ポータブル装置による世界最強110テスラ磁場発生とX線実験に成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年10月29日
- SACLA
  2025年10月29日
  国立大学法人電気通信大学
  国立研究開発法人科学技術振興機構
  国立研究開発法人理化学研究所
  国立大学法人東京大学
  国立大学法人東北大学
  公立大学法人兵庫県立大学
  国立大学法人山形大学
  国立大学法人静岡大学
  公益財団法人高輝度光科学研究センター
  *独自開発のポータブル装置「PINK-02」により、地磁気の約200万倍にあたる110テスラの超強磁場発生に成功。
  *磁場中心にX線自由電子レーザーを照射し、X線実験の世界最強110テスラ磁場を記録。従来は77テスラ。
  *110テスラX線回折実験により、磁石である固体酸素が1%にも及ぶ巨大かつ異方的な磁歪(じわい)を示すことを明らかにした。
  *同手法は、今後、100テスラを超える極限環境で現れる新しい結晶構造や電子状態、機能性の探索に活用される。
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          電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻の池田暁彦准教授と理化学研究所放射光科学研究センターの久保田雄也研究員らを中心とした共同研究グループは、110テスラという極限強磁場下でX線自由電子レーザー実験に成功しました。本研究では、固体酸素が異方的に1%もの巨大な磁歪を示すことを観測し、その成果が国際的な物理学の学術誌 Physical Review Letters に掲載され、注目論文(Editors’ Suggestion)に選ばれました。
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  近年、日本で1000テスラ(※1)に至る超強磁場が利用可能となり、このような強磁場が引き起こす新現象の探索が始まっています。期待される新現象の一例として、磁場によって物質の結晶構造が不安定化した結果、これまでにない新しい結晶構造が出現することが挙げられています。
  このような期待を実証するには、強い磁場中で物質にX線を照射する必要があります。しかしこれは困難でした。というのも、100テスラを超える磁場を得るには、破壊型パルス磁場発生法(※2)が必須なためです。破壊型パルス磁場発生装置は、施設級の大型装置であること、持続時間が短い(100万分の1秒程度)パルス発生であること、シングルショットで繰り返せないこと、そしてコイルの爆発が避けられないといった多くの問題がありました。このため、100テスラ以上の超強磁場とX線を組み合わせた実験を行うことは従来困難と考えられてきました。
  2011年に、この問題に解決をもたらす出来事が起こりました。世界で2番目のX線自由電子レーザー(※3)(XFEL)施設としてSACLA(※4)が日本に建設されたのです。SACLAでは非常に短いパルス幅(100兆分の1秒)で、かつ世界最強レベルの強度を持ったパルスX線が利用できます。このX線を用いれば、1発でX線実験データが得られるため、一瞬で1回しか起こらないような現象を研究することができます。しかし、SACLAも700メートル以上の大型装置であることから、施設級の大型装置である破壊型パルス磁場発生装置と組み合わせて利用することは依然として困難でした。
  電気通信大学の池田暁彦准教授らの研究グループは、理化学研究所放射光科学研究センターの久保田雄也研究員らと共同研究グループを立ち上げ、今回、世界に先駆けてポータブル110テスラ発生装置「PINK-02」(※5)の開発に成功しました。PINK-02は、1100キログラムと自動車程度の重量に収まっており、可搬型です。
  研究グループはその可搬性を活かしてPINK-02をSACLAのX線照射位置に設置し、110テスラ強磁場下でのX線実験を実施(※6)しました(図1)。実験対象には固体酸素(※7)を選びました。固体酸素は磁場を有しており、磁場に応答を示します。また固体酸素は結晶格子が柔らかいという特徴を持ちます。このため、強磁場下で新しい構造が現れる有力な候補物質とされてきました。
  研究グループは、110テスラの破壊型パルス磁場発生とシングルショットX線実験を両立することに成功し、世界で初めて110テスラ超強磁場におけるX線回折データの取得に成功しました(図2)。実験の結果、固体酸素が110テスラ強磁場の作用を受け、その結晶構造が異方的な大きな歪み(磁歪)を示すことを観測しました。観測された異方的な磁歪は1%に達しました。これはスピン(※8)間の相互作用が結晶の一方向には強く、別の方向には弱いという、原子スケールで異方的な磁気相互作用が存在することを示唆しています。この成果により初めて原子レベルで、磁性体においてスピンと結晶構造の異方性が強く結びついていることを実証することができました。さらに山形大の笠松准教授らの理論計算と照らし合わせることで、この解釈が支持されることがわかりました。
(a) PINK-02とXFELによる強磁場X線実験の模式図
(b) その拡大図
(c) PINK-02の回路図
(d) 一巻きコイル(磁場発生前)
(e) SACLAビームラインにおける110テスラ磁場発生の瞬間
(f) 一巻きコイル(磁場発生後)
(g) X線自由電子レーザーの照射タイミング
(h) PINK-02による110テスラパルス磁場波形
(i) PINK-02のパルス電流波形
(a) 固体酸素の粉末X線回折像(ゼロ磁場中)
(b) 固体酸素の粉末X線回折像(110テスラ磁場印加の瞬間)
(c) 固体酸素の粉末X線回折プロファイル(全体)
(d) 固体酸素の粉末X線回折プロファイル(部分1)
(e) 固体酸素の粉末X線回折プロファイル(部分2)
(f) 固体酸素の粉末X線回折プロファイル(部分3)
(g) 固体酸素(β相)の結晶構造の模式図と磁場による異方的な変形の様子
【今後の期待】
  今回確立した研究プラットフォームを活用し、磁性体、金属非磁性体など、さまざまな結晶に対して、極限磁場下での新しい結晶構造の出現を実証していく計画です。固体酸素については、今回の110テスラを超える120テスラ付近でさらなる全く新しい結晶構造(θ相)が現れると予想されており、その構造を明らかにすることが次の目標となります。
  また、X線はその発見以来、物質の構造、電子状態、磁性、ダイナミクスなど多方面の研究に用いられてきました。今後は100テスラを超える極限領域で、これら全ての研究を展開できることを目指しており、これらの研究により強い磁場が引き起こす新現象や新物質の発見につながることが期待されます。
  2009年にアメリカ・スタンフォード大学で登場したXFELですが、日本では世界2番目となるSACLAが2011年から稼働しています。アメリカとヨーロッパのXFEL施設の全長がそれぞれ約2キロメートルと約4キロメートルであるのに比べて、SACLAは700メートルと小型です。それでも、SACLAは大型施設であり、強磁場と組み合わせるためには「パルス磁場装置かパルスX線レーザー装置のいずれかをポータブル化する」ことが不可欠でした。
  室内世界最強1200テスラの発生が日本の東京大学物性研究所で報告されました。池田准教授が同研究所在職中に破壊型パルス磁場の開発を経験する中で、100テスラ超強磁場では、電子や原子のミクロな現象を直接観測する手段が決定的に不足していると痛感したことが、今回の研究のモチベーションとなりました。
  池田准教授は電気通信大学に拠点を移し、ポータブル超強磁場発生装置の開発に注力しました。2020年に開発を始めた初号機「PINK-01」では、2022年に77テスラの発生に成功。その後継機として理化学研究所と共同開発を続けた2号機の「PINK-02」で、今回、世界で初めて110テスラのポータブル発生を実現しました。
  パルス強磁場と量子ビームを組み合わせる研究は日本が発祥です。現在は世界中で取り組まれており、特に近年はアメリカとヨーロッパが先行してきました。2015年にはアメリカ・スタンフォード大学のXFEL施設LCLSにおいて40テスラでの実験が報告され、続いて2017年に共用開始されたヨーロッパのEuropean XFELでは、現在60テスラ級の装置の開発が完了しつつあります。日本でもSACLAで強磁場研究が進められ、2022年には77テスラでの実験が報告されていました。
  今回、日本が世界に先駆けて110テスラでのX線実験を実現したことにより、磁場強度においては日本が大きくリードしました。本成果は、世界中の研究者を日本に引き寄せる大きな契機となり、今後の学術交流や共同研究の拡大につながることが期待されます。
  池田 暁彦	(電気通信大学大学院情報理工学研究科 基盤理工学専攻 准教授)
  (共同責任著者)
  久保田 雄也	(理化学研究所 放射光科学研究センター 研究員)(共同責任著者)
  石井 裕人	(東京大学物性研究所 助教)
  周 旭光	(東京大学物性研究所 ISSPリサーチフェロー)
  彭 詩悦	(東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程3年(研究当時))
  林 浩章	(東京大学物性研究所 特任助教)
  松田 康弘	(東京大学物性研究所 教授)
  野田 孝祐	(電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻 博士後期課程1年)
  田中 智也	(電気通信大学情報理工学域Ⅲ類 2023年卒業)
  新堀 琴美	(電気通信大学情報理工学域Ⅲ類 2025年卒業)
  関 健汰	(電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻 博士前期課程2年)
  小林 秀彰	(電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻 博士前期課程1年)
  Dilip Bhoi	(電気通信大学 大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻
  特任准教授(研究当時))
  (現 オークリッジ国立研究所 パーマネント研究員)
  厳 正輝	(東京大学物性研究所 助教)
  Kamini Gautam	(理化学研究所 創発物性科学研究センター 研究員(研究当時))
  赤木 暢	(東北大学金属材料研究所 助教)
  河智 史朗	(兵庫県立大学理学研究科 助教)
  笠松 秀輔	(山形大学理学部 准教授)
  野村 肇宏	(静岡大学理学部 講師)
  犬伏 雄一	(高輝度光科学研究センター 主幹研究員)
  矢橋 牧名	(理化学研究所 放射光科学研究センター グループディレクター)
  科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業 JPMJFR222W
  SACLA/SPring-8基盤開発プログラム(2021-2024年度)
  日本学術振興会(JSPS)科研費 学術変革領域(A) JP23H04859,JP23H04861, JP23H04862
  日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究(B) JP23K25818
  文科省卓越研究員事業 JP-MXS0320210021
【用語解説】
※1. テスラ
    磁場の単位であり、1テスラは10000ガウスに対応します。地磁気の強さは46マイクロテスラ(0.46ガウス))程度です。
  
