病原菌における抗菌ガス分解酵素の活性化の仕組みを解明 ~抗菌薬開発の新たな設計指針を提供~(プレスリリース)
- 公開日
- 2026年03月30日
- クライオ電子顕微鏡(EM01CT)
- クライオ電子顕微鏡(EM04CT)
2026年3月30日
兵庫県立大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
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兵庫県立大学大学院理学研究科の當舎武彦教授、理化学研究所放射光科学研究センターのチャイ・ゴパラシンガム客員研究員(北海道大学理学研究院助教)、高輝度光科学研究センターの重松秀樹主幹研究員を含む共同研究グループは、髄膜(ずいまく)炎菌※1が持つ抗菌ガスの分解酵素が二量体を形成することで、活性化される仕組みを解明しました。ヒトの体内に病原菌が侵入すると免疫系が働き、抗菌ガスである一酸化窒素(NO)※2が産生されます。病原菌はヒトの体内で生きていくために、キノール依存型一酸化窒素還元酵素(qNOR)※3により抗菌ガスNOを分解します。そのため、qNORの構造と機能の関連を解明することは新規抗菌薬開発という観点からも重要になります。今回、共同研究グループは、髄膜炎菌が持つqNORの単量体と二量体の立体構造をクライオ電子顕微鏡※4を用いた単粒子画像解析法※5により決定し、本酵素が二量体を形成することで、活性化されるメカニズムを突き止めました。本成果は、酵素が高活性を持つ仕組みの理解にとどまらず、qNORを標的とした新しい抗菌薬の開発にもつながると期待されます。本成果は、2026年3月27日に英科学誌「Communications Biology」に掲載されました。 論文情報 |
【研究の背景】
病原菌がヒトの体内に侵入すると免疫系が機能し、病原菌を攻撃します。その第一段階として、食細胞であるマクロファージ※6が病原菌を内部に取り込み、抗菌ガスであるNOを産出し、病原菌を殺菌します。これに対し、病原菌はqNORを用いて、NOを還元・無毒化します(図1)。実際に、髄膜炎菌のqNORを欠損させると、この髄膜炎菌は、ヒトのマクロファージ内で生きていくことができないことが分かっています。
共同研究グループは、qNORの構造と機能の関係を理解し、新規抗菌薬開発の合理的設計につなげるために、髄膜炎菌のqNORを研究対象としてきました。これまでの研究から、qNORを精製すると、単量体と二量体の状態が得られますが、二量体が単量体よりも数倍高いNOの分解活性を示したことから、細胞内では、qNORが二量体として機能していると考えられています。しかし、なぜqNORの二量体が、単量体よりも高いNO分解活性を示すのかは、よく分かっていませんでした。
【研究内容と成果】
共同研究グループは、クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子画像解析法により、髄膜炎菌のqNORの単量体と二量体の構造を高い分解能で決定することに成功しました。二つの構造を見比べると、二量体の界面を形成しているヘリックス※7の構造が、単量体では、大きく揺らいでいることが分かりました(図2)。これにより、ヘリックスの柔軟性が高まり、NO分解反応が起こるqNORの活性部位の近くにあるグルタミン酸のアミノ酸側鎖(Glu563)の向きが変わりました(図2)。このGlu563はqNORがNOを分解するときに用いるプロトン(H+)※8の活性部位への供給に必要で、このGlu563がプロトン輸送に適した向きになることが、二量体においてqNORが高い抗菌ガス分解活性を示す理由であると考えられます。つまり、qNORが二量体を形成すると、その界面に存在するヘリックスの動きが抑制されます。その結果、このヘリックス上に存在する活性部位の近くのGlu563の向きが、効率よく酵素反応に必要なプロトンを活性部位へと供給する構造をとるため、高いNO分解活性を持つことが示されました(図2)。
図2 qNOR二量体を形成することによる抗菌ガス分解活性化の仕組み。単量体では、二量体界面に位置するヘリックスが大きく揺らいでおり、このヘリックス上に存在するGlu563が抗菌ガス分解部位へプロトン輸送しにくい構造になる。二量体を形成すると、界面のヘリックスの動きが抑制されるとともに、Glu563がプロトン輸送に適した向きになることで、NO分解活性が向上する。
【今後の展開】
本研究では、髄膜炎菌のqNORの単量体と二量体の立体構造を高い精度で決定することで、二量体によるqNOR活性化の仕組みを明らかにしました。qNORのような膜タンパク質は、生体膜中で異なる会合状態や他のタンパク質と複合体を形成して機能している場合が多くみられます。本研究で得られた知見は、このようなタンパク質間相互作用を通じて機能制御が行われる仕組みを理解するうえで有用であるといえます。また、qNORの二量体形成部位を標的とした抗菌薬開発についての設計指針にもつながると期待できます。
【研究支援】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP19H05761、JP20K22633、JP21H02064)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)(JP21am0101070、JP24ama121001)による助成を受けて実施されました。
【用語解説】
※1. 髄膜(ずいまく)炎菌
淋菌などと同じナイセリア属のグラム陰性双球菌。主に鼻や喉に常在する細菌で、まれに血液や脳を包む膜(髄膜)に侵入し、重篤な髄膜炎や敗血症を引き起こす。そのため、ワクチン開発や感染機構の解明が世界的に進められている。また、世界各地で流行が報告されている細菌で、特にアフリカの「髄膜炎ベルト」と呼ばれる地域では、この細菌の流行が公衆衛生上の重要課題となっている。
※2. 一酸化窒素(NO)
ラジカルを持つガス状の二原子分子。反応性が高いため、生体内ではシグナル伝達物質として利用されている。また、タンパク質、核酸や脂質と反応することで細胞損傷を引き起こす点を利用し、生体内では抗菌ガスとしても用いられる。
※3. キノール依存型一酸化窒素還元酵素(qNOR)
細胞膜に存在し、一酸化窒素(NO)を還元し、亜酸化窒素(N2O)へと無毒化する呼吸酵素(2NO + 2H+ + 2e- → N2O + H2O)。髄膜炎菌などいくつかの病原菌は、この酵素を利用することで、免疫系が産生するNOを無毒化している。細胞膜中に存在するキノール(quinol)を電子供与体とする。
※4. クライオ電子顕微鏡
タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法。試料を含む水溶液を急速凍結して、液体窒素温度(-196℃)付近まで冷却することで電子線の照射による損傷を低減し、生体分子やその複合体の構造解析を行うことができる。電子線の波長は可視光よりもはるかに短いため、理論上0.1 nm程度の分解能が得られる。この構造解析技術を開発した科学者は2017年のノーベル化学賞を受賞した。
※5. 単粒子画像解析法
ほぼ同一の構造を持つ粒子をさまざまな角度からランダムに撮影した多数の2次元画像から、信号/雑音比(S/N比)を向上させ、その3次元構造を再構成する方法。透過型電子顕微鏡における生体分子の構造解析において発展してきた。
※6. マクロファージ
体内に侵入した異物を取り込み消化すること(食作用)を主な役割とする免疫細胞。マクロファージや顆粒球などの食細胞は、まとめてミエロイド系細胞とも呼ばれる。
※7. ヘリックス
タンパク質を構成するアミノ酸鎖がとる代表的な構造の一つで、螺旋状の構造領域を示す。タンパク質の形や機能を決める基本的な構造単位。
※8. プロトン(H+)
水素イオンのこと。水素原子が電子(e-)1個を失った一価の陽イオン。電子とともに、酸化還元を伴うさまざまな化学反応に関与。
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