大型放射光施設 SPring-8

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「炭素の檻に閉じ込められた自由な水分子」~水と炭素のみでできたクリーンな新材料~(プレスリリース)

公開日
2013年12月10日
  • BL02B1(単結晶構造解析)

2013年12月10日
名古屋市立大学大学院

 本学システム自然科学研究科の青柳忍 准教授は、京都大学、東北大学、名古屋大学、高輝度光科学研究センターと共同で、球状の炭素分子フラーレンに閉じ込められた水分子が、マイナス250°C以下の低温でも凍らずにほぼ自由に回転していることを明らかにしました。水は0°Cで氷になりますが、氷中の水分子は水素結合によって分子の向きが制限されており、自由に回転できません。それに対してフラーレン内の水分子は、水素結合がないために低温でもほぼ自由に回転できることが分かりました。この分子に外部から電場を加えると、フラーレン内の水分子の向きが電場に応答して変化することも明らかにしました。水道から流れ落ちる水は、静電気に反応して曲がることが知られています。フラーレンに内包された水分子もまた静電気に反応してその向きを変えることが分かりました。水分子を内包したフラーレンは、この電気的な特性を持つことに加えて、水と炭素のみでできていることから、希少元素を必要としない環境負荷の少ないクリーンな新しい電子デバイス材料として期待が持てます。
 この研究成果は、英国王立化学協会が出版するChemical Communications(ケミカル・コミュニケーションズ)誌の1月18日号に掲載されます。出版に先立って、オンライン版が12月10日午前12時(英国時間)にインターネットのホームページ上に公開されます。

(論文)
題目:"A cubic dipole lattice of water molecules trapped inside carbon cages"
著者:青柳忍(名古屋市立大学)、星野哲久(東北大学)、芥川智行(東北大学)、佐道祐貴(名古屋大学)、北浦良(名古屋大学)、篠原久典(名古屋大学)、杉本邦久(高輝度光科学研究センター)、張鋭(京都大学)、村田靖次郎(京都大学)
掲載誌:Chemical Communications, 2014, 50, 524-526.オンライン版及び冊子版(2014年1月18日号)

研究の背景
 水は地球上に膨大に存在するため、これを資源として利活用する道を模索することは、資源に乏しい反面、海洋国家である我が国にとって、極めて意味のあることです。近年では、燃える氷として知られるメタンハイドレートや水の電気分解を利用した燃料電池など、水に特有の性質を利用した新しいエネルギーの開発が盛んに進められています。
 水の大きな特徴のひとつとして、水の分子が持つ電気的な極性が挙げられます。水の分子H2Oは水素原子 (H) と酸素原子 (O) から構成されますが、水素原子から酸素原子に電子が偏っているために大きな電気的極性を持ちます(図1)。

図1 水分子H2Oの模式図。
図1 水分子H2Oの模式図。

水素原子(白)から酸素原子(赤)の方に電子 −q が偏っている。この電気的な極性により、水分子は静電気に反応する。

 この電気的な極性により、水分子は静電気(電界、静電場)に対して分子の向きを変化させ、また引き寄せられます。水道から流れ落ちる水は、静電気に反応して曲がることがよく知られていますが、これは水分子の持つ電気的な極性に起因します。この水分子の持つ電気的特性は、電子機器等へ幅広く利用ができそうですが、水は常温で液体であるために、そのままでは応用が困難です。固体の水としては、0°C以下で現れる氷が大変身近な存在ですが、氷中の水分子は水素結合(※1)によって分子の取り得る向きが強く制限されているために、水中の水分子のように静電気に対して自由に向きを変えることはできません(図2)。

図2 氷の結晶構造(0℃以下)。
図2 氷の結晶構造(0°C以下)。

水素結合により、水素原子が隣の水分子の酸素原子の方を向いている。この水素結合により水分子のとり得る向きは強く制限されている。

 近年、京都大学化学研究所の村田靖次郎 教授の研究グループは、分子手術(※2)と呼ばれる手法によって、水分子1個を球状の炭素分子フラーレンC60(※3)の内部に閉じ込めることに成功しました(2011年サイエンス誌に掲載)。フラーレンは室温で固体であり、またフラーレン中の水分子は水素結合を形成しないと考えられるため、氷中の水分子に比べて自由に向きを変えることができる可能性があります。

研究成果
 研究グループは、水分子を内包したフラーレンH2O@C60の結晶を作製し、その結晶構造を大型放射光施設SPring-8(※4)を用いたX線回折実験(※5)によって明らかにしました。また電気的な特性を誘電率(※6)の測定により明らかにしました。
 結晶構造解析の結果、H2O@C60は球状の分子が規則正しく最密充填した結晶構造を形成することが分かりました(図3)。各C60分子に内包された水分子は、マイナス250°C以下の低温でもほぼ自由に回転運動していることが分かりました。X線によって水素原子を観測することは一般に困難ですが、SPring-8の高輝度放射光を用いることで、回転運動している水分子の水素原子までもはっきりと観測することに成功しました。

図3 水分子内包フラーレンH2O@C60の結晶構造(マイナス250℃)。
図3 水分子内包フラーレンH2O@C60の結晶構造(マイナス250°C)。

緑の線で描いたかごは、フラーレンC60分子。フラーレン内の水分子は水素結合を形成せず、低温でも高速に回転運動している。

 誘電率測定の結果、H2O@C60の結晶の誘電率は、水分子を内包していないC60の結晶に比べて大きく、また低温になるにつれて増大することが分かりました(図4)。この結果から、H2O@C60の結晶では内包された水分子が、外部から加えられた電場に応答して分子の向きを高速に変化させることが明らかになりました。

図4 水分子内包フラーレンH2O@C60の結晶(赤線)と、フラーレンC60の結晶(青線)の誘電率の温度変化。
図4 水分子内包フラーレンH2O@C60の結晶(赤線)と、
フラーレンC60の結晶(青線)の誘電率の温度変化。

各物質の室温での誘電率ε1の変化量Δε1を絶対温度T(0 Kはマイナス 273 °C、273 Kは0 °C)に対してプロットした。H2O@C60の誘電率は低温になるにつれて増大する。

成果の意義および今後の展開
 今回明らかになった水分子内包フラーレンH2O@C60の構造的、電気的特性は、この分子の単分子スイッチや高誘電率材料への応用の可能性を示しています。フラーレン内の水分子の向きを制御、認識することで、超高密度な情報記録が実現される可能性があります。このようなフラーレンの分子スイッチング特性は、既に金属原子を内包したフラーレンでも報告されていますが、その合成には希少で環境負荷の高い金属原子を必要とします。水分子内包フラーレンは、地球上に膨大に存在する水と炭素のみで構成されているため、クリーンな新材料として期待が持てます。今回研究に用いた結晶では水分子がフラーレン内をほぼ自由に回転していましたが、本研究で発見された水分子内包フラーレンの特性を応用していくためには、水分子の向きを自在に制御することが必要不可欠です。そのため今後は、水分子の向きが一方向に整列した結晶を作製することを目指して研究を進めていく予定です。

研究グループ
本研究は、本学の他、京都大学、東北大学、名古屋大学、高輝度光科学研究センターが参加した共同研究です。

研究サポート
本研究は、三菱財団、村田学術振興財団からの研究助成の元、実施されました。


《用語解説》
※1 水素結合

水素原子と共有結合した原子が、水素原子を介して他の原子と引き合う現象。窒素、酸素原子などの電子を引き寄せやすい原子と共有結合した水素原子は、電気的に正に帯電しているために、その周りにある他の原子を静電的に引き寄せ水素結合を形成する。水素結合は共有結合やイオン結合に比べてはるかに弱いが、生体内のタンパク質やDNAの形成において重要な役割を果たしている。

※2 分子手術
中空の球状分子であるフラーレンを、メスで切り開くように化学的な手法で穴を開け、外部から原子や小分子を内部に導入し、その後糸で縫合するように穴を元通りに閉じる内包フラーレンの合成方法。この手法により、水素分子や水分子など従来法では内包させることができなかった分子を、高い収率でフラーレンに内包させることが可能となった。

※3 フラーレンC60
60個の炭素原子 (C) がサッカーボール型に結合してできた、中空の球状分子。発見者のハロルド クロトー氏らはノーベル化学賞を受賞している。現在、大量生産が可能になっており、スポーツ用品、化粧品、太陽電池材料などへの応用が進められている。中空の分子内には金属原子、ガス分子、水分子などを内包することが可能である。

※4 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を発生、利用できる施設。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)である。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV に由来する。

※5 X線回折実験
X線を結晶に照射し、散乱されたX線の強度分布(X線回折像)から、結晶内の原子の配列(結晶構造)や電子の分布(電子密度分布)を決定する実験方法。X線は、原子の大きさと同程度の波長を持った電磁波であり、電子によって散乱される。この性質を利用することで、結晶内の原子や電子の状態を詳しく調べることができる。

※6 誘電率
物質の電場に対する応答の大きさを表す定数。物質に電場を加えると、物質内の電場を小さくするように、物質内に電荷の偏りが生じる。誘電率はこの電荷の偏りの大きさを示す量であり、物質によって異なる。誘電率の大きい物質ほど、電荷の偏りが生じやすく、電気をためやすい。



《問い合わせ先》
 名古屋市立大学大学院 システム自然科学研究科
  准教授 青柳 忍
    TEL:052-872-5061
    E-mail:mail1

 名古屋市立大学 山の畑事務室
  事務長 鳥谷 紀寿
    TEL:52-872-5701

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp