磁気冷凍材料の冷却能力と安定性を両立する材料設計手法を確立 共有結合の精密制御により高効率・高持続性磁気冷凍材料を実現(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年12月19日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL25SU(軟X線固体分光)
2025年12月19日
NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)
国立大学法人京都工芸繊維大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
兵庫県公立大学法人 兵庫県立大学
Technical University of Darmstadt
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
NIMS、京都工芸繊維大学、高輝度光科学研究センター、兵庫県立大学、東北大学、ダルムシュタット工科大学の研究チームは、磁場のオン・オフで温度が変化する磁気冷凍材料について、冷却能力と安定性の両立を可能にする材料設計の新手法を開発しました。材料内部の共有結合の種類や配置を精密に制御することで、磁気的な性質の変化に伴う原子配列の遷移がスムーズに進行し、それに伴う不可逆的なエネルギー損失の大幅な抑制が可能になったことで、この両立に成功しました。
本成果は、エネルギー効率の高い磁気冷却技術の開発に新たな道を拓くものであり、2025年12月18日にAdvanced Materials誌に掲載されました。
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■従来の課題
図1. 今回開発した材料の模式図。磁場を印加していない状態(右側)では、上側のスラブ(以下、層と標記)と下層に含まれるGdのスピンの向き(白矢印)は揃っていないが、磁場を印加すると(左側)揃い、温度が上昇する。
■将来展望
■その他 ・本研究は、NIMS磁性・スピントロニクス材料研究センターのTang Xin主任研究員、寺田典樹主席研究員、Xiao Endaポスドク研究員、只野央将グループリーダー、Andres Martin-Cidポスドク研究員、大久保忠勝副センター長、Hossein Sepehri-Aminグループリーダー、NIMS技術開発・共用部門の松下能孝ユニットリーダー、NIMS宝野和博フェローと、京都工芸繊維大学の三浦良雄教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の大河内拓雄主幹研究員(現:兵庫県立大学教授)、河口彰吾主幹研究員、小林慎太郎研究員、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの中村哲也教授、及び、ダルムシュタット工科大学のAllan Döring博士課程学生、Konstantin Skokov senior researcher、Oliver Gutfleisch教授からなるチームによって、日本学術振興会国際共同研究プログラム(JRP-LEAD with DFG;プログラム番号 JPJSJRP20221608)および科学技術振興機構(JST)ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」(課題番号 JPMJER2201)の支援を受けて実施されました。
論文情報 |
よりクリーンな社会の実現に向けて水素活用が推進されており、このために効率的で低炭素な冷却技術の実現は必須です。従来の蒸気圧縮式冷却方式は温室効果ガスの利用と低いエネルギー変換効率により地球温暖化への影響が大きく、さらに効率的で低炭素な冷却技術が求められています。固体状態の磁気冷却技術は、冷却技術として有望な代替手段の一つです。この技術は、磁気熱量効果を利用しています。固体状態の磁気熱冷却技術(マグネトカロリック冷却)は有望な代替手段であり、これは磁気熱量効果(MCE)[1]を利用します。この効果は、等温条件下での磁気エントロピー変化(ΔSm)[2]や、断熱条件下での温度変化(断熱温度変化)(ΔTad)[3]として現れます。初期の研究では、金属間化合物[4]において「巨大な」MCEが発見され、従来の冷却技術を置き換える可能性が示されました。しかし、多くの「巨大な」応答は長期的なサイクル運転では持続できないことが分かっています。その結果、既存の材料はデバイスとして安定した性能を発揮することが難しいのが現状です。このことから、効率的な冷却を実現するためには、MCEの可逆性[5]を高めることで、巨大なMCEを維持しつつ多数のサイクルにわたって安定した動作を保つ材料が求められています。
研究内容と成果
・今回、巨大で可逆的な磁気熱量効果(MCE)を示す新しい化合物を開発し、磁気冷却の持続的な利用を可能にしました。純粋なGd5Ge4(Gd(ガドリニウム)とGe(ゲルマニウム)から成る化合物)では、大きなヒステリシス[6]が生じるため、MCEがサイクル運転中に不可逆的になってしまいます。しかし、これにSn(スズ)を添加して合金化することでヒステリシスが除去され、巨大かつ可逆的なMCEが得られることが分かりました。可逆的な断熱温度変化(ΔTad)は2倍以上に増加しており、図2にその結果が示されています。基礎的な解析によると、Snは単位格子内のスラブ間領域[7]における局所的な化学環境を変化させ、共有結合[8]の強さを低下させることで、相転移に対してより有利な活性化障壁[9]を形成することが分かりました(図3参照)。その結果、不要なヒステリシスが解消され、開発された化合物において巨大で可逆的なMCEが実現されました。なお、本研究では大型放射光施設SPring-8[10]のBL02B2、BL25SUを利用しました。
・この新しい化合物は、可逆的MCEに関して、既知のさまざまな磁気熱化合物の中でも、5 T(テスラ)の磁場変化において等温磁気エントロピー変化ΔSm=32 J/kg・K、および、断熱温度変化ΔTad=8 Kという高い性能指数を示しています。これは既存のほとんどの磁気熱量材料と比較して、ΔTadおよびΔSmの両方において1.5~2倍のMCEに対応します。さらに、この新しい化合物は組成を設計することで40〜160 K(約-233 ℃~約-113 ℃)の温度範囲の中から動作温度を設計できるので、この温度域に液化温度を持つ水素、窒素、天然ガスなどの気体の液化を可能にします。
・従来、ヒステリシスを抑制する方法はしばしばMCEの性能を損なうという問題がありました。しかし、今回の手法では局所的な共有結合性[11]の調整に着目することで、この従来のトレードオフを克服しました。これにより、より環境に優しい社会を目指した高効率な磁気冷却のための新しい材料設計原理が確立されました。
今後の展開
環境に優しくエネルギー効率の高い磁気冷却技術にとって、耐久性が高い磁気熱量材料の開発は、炭素排出を最小限に抑えられるため、カーボンニュートラル社会の実現に不可欠です。本研究では、巨大で完全に可逆な磁気熱量効果(MCE)を実現する画期的な材料を開発しました。ここで開発された化合物は、水素や天然ガスといったエネルギーキャリアの磁気液化において、長期運転下での信頼性が重要となる用途で、強力な候補となる材料です。さらに本研究は、巨大なMCEと耐久性との間に長年存在していたトレードオフを克服する新たな材料設計の道を開き、次世代冷却材料の開発を促進・加速するものです。
【用語解説】
[1]磁気熱量効果(Magnetocaloric effect, MCE)
磁場を印加または除去したときに、材料が示す加熱または冷却の応答。
[2]磁気エントロピー変化(Magnetic entropy change, ΔSm)
一定温度下で磁場を変化させたときに生じる、磁気モーメント(磁極のN極-S極の起源)の向きの「無秩序さ(エントロピー)」の変化。
[3]断熱温度変化(Adiabatic temperature change, ΔTad)
外部との熱のやり取りを行わず(断熱的に)磁場を変化させたときに生じる、材料の温度変化。
[4]金属間化合物(Metallic compound)
金属元素を含む異なる元素が特定の組成比で規則正しく結合した固体であり、単なる金属混合物とは異なって明確な組成・結晶構造・物性を示す化合物である。
[5]可逆性(Reversibility)
磁場の印加・除去を繰り返しても、ほぼ同じΔSmおよびΔTadを再現できる能力。高い可逆性は安定した性能と低い運転コストを意味する。
[6]ヒステリシス(Hysteresis)
磁場の印加・除去に対する材料の応答(磁化や構造変化)が遅れる、または経路に依存する現象。グラフ上ではループとして現れ、エネルギー損失や不可逆性を示す。
[7]スラブ間領域(インタースラブ)(Interslab)
Gd₅Ge₄化合物においては、結晶構造の単位格子内に存在する二つの構造的「スラブ(層)」の間に位置する領域または層を指す。
[8]共有結合(Covalent bonding)
隣接する原子が電子を共有するタイプの化学結合。
[9]活性化障壁(Activation barrier)
反応が進むために必要な最低限のエネルギーのこと。相転移では、構造や状態変数の変化(反応経路)に対しての系のポテンシャルエネルギーが変化する。始状態からみた反応経路上のエネルギー障壁の高さを活性化障壁という。
[10]大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
[11]共有結合性(Covalency)
共有結合の程度または強さ。
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