大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

最大限に不規則化した合金のフェルミ面観察に成功(プレスリリース)

公開日
2020年02月13日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)

2020年2月13日
ブリストル大学
高輝度光科学研究センター

 ブリストル大学、HH Will 物理実験施設のStephen Dugdale教授と高輝度光科学研究センターのDavid Billington博士研究員のグループは、オークリッジ国立研究所(米国)、ポーランド科学アカデミー(ポーランド)、ワーリック大学(英国)、カーディフ大学(英国)、DMSC欧州中性子施設(ESS, デンマーク)と協力し、大型放射光施設SPring-8※1BL08Wを用いて、Ni, Fe, Co, Cr元素の均等配分組成で作られた最大限に不規則化した合金において、極端にぼやけたフェルミ面※2の観察に初めて成功しました。この観察により、ハイエントロピー合金※3のように最大限に不規則化した合金中では、電子が原子と衝突せずに移動できる距離は極端に短く、原子間隔程度(オングストローム※4)しか移動できないことが明らかになりました。

 本研究成果は、ハイエントロピー合金などの不規則合金の技術的な可能性に加えて、金属電子の運動を研究する基礎物理に新たな光をあてる可能性があります。化学的不規則性や強い電子間相互作用が金属電子の移動に影響を与えることが知られ、元素配置不規則性の効果は高温超伝導体のような強相関物質の電子の挙動を理解する手助けになると期待されます。

 今回の研究成果は、国際科学雑誌、「Physical Review Letters」オンライン版に、編集者推薦(Editor's Suggestion )の論文として、1月31日に掲載されました。

【論文情報】
題名:Extreme Fermi Surface Smearing in a Maximally Disordered Concentrated Solid Solution
日本語訳:最大限に不規則化した濃縮固溶体における極端にぼやけたフェルミ面
著者:Hannah C. Robarts, Thomas E. Millichamp, Daniel A. Lagos, Jude Laverock, David Billington, Jonathan A.Duffy, Daniel O’Neill, Sean R. Giblin, Jonathan W. Taylor, Grazyna Kontrym-Sznajd, Małgorzata Samsel-Czekała, Hongbin Bei, Sai Mu, German D. Samolyuk, G. Malcolm Stocks, and Stephen B. Dugdale
ジャーナル名:Physical Review Letters (Editor's Suggestion)
DOI:10.1103/PhysRevLett.124.046402

【研究の背景】
 “電子がどのように運動しているか”を表すフェルミ面は金属の性質を理解するうえで重要な概念です。大型放射光施設SPring-8の高エネルギー・高強度X線は、金属中の電子を捉え、フェルミ面を測定する実験に利用されています。

 合金は2つ以上の元素の組合せでできた金属です。一般的に合金は、ひとつの元素を主成分とし、他の元素を比較的少量の添加元素としています。例えば、銅(Cu)を主成分として、錫(Sn)を添加することにより、青銅(ブロンズ)という合金ができます。最近発見されたハイエントロピー合金とよばれる金属材料は、それぞれの元素は同じ成分濃度を有し、少なくとも5つの元素から構成されています。この新しい金属材料は、低温における高強度特性など、従来の金属材料では実現できない技術的に重要な特性を示すことが明らかになってきました。ハイエントロピー合金の特性をさらに探求するうえで、このような新奇な不規則合金において電子がどのように振る舞うかを理解することは重要です。

【研究内容と成果】
 ブリストル大学(英国)、HH Will 物理実験室のStephen Dugdale教授と高輝度光科学研究センターのDavid Billington博士研究員のグループは、オークリッジ国立研究所(米国)、ポーランド科学アカデミー(ポーランド)、ワーリック大学(英国)、カーディフ大学(英国)、DMSC欧州中性子施設(ESS, デンマーク)と協力し、最大限に不規則化した合金において、極端にぼやけてはいますが、フェルミ面を観察することに成功しました。

 本研究では、高エネルギー非弾性散乱(BL08W)において高分解能コンプトン散乱※5実験を行い、多元素の配置不規則性がフェルミ面にどのような影響を与えるかを調べました。普通の金属では、電子が占めている状態と電子が占められていない状態の境界面であるフェルミ面は急峻な不連続面になりますが、大きな組成不規則性をもつ合金はフェルミ面の不連続性が大きくボケていることが明らかになりました。このフェルミ面のボケは、散乱されずに電子が移動できる距離と関係しています。普通の金属では、電子は長距離(場合によってはcm程度の距離)を移動できますが、本実験によりNiFeCoCr不規則合金の電子はかろうじて原子間距離(オングストローム程度)しか移動できないことが明らかになりました。

【今後の展開】
 技術的な可能性に加えて、大きな不規則性をもつ合金は基礎物理に光をあてるかもしれません。化学的不規則性や強い電子間相互作用が金属の輸送現象に同様の影響を与えるため、ハイエントロピー合金などの多元素不規則合金の電子状態は高温超伝導体のような強相関物質の電子の挙動を理解する手助けになると期待されます。


図1:普通の合金は、主成分(A元素)と比較的少量の添加成分(B元素)からなる。この場合、合金の電子は、原子と衝突することなく、スイスイと長距離(場合によっては、センチメートルまで)を移動できる。

図1

図2:4元素不規則合金の電子は、原子と衝突により、原子間距離程度(オングストローム)しか移動できない。

図2

図3:本研究で明らかにしたNiFeCoCr不規則合金のフェルミ面の形

図3

【用語解説】

※1. 大型放射光施設SPring-8
 理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2. フェルミ面
 金属の特徴を決める重要な概念のひとつです。金属電子はいろいろな速度で運動していますが、その最高速度をそれぞれの運動方向に沿って描いた面がフェルミ面です。

※3. ハイエントロピー合金
 合金を構成する元素が5成分以上であり、その5成分以上の多成分がほぼ等原子組成比をもつ単相の固溶体合金のことをいいます。

※4. オングストローム
 長さの単位で、1オングストロームは10-10メートルに対応します。

※5. コンプトン散乱
 光(X線)は粒子としての性質を持ち、光子とも呼びます。X線光子と電子とがビリヤードの球のように衝突したときに、光子は電子によって散乱され、電子も弾き飛ばされてしまいます。衝突後の光子のエネルギーは衝突前に比べて低くなって観測されます。このような散乱現象をコンプトン散乱と呼びます。多くの教科書的な書物において、コンプトン散乱は、静止した電子とX線光子との弾性衝突として説明されていますが、現実の物質中の電子は常に運動しています。そのため、コンプトン散乱されたX線光子は、電子の運動量を反映して(ドップラー効果)、エネルギー分布を示します。エネルギーに対するX線の散乱強度を測定したものをコンプトンプロファイルと呼び、これが物質中の電子の運動量を反映していることを利用して、物質の電子状態が調べられています。



《問い合わせ先》
櫻井 吉晴(サクライ ヨシハル)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター
 TEL:0791-58-0802 (内線:8686)FAX:0791-58-0830
 E-mail:sakuraiatspring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp