大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

SPring-8 NEWS 115号(2024.3月号)

 

研究成果 · トピックス

分子をデザインし、まだ見ぬ触媒を作り出す SPring-8だから証明できた溶媒中の安定構造

新しい触媒がさらなる快適を生み出す

 私たちの身の回りには、様々な物質が存在しています。壊れやすいもの、頑丈なもの、電気を通すもの、ベタベタするもの、光るものなど、それらはいろいろな性質を持っています。物質の性質を決めているのは、その物質を構成している原子の組み合わせです。そのため、自由に原子の組み合わせを変えながら新しい分子を作ることができれば、これまでにない性質を持つ物質を作ることもできます。
 化学は物質の性質や構造を研究する学問ですが、その研究成果を活かすことで、自然では起こらない方法で既存の分子を作ったり、自然界には存在しない分子を新たに作ったりすることもできます。これまでにも化学の研究のおかげで、自然からは得られない薬や肥料やプラスチック製品や電子機器などが作れるようになってきました。
 東京大学の鈴木康介さんと米里健太郎さんが取り組んでいる研究も、新たな機能を持つ分子を作り出すことです。そのなかで鈴木さんたちが作ろうとしているのは「触媒」となる分子です。
 触媒は化学反応を助ける物質です。通常であれば作り出すのに膨大なエネルギーが必要とされる物質も、触媒があることによって、低いエネルギーで効率的に生成することができます。私たちが日々使っている化学製品の中にも、触媒がないと作ることができない物質が多くあります。また、自動車の排ガスなどの環境汚染物質の除去や、脱臭、殺菌など、環境を守る効果を発揮する触媒も存在します。
 触媒はさまざまな化学反応を左右します。新たな機能を持つ触媒を作ることができれば、有害な試薬の使用や廃棄物を減らしたり、必要なエネルギーを抑えて地球に優しい化学反応を起こしたりすることも考えられます。また、これまで人工的に作ることができなかった物質も、新しい触媒が誕生すれば製造可能になるかもしれません。
 鈴木さんたちは銀を使った新しい触媒分子を開発し、その成果を2023年6月に『Nature Chemistry』誌で発表しました。

足場をリング状にして金属原子の合成を制御する

 鈴木さんたちが開発した触媒分子は、リングの中に銀の原子が入った姿をしています(図1の右下の赤い四角で囲った分子)。このような形に設計した理由を、鈴木さんは次のように説明します。
 「触媒には金や白金や銀などの金属が使われますが、触媒として機能できるのは表面部分の原子です。そのため、金属酸化物を足場(担体)にして金属原子や“ナノクラスター”と呼ばれる金属原子の小さな塊を載せたものが触媒としてよく使われています。これを担持金属触媒と呼びます(図1上)。しかし、この担持金属触媒には、課題があります。金属酸化物担体の表面に載せられている触媒金属が均一ではないことです。そのため、触媒反応の選択性や効率性が低くなります。また、より優れた性能に改良したくても改良しづらいのです」

図1

図1 よく使われている担持金属触媒(上)と今回開発した触媒(下)の模式図

 そういった課題を解決するために開発されたのが、今回の触媒です。図1の右下に示しているように、触媒となる金属を、金属酸化物がぐるりと取り囲んでいます。この新しい触媒について、鈴木さんは次のように説明します。
 「足場となる金属酸化物の形をリング状にすることで、中に入れる原子の数や配列や電子状態を制御できるようになりました。触媒となる銀原子のナノクラスターは、単独では不安定ですぐに分解・凝集してしまいますが、金属酸化物のリングで囲うことで、安定した状態を保つことができます。また、露出した部分が効率的に触媒として働くため、安定性と反応性の高さを両立できます」

有機溶媒の中で行う自由度の高い無機材料合成

 このような画期的な形の分子の作り方を確立させた共同研究者の米里さんは、「もともとは別の目的のためにリング状の金属酸化物を研究していた」と話します。
 「その研究は行き詰まってしまいましたが、何とかこのリングを他に活かせないかと考えて生まれたアイデアが、銀ナノクラスターと組み合わせたハイブリッド分子触媒でした」
 米里さんのアイデアが実現したのは、研究室が築き上げた技術が背景にありました。通常、銀や金属酸化物のような「無機材料」は水溶液の中で合成反応を行いますが、鈴木さんと米里さんが所属する研究室では、その反応を有機溶媒の中で行うことで反応性を制御し、より精密かつ自在に無機材料合成を可能にする技術を確立しています。
 「リング状の金属酸化物を作ること自体は、ほかの研究グループでも行っていましたし、その中に金属原子を入れるアイデアを考えたのも私が初めてではありません。ただ、ほかのグループは有機溶媒中で合成を行う技術がなかったため、リングの中に銀原子をきれいに入れることができていませんでした」と、米里さん。
 米里さんによると、金属原子を酸素原子で繋げた金属酸化物を入れることはこれまでにも達成されていたそうです。しかしながら、金属原子同士が直接繋がった金属ナノクラスターを入れることはまだ誰も達成できていませんでした。
 最初の頃は合成材料を一度に入れていたため、思うような分子を作ることができませんでした。しかし、目的とは違う生成物の中にほんのわずかだけ、目的通りの構造に似ている分子を見つけたことで米里さんは「方向性は合っているな」と勇気づけられました。
 最終的には、直径約 1 nmのリング状金属酸化物に、銀イオンを段階的に反応させていくことで、リング状構造の中に銀原子30個で構成された銀ナノクラスターを合成することに成功しました(図2)。

図2

図2 2段階で還元してリング状金属酸化物の中に銀を集積させる

 しかし、この分子の構造を決めるためには、非常に精度が高い測定データが必要であり、一般的な分析装置では本当に狙い通りの分子構造になっているのかどうかを確信することができませんでした。そこで、SPring-8の高輝度の放射光を使って分子の構造を決定する「単結晶X線構造解析」を行うことにしました。単結晶X線構造解析とは、原子や分子が規則正しく並んだ結晶に、X線を当てたときに、X線が跳ね返る方向や強さを測定することで、原子の並び方や分子の構造を決めることができる解析方法です。SPring-8を利用した単結晶X線構造解析では、利用できるX線のエネルギーが高く、高輝度であることや、決まったエネルギーに絞り込んで取り出せることで一般的な装置よりも高い精度での測定ができました。
 「それまでは、一般的な装置の測定精度の限界であるのか、単に合成ができていないのかの区別がつかなかったのですが、単結晶X線構造解析のできるSPring-8のビームラインBL02B1で解析し、結晶構造を正確に決めることができました。SPring-8で測ったことで狙い通りの構造ができていることがわかって、ほっとしました」
 さらに、溶液中でも結晶中と同じ構造で、期待した通りの触媒機能が発揮できることを確認するために、SPring-8のビームラインBL01B1を使い、「X線吸収微細構造法(XAFS)」も実施しました。
 XAFSは、物質中に含まれる元素に対して適した波長のX線を照射することで物質の電子状態や元素周辺の構造を知るX線吸収分光法の一種で、試料が結晶状態でなくても精密な解析ができるという利点があります。XAFSはX線のエネルギーを連続的に変化させて高輝度なX線を照射する方法であるため、SPring-8のような放射光施設を利用しないと実施することができません。

図3

図3 SPring-8のX線吸収微細構造法(XAFS)の測定結果

 図3は鈴木さんや米里さんたちが開発した分子を東京都立大学 山添誠司 教授に協力頂き、XAFSで解析した結果です。溶媒中と結晶状態で、波形の振動の様子が一致しています。このことから、鈴木さんや米里さんたちの新しい分子は、溶媒中でも安定な状態で存在していることが確かめられました。
 さらに他の実験から、7日間以上溶媒に入れていても変化しないことが分かり、この性質は触媒として用いるときに、大きなメリットとなります。
 これらの研究の意義について、鈴木さんは次のように語ります。
 「金属ナノクラスターと金属酸化物を組み合わせた構造の設計が可能になったことで、今までにない機能を持つ触媒や材料の開発の可能性が広がりました。この方法で、金属の種類や並び方や距離などを制御できるようになったので、それらを変化させることでどういう性能が出るのかを、今後は調べていきたいと思います」
 鈴木さんや米里さんたちが開発した技術は、新たな分子を生み出すだけでなく、精密に制御された合金を作る技術にも応用できます。どのような組み合わせで、どのような形の触媒を作り出すか。可能性は無限に広がっていきます。お二人のさらなる研究の発展が楽しみです。


 

コラム

 鈴木さんたちの研究室には、30人以上の学生・院生と6人のスタッフが所属しています。週に一度は研究テーマごとの小グループに分かれて研究成果を発表します。しかし、自分の作成した分子の新しい構造が見えたときには、嬉しくなってミーティングの日を待たずに人に見せて回ってしまうそうです。「米里さんもいまだに僕に見せに来ますよね(笑)」と鈴木さんは笑います。化学者にとって、新しい分子の構造が分かることは、そのくらい面白いことなのでしょう。
 「分子の構造を狙った通りにどこまで作りこめるか、その限界に挑戦しています」と米里さんは話します。「一番楽しいのは実際に作った分子の構造を測るときですね。狙い通りに作れていたら嬉しいですし、狙いとは違う意外な構造になっていたら、それはそれで興味深いです」
 また、鈴木さんたちの研究室では、恒例行事として、年に一度、研究室旅行に行きます。旅行ではスタッフも学生も一緒になって様々な交流をするそうです。「カードゲームなどをすると、学生の違った一面を見られて、新鮮に感じます」と鈴木さん。分け隔てなく交流する雰囲気が、新しいものを生み出す土壌を作り出しているのかもしれません。

コラム

2023年度の研究室旅行。
最前列の一番左が鈴木さん、同列中央が米里さん

文:チーム・パスカル 寒竹 泉美


この記事は、東京大学大学院工学系研究科 准教授 鈴木康介さんと、助教 米里健太郎さんにインタビューをして構成しました。


実験技術紹介 利用者のみなさまへ

BL01B1におけるin-situ(その場)XAFS測定

 “研究成果・トピックス”で紹介された溶媒中のAgナノクラスターのXAFS解析実験は、ビームラインBL01B1にて行われました。BL01B1は、偏向電磁石を光源とする汎用的なX線吸収微細構造(XAFS)測定専用ビームラインであり、測定試料に含まれる対象元素の周囲の局所構造(近接原子間の距離、配位数、原子種、配位構造等)や、電子状態(価数等)の解析のために、様々な研究分野で利用されています。3.8-113 keVの広範なエネルギー領域にわたってXAFS測定を提供しており、Ca以上の原子番号の元素を測定することが可能です。検出器として、透過法XAFS用に種々のイオンチェンバーおよびガスが用意されている他、蛍光法XAFS用には19素子Ge検出器が整備されており、ごく希薄な濃度の試料や薄膜試料のXAFS測定も可能としています。また、高濃度の薄膜やバルク試料の測定には、転換電子収量(CEY)検出器が用意されています。XAFSは、結晶、非晶質、液体、クラスターなど様々な試料形態に対して測定が可能です。またX線の高い透過性を利用して、反応容器内の反応ガス雰囲気中や溶液中の試料の測定、いわゆるその場(in-situ )測定も可能です(図1)。今回紹介された研究では、これらの特徴を利用して水素置換した有機溶媒中の試料をガラス製の耐圧容器に封入した状態でin-situ XAFS測定を行いました。
 BL01B1では、2結晶分光器のブラッグ角をXAFS領域において連続的に走査してXAFSデータを取得するQXAFS測定が可能です。またQXAFS測定により数十秒〜分オーダーでの時間分解XAFS測定が可能です。また、可燃性(H2, CO, NH3, H2S, HCなど)と支燃・不燃性(O2, NO, NO2, CO2)ガスを最大8種類同時に使用できる反応ガス供給除害装置およびガス混合切替装置や、1000 ℃まで加熱可能なガス流通式セル、質量分析計および高速ガスクロマトグラフィから構成される高速ガス分析装置、10K-室温までの温度制御が可能なクライオスタットなどの試料周辺装置が整備されています。これらの装置を単独あるいは組み合わせて、様々な反応条件下や試料環境下でのin-situ /オペランド時間分解測定が実施されています。また近年では、XAFSと他の分光法と組み合わせた複合同時測定法の開発を行なっており、拡散反射型赤外線吸収分光法(DRIFT)と透過XAFSを組み合わせたXAFS-DRIFT同時測定が可能となっています(図2)。この複合測定により、反応条件下における試料の局所構造や化学状態に加えて試料表面の吸着種や吸着状態を同じ環境下で同時に測定することが可能となっています。

図1 ガス雰囲気下でのin-situ XAFS測定の様子

図1 ガス雰囲気下でのin-situ XAFS測定の様子

図2 XAFS-DRIFT同時測定装置

図2 XAFS-DRIFT同時測定装置( 左: 全体図、右:XAFSDRIFT同時測定の様子)

SPring-8の利用事例や相談窓口


 

SPring-8で学ぶ学生たち

第31回:東京大学 森さん

 今回は東京大学の森さんです。森さんはSPring-8の「大学院生提案型課題(長期型)」を活用し、SPring-8で研究を進めています。

Q.現在の研究されてるテーマについて教えてください。

A.SPring-8では高温高圧実験をおこなっています。地球の内部は高温高圧の環境が広がっており、かつその内部での物質の性質は地上と異なる挙動を示します。また地球の中心に位置する核は主に鉄からできていますが、さらに鉄よりも軽い水素などの「軽元素」が数種類溶け込んでいることも知られています。地球の形成過程を知る上で、地球内部に溶け込んでいる元素の特定は、地球の起源を解明する上でも非常に重要な課題となっています。これまで鉄-水素二元系の研究は物性的な側面からも多々進められてきました。一方で地球科学的な側面からは、他の軽元素が存在する多元系として考えないといけません。三元系の側面で見ると、鉄-水素の二元系と比べて「どのような違いをもたらすか」というのは最近になるまで知られていませんでした。私の研究では、実際に三元系として、鉄-水素二元系のみでは見られなかった元素同士の「仲の良さ」などの物質の様々な性質についてSPring-8を用いた環境下で観察・分析しています。

Q.なぜ理系を志し、どのような経緯で現在の研究テーマにたどり着いたのですか。

A.小学生のころから鉱物に興味があり、中高生の頃には鉱物研究家・愛好家の集まりに参加するようになりました。そこでの雰囲気や体験から「研究のようなものに触れてみたい」と漠然と考えるようになり、理学部を目指すようになりました。
大学では、授業を通して現在行っている高圧鉱物学への興味に徐々にシフトしていきました。今振り返ると中高生の頃に珪酸塩鉱物のA l2SiO5が結晶構造の違いにより、藍晶石、珪線石および紅柱石などの多形を示した鉱物標本を見たときに、それら生成環境への興味として自分に生まれていたのかもしれません。

Q.どのような経緯で大学院生提案型課題(長期型)に応募したのですか。

A.もともとは大学院生用の半年課題をその都度申請する予定でしたが、周囲の方より長期型課題への応募を勧められました。長期にわたるビームタイムの枠が安定的に確保できることは、繰り返しの試行や時間のかかる実験が必要な研究テーマにおいては遂行する上で非常に恵まれていると感じています。

Q. これから進学を考えている高校生へ一言お願いします。

A. 気負わず今を楽しんでいたら、きっと実りあるものになると考えています。

 SPring-8での実験は準備に時間を要し、非常にタイトな日程で実験を行っている森さん。そのなかで実験に使うパーツが時間通りに綺麗に組み上げることができた時などは、些細な喜びを感じ、またそれら組み上げた実験から思い通りの結果が出たときの喜びはひとしおとのことです。鉱物は長い時間をかけて成長してゆきます。それらを森さんのような根気強い研究者の方が分析することにより、今まで分からなかった事実が解明されるのでしょう。

【参考】
大学院生提案型課題(長期型)は将来の放射光研究を担う人材の育成を図ることを目的とし、大学院生が主体的に立案、提案、遂行することを奨励するSPring-8で行う課題です。
SPring-8大学院生提案型課題(長期型)
https://user.spring8.or.jp/?p=39388

SPring-8で学ぶ学生

実験に使うBL04B1内になる装置(SPEEDMk.II)の前で森さん(右)と高野さん(左)



 

行事予定  line
 

SPring-8夏の学校と秋の学校について

 2024年度もSPring-8夏の学校とSPring-8秋の学校を開催します。
 「第24回SPring-8夏の学校」は2024年7月7日から(4月初旬募集開始予定)、「第8回SPring-8秋の学校」は2024年9月中旬をめどに開催を予定しています。詳細はSPring-8ホームページに掲載されるので、興味のある方は是非SPring-8ホームページをチェックしてみてください。
 たくさんの生徒の参加をお待ちしています。

第23回夏の学校の集合写真

第23回夏の学校の集合写真


表紙について:
金属ナノクラスターとリング状の金属酸化物を組み合わせたハイブリッド分子触媒(本稿の研究成果トピックス)を中心に、その開発に成功した鈴木康介さん(右)と米里健太郎さん(左)を描いた。今回、有機溶媒中で反応性を制御しながら合成に成功したことから、海の中をメタファーとし、触媒に反応する分子をクラゲとして表現した。

表紙

イラスト:大内田美沙紀

最終変更日