大型放射光施設 SPring-8

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ナノ結晶化が高分子フィルムの電気伝導性を飛躍的に向上 -フレキシブル印刷配線・レアメタルフリー透明電極材料の高性能化に新たな道-(プレスリリース)

公開日
2012年04月27日
  • BL40B2(構造生物学II)

平成24年4月27日
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 東北大学
      国立大学法人 山梨大学

 高輝度光科学研究センター(JASRI)、東北大学、山梨大学は、次世代有機電子材料として注目されている導電性高分子材料PEDOT:PSS※1(ピードット・ピーエスエス)フィルムにおけるPEDOT分子のナノサイズ結晶化を世界で初めて発見しました。この発見により高い電気伝導性の起源がナノ結晶による階層的な高分子構造(階層構造※2)にあることを明らかにし、導電性高分子フィルムの新たな開発製造指針を示しました。
 導電性高分子フィルムは、軽量で折り曲げ可能なことから、ディスプレーや電子素子の材料として期待されており、また、印刷技術による製造が可能なため、原料の使用量や製造時の使用電力を低減できます。その代表的な材料としてはPEDOT:PSSが良く利用されていますが、これまでPEDOT:PSSフィルム中でのPEDOT分子とPSS分子の複合体の構造や性質は明らかになっておりませんでした。特に、フィルム作製方法の違いにより導電性が1000倍も変わってしまうこともあり、より高性能な機器応用への大きな障害となっています。
  本研究グループは、作製方法の違いにより導電性が大きく異なるPEDOT:PSSフィルム試料を対象に、大型放射光施設SPring-8※3の高輝度・高指向性放射光X線を用いて構造解析を行いました。その結果、これまで推測されていた構造とは大きく異なり、結晶化したPEDOT分子がナノサイズの核(コア)になり、その周りをPSS分子が殻(シェル)として囲んでいるナノサイズのコアシェル構造であることを世界で初めて明らかにしました。さらに、フィルムの作製方法の改良によりPEDOTナノ結晶のサイズが大きくなり、コア全体にわたり整列することで、電気伝導性が飛躍的に向上することを明らかにしました。
  今回の成果は、金属材料に匹敵する高い導電性を示すPEDOT:PSSフィルムを作製するための材料設計、作製工程改良の指針となり、導電性高分子材料の開発が飛躍的に促進されるものと期待されます。

 本研究成果は、JASRIの藤原明比古主席研究員、東北大学金属材料研究所の佐々木孝彦教授、山梨大学の奥崎秀典准教授の研究グループによるもので、米国時間で2012年4月26日に米国化学会発行の高分子科学専門の学術雑誌「Macromolecules」のオンライン版に掲載されました。

論文情報
PEDOT Nanocrystal in Highly Conductive PEDOT:PSS Polymer Films
日本語訳:高い導電性を示すPEDOT:PSS高分子フィルムにおけるPEDOTナノ結晶
著者:高野琢、増永啓康、藤原明比古、奥崎秀典、佐々木孝彦
ジャーナル名:Macromolecules
オンライン掲載日:2012年4月26日(米国時間)
Macromolecules, 2012, 45 (9), pp 3859-3865, published online 26 April 2012

1. 研究の背景
 現在の高度情報化社会において、より高度でより便利な情報環境が求められる一方、持続可能な社会実現のために環境負荷の低減も考慮しなければなりません。このため、情報・通信機器には、高性能特性、携帯性、環境親和性など様々な機能が求められています。
 柔軟性に富んだ導電性高分子材料は、軽量で折り曲げ可能なディスプレーや電子素子の材料として期待されています。このような機器が実現されれば、携帯性に優れた情報・通信機器が開発され、我々の生活をより豊かにします。さらに、これらの材料は印刷技術による製造が可能なため、原料の使用量や製造時の使用電力を低減でき、コスト削減や地球環境問題の解決に大きく貢献します。
 代表的な導電性高分子材料であるPEDOT:PSSは、大気中でも安定で、光の透過性も高いため、プラスティック材料の帯電防止コーティングに幅広く用いられています。今後、インジウムなどのレアメタルを含まない透明電極材料として、有機ELディスプレーやタッチパネルなどへの幅広い製品応用が期待されています。しかし、これまでPEDOT:PSSフィルム中でのPEDOT分子とPSS分子の複合体がどのような階層構造をしているかは不明でした。また、フィルム作製方法によっては、導電性が1000倍も変わってしまうなど、基礎的な性質はほとんど明らかになっていませんでした。このため、より高性能な機器への応用には大きな障害がありました。

2. 研究内容と成果
 電気を流しやすい高分子PEDOTにPSSを添加することで電気を流す担い手がPEDOTに供給されます。PEDOT分子やPSS分子の基本骨格が同じにもかかわらず、試料の作製方法が異なるだけで導電性が大きく異なることは、複雑な階層構造を持つPEDOT:PSSの構造が導電性を決定するのに重要な役割を担う事を示しています。このため、PEDOT:PSS 複合体のPEDOT分子、PSS分子のみで構成されている部分の構造と両者が複合体を形成した全体の構造を調べ、それぞれの階層においてどのような構造であるかを調べることで、これまでの疑問点を明らかにすることができます。
 本研究グループは、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高指向性放射光X線を用いた小角・高角散乱測定から構造モデル解析を行いました。PEDOT分子、または、PSS分子のみで構成される比較的微細な構造を高角散乱測定で、PEDOT分子とPSS分子が形成する複合体の大きな構造を小角散乱測定で調べることができます。双方を精密かつ高精度で測定するのに高輝度・高指向性放射光X線実験が威力を発揮しました。試料は、印刷プロセスに用いられる液状のものと実際に機器や素子で使用されるフィルム状のものを用いました。
 水にPEDOT:PSSが分散している液状試料の場合、疎水性の(水との親和性が悪い)PEDOT分子が中心部にあつまってナノサイズの核(コア)となり、親水性の(水との親和性がよい)PSS分子がそれを囲んでいる殻(シェル)となったつぶれた球体(回転楕円体)の塊「ミセル※4」を形成していることがわかりました(図1左)。これまでは、構造の詳細が調べられていなかったため、長いひも状のPSS分子に、PSS分子よりも短いPEDOT分子が張り付いているような構造が推測されていました。しかし、今回の実験から、これまで考えられていた構造とは大きく異なり、コアシェル構造を形成していることが明らかになりました。
 液状試料を基板に滴下し乾燥させたフィルム状にした試料では、コアシェル構造が維持されたまま、凝集することがわかりました(図1右)。また、分散液中ではコアのPEDOT分子の配列が乱れているのに対して、フィルム状試料ではPEDOT分子が整列しやすくなることがわかりました。さらに、フィルム状試料を、エチレングリコール、エチルアルコール、水など極性分子※5に浸した後、再度乾燥したりすることで、PEDOT分子の整列がより促進されることがわかりました。この時、極性分子の極性が強い程、ナノサイズのコア構造の中でのPEDOT分子が整列した結晶が大きくなり、PEDOT:PSSの電気伝導性が飛躍的に向上する対応関係が明らかになりました(図2)。

3. 今後の展開
 今回、極性の高い液体を添加することで乾燥に要する時間が長くなり、液体が徐々に乾燥する間に分子の整列(結晶化)が進む様子を明らかにしました。このため、乾燥プロセスの温度や湿度の制御だけで、より導電性の高いPEDOT:PSSフィルムを作製できることを示しています。今回得られた材料設計、作製行程改良の指針は、導電性高分子の開発を飛躍的に促進すると期待されます。

ここで紹介した研究の一部は(独)科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業【産学共創基礎基盤研究プログラム】の支援をうけ、SPring-8の利用研究課題として行われました。


《参考資料》

図1:分散液中のPEDOT:PSSミセル(左)とフィルム状のPEDOT:PSS(右)の構造モデル
図1:分散液中のPEDOT:PSSミセル(左)とフィルム状のPEDOT:PSS(右)の構造モデル

PEDOTは核(コア)、PSSは殻(シェル)を形成したコアシェル構造を形成している事を初めて明らかにしました。さらに、分散液中ではコアのPEDOTが乱れているのに対して、フィルム状ではPEDOT分子が整列しやすくなります。PEDOTがナノサイズのコア全体にわたり整列し、ナノ結晶を形成することで、PEDOT:PSSの導電性が飛躍的に向上することが明らかになりました。


図2:PEDOTの結晶化の度合いと伝導度の関係
図2:PEDOTの結晶化の度合いと伝導度の関係

フィルム状の試料を極性分子に浸すことでPEDOTの結晶化度が向上(結晶のサイズの逆数が減少)します。さらに、結晶化度の向上に伴い伝導率が飛躍的に向上する明瞭な対応関係を世界で初めて明らかにしました。


《用語解説》
*1 導電性高分子材料PEDOT:PSS

ポリスチレンスルホン酸(PSS)を添加したポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)。大気中でも安定で、光の透過性も高いため、プラスティック材料の帯電防止コーティング等に用いられている。今後、インジウムなどのレアメタルを含まない透明電極材料として、有機ELディスプレーやタッチパネルなどへの幅広い製品応用が期待されている。電気を流す導電性高分子は、白川博士らのノーベル賞受賞の対象となったポリアセチレンが有名であるが、PEDOTはより電気を流しやすい材料として開発された。PEDOTは電気を流しやすい性質を持っているが、PEDOTだけでは、電気を流す担い手がいないため、PSSを添加して、電気を流す担い手をPEDOTに供給する。

*2 階層構造
ある構成要素が複数集まって集合体を形成し、その集合体がさらに構成要素となってより大きな集合体を構成していく構造。PEDOT:PSSの場合、原子が結合してPEDOTやPSSの分子を形成し、PEDOT、PSSの分子は同種分子で集合してクラスターや結晶、非晶質の集合体などを形成し、さらにPEDOTとPSSの集合体が複合体を形成している。

*3 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用促進はJASRIが行っている。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8 GeVに由来する。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、アメリカのAPS、フランスのSERFの3つがある。SPring-8による電子の加速エネルギー(80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。

*4 ミセル
疎水性の(水との親和性が悪い)部分と親水性の(水との親和性がよい)部分を持つ分子や集合体が、水の中で疎水性の部分を内側にして球状に集まったもの。厳密には水溶液にはならないが、ミセルが水中に分散するので、水に溶けたようにふるまう。

*5 極性分子
分子内で正の電荷と負の電荷の重心が一致しない分子。正負の電荷の重心が一致しないことで、その分子には自発的かつ永久的に電気双極子が存在する。水、エチルアルコール、エチレングリコールは極性分子である。分子が極性を持つ主な原因として、分子を構成する種類の異なる原子同士の電気陰性度(電子を引き寄せる強さ)の差がある。



《問い合わせ先》
(研究内容に関すること)
 藤原 明比古(フジワラ アキヒコ)
  高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 主席研究員
   TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-0830
   E-mail:mail1

 佐々木 孝彦(ササキ タカヒコ)
  国立大学法人東北大学 金属材料研究所 低温電子物性学研究部門 教授
   TEL:022-215-2025 FAX:022-215-2026
   E-mail:mail2

 奥崎 秀典(オクザキ ヒデノリ)
  国立大学法人山梨大学 大学院医学工学総合研究部 准教授
   TEL:055-220-8554 FAX:055-220-8554
   E-mail:mail3

(東北大学報道担当)
  国立大学法人東北大学 金属材料研究所 総務課 庶務係
   TEL:022-215-2181 FAX:022-215-2184
   E-mail:mail4

(山梨大学報道担当)
  国立大学法人山梨大学 総務部 総務・広報課 広報グループ
   TEL:055-220-8006、FAX:055-220-8024
   E-mail:mail5

(SPring-8に関すること)
  公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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