細胞1つの元素量を測る新手法、軟X線で実現 ――海洋植物プランクトンに含まれる酸素量をピコグラムの精度で計測――(プレスリリース)
- 公開日
- 2026年06月03日
- BL07LSU(施設開発ID II)
2026年6月3日
東京大学
名古屋大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
◆海洋植物プランクトン細胞1つに含まれる元素量を定量する計測手法を新開発の軟X線分光顕微鏡を用いて開発しました。
◆これまで測定が難しかった軽元素である酸素について、単一細胞レベルでの絶対質量測定をピコ(1兆分の1)グラムの精度で実現しました。
◆本手法は炭素や窒素など他の元素にも適用可能であり、細胞内元素分布や化学状態を可視化する新たな分析基盤として、生命科学を含む様々な物性研究への貢献が期待されます。
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東京大学物性研究所のJordan Tyler O’Neal特任研究員(研究当時)と木村隆志准教授、竹尾陽子助教、同大学大学院農学生命科学研究科の児玉武稔准教授、名古屋大学大学院工学研究科の松山智至教授、理化学研究所放射光科学研究センターの志村まり研究員、高輝度光科学研究センターの大橋治彦特任参事らによる研究グループは、軟X線スペクトロ・タイコグラフィ※1を用いて、海洋植物プランクトン1細胞に含まれる元素量を定量する新しい計測手法を開発しました。 |
発表内容
背景
生物の細胞は、炭素や窒素、酸素、鉄など多様な元素から成り立っています。これらの元素が細胞内のどこに、どれだけ存在するかを調べることは、細胞の機能や環境への応答を理解するために欠かせません。中でも、海洋の植物プランクトンは、地球全体の光合成の約半分を担う、地球規模の元素循環に関わる重要な生物です。しかし、個別のプランクトンに含まれる元素を直接かつ定量的に測定することは微小な試料サイズから難しく、特に軽元素の計測については様々な技術的な制約が存在していました。
研究内容
本研究グループは、この課題を解決するため、軟X線スペクトロ・タイコグラフィを用いた新たな元素定量法を開発しました。タイコグラフィは、試料にX線を照射して得られる回折パターンから画像を再構成する手法であり、従来の顕微鏡では実現困難な高い空間分解能と感度を両立できる点に特徴があります。軟X線スペクトロ・タイコグラフィでは、個別の元素に特異的に反応する軟X線の波長域をまたいで多数の画像を取得し、吸収像の変化から元素ごとの分布と質量を評価しました。
本研究では、海洋植物プランクトンである珪藻 Thalassiosira weissflogii※2(図2)を測定対象としました。兵庫県播磨の大型放射光施設「SPring-8」※3ビームラインBL07LSUにおいて軟X線スペクトロ・タイコグラフィ測定を行い、プランクトン細胞中の酸素の分布および量を評価したところ、細胞質と比較して珪藻の隔壁に特に高密度に酸素が分布をしていることが分かりました。また軟X線吸収率の変化から、それぞれの領域に含まれている酸素の量を17±2 ピコグラム、53±6 ピコグラム、50±5 ピコグラムと極めて高い精度で決定することができました。これらの計測結果は、ガラスのナノ粒子での計測(図3)や、金属元素に対して高い検出感度を持つ蛍光X線顕微鏡※4との比較により妥当性を検証しました。
今後の展望
本成果は、単一細胞を対象とした元素定量分析の新たな基盤技術を示すものです。細胞ごとの個性を統計的に調べることが可能になるため、植物プランクトンの生理状態、元素循環、環境変化への応答をより深く理解できるようになると期待されます。また軟X線スペクトロ・タイコグラフィでは、元素量に加えてその化学状態まで調べることができます。研究グループでは既に同手法により細胞内に含まれる元素ごとの化学状態を地図のように可視化することにも成功しています(関連情報②)。将来的には、特定の元素が細胞内でどの化合物や構造にどれだけ含まれ、どのように機能しているかを調べる研究へと発展させることが可能です。そのため、本技術は生命科学のみならず、軽元素から成る有機材料やデバイスの分析にも応用可能な基盤技術として、幅広い分野への波及が見込まれます。
〇関連情報:
プレスリリース①「高精度ミラーと計算を組み合わせた軟X線顕微鏡を開発 ―ラベルフリーで細胞内の微細構造を50 nmの分解能で可視化―」(2022/07/12)
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=16120
プレスリリース②「軟X線で細胞内の「化学地図」を描く――新開発の軟X線分光顕微鏡で窒素・酸素の化学状態を詳細に可視化することに成功――」(2025/02/14)
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=26275
発表者・研究者等情報
東京大学
物性研究所
Jordan Tyler O’Neal 特任研究員(研究当時、 現: 日本学術振興会外国人特別研究員)
木村 隆志 准教授 (兼:理化学研究所 放射光科学研究センター 客員研究員)
竹尾 陽子 助教 (兼:理化学研究所 放射光科学研究センター 客員研究員)
大学院農学生命科学研究科
児玉 武稔 准教授
名古屋大学
大学院工学研究科
松山 智至 教授
理化学研究所
放射光科学研究センター 生体機構研究グループ
志村 まり 研究員 (兼:国立健康危機管理研究機構 研究員)
高輝度光科学研究センター
ビームライン光学技術推進室
大橋 治彦 特任参事 (兼:理化学研究所 放射光科学研究センター 客員研究員)
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2108)、創発的研究支援事業(JPMJFR2469)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(20H04451、23H01833、25KJ1045、25K03389、24K22349、23K26978、23K26526、23KF0019)、精密測定技術振興財団、アサヒグループ財団、文部科学省 「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(JPMXP1223UT1093、JPMXP1224UT1025、JPMXP1225UT1159)の支援により実施されました。
【用語解説】
※1. 軟X線スペクトロ・タイコグラフィ
軟X線を試料に照射して得られる回折パターンから、計算機処理によって高分解能・高感度の試料の画像を再構成する顕微鏡法です。軟X線のエネルギーを元素に固有の吸収が起こる領域の前後で変化させて多数の画像を取得することで、試料内の元素分布や元素量を評価できます。本研究では、この手法を用いて、単一の海洋植物プランクトン細胞に含まれる酸素の分布と量を測定しました。
※2. 珪藻 Thalassiosira weissflogii
珪藻はガラスの主成分である二酸化ケイ素を含む殻を持つ単細胞性の植物プランクトンで、海洋に広く分布し、光合成を通じて炭素や栄養塩の循環に関わる重要な生物群です。 Thalassiosira weissflogii は海洋性の珪藻の一種で、植物プランクトンの生理や元素組成を調べる研究対象として用いられています。
※3. 大型放射光施設「SPring-8」
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※4. 蛍光X線顕微鏡
試料にX線を照射したときに、元素から発生する固有の蛍光X線を検出することで、試料中の元素の種類や分布を調べる顕微鏡法。鉄などの金属元素に対して高い検出感度を持つ一方、酸素などの軽元素では蛍光信号が弱く、測定が難しい場合があります。本研究では、軟X線スペクトロ・タイコグラフィによる測定結果の妥当性を確認するための比較手法として用いました。
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