大型放射光施設 SPring-8

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高エネルギー蛍光X線分析による古墳出土ガラス皿の分析(トピック)

公開日
2014年11月28日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)

研究背景
   東京理科大学の阿部善也助教、中井泉教授らの研究グループは、これまで大型放射光施設SPring-8高エネルギー蛍光X線分析技術(注1)を用いて古代美術品、特にガラス器について、製作方法、製作年代、製作場所などを特定する研究を行っています。これは、ガラス器に含まれる微量元素の多くが、希土類元素を中心とした重元素で、その含量が原料の採取地によって大きく異なっているためです。これらの重元素を高エネルギーのX線を用いて高感度で検出することで、ガラス器の起源(製作地や製作年代)解明の手がかりを得ることができます。これまでの研究では、奈良正倉院に所蔵された宝物の「白瑠璃碗(はくるりのわん)」に代表されるササンガラスに着目し、美術館収蔵の古美術品を対象とした研究を行っていましたが(注2)、本研究では古墳出土のガラス器の分析を行いました。

研究内容と成果
   阿部助教らは、橿原(かしはら)市の新沢千塚(にいざわせんづか)古墳群の126号墳(5世紀後半)で出土したガラス皿(図1)に着目しました。この皿は口径14.1~14.5 cmの透明な濃紺色の高台のある平皿で、表面に鳥や樹木などに復元できる絵の痕跡があるとされます。国の重要文化財に指定されており、現在東京国立博物館が所蔵しています。阿部助教らは、国立科学博物館に保管されていたこの皿の素材の粉末を、まず大学の研究室の蛍光X線分析装置で調べ、これがナトロンガラスであることを確認しました。ナトロンは炭酸ナトリウム(Na2CO3)を主成分とする蒸発岩で、ナトロンを融剤として用いて製作されたガラスのことをナトロンガラスと言い、ローマ帝国やその後の東ローマ帝国期の地中海周辺地域で製作されていました。さらにSPring-8の高エネルギー非弾性散乱ビームラインBL08Wを用いて高エネルギー放射光蛍光X線分析を実施したところ、レアメタル元素のアンチモンが検出されました(図2)。アンチモンは紀元前からローマ帝国期(前27~395年)までの地中海周辺地域のガラスに特徴的に見られる元素で、特に2世紀ごろまでに製作されたガラスに含まれます。本研究成果は、11月15日に東京理科大学で開かれた日本ガラス工芸学会で報告されました。

研究の意義
   本分析結果から、新沢千塚古墳群の126号墳で出土したガラス皿の化学組成が、ローマ帝国領内で見つかったローマ・ガラスとほぼ一致することが明らかになりました。国内の古墳出土品のガラス器がローマ伝来と科学的に裏付けられたのは、これが初めてです。本研究においてこのガラス皿は遅くとも2世紀までに作られたとみられますが、126号墳の築造時期とされる5世紀後半とは大きく隔たっています。このことは、2世紀以前に地中海周辺で作られたガラス皿がササン朝ペルシャ(226~651年)に運ばれ、絵を施した後に5世紀の日本に運ばれた可能性を示唆しています(図3)。126号墳からガラス皿と一緒に出土した円形切子(きりこ)ガラス括碗(くびれわん=口径約8センチ、高さ約7センチ、図4)の化学組成も、本研究グループによる分析からササン朝ペルシャの首都、クテシフォンに隣接した王宮遺跡「ヴェー・アルダシール」で見つかったガラス片のものと同じであることが判明しています。これらの分析結果は、ローマ帝国とササン朝ペルシャという起源の異なるガラス器が5世紀の日本に伝来したことを示すもので、当時の幅広い東西交流の実例として注目されます。


《参考図》

図1 橿原市新沢千塚古墳群126号墳(5世紀後半)出土の紺色ガラス皿(東京国立博物館が所蔵)

 画像提供:東京国立博物館

図1 橿原市新沢千塚古墳群126号墳(5世紀後半)出土の紺色ガラス皿(東京国立博物館が所蔵)


図2 マントルの底から発生する巨大高温マントル上昇流(スーパーホットプルーム)の模式図
図2 SPring-8 BL08Wで得られたアンチモンの存在を示す蛍光X線スペクトル。
写真は分析資料とした国立科学博物館が保管するガラス皿素材の粉末の1点。

 


図3 
図3 ローマ帝国(紀元前1~4世紀)とササン朝ペルシャ(3~7世紀)の位置

 今回分析されたガラス皿などはローマ帝国からササン朝ペルシャを経て倭(日本)に渡ったと考えられる。


図4 新沢千塚古墳群126号墳から出土した円形切子ガラス括碗

 画像提供:東京国立博物館

図4 新沢千塚古墳群126号墳から出土した円形切子ガラス括碗

 


《用語説明》
注1 蛍光X線分析

元素にX線を照射することによって、その物質を構成する原子の内殻の電子が弾き飛ばされて空孔が生じ、そこへ外殻の電子が遷移する際に発生するX線のこと。その波長は内殻と外殻のエネルギー差に対応するが、内殻・外殻のエネルギー差は元素ごとに固有であるので、蛍光X線のエネルギーも元素に固有である。このことから、蛍光X線のエネルギーを実験的に求めることにより、測定試料を構成する元素の種類を分析することが可能であり、その強度を測定することにより測定試料中の目的元素の濃度を求めることができる。蛍光X線には、各元素について固有の、高エネルギーのK線と低エネルギーのL線がある。

注2 SPring-8を使った古代美術品分析 ササンガラスの起源解明に期待(プレスリリース)
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2013/131218/
 



《問い合わせ先》
(研究に関する問い合わせ先)
    東京理科大学 理学部第一部 応用化学科
    助教 阿部 善也 (あべ よしなり)
    TEL:03-5228-8266
    E-mail:mail2

(SPring-8に関すること)
    公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp