大型放射光施設 SPring-8

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夢の運転を世界で初めて実現 - トップアップ運転の開始 - (プレスリリース)

公開日
2004年06月07日
  • 加速器
高輝度光科学研究センターの加速器部門は、大型放射光施設(SPring-8)の蓄積リングにおいて、放射光を利用している間の電子ビームの減少を、継ぎ足し入射で常時補い、一定の蓄積電流を維持するトップアップ運転の実現に成功した。

平成16年6月7日
(財)高輝度光科学研究センター

  (財)高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長:吉良爽) の加速器部門(熊谷教孝部門長) は、大型放射光施設(SPring-8)の蓄積リングにおいて、放射光を利用している間の電子ビームの減少 を、継ぎ足し入射で常時補い、一定の蓄積電流を維持するトップアップ運転の実現に成功した。従来の運転方式 では、蓄積電流値が時間と共に減少し、また、新たに電子ビームを入射する際に、電子ビームの軌道変動や放射 線の問題から一時的に放射光利用をストップしなければいけないなどのデメリットがあり、その改善策が望まれ ていた。
 今回、SPring-8 で実現したトップアップ運転は、この問題を解決するとともに、(1)電子ビームの継ぎ足し入射が利用実験に悪影響を及ぼさないこと、(2)入射した電子ビームの損失が非常にすくないこと、(3)純度の高い高密度電子ビームを実現すること等、これまで他の放射光施設で追い求められてきた ”夢の運転”を世界で初めて実現した。
 この成功により、従来の運転と比較して、ビーム強 度を一定に保つことと入射時のロスタイムをなくすことで、時間平均輝度が実効的に約2倍改善される見込みである。また、SPring-8 蓄積リングの蓄積電流値の変化を0.1 %以内で安定化することにより、放射光を受けるX 線光学系の熱的安定性が飛躍的に改善され、実験精度の向上が期待される。さらに、従来の運転方式では蓄積ビームの減少が著しく、利用運転が不可能であった高密度電子ビームの利用も可能になり、生成される高強度パル スX線を用いた新たな放射光利用実験の開拓にも貢献すると考えられる。SPring-8では5月20日より利用実験時の トップアップ運転が開始され、利用者から大きな期待が寄せられている。
 本研究の詳細は、7月にスイ スのルツェルンで開催される欧州粒子加速器会議 EPAC'04で、田中均博士(JASRI)等が発表を行う予定である。
 発表タイトル: "Top-up Operation at SPring-8 - Towards Maximizing the Potential of a 3rd Generation Light Source"
(SPring-8 におけるトップアップ運転 − 第3世代放射光源の能力最大化に向けて)

1.研究の背景
放射光(用語1)を用いた精密実験にとって理想的なのは、高い輝度の(明るい)放射光が、長期間にわたり安定に供給されることである。高輝度光を実現するには、放射光のもとになる電子を狭い空間に集め、高密度のバンチ(電子の固まり)として蓄積しなければならない。ところがこのような電子の高密度状態は、バンチ内での電子同士の反発による散乱を促進し、結果として蓄積電子のビームの寿命を短くする。つまり、放射光としての性能を向上させる事は、原理的にビーム寿命を 短くするという欠点があった。この現状を打開する有力な方法の1つとして、損失した電子をトップアップ (Top-up:継ぎ足し)入射で補い、平均電流値を一定に維持するトップアップ運転があり、この実施に大きな期待が集まっていた。
 しかし、トップアップ運転には、原理的な制限はないものの、次にあげる3つの大きな技術的問題点があった。
(1)電子ビームを入射する際に、蓄積ビームの振動を引き起こし、放射光 利用実験を妨げる
(2)入射された電子ビームが真空封止型挿入光源(用語2)の永久磁石にぶつかり磁石の劣化を引き起こす
(3)ビーム入射により孤立バンチの純度が低下する
 特に、入射が頻繁に行わ れるトップアップ運転では、ビーム入射時の蓄積ビームの振動(1)は精密実験に致命的影響を与える。
 SPring-8 には、世界最高性能の放射光を利用した超精密実験を行うために、日本だけでなく世界中から研究者が集まってくる。この放射光利用実験をさらに革新的なものにするという要求に答えるため、上記3つの問題点をクリアした”実験を一切妨げない”理想的なトップアップ運転の早急な開発が必要であった。

2.研究の手法と成果
⟨2. 1. 蓄積ビームの振動抑制対策⟩
 他の第三世代放射光源と同様、SPring-8の入射バンプ軌道内には、電子ビームが安定に周回できるスペースを確保する目的で 、6極電磁石(用語3)が配置されている。この配置は入射効率の向上や蓄積ビームの寿命を延ばす反面、ビーム入射時に蓄 積ビームの振動を原理的に引き起こす。この問題を解決するため、引き起こされる振動を制御し、それにより入射に必要な安定性を確保しつつ、引き起こされる振動を数十ミクロン程度に抑えることに世界で初めて成功した (図1)。
 この最小条件を実現した上で、さらに4台ある入射バンプ電磁石(用語4)磁場の誤差を電磁石の端部の 構造改良、回路常数の最適化、並びにバンプ電磁石回転誤差補正で改善した。最後に、残った振動を任意波形発生器(用語5)を用いた高速補正電磁石で抑制した。この結果、放射光利用者には、電子ビームの振動が殆ど観測さ れないレベルにまで、蓄積ビームの振動が抑制できた(図2)。

