ヒメダイヤの新たな応用:蛍光X線ホログラフィーの高圧下での測定に成功 ~特定元素周りの原子位置の3次元的可視化~(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年07月19日
- BL37XU(分光分析)
2025年7月19日
愛媛大学
広島大学
名古屋工業大学
広島市立大学
高エネルギー加速器研究機構
高輝度光科学研究センター
島根大学
奈良先端科学技術大学院大学
・ 蛍光X線ホログラフィーは特定元素周りの3次元的な原子配置を可視化する構造解析手法。しかし、そのシグナルが微弱なため、高圧下の測定はできていなかった。
・ 大型放射光施設SPring-8の強力な次世代X線、ダイヤモンドアンビルセルおよびナノ多結晶ダイヤモンド(NPD=ヒメダイヤ)を組み合わせた測定システムを構築して高圧下の測定に初めて成功した。
・ NPDからの回折X線をX線吸収フィルターで除去し、SrTiO3単結晶からのホログラフィー像を13.3 GPa(1 GPaは約1万気圧)の高圧まで明瞭に観測した。
・ 常誘電体SrTiO3(チタン酸ストロンチウム)単結晶試料のSr周りの原子配置と加圧による圧縮過程を可視化した。
・ 圧力誘起の構造相転移の前駆現象の観測、原子間距離をコントロールした時のドープ元素の挙動など物質科学、材料科学に関わる研究トピックへの応用が期待される。
・ 多結晶性超硬材料であるNPDの新しい活用例となった。
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の石松直樹教授、入舩徹男教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科のZhan Xinhuiさん(博士課程)、中島伸夫准教授、名古屋工業大学物理工学類の木村耕治准教授、林好一教授、広島市立大学情報科学研究科の八方直久准教授などからなる研究チームは、蛍光X線ホログラフィー(※1)の13.3 GPaまでの高圧下測定に初めて成功しました。
論文情報 |
【詳細】
研究の背景:
物質の元素の組成をわずかに変えるだけで材料特性が変わることはよく起こります。近年のナノテクノロジーでは原子レベルでの調製を経て優れた機能性材料が生み出されています。一方、この材料特性を理解するために、あるいはその機能性をより高度化・高性能化するために、「得られた特性・機能に関わっているのは材料のどの部分なのか、を原子レベルで明らかにしたい」という要望が高まっています。このようなニーズに応える放射光実験手法として、任意の元素を対象にできる広域X線吸収微細構造(EXAFS)や蛍光X線ホログラフィーが挙げられます。EXAFSはX線吸収元素を中心とした動径方向、つまり一次元に投影された原子配置が得られます。これに対し、蛍光X線ホログラフィーはX線吸収元素を中心とした三次元の原子配置を与える優れた特長があります。原子間距離を自在にコントロールできる高圧と蛍光X線ホログラフィーを組み合わせれば、原子レベルの構造可視化に「圧力」という新たなパラメーターを加えることができ、材料科学や物性研究にとって蛍光X線ホログラフィーはより重要な手法となるはずです。
研究内容と成果:
しかし蛍光X線ホログラフィーは試料からの蛍光X線強度に対して0.1%程度にしかならない微弱な散乱シグナルを抽出する必要があるため、高圧下での測定は簡単ではありません。それは、常圧での実験では不要な高圧発生装置による邪魔(ノイズ)が発生するためです。例えば、高圧発生装置であるDACの素材として利用される一般的な単結晶ダイヤモンドは、試料からの蛍光X線を光源とする擬コッセル線を発生させます(※5)(図2a)。これが強いノイズとなって試料からのホログラム像を完全に打ち消すため、高圧下での蛍光X線ホログラフィー測定は実現していませんでした。
そこで、本研究チームはナノ多結晶体のダイヤモンド(NPD)をアンビルとして用いることで擬コッセル線の除去を試みました。図2bに示すように今回試料とした常誘電体単結晶試料SrTiO3(※6)のSrからの蛍光X線によるホログラム像が鮮明に観測されました。このホログラム像ではSrTiO3試料の単結晶性に由来するコッセル線(※5)も観測されています。一方、NPDは擬コッセル線を発生しない代わりにその多結晶性から、 粉末回折パターン(※7)を試料のホログラム像に重畳させます。このノイズを取り除くために、イットリウム(Y)金属箔を粉末回折パターンの除去フィルターとして二次元検出器の前に設置しました(図1)。この結果、図2cと図2dに示すように試料SrTiO3のみの明瞭なホログラム像とコッセル線の抽出に13.3 GPaまでの高圧下で成功しました。この時、金属箔を揺動させることで箔の均質性を高めることもノイズ除去に重要だと分かりました。
13.3 GPaの最大圧力まで得られたホログラム像からは、圧力を加えるに従って結晶格子が収縮することに伴う連続的な変化が観測されました。得られたホログラムを全球のホログラム像に拡張し、これをフーリエ変換することで得た1.3 GPaでのSr原子周りの原子配置を例として図3に示します。このように高圧下においてある一つのSrの周辺のTi原子や別のSr原子の配置を明瞭に観測することに成功しました。
多結晶の超硬材料であるNPDは天然単結晶ダイヤ特有のノイズを発生しないために、高圧下のX線吸収分光測定において優れた特性を発揮します。そのためSPring-8や欧州放射光施設(ESRF)のような世界の主要な放射光施設で利用されています。今回の結果は、同じX線分光技術の一つである蛍光X線ホログラフィーの実験においてもNPDの優れた材料特性が生かせることを示した成果といえます。
今後の展開:
超伝導状態の発現に関連する圧力誘起の構造相転移の前駆現象の観測、特徴的な物性に寄与する極微量添加元素(ドープ元素)における原子間距離をコントロールした時の挙動といった、物質科学、材料科学への広い応用が期待されます。今回の高圧下蛍光X線ホログラフィー測定の成功は「得られた特性・機能に関わっているのは材料のどの部分なのかを原子レベルで可視化したい」というこれまでの研究目的をさらに発展させることができ、「材料の局所構造がどのような変形を受けた場合に機能が発現するか?」という、より高度化したニーズにも応えられます。今後、測定可能な圧力領域を100 GPa以上の超高圧下に拡張できれば、圧力誘起超伝導物質や惑星内部の構成物質の再現など、常圧では想像できない現象に対して原子レベルの構造観測も可能となるかもしれません。
この成果は愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター 石松直樹、新名亨、入舩徹男、広島大学大学院先進理工系科学研究科 Zhan Xinhui、中島伸夫、名古屋工業大学物理工学類 木村耕治、林好一、広島市立大学情報科学研究科 八方直久、熊本大学産業ナノマテリアル研究所 Halubai Sekhar、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 佐藤友子、高輝度光科学研究センター 河村直己、東晃太朗、関澤央輝、門林宏和、田尻寛男、兵庫県立大学理学研究科 江口律子、岡山大学異分野基礎科学研究所 久保園芳博、島根大学材料エネルギー学部 細川伸也、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科 松下智裕の共同実験として実施されました。
【研究助成】
日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業・学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」、課題番号:20H05878、20H05879、20H05881、20H05884、21H05567、21H05569、23H04117
科学技術振興機構(JST)「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」、課題番号:JPMJFS2129
SPring-8一般利用課題、課題番号:2022A1011、2022B1022、2023A1022、2023B1520、2024A1277
【用語解説】
※1. 蛍光X線ホログラフィー
ホログラフィーは物体を三次元的に可視化する光学技法であり、紙幣やクレジットカードの偽造防止など身の回りで活用されている。物体に散乱された光(物体波)と散乱されずに通過した光(参照波)との干渉パターンを記録したものはホログラムと呼ばれ、得られたホログラムに光を照射すると、元の物体があたかもそこにあるかのような三次元像を再生することができる。蛍光X線ホログラフィーは、この技術をX線に適用して原子レベルの像再生に応用したものである。蛍光X線発生原子から球面波として発する蛍光X線(参照波)を周辺原子が物体波として散乱した時、参照波と物体波の干渉パターンがホログラフィー像となる。
※2. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※3. ダイヤモンドアンビルセル
上下一対のダイヤモンドで試料を挟み込み高圧を発生する装置。試料を加圧するダイヤモンド先端の平らな部分をキュレットと呼び、キュレット径を選択することで数十万気圧から数百万気圧の高圧実験が可能となる。可視光とX線に対して透明なダイヤモンドの性質を利用して各種光学測定、放射光実験の高圧下測定に広く利用されている。
※4. ナノ多結晶ダイヤモンド
愛媛大学GRCと住友電工との共同研究によって生み出された超高硬度ナノ多結晶ダイヤモンド(NPD)。「ヒメダイヤ」とも呼ばれる。約10ナノメーター(1ナノメーターは百万分の1ミリメートル)のダイヤモンド微粒子が 固く結合したもので、世界で最も硬いダイヤモンドとして知られる。X線吸収や中性子回折の高圧実験において優れたアンビル素材としても活用されている。
※5. コッセル線と擬コッセル線
試料が長周期構造を持つ単結晶の場合、散乱原子が周期的に配列しているため特定の方位のホログラム像は参照波と物体波の干渉がブラッグの条件を満たし、蛍光X線ホログラムの強度に比べて数十~数百倍の強度をもった回折X線が測定されるホログラム像となる。この回折X線は線状のイメージとして記録され、コッセル線という。擬コッセル線もコッセル線と同様に発散X線を光源(参照波)とした回折像であるが、発散X線の発生源と試料が有意に離れている場合に擬コッセル線という。高圧下の蛍光X線ホログラフィーの場合は、SrTiO3試料からの蛍光X線が参照波となり、その直上にある単結晶ダイヤモンドアンビルが物体波を生じ、その周期性から擬コッセル線が発生する。
※6. SrTiO3
チタン酸ストロンチウム。よく知られた常誘電体試料の一つ。常温常圧下では立方晶を取るが、低温下あるいは高圧下では正方晶に相転移する。良質な単結晶が得られることから薄膜形成での基盤材料として広く使われる。これらの性質から今回の実験試料として選択した。
※7. 粉末回折パターン
結晶などの原子が規則正しく配列した物質にX線が入射したとき、原子によって散乱されたX線がお互いに干渉して特定の方向で強め合ったり弱め合ったりする回折現象が知られる。これはX線の波としての性質によるものである。いろいろな結晶方位を持つ粉末試料や多結晶試料においては、X線が回折すると結晶方位のランダム性からリング状の回折像が得られる。これが粉末回折パターンとなる。
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