マイクロ波エネルギーを1原子に集中させて化学反応 ――クリーンな手法で二酸化炭素を高効率変換――(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年10月11日
- BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
2025年10月11日
東京大学
名古屋大学
高輝度光科学研究センター
♦化学反応を起こすためには、熱などのエネルギーが必要です。反応容器に熱を伝えるには、火やお湯を使って周りから全体を温める方法が一般的です。
♦今回の成果では、電子レンジ加熱の原理である「マイクロ波」を用いて「1原子だけ」を加熱し、高いエネルギー変換効率で二酸化炭素を有用化合物に変換することに成功しました。
♦マイクロ波は再生可能エネルギーとの相性もよく、将来的な二酸化炭素の排出削減に貢献します。
東京大学大学院工学系研究科の石橋 涼 大学院生と岸本 史直 講師、高鍋 和広 教授らによる研究グループは、名古屋大学大学院理学研究科の谷口 博基 教授、高輝度光科学研究センターの山田 大貴 主幹研究員らと共同で、マイクロ波を用いた加熱技術(注1)によって、高いエネルギー変換効率で二酸化炭素から一酸化炭素を製造する逆水性ガスシフト反応(注2)が進行することを世界で初めて実証しました(図1)。本研究のポイントは、マイクロ波エネルギーをゼオライト触媒(注3)に含まれる単一原子にのみ集中させることで、化学反応に必要なエネルギーを効率的に注入したことにあります。実験室スケールで、通常の加熱方法に比べて「マイクロ波-to-化学反応のエンタルピー変化(注4)」の指標が4倍以上となりました。本成果は、マイクロ波と再生可能エネルギーの親和性の高さによる化学産業電化(注5)と、高効率な二酸化炭素変換の両面から化学工業のグリーントランスフォーメーション(GX)の道筋を強く推し進めるものとして期待されます。
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発表内容
私たちの身の回りにある製品に用いられているプラスチックや化学繊維、ガラスといった「素材」のほとんどは、化学工場での化学反応によって製造されています。通常、化学反応には熱エネルギーが必要であり、日々大量のエネルギーが消費されています。このエネルギー源の多くは化石燃料に依存しているため、これらを再生可能エネルギー由来の電力に転換していく「化学産業電化」の実現が強く望まれています。
また多くの場合、化学反応は特定の数原子・数分子といった非常に小さな部分で起こります。したがって、大きな化学反応器の中でも本当に化学反応のエネルギーを必要とする部分は限定的です。一方で、火を使用する従来の加熱方法では、化学反応器全体に熱エネルギーが分散してしまいます。
この問題に対して、東京大学の岸本史直講師を中心とする研究チームは、電子レンジの加熱原理である「マイクロ波加熱技術」に着目し、化学反応が起こる非常に小さな部分にのみ熱エネルギーを送り届けることで化学反応の省エネルギー化と化学産業電化を両立する、新たな技術の開発に世界に先駆けて取り組んできました。2023年には、マイクロ波エネルギーがゼオライト触媒に含まれる「金属イオン活性点(注3)」に集中する現象を実験的に証明し、世界的な注目を集めました(関連情報)。
今回の研究成果では、ゼオライト触媒を丁寧に設計することで、マイクロ波エネルギーが集中した金属イオン活性点を用いて二酸化炭素の転換反応を行い、高いエネルギー効率で化学反応を進行させることに成功しました。
触媒開発にあたり東京大学の岸本講師・高鍋教授のグループでは、20種類の金属イオン種、5種類のゼオライト結晶構造、そして6種類のゼオライト中のケイ素―アルミニウム比(注3)を変化させた触媒材料に対して網羅的な実験を行い、マイクロ波加熱現象を注意深く観察しました。これらの中で最も加熱効率がよかった材料に注目して、東京大学の村岡助教・中山教授のグループによる計算化学的手法と、名古屋大学の谷口教授のグループによる高温誘電スペクトル測定を用い、ゼオライト材料のマイクロ波エネルギーの蓄積されやすさを示す、パラメーター・構造探索を実施しました。
中でも加熱効率が高く、触媒機能も期待されるインジウムイオン導入チャバサイト型ゼオライト(注6)に着目し、高輝度光科学研究センターの山田主幹研究員らのグループと共同で大型放射光施設SPring-8(注7)のBL08Wビームラインを用いた高エネルギーX線全散乱測定(注8)を行いました。これにより、マイクロ波エネルギーがインジウムイオンに集中し、インジウムイオンが選択的に高い熱エネルギー状態となっていることを実験的に示すことができました(図2)。
これらの研究結果を通じて、ゼオライト触媒の精密な設計によるマイクロ波エネルギーの集中と触媒機能を両立させ、二酸化炭素と水素の反応により一酸化炭素を得る「逆水性ガスシフト反応」を高いエネルギー変換効率で進行させることに成功しました。図1に示した通り、投入エネルギーから化学反応に用いられたエネルギーへの変換効率は、マイクロ波を用いた場合に通常の全体加熱方法と比較して4倍以上に向上することが示されました。
本研究により、触媒材料を丁寧に設計することで、マイクロ波加熱技術が単なる化学産業電化の一手段に留まらず、化学反応のエネルギー効率の向上をも実現しうる手法であることが示されました。今後、より一層のエネルギー効率向上や、さまざまな触媒反応への応用展開を実現していくためには、引き続き多彩な触媒材料の開発が必要不可欠です。東京大学の岸本講師・高鍋教授らのグループでは、化学産業のGXを目指して引き続き研究開発を進めてまいります。
「プレスリリース①マイクロ波によって触媒活性点を原子レベルで選択加熱―熱エネルギー集中による触媒システムの省エネ化に期待―」(2023/8/24)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-08-24-002
本研究は、科研費学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」公募研究の「ギガヘルツ帯電磁波が拓く固体酸触媒の動的超秩序構造(課題番号:JP21H05550)」、同じく「動的超秩序構造に立脚した『マイクロ波触媒作用』の学理開拓(課題番号:JP23H04097)」、および科研費基盤研究B「マイクロ波触媒作用の原子レベル理解と応用(課題番号:JP24K01254)」の支援により実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
化学システム工学専攻
岸本 史直 講師
石橋 涼 博士課程
村岡 恒輝 助教
中山 哲 教授
高鍋 和広 教授
附属総合研究機構
脇原 徹 教授
兼:同研究科 化学システム工学専攻
名古屋大学 大学院理学研究科 理学専攻
谷口 博基 教授
高輝度光科学研究センター
回折・散乱推進室
山田 大貴 主幹研究員
分光・イメージング推進室
伊奈 稔哲 研究員
【用語解説】
注1. マイクロ波を用いた加熱技術
一般的に、電子レンジで広く用いられている加熱技術です。光の一種である1 GHz程度の電磁波を物質に照射することで、その対象を発熱させることができます。工業的には窯業の乾燥工程などにも用いられている技術です。近年では化学工業において、二酸化炭素を排出しない化学反応器の加熱手段として注目されています。
注2. 逆水性ガスシフト反応
二酸化炭素と水素を反応させて一酸化炭素と水を得る化学反応です。一酸化炭素は、さまざまな有用化合物の原料となることから化学工業全体で広く用いられています。したがって、地球温暖化の原因となる二酸化炭素から、化学的に有用な物質を作る炭素循環に貢献する反応と言えます。しかし、この反応には大きなエネルギー投入が必要な点が課題となっています。
注3. ゼオライト触媒と金属イオン活性点、およびケイ素―アルミニウム比
ゼオライトは、アルミニウム・ケイ素・酸素といった地球上にありふれた元素から構成される結晶であり、石油から有用な化学物質を製造するために必要不可欠な、人類社会を支える重要な材料です。原子~分子サイズの極めて小さな細孔(2 nm)を規則的にもっており、この細孔の中に金属イオンを保持することができます。この金属イオンが化学反応を起こすための「活性点」として機能することで、化学反応を進行させることができます。この金属イオン活性点の状態を、ゼオライトを構成するケイ素とアルミニウムの比率を変化させることで制御できるため、今回の研究で探索パラメーターとして扱いました。
注4. マイクロ波-to-化学反応のエンタルピー変化
本研究を通して世界で初めて定義しました。「化学反応のエンタルピー変化」とは、化学反応における原料と生成物のエネルギーの差を指します。今回実証した逆水性ガスシフト反応では、生成物のほうが高いエネルギーを有しているため、正のエンタルピー変化が起こります(吸熱反応)。これは化学反応に連続的なエネルギー投入が必要であることを示しています。今回、「逆水性ガスシフト反応のエンタルピー変化」と「二酸化炭素の転化率」の積と、「マイクロ波発生に必要な電力」の商を、エネルギー変換効率と定義しました。
注5. 化学産業電化
化学工場の装置を、電力(特に再生可能エネルギー由来の電力)で動作させるように置き換えていくことを指します。化学産業においては、原料から製品を得る過程で多くのエネルギーを必要とします。特に加熱過程においては、バーナーやボイラーなど化石燃料を燃焼する方法が用いられています。これらの加熱方法を電力駆動方式に置き換えていくことで、工場局所での二酸化炭素排出を抑制できることから、地球温暖化対策などの観点で近年注力されています。
注6. インジウムイオン導入チャバサイト型ゼオライト
チャバサイト型ゼオライトとは、ゼオライトの一種です。前述の通りゼオライトは構成元素が単純である一方で、その結晶構造は200種類以上にもわたります。このような構造の違いによって、ゼオライトのさまざまな機能を設計することができます。チャバサイト型は、数あるゼオライトの中でも特殊な細孔構造(入り口が小さく、内部に大きな空間がある)を有していることから、高い触媒機能を発揮できるゼオライトとして注目されています。今回、このチャバサイト型ゼオライトの細孔内に、酸化数1のインジウムイオン(In+)を閉じ込めることで、高いマイクロ波加熱能と触媒活性を両立する材料を開発しました。
注7. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
注8. 高エネルギーX線全散乱測定
高エネルギーのX線(本実験では115 keV)をサンプルに照射し、散乱されたX線を測定する手法です。この散乱結果をフーリエ変換することで、全ての原子対の存在確率を距離の関数とした二体分布関数が得られます。この散乱強度は温度に依存して小さくなる傾向にあるため、インジウムイオンだけが高い熱エネルギーを有することを調べるために利用できます。本研究グループは2021年ごろから大型放射光施設SPring-8(兵庫県)のビームラインBL08Wにマイクロ波照射装置を持ち込み、特別な実験系を開発し続けてきました(課題番号:2022A1079、 2022B0532、023A1295、2023B1410、2024A1349、2024B1453)。
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