コヒーレントX線により金属材料内部のナノ構造変化を“動画”で観察 ─高性能材料開発に繋がる新手法─(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年09月18日
- BL29XU(理研 物理科学I)
2025年9月16日
国立大学法人東北大学
国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
国立研究開発法人 理化学研究所
●軽量・高強度なマグネシウム合金の加熱実験で、析出物の生成から成長までの過程をナノメートルスケールの“動画”で観察しました。さらに、個々の析出物の成長速度や方向の定量評価にも初めて成功しました。
●光の位相がそろったコヒーレントX線を用いる複数の計測法とデータ科学的アプローチを組み合わせた新しい解析フレームワークを構築しました。
マグネシウム合金は、実用金属の中で最も軽量かつ高強度であるため、自動車や家電製品、航空機などの構造材料として強く期待されています。 |
研究の背景
マグネシウム合金は、実用金属の中で最も軽量かつ高強度であるため、自動車や家電製品、航空機などの構造材料として強く期待されています。その強度をさらに高める手法として、希土類(レアアース)金属などを添加し、金属組織の内部に微細な「析出物」を形成させる方法が知られています。この析出物がどのように生成し、成長していくかを正確に理解し、制御することが、より高性能な合金を開発する鍵となります。
しかし、これらの現象は高温状態の合金内部で起こるため、その様子を「その場(in-situ)」で、かつナノメートルスケールの高い空間分解能で直接観察することは非常に困難でした。従来の透過型電子顕微鏡(注1)を用いた観察では、試料をごく薄く加工する必要があり、厚みのあるバルク材料本来の性質を反映しているか不明であるという課題がありました。そのため、厚みのある試料の内部を、実用環境に近い高温下で、ナノメートルスケールの空間分解能で直接観察できる新しい技術が求められていました。
研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」(注2)の高速積分型X線画像検出器CITIUS(注3)を備えた理研ビームラインBL29XUにて、三角形開口を用いた動的CXDI光学系を構築し、700 Kで加熱保持したマグネシウム-亜鉛-ガドリニウム(Mg97Zn1Gd2)合金試料からの回折強度パターンを取得しました(図1)。試料の一か所にX線を照明し続け、連続的に繰り返し測定した回折強度パターンに対して、X線光子相関分光(XPCS)(注4)と動的コヒーレントX線回折イメージング(CXDI)(注5)を適用することで、速いダイナミクスを解析しました。一方、試料を走査して取得した複数枚の回折強度パターンに対して、X線タイコグラフィ(注6)を適用することで、緩やかなダイナミクスを広い視野で解析しました。これらの手法を組み合わせることで、高温下の金属内部で生じる析出物の生成、成長、粗大化という一連のプロセスの観察に取り組みました。
まず、X線タイコグラフィを用いて、Mg97Zn1Gd2合金を700 Kで10時間にわたって加熱保持した際の緩やかな構造の変化を追跡しました(図2)。その結果、合金内部に元々存在していた(Mg, Zn)3Gdという化合物が溶解し、長周期積層構造(LPSO構造)(注7)が析出、粗大化していく様子を明瞭に捉えることに成功しました。
次に、より短い時間スケールで起こる構造の変化を捉えるため、連続取得した回折強度パターンについて、動的CXDIとXPCSによる解析を実施しました。その結果、700 Kで加熱保持を開始してからわずか数十秒で析出物の形成が始まり、その後数百秒かけて粗大化することを明らかにしました(図3(a, b)と図4(a, b))。
さらに、動的CXDIで得られた動画データに対して、オプティカルフロー解析(注8)を適用しました。これにより、個々の析出物がどの方向にどれくらいの速さで成長しているかを可視化し、構造変化の速度を定量的に評価することに成功しました。
これらの結果を統合することで、合金内部で起こる析出物の「生成」「成長」「粗大化」という一連の現象を、複数の時空間スケールにわたって包括的に解明することが可能になりました。(図4(c))
本研究で実証された、複数のコヒーレントX線回折法とデータ科学的解析を組み合わせた方法は、様々な材料内部で起こるナノスケールのダイナミクスを解明する強力なツールとなります。今後は、金属材料だけでなく、触媒、電池、高分子材料など、多種多様な材料の研究開発に応用し、その高機能化に貢献することが期待されます。また、2029年度の利用開始を目指したSPring-8の大規模改修(SPring-8-II)が完了すれば、より高輝度なX線が利用可能となり、本計測法の時間・空間分解能がさらに向上することも期待されます。
(b)構造が変化する速さの加熱保持時間依存性。図3(a)で取得したマップを解析することで得られる。約400秒を境に減少傾向が変化しており、このタイミングで主な構造の変化が(Mg, Zn)3Gdの分解からLPSO相の成長へと切り替わることを反映している。
(b)図4(a)に示した試料像から、700 Kに到達する前に取得していた試料像を差し引いた差分画像。加熱保持によってLPSO相が形成されている領域が、緑色の領域として現れている。スケールバーは2 µm。
(c)ある時刻について、オプティカルフロー解析によって得られた変位ベクトル(緑色の矢印)を再構成した試料像に重ねたもの。析出物の成長方向が矢印の向き、速度が矢印の長さによって定量的に可視化されている。上図のスケールバーは2 µm、赤色破線の枠内を拡大した下図のスケールバーは500 nm。
本研究は、科学研究費助成事業特別推進研究(JP23H05403研究代表者:高橋幸生)、科学研究費助成事業特別研究員奨励費(JP22KJ0302研究代表者:高澤駿太郎)、2024年度SACLA/SPring-8基盤開発プログラムによる助成を受けて行われました。また、Mg97Zn1Gd2合金は、熊本大学先進マグネシウム国際研究センターの山崎倫昭教授より提供されました。試料調製は、板本航輝博士と千葉洋博士の協力のもと行われました。また、本成果に関する論文は『東北大学 2025年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業』の支援を受けました。
【用語解説】
注1. 透過型電子顕微鏡
細く絞った電子ビームを試料に照射し、透過したビームから試料構造を観察する顕微法。原子レベルで像観察が可能だが、試料を数百ナノメートル程度まで薄く加工しなければならない。
注2. 大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外線から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広く研究が行われている。
注3. 高速積分型X線画像検出器CITIUS
理化学研究所らが開発した、高フレームレートと高ダイナミックレンジを兼ね備えた次世代のX線画像検出器システム。これまでに、X線タイコグラフィにおいて高い位相感度および空間分解能が得られることが実験的に確認されている(Y. Takahashi et.al., J. Synchrotron Radiat. 30(5), 2023, p.989. URL: https://doi.org/10.1107/S1600577523004897)。
注4. X線光子相関分光(XPCS)
干渉性の優れたX線(コヒーレントX線)を用いたダイナミクス測定手法。コヒーレントX線を試料に照射して得られる散乱像を時分割で取得し、その時間変化から、試料のダイナミクスを解析する。X線の特徴を活かすことで、可視光に不透明な試料内部の動きを分子スケールで調べることができる。XPCSは、X-ray photon correlation spectroscopyの略。
注5. 動的コヒーレントX線回折イメージング(動的CXDI)
回折強度パターンに位相回復計算を実行し、試料像を取得するイメージング法。重要な特徴として、X線領域において光学素子の性能に制限されない高い空間分解能を有する。CXDIは、coherent X-ray diffraction imagingの略。
注6. X線タイコグラフィ
CXDIの手法のうちの一つ。試料にコヒーレントX線を照射する際、試料面上でX線照射領域が一部重複するように試料を二次元走査し、各走査点において回折強度パターンを取得する。得られた複数の回折強度パターンに対して位相回復計算を実行することで、一枚の試料像を取得する。動的CXDIと比べて速いダイナミクスは観察できないが、広い視野で像観察を行うことができる。
注7. 長周期積層構造(LPSO構造)
遷移金属と希土類金属の濃化した層とマグネシウムの層が一定の周期で並んだ構造。LPSO構造を含むマグネシウム合金は、高強度で軽いため、構造材料としての応用が進められている。LPSOは、long period stacking orderedの略。
注8. オプティカルフロー解析
動画内の物体の動きをベクトルで表現する計算技術。動画データの連続するフレーム間で、ピクセルの移動量を計算し、その方向と速度を捉える。
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