⟨2. 2.入射ビーム損失の低減および挿入光源の劣化対策⟩
SPring-8 の蓄積リングには、真空封止型挿入光源が多数設置されている。挿入光源は上下の永久磁石列間のギャップ間隔を制御し、 放射する光のエネルギーを自由に変えることが可能である。このギャップ間隔は、高輝度の光を効率よく生み出 すためには極めて狭く設定する必要がある(最小ギャップ7mm)。
 蓄積リングに新しく入射された電子 ビームは水平に振動しながら減衰して蓄積電子ビームと一体化していくが、この過程で、一部の入射ビームの水 平振動が垂直振動に交換されるため、狭いギャップに設定された挿入光源の永久磁石にビームが衝突して磁石を 劣化させる。シミュレーションの結果、エネルギー振動が介在した結合共鳴が重要な役割を担っており、クロマティシティ(用語6)及び入射ビームの振動振幅を小さくすることで垂直振動への結合が抑えられ、入射ビーム損失を低減できることも分かった。
 この結果に基づき、蓄積リングへのビーム輸送路に電子ビームの形状を整形する装置とビーム不安定性抑制装置を開発することで、挿入光源のギャップが狭まった状態でのビーム損失を抑える事と、それに付随する挿入光源の永久磁石の劣化対策に成功した。

⟨2. 3.純度の高い孤立バンチの生成⟩
 孤立バンチの純度が低下すると発生する放射光の特 性が劣化するため、蓄積リング内ではバンチの純度を高く保ち続ける必要がある。SPring-8では、シンクロトロン(蓄積リングへの電子ビーム入射器)で、特殊な高周波電場を用いて不必要な電子(孤立バンチのまわりに分布するゴミ電子)を蹴り飛ばし、孤立バンチを生成している。シンクロトロンの機器の安定性の改善、電子ビー ムの加速電圧の最適化等、調整を積み重ね、孤立バンチ近傍のゴミ電子が検出器で検知できない(電子数個以下 )世界最高水準まで、安定に純化できる孤立バンチ生成システムが開発された。
 上の「蓄積ビームの振動抑制」「入射ビーム損失の低減および挿入光源の劣化対策」「純度の高い孤立バンチの生成」の3つを組み合わせることで、ビーム性能の劣化をおこすことや実験を妨げることのない、他の放射光施設では達成できなかっ た理想的なトップアップ運転が、1999 年1月の検討開始以来、6年の歳月を経て遂に完成した。

3.期待される効果
(1)放射光利用実験への影響がないことの実験的検証を経て、2004年5月20日(第4サイクル)から、トップアップ運転がSPring-8ユーザー運転に導入された。ビーム入射間隔は1分で 、0.1 % 以内に蓄積電流変動を抑えた定電流安定性を達成した(図3図4)。今後の運転では、この電流 安定性が持続されると共に、さらに安定度が改善されていく事が期待される。
(2)蓄積電流値の安定化で、放射光を受けるX線光学系の熱的安定性が従来に比べ飛躍的に改善され、実験精度が向上する。また、加速 機器の熱的安定性も同じく向上し、電子ビーム軌道のずれも抑制される。
(3)時間平均輝度が約2倍明るくなると共に、従来、光が不安定で精密実験に利用できなかった入射後のデッドタイム (用語7)もなくなり、実験が効率化される。また、特定の大強度孤立バンチからの光を主に利用している実験では、大幅な輝度の向上(∼4倍) が期待される。
(4)蓄積ビームの減少が著しく、利用運転が不可能であった高密度電子ビームでの運転も可能になり、従来より数倍高い輝度の高強度パルスX線を用いた新たな放射光利用実験の開拓に繋がる。


⟨添付資料⟩

図1 理想的なサイン半波を用いた場合の計算結果
図1 理想的なサイン半波を用いた場合の計算結果

従来の方式(赤)は1.5 mm 程度の蓄 積ビーム振動が発生していたが、新しい方式(緑)では、ビーム振動が40ミクロン(0.04 mm)以下に抑制されている事がわかる。蓄積電子ビームの水平サイズ(ガウス分布の1シグマ)は∼300ミクロン( ∼ 0.3 mm )。


図2 蓄積ビームの水平振動抑制対策の効果を調べた実験結果
図2 蓄積ビームの水平振動抑制対策の効果を調べた実験結果

改善を重ねることで、ビームの振動が押さえられていったことがわかる。改善前(赤●) 、6極電磁石による振動抑制対策後(青○)、6極電磁石による振動抑制対策とバンプ電磁石磁場の誤差補正後(緑×)と、その条件での計算機によるシミュレーション結果(黄◇)。


図3 2004年5月20日午前10時のトップアップ運転開始から26日午前10時までの一週間の蓄積電流の変化
図3 2004年5月20日午前10時のトップアップ運転開始から26日午前10時までの一週間の蓄積電流の変化

トップアップ運転により蓄積電流値が100mA弱で一定に保たれていることがわかる。


図4 2004年5月23日午前 0時から24日午前0時までの蓄積電流の変化(図3の一部を拡大したもの)
図4 2004年5月23日午前 0時から24日午前0時までの蓄積電流の変化(図3の一部を拡大したもの)

蓄積電流値の変動が、非常に小さく(0.1%以内)おさえられ、安定していることがわかる(図の縦軸フルスケールが 0.1%に相当)。


参考図1 2004年1月30日9時 30分のSPring-8運転状況
参考図1 2004年1月30日9時 30分のSPring-8運転状況

青色で示された蓄積電流値が、定時入射(午前10時と午後10時)で75mAから100mAへ回復、入射と入射の間(12時間)は、ビーム寿命で電流が減少するパターンが繰り返される。緑色のラインはビーム寿命を示す。


参考図2 2004年1月30日9時 30分のSPring-8運転状況
参考図2 2004年1月30日9時 30分のSPring-8運転状況

画面右下の蓄積電流値のグラフが、トップアップ運転により100mA弱でほぼ一定に保たれていることがわかる。


用語解説

1 放射光
ほぼ光速で直進する電子が、その進行方向を磁石などによって変えられた際に発生する電磁波を放 射光と呼ぶ。電子の進行方向を変えるために用いる磁石のタイプは、電子をリング状の加速器に閉じこめるために必要な偏向電磁石と、挿入光源があり、それぞれ特徴ある放射光が得られる。

放射光発生の原理

2 真空封止型挿入光源
実験に必要な様々な放射光を発生させるために、真空ダクト内に設置された、特定の形に組み合わされた磁石(主に永久磁石)列。アンジュレータとウイグラーの2種類がある。アンジュレータは電子を周期的に小さく蛇行させ、蛇行の都度発生する放射光を干渉させることにより、極めて明るい特定波長の放射光を得ることができ、ウイグラーは電子を大きく複数回蛇行させることにより、より明るく波長の短い 白色光が得られる。これらは電子の進路に挿入して用いられるため、挿入光源とも呼ばれる。

真空封止型挿入光源

3 6極電磁石
エネルギーの異なる電子が、蓄積リングを一周回ったときに同じ収束力を受けるよう、電子エネルギーに応じた収束力の補正を行う電磁石。軌道からのずれの2乗に比例した磁場により、相対的にエネルギーの高い電子には収束力を強め、逆に、エネルギーの低い電子には収束力を弱める。6個のポールを持つ構造から、6極電磁石と呼ばれる。

4 入射バンプ電磁石
蓄積リングに電子を入射するため、入射電子がやってくるのにあわせ、リングの入射点近傍の周回軌道を一時的に(8マイクロ秒程度)入射電子の側(リングの内側)に曲げるパルス電磁石。これにより、入射電子は、可能な限り小さな振動振幅でリングの周回軌道に巻き付く事ができる。軌道を入射電子に近づける時に、軌道がこぶ(バンプ) のように歪むことから、入射バンプ電磁石と呼ばれる。

5 任意波形発生装置
補正に必要な複雑なパターンの信号を、正弦波、方形波、ランプ波、三角波、パルス波等を組み合わせたり、計算したデー タを用いて簡単に作成し、出力できる装置。この装置の信号をもとに高速補正電磁石に流す電流のパターンが作られる。

6 クロマティシティ
エネルギーの異なる電子が、蓄積リングを一周回ったときにどのくらい収束力が異なるのかを示す量。リングを一周回する 間に電子が振動する回数をチューンという。電子のエネルギーが100%増えた時に、このチューンがどのくらいずれるかで定義される。

7 入射後のデッドタイム
ビームシャッターを閉じて入射を行ったり、入射の前後で電流値の大幅な変化が生じると、X線光学系が不安定になり 、入射後精密実験が実施できない一定の時間が発生する。これを入射後のデッドタイムと呼ぶ。


⟨本研究に関する問い合わせ先⟩
( 財)高輝度光科学研究センター
  加速器部門 部門長  熊谷 教孝
  Tel: 0791-58-0851 / Fax: 0791-58-0870

  加速器部門 副主席研究員  田中 均
  E-mail: tanaka@spring8.or.jp
Tel: 0791-58-0928 / Fax: 0791-58-0850

⟨SPring-8についての全般的問い合わせ⟩
(財)高輝度光科学研究センター
  広報室
  E-mail: kouhou@spring8.or.jp
  Tel:0791-58-2785 / Fax:0791-58 -2786