大型放射光施設 SPring-8

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国内初、法科学応用を指向した日本全国土砂データベースの開発 ~日本全国重鉱物・重元素分布図を公開~(プレスリリース)

公開日
2016年03月24日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
  • BL19B2(産業利用I)

東京理科大学理学部第一部 応用化学科 中井泉教授らがSPring-8の放射光を使って、日本全国3000カ所の河川堆積物の重鉱物組成と重元素組成をX線分析することで開発を続けてきた「日本全国土砂データベース JRS-DB」が完成し、このたびオンライン上に公開されました。

靴や車に付着した土砂から付着した場所が推定できる科学捜査のための日本初の全国法科学土砂データベースとして利用できます。本データベースの応用範囲は広く、考古学、環境科学、地球科学、資源探索等で活用でき、土器や焼き物の産地推定、日本全国の稀少鉱物資源の探索、希土類元素を中心とするレアメタルの産地探索などが可能となります。
このデータベースはどなたでも無料でご利用いただけます。

日本全国土砂データベース JRS-DB

平成28年3月24日
東京理科大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター

 東京理科大学理学部応用化学科中井 泉教授らがSPring-8の放射光を使って7年余りかけて開発を続けてきた、日本全国土砂デーベースが完成しました。本データベースは、法科学に応用すると、未知の土砂の産地が推定できるので、犯罪捜査能力を高め、安全で住みよい社会を作ることに貢献します。
 本研究の最新の成果は「X線分析の進歩」誌に3月25日付けで掲載されます。

【掲載論文】 その他に多数の論文を既発表
◆「放射光X線分析を用いた北陸地方の法科学土砂データベースの構築と実用化へ向けた検討」
平尾 将崇、前田 一誠、岩井 桃子、今 直誓、廣川 純子、阿部 善也、大坂 恵一、伊藤 真義、中井 泉: 『X線分析の進歩』平成28年3月
◆“Quantitative analysis of heavy elements and semi-quantitative evaluation of heavy mineral compositions of sediments in Japan for construction of a forensic soil database using synchrotron radiation X-ray analyses.”
I. Nakai, S. Furuya, W. Bong, Y. Abe, K. Osaka, T. Matsumoto, M. Itou, A. Ohta and T. Ninomiya: X-ray spectrometry 43, 38-48 (2014)1

【研究の背景】
 2009年度より、世界最高性能を有する大型放射光施設SPring-8の放射光を、安全安心な社会を実現するための高度な科学捜査力の強化の一環として活用すべく、SPring-8を用いた本格的な犯罪捜査用の土砂データベースの構築を開始した。図1に示す、3,024カ所の河川堆積物試料に含まれる重鉱物組成と重元素組成を、放射光を使って明らかにした。
 犯罪現場に残されている土砂は事件に関係する場所を推定できる重要証拠となる。しかし、従来は長年の経験と熟達した技術をもった人しか土砂に含まれる鉱物の同定を行えず、また比較・検証するための包括的なデータベースがなかったため、現在ほとんど捜査に活用されていない。裁判員制度により、犯罪や法律に明るくない一般市民の意見を取り入れており、本研究で構築したデータベースのように、熟練を必要とせずに得られる科学的根拠に基づく資料を提示できることは、捜査内容に説得力を与え、冤罪被害を防ぐことにもつながると考えられる。また、犯罪が広域化しており、日本全国のどの地域の土砂かを迅速に絞れる手法の開発は重要である。実用性の高い、世界初の放射光を使って構築された、法科学データベースが完成する。

図1 試料採取地点3,024カ所
図1 試料採取地点3,024カ所

【研究成果の概要】
 産業技術総合研究所地質調査情報センターの協力を得て提供された、日本全国3,024カ所から採取された河川堆積物試料について、SPring-8の全自動放射光粉末X線回折測定システム(XRD:BL19B2で実施)により重鉱物組成を求め、高エネルギー蛍光X線分析(HE-XRF:BL08Wで実施)により重元素組成を求めた。そして、採取地点の位置情報をもとに、日本地図上に、重鉱物と重元素の分布をそれぞれ、重鉱物マップ(例:図2参照)と重元素マップ(例:図8参照)として表し、このたびSPring-8のHP上で公開する。これらの2種類のデータを複合的に解析する事によって、未知の土砂試料がどの地域のものか推定することができるので、土砂を証拠資料とする科学捜査で活躍する。この3月で、全データの測定と解析が終了したことから、データベースとして公開することとなった。
今回のデータベースに検索システムを完成させれば、犯罪捜査に役立つ情報を点から線、さらに面として広域に展開することによって、警察の科学捜査力の強化と高度化に大きく貢献する事が期待される。

【今後の展望】
 次の実用化ステージとして、科学捜査機関からの依頼をうけて、有料で解析情報を提供するフローの構築をめざす。すなわち、分析依頼の受託から放射光測定、起源推定、データ提供までの一連のプロセスを検証し、法科学応用への実用化を軌道にのせる計画である。データベースの依頼・相談受け付け窓口はYoshikawa Sci. Lab(代表:吉川裕泰)が担当する。また、未知テスト試料の測定を行い、実際の法科学試料を想定した種々の検討を行い、データベースの実用性を高めることをめざす。本研究は、放射光科学の社会的貢献をより促進するものである。



