありますが、最も望ましいとされるのが、人間の口の温度(33℃)に近い温度で融解するⅤ型です。美味しいチョコレートを作るためには、このⅤ型をいかに正確に生成・制御するかが非常に重要です。加えて、Ⅴ型の結晶サイズを細かくすることも、より良い舌触りや食感を実現するために不可欠です。
これまで、金属や酸化物といった無機物質やタンパク質といった有機物質の結晶化において、応力場(力の加え方)、磁場、電場、電磁場などの外からの影響(外場)を応用して制御する試みが行われてきました。中でも電場は、比較的弱い強度でも効果が得られるため、大型の装置を必要とせず結晶化を制御できるという利点があります。本研究は、この電場の利点に着目し、ココアバターの結晶多形制御、特にⅡ型からⅤ型への多形転移の促進を目指しました。

【研究成果の内容】

本研究では、ココアバターのⅡ型からⅤ型への多形転移に対する外部電場の効果を詳細に調べました。ココアバターに3000 V/cmの外部電場を1週間加え、多形転移頻度を調査しました。ココアバターの結晶多形の特定には、兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL40XUを使用しました。非常に細くて強いX線を使ってココアバターの結晶の形や微細な構造を詳しく調べるための実験装置です。まず、光学顕微鏡像で示されている白い球状の晶出物が、ココアバターのⅤ型であることが、SPring-8のBL40XUを用いて、明らかとなりました。そして、このココアバターのⅤ型である白い球状の晶出物を観察すると、外部電場(3000 V/cm)を加えることで、Ⅱ型からⅤ型への多形転移頻度が促進することが確認されました。また今回のケースでは、ココアバターのⅤ型の誘電率がⅡ型の誘電率よりも小さいために電場によって多形転移頻度が促進したと熱力学的に解釈できます。実際にココアバターのⅡ型とⅤ型の誘電率を測定し、熱力学的な解析と整合することも示されました。
さらに、多形転移の促進効果は、加える電場の周波数に依存し、10 kHzの周波数では外部電場を加えなかった時と比べ、約2.85倍まで増加しました。しかし、周波数が1 MHz以上になると効果は著しく減少し、5 MHzでは効果がほぼ消失しました。ココアバターの誘電率の周波数依存性の測定において、1 MHzあたりで誘電率の減少(誘電緩和(※3)が観察されました。このことから、1 MHz以上の周波数では、結晶界面で形成されていた電気二重層が不安定になったり、消失したりすると考えられます。
つまり、ココアバターの多形転移を効果的に制御するためには、単に電場をかけるだけでなく、電気二重層の形成と安定性を考慮し、適切な周波数で電場を加えることが重要であることが分かりました。この技術を用いることで、口どけの良いⅤ型の微細な結晶を効率的に生成することが可能になります 。


図1:ココアバターのⅡ型からⅤ型へ多形転移している様子
電場なしでは、多くの結晶がⅣ型にとどまり、Ⅴ型への転移は限定的。
電場ありでは、Ⅴ型が増加し多形転移頻度が促進されている。

【今後の展開】

本研究で得られた、外部電場によるココアバターのⅡ型からⅤ型への多形転移の促進の知見は、きめ細かいⅤ型結晶の生成を制御し、より優れた口どけを持つチョコレート製造技術の発展に貢献することが期待されます。特に、電気二重層の安定性を考慮した周波数や電場条件の最適化が、更なる結晶多形制御の鍵となります。また、外部電場がココアバターの粘度を低下させ、低脂肪化にも貢献する可能性が報告されています。チョコレートの原料は、カカオマスや砂糖といった粉体を加えることで粘度が高くなり、製造時にパイプの詰まりなどの問題が生じやすくなります。通常はココアバターを追加して粘度を下げる(追油)ことで対応していますが、外部電場によって追油せずに粘度を低下させることができれば、ココアバターの使用量を削減でき、低脂肪チョコレートの製造が可能になります。このように本技術を応用して、美味しさと健康を両立させた新しいチョコレート製品の開発にも貢献できると考えています。


【用語解説】

※1. 結晶多形
同じ化学組成を持つ物質が、分子の配列が異なる結晶構造をとる現象。ココアバターでは、Ⅰ型からⅥ型の6つの結晶多形が存在し、Ⅰ型が最も熱力学的に不安定で、Ⅵ型が熱力学的に最安定となっている。

※2. 電気二重層
物質の表面にプラスの電気が溜まると、その近くにマイナスの電気が引き寄せられてできる薄い二重構造。これが表面の電気の状態を安定させ、外部からの電気の影響を調節する。本研究では、ココアバターの結晶界面に形成される電荷の分布を指す。

※3. 誘電緩和
電場をかけた際に物質内の電荷の再配置が遅れる現象。特定の周波数で誘電率が変化し、エネルギー吸収が起こる。



本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
広島大学 大学院統合生命科学研究科 准教授 小泉晴比古(こいずみ はるひこ)

公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター
主幹研究員 関口博史(せきぐち ひろし)

<広報・報道に関すること>
広島大学 広報室
TEL:082-424-6762
E-mail:kohooffice.hiroshima-u.ac.jp

高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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