大型放射光施設 SPring-8

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スピン成分と軌道成分を分離した磁化測定に成功 −スピンエレクトロニクスデバイスの開発に指針− (プレスリリース)

公開日
2011年07月28日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)

2011年7月28日
群馬大学
(独)日本原子力研究開発機構
(財)高輝度光科学研究センター

 群馬大学大学院工学研究科の櫻井浩教授、日本原子力研究開発機構の安居院あかね研究副主幹、高輝度光科学研究センターの伊藤真義副主幹研究員らのグループは、磁気コンプトン散乱を利用し、磁気記録材料であるTb43Co57アモルファス合金薄膜において、従来のマクロな測定方法だけでは不可能な、スピン成分と軌道成分を分離した磁化曲線を測定することに成功しました。その結果、スピン成分と軌道成分では磁化過程が異なり、スピン成分の方が磁場に対してより安定であることを見出しました。次世代デバイスとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイスは、磁場によるスピン制御を利用しています。材料開発はマクロな磁化測定に基づいて行われていますが、本研究の成果により、ミクロなスピン成分・軌道成分個別の磁化過程の特性が利用できるようになり、デバイスの高速・省電力化につながると期待されます。大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギー・円偏光X線を用いることで、初めてこの測定が可能になりました。

 この成果は応用物理学系の専門誌「Applied Physics Express」(7月28日発行)に掲載されます。

(論文)
Microscopic Magnetization Process in Tb43Co57 Film by Magnetic Compton Scattering
(日本語訳:磁気コンプトン散乱によるTb43Co57薄膜のミクロスコピックな磁化過程)
Akane Agui, Sayaka Matsumoto, Hiroshi Sakurai, Naruki Tsuji, Satoshi Homma, Yoshiharu Sakurai, and Masayoshi Itou
Applied Physics Express 4, 083002 (2011), published online July 28, 2011

研究の背景
 次世代デバイスとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイス(注1)は、磁場によるスピン制御を利用していますが、その材料開発はマクロな磁化測定(注2)に基づいて行われています。磁性の起源は、電子自身が持つスピン成分(図1(b)矢印)と電子の運動による軌道成分(図1(b)円軌道)から成ります。従来のマクロな磁化測定では、スピン成分と軌道成分を合計した全体の磁化を観測するにとどまり(図1(a))ミクロな磁化過程の観測は不可能でした。そこで、磁性材料の高性能化のためには、スピン成分と軌道成分を分離し、それぞれの特性を調べるミクロな磁化測定が求められてきました。

研究成果
 磁気材料であるTb-Coアモルファス(注3)合金薄膜(図1赤はCo原子、青はTb原子)は、スペリ磁性(注4)とよばれる特殊な磁気構造を有しており、高密度磁気記録材料として利用されてきました。磁性材料開発においては、ミクロな磁化反転過程の解明は高性能化の鍵となります。これまで我々は磁気コンプトン散乱(注5)効果を利用して、スピン成分のみを選択した磁化反転過程の測定(スピン選択磁気ヒステリシス測定)が可能であることを実証しました。
 今回の研究では、Tb43Co57アモルファス合金薄膜について、大型放射光施設SPring-8(注6)の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)でスピン選択磁気ヒステリシス測定を行いました。この結果を、マクロな磁化測定(図2の全磁化)と組み合わせて解析し、スピン成分の磁化曲線(図2の●)と軌道成分の磁化曲線(図2の○)を分離することに成功しました。さらに、スピン成分が軌道成分に比べて磁場に対して安定であることを見いだしました。これらの測定や解析は、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギー・円偏光X線を用いることで、初めて可能になりました。
 次世代デバイスとしてとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイスは、磁場によるスピン制御を利用しています。本研究は、高性能化のためには、スピン成分・軌道成分個別の磁化過程の特性に基づいて、材料設計することが重要であることを示しています。

今後の展開
 次世代デバイスとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイスの材料開発において、スピン成分・軌道成分個別の磁化過程の特性を利用することで、デバイスの高速・省電力化を進めることができると期待されます。

付記
 本研究は、高輝度光科学研究センターの櫻井吉晴副主席研究員および辻成希研究員との共同で行いました。また、群馬大学アドバンストテクノロジー高度研究センターの支援を受けました。


《用語解説》
注1 スピンエレクトロニクスデバイス

従来のエレクトロニクスデバイスでは、半導体におけるpn接合を利用しており、電子の電荷を電場で制御することによりデバイスの動作を制御している。スピンエレクトロニクスデバイスでは、電子のスピンを磁場または電流で制御することにより、デバイスの動作を制御する。微細化や低消費電力化に有効である。

注2 マクロな磁化測定
外部磁場によって試料全体に誘導された磁気成分を計測する。代表的な測定に振動試料型磁力計(VSM磁力計)やSQUID磁力計を用いる方法がある。

注3 アモルファス
原子の配列が乱雑である固体。

注4 スペリ磁性
希土類-遷移金属合金がアモルファス構造をとるとき、希土類元素の4f電子の磁気モーメントと3d遷移金属元素の3d電子の磁気モーメントの向きは、それぞれが一方向にそろうのではなく分布を持つことが多い。4f電子の磁気モーメントと3d電子の磁気モーメントが互いに逆向きの分布を持つ場合をスペリ磁性とよぶ。

注5 磁気コンプトン散乱
入射X線が物質中の電子で散乱されたとき、散乱X線のエネルギーが入射X線のそれより低くなる現象をコンプトン散乱とよぶ。物質中の電子のスピン状態に依存したコンプトン散乱を磁気コンプトン散乱とよぶ。この現象を利用して磁化のスピン成分を測定することができる。

注6 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


図1
図1

(a)マクロな磁化測定では全体の平均的磁気成分を測定する。
(b)ミクロな磁化測定ではスピン成分(矢印)、軌道成分(円軌道)を測定する。


図2
図2

マクロな磁化測定(全磁化)、スピン成分の磁化曲線(●)
および軌道成分の磁化曲線(○)。




《問い合わせ先》
 国立大学法人 群馬大学
  大学院工学研究科・工学部広報担当 石井圭一、新妻大樹、齋藤昭吾
    TEL:0277-30-1014、1011、1895(直通) FAX:0277-30-1020
    E-mail:mail

 独立行政法人 日本原子力研究開発機構(JAEA)
  広報部報道課長 上原勇相
    TEL:03-3592-2346(直通) FAX:03-5157-1950

(研究内容に関するお問合せ先)
 国立大学法人 群馬大学 大学院工学研究科 教授 櫻井浩
    TEL:0277-30-1714 FAX:0277-30-1707
    E-mail:mail

 独立行政法人 日本原子力研究開発機構(JAEA) 研究副主幹 安居院あかね
    TEL:0791-58-2701 FAX:0791-58-0311
    E-mail:mail

 財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI) 副主幹研究員 伊藤真義
    TEL:0791-58-0802 ex:3908 FAX:0791-58-0830
    E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp