大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8放射光利用研究で初めての研究成果- 地球深部マントル不連続面対応の高温高圧X線観察実験に成功 -(プレスリリース)

公開日
1998年03月13日
  • BL04B1(高温高圧)
愛媛大学の入舩徹男教授を実験責任者として、日本原子力研究所、(財)高輝度光科学研究センター、ならびにSPring-8利用者懇談会高圧地球科学サブグループとの共同研究として、昨年10月にSPring-8の共用ビームラインを用いて行った実験結果を研究論文として投稿したもので、地球深部マントル遷移層と下部マントルの境界域に対応する高温高圧力下でのX線によるその場観察実験に成功したものです。


平成10年3月13日
日本原子力研究所
理化学研究所
(財)高輝度光科学研究センター

 昨年10月から供用を開始したSPring-8で得られた初めての研究成果が、3月13日発行の米国の科学雑誌「Science」に発表されました。
  愛媛大学の入舩徹男教授を実験責任者として、日本原子力研究所、(財)高輝度光科学研究センター、ならびにSPring-8利用者懇談会高圧地球科学サブグループとの共同研究として、昨年10月にSPring-8の共用ビームラインを用いて行った実験結果を研究論文として投稿したもので、地球深部マントル遷移層と下部マントルの境界域に対応する高温高圧力下でのX線によるその場観察実験に成功したものです。
 本研究は、 SPring-8の高温構造物性(現名称:高温高圧)ビームライン(BL04B1)に設置された大型多重アンビル型高温高圧装置(通称SPEED-1500)を用いて、地球深部関連物質の高温高圧下での挙動をX線その場観察の手法により明かにしたものです。地球マントルを構成する主要鉱物と考えられているカンラン石(Mg2SiO4)を24万気圧、2000°Cまでの高温高圧条件下におき、この鉱物が高圧下でスピネル構造からペロフスカイト構造のMgSiO3と岩塩構造のMgOに分解する様子を、放射光を用いて直接観察し、この分解反応の相境界の温度圧力を、初めて精度良く決定しました。この分解反応は、地球深部マントル遷移層と下部マントルの境界における660 km地震学的不連続面の主原因とされていますが、今回決定された相境界圧力は、従来想定されていた値より2万気圧以上低く、これまでのマントル構造モデルに根本的な疑問を投げかけるものです。この実験は、密閉された高圧容器の中の試料を直接覗くことのできる高輝度放射光を得て、はじめて可能となりました。
 現在、 SPring-8では数多くの放射光利用研究が進行中であり、物理学、化学、生物学、ライフサイエンス、材料、情報・電子、医療など、広範な分野における成果が、今後、継続して得られて行くものと期待されています。
 なお、 SPring-8の共用ビームラインは、日本原子力研究所及び理化学研究所が建設整備を行い、(財)高輝度光科学研究センターが運営管理を行っている研究設備であり、現在10本が完成し、国内外の研究者の利用に供されています。

(論文)
"The Postspinel Phase Boundary in Mg2SiO4 Determined by in Situ X-ray Diffraction"
(日本語訳:X線その場回折実験により決定されたMg2SiO4ポストスピネル相境界)
Tetsuo Irifune, Norimasa Nishiyama, Koji Kuroda, Toru Inoue, Maiko Isshiki, Wataru Utsumi, Ken-ichi Funakoshi, Satoru Urakawa, Takeyuki Uchida, Tomoo Katsura, Osamu Ohtaka
Science 279 (5357), 1698 - 1700 (1998), published online 13 March 1998.

研究の概要

  SPring-8の高温構造物性(現名称:高温高圧)ビームライン(BL04B1)には、SPEED-1500(SPring Eight Energy-dispersive Device with a 1500 ton press:スプリングエイト・エネルギー分散型1500トンプレス装置)という愛称をもった、大型高温高圧発生装置が設置されている(図1)。これは、最大加重1500トンの力を加えることのできる大型プレスと、6-8式多重アンビルと称される、我が国で開発がすすめられてきた圧力発生部で構成されており、放射光実験施設設置のものとしては、世界最大の高圧装置である。この装置は、25万気圧、2000°Cを超す高温高圧条件を長時間安定して発生させることができ、その中におかれた試料の様子を放射光を用いたX線回折の手法により、その場観察することができる(図2)。
  今回このSPEED-1500を用いて、地球深部マントル物質の高温高圧その場観察実験が行われた。地球深部物質は直接手に入れることが極めて困難であるため、地球深部構造の研究においては、地球内部に対応する温度圧力を実験室内に再現して地球構成物質の結晶構造や物性の変化を測定し、これを地震学や地球物理学などにより得られる情報と比較して、地球内部の様子を推定するという手法がとられている。
  図3は、地球内部の層構造を模式図的に示したものである。地球は、地殻と呼ばれる表面付近の薄い層と中心部の核、またこれらに囲まれたマントルと称される3つの層からなっている。マントルは、さらに深さ410 kmおよび660 kmにおける地震波速度が不連続に変化する面(地震学的不連続面 図4参照)を境として、上部マントル、マントル遷移層、下部マントルの3つの領域からなっている。図3には、地球内部の深さに対応する圧力値も示してあるが、これらは、2%程度の誤差範囲で良く決まっているのに対し、温度の方はこれより1桁近く大きな不確かさがある。例えば660 km不連続面付近の温度は1600°C程度とされているが、±200°Cくらいの不確かさは免れない。
 これらマントル中の2つの不連続面は、マントルの主要な構成鉱物であるカンラン石の結晶構造が圧力によって変化(構造相転移)することによって生じているとするのが、現在の地球科学における通説である。すなわち、カンラン石は410 kmの深さに対応する圧力でオリビン構造からスピネル構造へ、また660 kmに対応する圧力でスピネル構造からペロフスカイト構造と岩塩構造の2種類の相(ポストスピネル相)へと分解する。しかし、従来の研究では、特に後者のスピネル-ポストスピネル相転移に関しては、その圧力決定を間接的な方法に頼らざるを得なかったため、転移境界を精度よく決定するにはいたっておらず、この境界のX線その場観察による精密決定は、高圧地球科学研究分野における最重要課題の一つであった。SPEED-1500は、このポストスピネル相転移を起こさせるのに十分な高温高圧を発生させることができ、かつ、SPring-8高輝度放射光を用いて、その相転移の様子を直接観察することができるため、SPring-8供用開始前から大きな期待が寄せられていたが、実際にSPring-8の供用が開始されるとすぐに、放射光を用いたこの相転移の直接観察と圧力決定の実験が開始された。
  高温高圧の試料として、カンラン石(Mg2SiO4)の粉末に圧力マーカーである金の粉末を混合したものを用いた。温度は、高圧容器内に差しこんだ温度計(熱電対)により測定し、圧力は、金の回折線からその体積を計算し、既に確立されている金の温度-圧力-体積の関係式から決定する。図5は、得られた試料のX線回折パターンの例である。Aでは、常温常圧のカンラン石(Fo)とともに金の回折線が観測される。試料に温度と圧力を加えていくと、Bに見られるようにカンラン石はすべてスピネル構造(Sp)に相転移した。一方、Cは、約22万気圧、1500°Cの高温高圧下で得たデータである。この条件では、カンラン石は完全に分解し、ペロフスカイト構造のMgSiO3(Pv)と岩塩構造のMgO(Pc)の回折パターンが得られている。
  一度の実験において、さまざまな圧力・温度条件でこのようなX線回折パターンを得ることができ、それぞれの条件で存在する相を同定することができる。一方、これと同時に、金の回折線位置から圧力を精度良く決定することができる。このような手法で今回決定されたスピネル-ポストスピネル転移境界を図6に示す。この境界が多くの温度圧力条件での観察に基づいて、大変良く決定されていることがうかがえる。この境界の傾き(dT/dP)は、これまでに推定されていた値とほぼ一致する。ところが、境界の位置については、従来の値と大きく異なり、同じ温度では、2万気圧以上も低圧側になることが明かになった。
  上述したように、マントル内部の最大の不連続面である660 km不連続面は、これまでカンラン石のスピネル-ポストスピネル転移に起因するとされてきた。しかし、今回の放射光を用いた実験結果は、この説に根本的な疑問を投げかけるものである。660 km不連続面(約23.5万気圧)がこの相転移に起因するとすると、図6からわかるように、この不連続面でのマントルの温度は1000°Cよりはるかに低い温度でなければならない。ところが、平均的なマントルの温度はこれほど低いとは考え難い。
  この矛盾は、実際のカンラン石に含まれる他の元素の存在により、スピネル-ポストスピネル転移の圧力が大きく上昇すれば解消できるかもしれない。マントルカンラン石には、10モル%程度の鉄がFe2SiO4として存在すると考えられている。この程度の鉄の存在がこの転移圧力に影響を与えることは可能性として十分考えられる。また、その他3価の鉄やアルミニウム、水などの存在も相転移圧力に影響をおよぼす可能性があり、今後実験的に検討する必要がある。
  一方で660 km不連続面が従来信じられてきたようにスピネル-ポストスピネル転移に起因したものではなく、別の要因、たとえば、なんらかの化学組成の不連続面であるとする解釈も成り立つ。この場合、660 km直上の領域であるマントル遷移層では、ほとんどカンラン石が存在しないことになり、従来の地球科学の常識を大きくくつがえすことになる。
  SPring-8とSPEED-1500の組み合わせにより、本格的利用から数ヶ月の間にこのような大きな成果があげられている。さらにSPEED-1500の能力を最大限にいかせば、従来にくらべてはるかに高い圧力温度条件のもとでのX線回折実験により、地球のより深部の物質構造や化学組成に関する研究が大きく前進することが確実である。また、本研究で示した相転移の観察以外にも、数多くの地球科学上重要な研究テーマが遂行可能である。例えば、地球深部におけるマグマの発生過程の観察、深発地震のメカニズムの解明、マントル物質のレオロジー、高温高圧下における弾性や熱物性の精密測定など、枚挙にいとまがない。地上における最大の放射光施設SPring-8で、地球深部の構造と運動を解明するための新たな試みが今本格的に開始されようとしている。


《参考資料》

図1 SPring-8に設置された多重アンビル型高温高圧発生装置
図1 SPring-8に設置された多重アンビル型高温高圧発生装置

SPEED-1500(SPring Eight Energy-dispersive Device with a 1500ton press)
高さ3m、総重量20ton。放射光高さに試料を合わせるため、装置全体は大きなxyzステージにのせられており、コンピューター駆動によりμmオーダーの精度で制御される。


図2 SPEED-1500を用いた高温高圧下でのX線その場観察実験の概念図
図2 SPEED-1500を用いた高温高圧下でのX線その場観察実験の概念図

立方体は、超硬合金性の高圧発生部(アンビル)であり、この中心部に八面体形状の圧力媒体(酸化マグネシウム)がおかれ、試料や高温発生のためのヒーターが、この中に組み込まれる。これら8個の立方体第2アンビルの外側に6個の第1段アンビルが配置され、この外側のアンビルが1500トン一軸プレスで駆動されることにより、最終的に中心部の圧力媒体に超高圧が発生する。 放射光X線は、スリットにて整形され、アンビルの隙間を通って、圧力媒体中の試料にあたる。試料からの回折X線は、検出器によって捕えられ、試料の結晶構造についての情報が得られる。


図3 地球内部の層構造と圧力
図3 地球内部の層構造と圧力

地表から順に、地殻と呼ばれる表面付近の薄い層、マントル、ならびに中心部の核の、3つの層からなっている。マントルは、さらに深さ410kmおよび660kmにおける地震波速度が不連続に変化する面(地震学的不連続面)を境として、上部マントル、マントル遷移層、下部マントルの3つの領域からなっている。


図4 地球内部を伝わる地震波速度
図4 地球内部を伝わる地震波速度

横軸は、地表からの深さを表わし、縦軸は、その深さにおける地震波の速度を示す。マントル中では、深さが深くなるとともに地震波速度はおおむね、なめらかに上昇していくが、410kmと660kmに地震波速度の大きな不連続がある。この不連続面を境界にして、マントルは、上部マントル、マントル遷移層、下部マントルに分けられている。


図5 試料のX線回折パターンの例
図5 試料のX線回折パターンの例

A:常温常圧におけるカンラン石(Fo)のX線回折パターン。
B:高温高圧下でスピネル構造(Sp)に相転移した際の回折線変化。
C:約22万気圧、1500°Cの高温高圧下で得たデータ。カンラン石は完全に分解し、ペロフスカイト構造のMgSiO3(Pv)と岩塩構造のMgO(Pc)の回折パターンが得られている。


図6 今回の実験により決定されたカンラン石のスピネル-ポストスピネル相転移境界
図6 今回の実験により決定されたカンラン石のスピネル-ポストスピネル相転移境界

黒丸位置の温度圧力条件下では、スピネル構造、白丸位置での条件下では、ペロフスカイト構造+岩塩型をとる。この図から、660km不連続面での圧力23.5万気圧において、スピネル-ポストスピネル相転移が起きる温度は、1000°Cよりはるかに低いことになる。


 

<本研究に関する問い合わせ先>
愛媛大学 理学部
 入舩 徹男
  E-mail:irifune@dpc.ehime-u.ac.jp
  Tel:089-927-9645/Fax:089-927-9640

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
 広報室
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp
 Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786

 

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