強相関電子系物質の相図におけるパラダイムシフト -半世紀使われてきたドニアック相図を超えて-(プレスリリース)
- 公開日
- 2026年01月21日
- BL12XU(NSRRC ID)
- BL12B2(NSRRC BM)
2026年1月21日
理化学研究所
富山県立大学
広島大学
関西学院大学
高知大学
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理化学研究所(理研)放射光科学研究センター物理・化学系ビームライン基盤グループの山岡人志客員研究員、富山県立大学工学部教養教育センターの谷田博司准教授、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)のアイケ・シュヴィア助教(研究当時)、シブ・クマール助教(研究当時)、有田将司技術専門職員、島田賢也教授(同大学放射光科学研究所所長)、関西学院大学の山本義哉大学院生(研究当時)、水木純一郎教授、高知大学の田島史郎大学院生(研究当時)、小野寺健太大学院生(研究当時)、西岡孝教授らの国際共同研究グループは、奇妙な異方性(磁気秩序が磁化の起こりやすい方向に起きない)を備えた反強磁性秩序[1]を示す近藤半導体[2]Ce(Ru1-xRhx)2Al10において、伝導電子とセリウム(Ce)が持つ4f 電子[3]との結合(c-f 混成[4])の異方性を考慮した新しい相図[5]を提案しました。 本研究成果は、高温超伝導体、次世代メモリ、高効率エネルギー変換デバイス、次世代コンピュータなどへの応用が期待される強相関電子系化合物[6]の物性発現の理解と新物質開拓に貢献すると期待されます。 今回、国際共同研究グループは、近藤半導体であるCeRu2Al10とそのルテニウム(Ru)の一部をロジウム(Rh)で置換した物質について、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)のビームラインおよび理研放射光科学研究センターの大型放射光施設「SPring-8」[7]の放射光を用いた実験を駆使し、電子構造を調べ、少量のRh置換により引き起こされた電子構造の質的な変化、すなわちリフシッツ転移[8]が生じることを見いだしました。また、公表から約半世紀が経過した今でもなお強相関電子系の基底状態を記述する最も基本的な概念である相図(ドニアック相図(Doniach phase diagram)[9])を発展させ、方位依存性を持った「羅針盤」としての新しい相図を提案しました。 本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(2025年12月24日付)に掲載されました。論文情報 |
背景
物質の中には無数の電子が存在します。それらは相互に影響し合い、超伝導や磁気/電荷秩序といった相転移[10]を示します。物の性質を扱う物性物理において、相転移の研究は花形の一つです。元素の組合せや原子のナノ配列構造(結晶構造)の特徴を反映した種々の相転移が知られていますが、こうした基礎研究は、現代社会を支える基盤技術(例えば磁気メモリなど)につながっています。
近藤半導体CeM2Al10(M:遷移金属のRu、オスミウム(Os)、鉄(Fe)など、Al:アルミニウム)は直方晶[11]の化合物です (図1(a))。近藤半導体では、磁気秩序が生じることは通常期待されませんが、CeRu2Al10とCeOs2Al10では常識に反し、約30ケルビン(K:絶対温度の単位)で反強磁性(AFM:antiferromagnetic)秩序が生じます。この転移温度は、大抵のCe化合物と比べて数倍高いものです。また、反強磁性秩序でのCeの磁気モーメントの向き(磁気異方性)も異常で、通常の磁性体では期待されない方向を向いてしまいます。このように奇妙な反強磁性秩序のカギとして、特に伝導電子とCe 4f 電子との結合(c-f 混成)の異方性が指摘されてきました。しかし、肝心の電子構造は未解明のままでした。
そこで山岡客員研究員らは、角度分解光電子分光(ARPES)[12]実験(図1(b))を行い、CeRu2Al10では確かに c-f 混成が異方的であることを明らかにしました注1)。この結果は、CeRu2Al10で生じる奇妙な反強磁性秩序が遍歴性[13]を有すことを浮き彫りにし、当時提唱されていた理論モデルを支持する内容でした注2)。
図1 CeRu2Al10の結晶構造、ARPES実験のセットアップ
(a)CeRu2Al10の結晶構造。結晶系は直方晶(黄色四角枠)。Ru-Al10から成るクラスタ(灰色)が ac 2次元面を成し、b 方向に積層している。クラスタの中心にRu(白っぽい灰色)が、クラスタの隙間にCe(黒色)がいる。小さい球はAlを表す。
(b)ARPES実験の例。光速に近い速度で運動する電子が向きを変えるときに放出する放射光を単結晶試料に入射させて、光電効果で飛び出した光電子を検出器で捉える。図中左下に示すように、物質中では電子の占める軌道によって結合エネルギーが異なる。単結晶の方位を変えながら光電子のエネルギーと運動量を調べることで、3次元的な電子構造の情報を得ることができる。本研究では図中の角度θを±10度程度の範囲でデータを積分し、c-f 混成の異方性に関する情報を得た。なお実験では、Ceの4d-4f の共鳴条件に相当するエネルギーである122電子ボルト(eV)の放射光を入射させて行った。
注1) H. Yamaoka et al., J. Phys. Soc. Jpn. 93, 124704 (2024).
注2) S. Hoshino and Y. Kuramoto, Phys. Rev. Lett. 111, 026401 (2013).
研究手法と成果
今回、国際共同研究グループは、CeRu2Al10のRuサイトを周期表でRuの一つ右隣にある元素Rhに一部置き換えたCe(Ru1-xRhx)2Al10について、ARPES実験を行いました。Ce(Ru1-xRhx)2Al10の最大の特徴は、CeRu2Al10の異常な磁気異方性を解消し、磁気モーメントが期待される通りの向きを向くようになることです。この劇的な変化は、わずか5%程度のRh置換で起こります。このとき同時に転移温度も若干下がりますが、依然として同程度に高い温度を維持します。ここでも、c-f 混成の強度と異方性がカギとなることが指摘されてきましたが、肝心の電子構造は未解明のままでした。
そこで国際共同研究グループは、CeRu2Al10およびCe(Ru1-xRhx)2Al10について、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)のビームラインBL-1でARPES実験を行い、c-f 混成に異方性があることを見いだしました。さらに、理研放射光科学研究センターSPring-8のビームラインBL12XUとBL12B2において実施した分光実験とX線回折実験の結果を合わせて、電子構造の変化、いわゆるリフシッツ転移がRh置換によって起きていることを明らかにしました。
図2(a)と(b)は、ARPES実験のデータを各結晶軸について積分して得たスペクトルです。これにより c-f 混成の強度の異方性を調べることができます。図を見ると、フェルミエネルギー[14]近傍のスペクトル強度が明らかに違います。また、強度の強い方向がRh置換で変化しています。これは、Rh置換によって c-f 混成の強い方向が切り替わったことを、実験的に明瞭かつ端的に示す結果です。
図2 CeRu2Al10とCe(Ru0.9Rh0.1)2Al10の実験結果
ARPES測定のデータを、結晶のa、b、c軸方向に積分した図。「f 1」と示した信号が強い場合に c-f 混成が強い。CeRu2Al10では c 方向の c-f 混成が強いが(a)、Ce(Ru0.9Rh0.1)2Al10では b 軸方向に強いことが明瞭に分かる(b)。これは、リフシッツ転移がRh置換で生じたことを示している。こうしてわずかなRh置換により、c-f 混成の強い方向が切り替わることを実験的に初めて明らかにした。
図3(a)は、強相関電子系化合物の特徴を説明するために約50年来用いられてきたドニアック相図の概念を、模式的に示したものです。c-f 混成が弱い領域では電子は局在的(特定の原子などに強く束縛されている状態)で、局在的反強磁性秩序が生じます。一方 c-f 混成が強い領域では遍歴的(電子が特定の場所にとどまらず自由に動く状態)で、非磁性の重い電子状態[15]が実現します。両者の中間ではさまざまな異常が発現します。これは、電子の粒子性と波動性[16]の問題に直結します。図中の円はフェルミ面の大きさを表し、円の大きい方が c-f 混成の強い状態を示します。
図3(b)は、ドニアック相図の概念を拡張した理論モデルです注2)。局在的反強磁性秩序と重い電子状態の間に、遍歴的反強磁性秩序の領域が割り込み、局在的反強磁性秩序の領域とはリフシッツ転移で隔てられています。これにより、CeRu2Al10の示す反強磁性秩序の遍歴性や、Rh置換で生じるリフシッツ転移を理解できます。
図3 ドニアック描像における c-f 混成強度と物質の性質の移り変わり
(a)ドニアック相図の概念。c-f 混成が弱い領域は局在的な反強磁性、強い領域は非磁性の重い電子状態。両者は量子臨界点で隔てられる。量子臨界点とは相転移が起こり物質の状態が大きく変わる場所。(b)拡張されたドニアック相図。中間に遍歴的な反強磁性の領域が割り込む。局在的な反強磁性の領域とは、リフシッツ転移で隔てられている。図中の円により、c-f 混成が等方的であることを象徴的に示す。
CeRu2Al10の c-f 混成が異方的であるにもかかわらず、ドニアック相図では c-f 混成が等方的に扱われているため(図3)、CeRu2Al10の性質をうまく捉えることができませんでした。そこで国際共同研究グループは、c-f 混成の異方性を考慮したより高次元の新しい相図を作成しました(図4)。
図4 新たに提案した異方的 c-f 混成を扱うドニアック描像の模式図
c-f 混成が強くなるにつれ、局在的な反強磁性からリフシッツ転移を経て遍歴的な反強磁性に相転移し、量子臨界点を経て非磁性の重い電子状態へ移行する点は、図3(b)で示した概念と共通する。しかし、c-f 混成の異方性を含めることで、従来の c-f 混成を等方的に扱う相図よりも、的確に物質の特徴を示すことができる。CeRu2Al10とCe(Ru0.9Rh0.1)2Al10では c-f 混成は異方的で、それぞれ c 方向、b 方向に c-f 混成が強いことが楕円で表現されている。45度に傾いた破線は c-f 混成が等方的な状況で、従来のドニアック描像はこの線上に対応する。CeRu2Al10では b 方向と c 方向での顕著な c-f 混成の異方性のため、2次元に拡張した相図で示したが、一般により高次元に拡張することが可能である。
CeRu2Al10とCe(Ru0.9Rh0.1)2Al10では、いずれも c-f 混成の強さが異方的で、かつ、その強い方向は、それぞれ c 軸方向、b 軸方向と異なりました。そこで、横軸と縦軸にそれぞれ c 軸方向と b 軸方向の c-f 混成の強さを取ることで、c-f 混成が異方的な場合でも、その状況をうまく扱うことができるよう、旧来の概念を高次元に拡張した新たな相図を提案しました(図4)。従来のドニアック相図の概念は、c-f 混成の強さの観点では1次元的です。新しい相図上では45°斜めの破線の軸上に対応します。
CeRu2Al10は c 軸方向の c-f 混成が強いため、相図の右側の領域、すなわち c 軸方向の c-f 混成が強い領域に位置付けられます。このとき、c 軸方向に c-f 混成の強いことが、c 軸方向(横方向)に長い楕円で象徴的に示されています。同様に、Ce(Rh0.9Rh0.1)2Al10では、b 軸方向の c-f 混成が強いので、相図の左上に、b 軸方向(縦方向)に長い楕円で示されています。両者は青い破線で示すようにリフシッツ転移で隔てられていて、今回の実験のようにRhで置換することで、遍歴的反強磁性状態から局在的反強磁性状態へと移行します。その際、c-f 混成の強い方向が c 軸方向から b 軸方向へと大胆に入れ替わる様子が、黄色い矢印で示されています。
c-f 混成の強さが弱い場合(図4左下)、あるいは強い場合(図4右上)には、c-f 混成の異方性が実質的に消失し、等方的と見なすことができます。その様子は、図3(a)と図3(b)でも示した円により、象徴的に示されています。いわば、CeRu2Al10およびその関連物質は、c-f 混成の強い/弱い領域の狭間にあり、種々の異常な性質の起源は、まさにその狭間の世界が生み出した c-f 混成の異方性に端を発すると考えることができるようになります。このように提案した新しい相図は、c-f 混成の示す異方性を針に据えた、まさに「羅針盤」として機能します。
今後の期待
本研究で得られた知見は、強相関電子系化合物の特徴を記述する最も基本的かつ象徴的な概念を、実験結果に基づき質的に拡張したものです。強相関電子系化合物が示す多様な性質の理解を深化させ、現象の統一的な理解、新たな物質開拓と理論研究の指針を与えます。元をたどれば電子の粒子性・波動性といった量子力学の基本原理に深く関わる概念であることから、本知見のインパクトは物性物理にとどまらず、広く波及し、基礎・応用を含む幅広い分野で活用されることが期待されます。
研究支援
本研究は、広島大学放射光科学研究所のビームラインBL-1、BL-7、BL9A(課題番号:13-A-2、13-B-38、14-A-3、14-A-5、15-A-2、16AG-002、17AG-007、19BG002、21AG003)、SPring-8にある台湾ビームラインBL12XU、BL12B2(課題番号:2013A4251、2013A4255(NSRRC課題番号:2012-3-011))を用いて行われました。
<発表者のコメント>
最初の母物質CeRu2Al10に対する測定結果は「磁化秩序が一番強くなる軸方向が、一番混成強度が強くなる」という常識に反するものでした。このため、まず、自分たちの測定を疑うことから始め、何度か実験を繰り返して結果が間違っていないことを確かめました。その確認のために何年もかかりました。Rh置換系ではその経験を生かし、面白い結果を得ることができました。長い期間付き合っていただいた共同研究者に感謝です。(山岡人志)
【補足説明】
[1] 反強磁性秩序
隣り合う電子のスピンが互いに反対向きに整列し、全体では磁化の出ない状態(スピンは、量子力学的性質で上向きか下向きの状態しか取れない。スピンの向きがそろうと磁石になる)。
[2] 近藤半導体
強い電子相関により低温でエネルギーギャップを生じ、半導体的振る舞いを示す物質群。ギャップの大きい場合は近藤絶縁体と呼ばれる。「近藤」という名称は、この性質の起源と密接に関係する「金属の電気抵抗極小現象」の謎を世界で初めて解明した日本人物理学者、近藤淳(こんどうじゅん)博士の名前に由来する。物理学の世界で、日本人の個人名が冠された物理現象として有名なものの一つ。
[3] 4f 電子
電子の取り得る軌道のうち、軌道角運動量が L =3の状態の軌道を占める電子。セリウム(Ce)などの希土類元素では、空間的に非常に原子核に近い軌道にある4f 電子が不対電子となり、磁性を担う。
[4] c-f 混成
伝導電子(conduction electron)と f 電子(f-electron)とが混ざり合う効果や、混ざり合った状態、あるいは単に伝導電子と f 電子との相互作用などを指す。磁気秩序、近藤効果、重い電子状態などのさまざまな現象は、これに端を発する。
[5] 相図
温度、圧力、組成などの関数として物質がどのような相・状態にいるのかを示す状態図。
[6] 強相関電子系化合物
電子間の相互作用が強い物質のこと。この性質が顕著に現れたものに、高温超伝導体、重い電子状態などがあり、物性研究の大きな一分野を成す。
[7] 大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外線から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光が得られるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
[8] リフシッツ転移
結晶構造が変わらず、電子構造が変化する特殊な転移。熱力学的な相転移(相転移[10]参照)とは趣を異にする。
[9] ドニアック相図(Doniach phase diagram)
磁性や重い電子状態を示す化合物において、c-f 混成の強さを横軸に、温度を縦軸に取った相図で、c-f 混成は等方的に扱われる。1977年にS.ドニアック博士が提案して以来、約50年にわたり用いられてきた。一般に、c-f 混成を強くすると、磁性が消え、量子臨界点を超えて非磁性の重い電子状態に移行する。量子臨界点付近では、非自明な超伝導などの風変りな現象が数多く報告されている。
[10] 相転移
磁場や温度、圧力などの外場(外的要因)によって、別の状態へ移行すること。エネルギーの変化の仕方により、1次相転移と2次相転移がある。水の状態変化は1次相転移、反強磁性秩序などは2次相転移に分類される。
[11] 直方晶
七つの結晶系の一つ。直方体で、縦、横、高さの各辺の長さが異なる。それぞれの軸方向は、a 軸、b 軸、c 軸方向としている。
[12] 角度分解光電子分光(ARPES)
単結晶に光を照射し、光電効果で生じた電子の強度とエネルギーを、結晶との方位を変えながら調べる手法。これにより、固体中の電子が持つエネルギーと運動量ベクトルの関係、すなわちバンド構造を直接知ることができる。ARPESはAngle-Resolved Photoemission Spectroscopyの略。
[13] 遍歴性
外殻電子は、その占有軌道の波動関数の空間分布から、所属していた原子近傍に局在するか、結晶中を遍歴する伝導電子と成るかで、大きく二つに分類される。Ceの4f 電子は典型的に局在的であるが、わずかに遍歴性も備える。
[14] フェルミエネルギー、フェルミ面
電子を、波数空間上でエネルギーの低い状態から順に詰めたときに、占有する状態と占有しない状態とを分ける境界面(フェルミ面)およびそのエネルギー(フェルミエネルギー)。電子は、統計性の違いからフェルミ粒子に分類される。
[15] 重い電子状態
電子の見かけの質量(有効質量)が100~1,000倍にも増強したように振る舞う異常な金属状態。Ceやイッテルビウム(Yb)、ウラン(U)化合物などで見られる。
[16] 粒子性と波動性
電子のような量子力学的な粒子は、粒子としての性質とともに、波としての性質を持つ。物質の示す性質に深く関わり、量子力学の基本原理の一つである不確定性原理に端を発する。
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