※2. 破壊型パルス磁場発生法
    パルス磁場とは強磁場を発生するために、コイルに大電流を流す方法です。大電流を一瞬だけコイルに流すことでパルスマグネットが発熱し融解することを回避しています。この方法で10~100テスラの強磁場が得られます。さらに100テスラを超える強い磁場を発生すると、コイル自身が磁場の反発力に負けて爆発します。そこでコイルを破壊するに任せ、毎回コイルを爆発させながら磁場発生を行う手法を破壊型パルス磁場発生法といいます。一巻きコイルに100万アンペアほどの電流を流して超100テスラ磁場を発生する破壊型パルス磁場発生法を一巻きコイル法といいます。今回ポータブル化したのは、一巻きコイル法です。1200テスラの室内世界最強磁場の発生に利用された手法は、電磁濃縮法といって磁束を力で束ねる破壊型パルス磁場発生法です。
  
※3. X線自由電子レーザー
    近年利用可能となったX線のパルスレーザーです。従来の管球X線や放射光は複数の波長のX線が混ざって発生された光源(可視光域では白色ランプに相当する)であるのに対して、X線自由電子レーザーはX線のレーザーであり、高輝度、高空間コヒーレンス、超短パルス性という際立った特徴をもちます。
  
※4. SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めての XFEL 施設。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名されました。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっています。
  
※5. ポータブル110テスラ発生装置「PINK-02」
  
    ポータブル110テスラ発生装置「PINK-02」:PINKはPortable INtense Kyokugenjibaの略です。
  
※6. 110テスラ強磁場下でのX線実験を実施
  
    SACLAビームラインでの110テスラX線実験の様子はYouTubeにて公開されています(リンク:https://youtu.be/J4MT__Raz_k?si=6XfNuYUGTS2_O6ZX)
  
※7. 固体酸素
  
    酸素ガスが低温で凝縮し固化した状態。凝縮力の要因であるファンデルワールス力と磁気秩序のエネルギースケールが同程度で、拮抗しています。このため低温で三つの秩序相が出現します。最低温度で現れるα相では磁石の向きが互い違いになった秩序を持ちます。この磁気秩序を安定にするため分子軸は平行になっています。ここに120テスラ超強磁場をかけると、磁石の向きが無理矢理同じ方向にそろうことが10年前に日本で報告されました。磁石の向きがそろってしまうと、元の分子軸がそろっている状態は不安定になります。このため、120テスラで現れる酸素のθ相では、結晶構造が完全に新しいものに置き換わると予想されています。本実験の真の目的はこの検証でした。しかし、今回は120テスラには10テスラ足りず、検証は未達成のままです。
  
※8. スピン
  
    ミクロな磁石の性質。ここでは特に電子が持つ電子スピンのことを指しています。酸素分子では電子スピンが相殺せずに残るため、分子一つで磁石の性質を有しています。
  
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