【用語説明】
1. SPring-8
兵庫県西播磨にある、世界最大の放射光施設でJASRIが運営をおこなっている。放射光は光速近くまで加速した電子を磁石でまげることで発生する極めて明るい人工の光で、X線分析の優れた光源となることから、放射光を利用した様々な世界最先端の研究が同施設で行われている。

2. 高エネルギー放射光蛍光X線分析
和歌山毒カレー事件の鑑定の際に、発表者(中井ら)が開発した手法1,2)で、116 keVの高エネルギーX線を励起光に使うことで、ウランまでのすべての重元素を、高感度に蛍光X線分析することが可能である。

3. 全自動放射光粉末X線回折測定システム
大坂らによって開発された、精密な粉末X線回折データを、ほとんど人手をかけずに迅速に高精度に収集することを可能にした計測システム3)。粉末X線回折実験のハイスループット化が実現し、その結果、3,024点という膨大な数の粉末X線回折データを、迅速に測定できるようになり、データベースの構築が可能となった。

4. 重元素
鉄より重い元素(原子番号の大きな元素)で、イオン半径が大きく、酸化数が高いものが多いため、鉱物の結晶構造に入るときの制約が多く、その分布は地質と密接に関係し、特徴的である。

5. 重鉱物
ガーネット、角閃石、ジルコンなどの密度の大きな鉱物。普遍的に存在する石英や長石等と違って、産出する地域が特徴的であることから、産地推定に有力な指標となる。本研究では、比重が2.85より大きな鉱物を重鉱物とし、重液分離によって選別した。

参考文献
1)I. Nakai, Y. Terada, M. Itou, Y. Sakurai: Use of highly energetic (116 keV) synchrotron radiation for X-ray fluorescence analysis of trace rare-earth and heavy elements, J. Synchrotron Rad., 8, 1078 (2001).
2)放射光X線分析による和歌山毒カレー事件の鑑定―鑑定の信頼性に対する疑問に答える―現代化学、東京化学同人、No.509、8月号、25-31(2013)
3)K. Osaka, T. Matsumoto, K. Miura, M. Sato, I. Hirosawa, Y. Watanabe, The advanced automation for powder diffraction toward industrial application, in: AIP Conference Proceedings, vol. 1234, 2010, pp. 9–12.

 

【具体例】
 本研究で作成した重鉱物マップの例として、図2に角閃石の日本における分布を示す。暖色が角閃石の多いところで、寒色が少ないところである。図3は地質図で、花崗岩の多いところ(桃色)と図2の角閃石の分布の間に良い一致が見られることから、角閃石が地質(=地域)を反映していることがわかる(角閃石は花崗岩の主要構成鉱物の1つである)。四国地方の地質図を図4に、本研究で求めた角閃石の四国における分布を拡大したものを図5に示す。さらに、図6がジルコン、図7が斜方輝石の分布である。

図2 角閃石の分布図‡	図3 花崗岩の分布図*
図2 角閃石の分布図‡      図3 花崗岩の分布図*

 

図4 四国の地質図*	図5四国における角閃石の分布図‡
図4 四国の地質図*        図5四国における角閃石の分布図‡

 

図6 四国におけるジルコンの分布図‡	図7 四国における斜方輝石の分布図‡
図6 四国におけるジルコンの分布図‡      図7 四国における斜方輝石の分布図‡

 

 図4の地質図と図5の鉱物の分布図を比較すると、角閃石は図4の花崗岩帯、ジルコンと斜方輝石は付加体の分布と良く対応している。すなわち、重鉱物マップは、その地域の地質の特徴と対応することから、未知試料の産地推定が可能となる。たとえば、四国で事件がおきて、被害者の靴の土にジルコンが多かったら、図6の赤い地域と関係があり、もし靴の土に斜方輝石と角閃石が少なければ、図5,6,7を比べることで被害者は四国の室戸岬の北側付近にいたことが推定される。図8は、本研究で求めた重元素分布図の例として示したタングステンの分布図である。日本で、タングステンが多いところは図8の日本地図の赤いところに限られるので、かなり場所が限定される。中四国地方では、右図のタングステン鉱床の周辺地域に絞られる。したがって、重鉱物と重元素の情報を組合せると、かなりの確度で土砂の産地を明らかにできることが期待できる。
 一方、土器や焼き物は、その土地の粘土を使って制作されるので、粘土に含まれる重元素、重鉱物の情報から、どこの土を使って焼かれたかがわかる。例えば、古九谷の起源について古陶磁の分野の論争の的になっているが、本データベースを使えば古九谷と古伊万里に使用された土の識別も可能となる。希土類元素は、レアメタルで資源となるが、希土類元素の日本における分布は、重元素マップにより一目で分かる。植物は、地中にある元素を吸収して生育するため、野菜などの産地判別にも本データベースは有用である。

 
図8 タングステン(W)の分布図‡
図8 タングステン(W)の分布図‡

注)
*出典:産業技術総合研究所地質調査総合センター編(2015)「20万分の1日本シームレス地質図」2015年5月29日版.産業技術総合研究所地質調査総合センター.
‡本研究で作成した重鉱物・重元素分布図で今回一般公開されるもの。



【問い合わせ先】
東京理科大学 理学部第一部 応用化学科 教授 中井 泉
 TEL:03-3260-3662
 E-mail:inakaiatrs.kagu.tus.ac.jp

【当プレスリリースの担当事務局】
東京理科大学 広報課 担当 石黒・三宅
 TEL:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823
 E-mail:kohoatadmin.tus.ac.jp

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp