大型放射光施設 SPring-8

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電子物性

機能発現に関わる電子の動きを見る

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光電子分光で世界をリードするSPring-8

この世界に存在するすべての物質は各種の原子によって構成されており、原子の種類やその結合状態の違いなどによりさまざまな物性が生じてくる。そして、それらの物性を決定づけているのはほかならぬ電子である。伝導性や絶縁性にはじまる諸々の電気的性質、物質の色合い、光の反射吸収度、熱伝導性、磁性の有無などのような特性は、すべて電子の働きによって決まる。現代の我々の周辺には、そのような電子のもたらす物性を利用した製品が数多く存在している(図1)。近年、快適な暮らしにもつながる環境負荷の少ない省エネルギー型製品の開発が進んでいるが、その基礎となる新素材の創製には電子物性の解明が欠かせない。その電子物性研究のために用いられているのがさまざまな分光法なのだ。

物質に光を入射すると、物質内の電子と光とがエネルギーのやり取りに象徴されるような相互作用を起こし、その結果、光電子やオージェ電子が飛び出したり、光イオンが飛び出したり、新たな光が飛び出したりする。その際の入射光、出射光、放出される電子やイオンなどのエネルギー(波長)と、それらの現象が起こる確率を計測することにより物質内の電子状態を知ることができる。これを分光と呼び、得られる結果をスペクトルという(図2)。

さまざまな分光法のうち、もっとも直接的かつ詳細に物質内部の電子様態を調べることのできる手法が光電子分光法である。光を物質に入射すると、物質内部に存在する電子がそのエネルギーを受け取り、空中に飛び出してくる現象(光電効果)が観測される。その光電子の運動エネルギーを計測するのがこの分光法の原理である。光電子のエネルギーは物質内部の電子が持つエネルギー状態を反映しているため、20世紀初頭から多くの研究者がその計測に挑戦してきた。だが、実際に信頼性のある光電子分光データが得られるようになったのは1960年頃のことである。初めてそれを達成したK.Siegbahnにはノーベル賞が授与されている。

1970年代からは放射光施設も建設されるようになり、電子状態の直接観察に有力な方法として光電子分光は広く用いられるようになってきた。1986年の高温超伝導体の発見を契機に分解能(電子状態を識別する能力)も一段と高まり、より精密な測定も可能になったため、データの精度も飛躍的に向上した。ただ、菅滋正大阪大学名誉教授の研究報告にもあるように、こうした高分解能の光電子分光は主に真空紫外線領域で行なわれており、その情報は固体内部の真の電子状態を反映したものとはなっていなかった。そのため、SPring-8の軟X線ビームラインで1 keV付近の高エネルギー領域での高分解能光電子分光が実施され、以後様相は一変した。固体表面と固体内部双方の真の電子状態を高い精度で計測できるようになったからである。その後、光電子のエネルギーばかりでなく、運動量分布も正確に測定できる技術が開発され、いっそう多くの情報が得られるようになってきた。現在でもこの種の実験ではSPring-8が世界の最先端を走っている。

図1.電子状態による多様な物性

図1.電子状態による多様な物性

図2.分光の模式図

図2.分光の模式図

新分光法の開発が電子物性の研究を加速

SPring-8では、より高いエネルギーの硬X線を使った高分解能の光電子分光実験にも成功した。それはHAXPESと呼ばれる手法で、固体内部のさらに深い所の情報を得ることができる。軟X線を用いた光電子分光では、超高真空中に物質を設置しその表面を清浄に保たなければ電子状態の正確な情報を得ることができなかったが、HAXPESでは研究者が持ち込むサンプルの電子状態を容易に観測できるようになった。そのため産業界から計測要請のある各種サンプルにも十分対応できるようになり、その点でもSPring-8は大きく世界をリードしている。欧米では、研究者らが同様の実験装置開発に動き始めたところである。

電子物性の研究では光電子分光法以外の分光法の貢献も大きい。どのぐらいの量の入射光がサンプルに吸収されたかを光のエネルギーを変えながら測定する手法がある。これは吸収分光法と呼ばれ、光電子分光同様に多くの研究がなされている。光電子分光法に比べると測定対象も幅広く、各種触媒や電池関連物質などの研究開発にも応用されている。また、放射光の特徴のひとつ「偏光」を用いた磁性研究への応用も盛んである。

入射した光は吸収されるばかりでなく、電子とぶつかって放出される場合がある。この出射光を用いた分光法はX線散乱法、回折法、蛍光分析法などと呼ばれ、電子状態の研究にはやはり不可欠な手法となっている。SPring-8ではその放射光の高輝度特性を生かしこれまでにない高分解能の実験が可能になっており、各種の画期的な研究が展開されている。これらの成果は、新しい原理に基づくデバイス開発に必要なスピントロニクス材料や超伝導体の研究促進に貢献するものと期待される。

分光研究の分野では、光をマイクロメートルサイズ、あるいはナノメートルサイズに絞る「顕微分光」も進展している。光電子分光分野では、放出された電子を電子レンズで拡大する光電子顕微鏡の研究において20 nmもの空間分解能が達成され、ごく微量のサンプルの測定や、微小領域に特有な物理現象の解明などに威力を発揮し始めた(図3)。また、放射光をストロボフラッシュのように用い、ナノ秒、ピコ秒単位の超高速な電子の状態変化の様相を観測する研究も進んでいる。

これまで紹介してきた分光法は、物質内部の電子に光が直接作用して起こる現象を用い電子状態の情報を得る手法であるが、そのほかに原子核とγ線やX線との共鳴励起現象を用い原子核周辺の電子状態を調べる手法がある。メスバウアー分光法はその代表的な手法で、超高エネルギーのX線の使用が可能なSPring-8では、共鳴励起によって分光測定できる核種が格段に増加した。なお、ここで取り上げた研究以外にも、SPring-8での分光研究を通じ、数々の優れた学術業績が誕生している。

図3.微小領域顕微分光(光電子顕微鏡)の模式図

図3.微小領域顕微分光(光電子顕微鏡)の模式図



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