大型放射光施設 SPring-8

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性質の異なる2種類の金属を組み合わせた古代のハイテク製品 〜SPring-8を使ったバイメタル剣製作技法の可視化〜(プレスリリース)

公開日
2017年02月16日
  • BL28B2(白色X線回折)

2017年2月16日
岡山市立オリエント美術館
広島大学
高輝度光科学研究センター

 西アジアは世界で最も早く鉄が使用された地域と考えられ、紀元前2000年頃には人工鉄が存在したようです。イラン高原は鉄利用先進地域の一つであり、この地域の青銅器時代から鉄器時代への移行期に見られる青銅と鉄を組み合わせたバイメタル剣は、鉄器の利用開始と拡散の謎に迫る重要な金属製品と考えられます。
 このたび、岡山市立オリエント美術館、広島大学、高輝度光科学研究センターの研究グループは、SPring-8の高エネルギーX線を用いた高分解能CT画像撮影を行い、バイメタル剣の柄の鮮明な内部画像を得ることに、世界で初めて成功しました。
 画像を精査した結果、鉄剣の(なかご) を手がかりにして、鋳型に青銅を流し込んで柄部を形づくる「鋳ぐるみ」技術が使われていたことが分かりました。これは、新たに使われはじめた鉄製武器が、青銅器製作技術の中に取り込まれながら普及していった様子を反映しているものと理解できます。

本成果は、3月4日に東京の浜離宮朝日ホールで開催される第4回SPring-8文化財分析技術ワークショップ「SPring-8を使った文化財研究の最前線」で詳細が紹介されます。

 7000年ほど前、西アジアでは鉱石から金属を取り出すことができるようになりました。最初に広く用いられた金属は銅で、スズとの合金である青銅は比較的低い温度で鋳型に流し込む加工(鋳造)ができ、その製品に十分な強度があることから、刃物など様々な道具や工芸品の素材として普及しました。鉄そのものの存在は同じ頃から知られていたようですが、その多くは宇宙から落下した隕石(隕鉄)だったと考えられています。歴史上、最も早くに鉱石由来の鉄を利用した民族として、アナトリア(現在のトルコ)のヒッタイトがよく知られています。ヒッタイトの粘土板文書には、鉄を意味する単語が見られますが、残念なことに、鉄製の武器や工具の実物は、ほとんど見つかっていません。
 ヒッタイトの東側に当たるイラン北部も鉄利用の先進地として知られています。この地域の青銅器から鉄器への移行期には、青銅と鉄を組み合わせたバイメタル製品が作られました。その一例が当館所蔵のバイメタル剣(約3000年前)で、これを詳しく調べることで、オリエントで鉄製品が広まっていく手がかりを得ることができるはずです。剣を切ったり、サンプルをとれば様々な情報が得られますが、貴重な文化財を傷つけたくありません。
 SPring-8は高エネルギー放射光施設であり、高エネルギーX線を発生するため、金属資料の透過画像や断面像を得ることが可能です。本研究において、岡山市立オリエント美術館(佐藤佳昭館長)の四角隆二副主査学芸員、広島大学(越智光夫学長)の野島永教授、公益財団法人高輝度光科学研究センター(土肥義治理事長)の八木直人コーディネーター、上杉健太朗チームリーダー、星野真人研究員は、SPring-8の高エネルギーX線を用いた高分解能CTを用いて、バイメタル剣の柄内部の鮮明な画像を得ることに、世界で初めて成功しました。この画像を調べたところ、2種類の金属製品をただ組み合わせたのではなく、鉄剣の(なかご) に青銅を流し込んで柄部を形づくる「鋳ぐるみ」技術が使われていたことが分かりました。つまり、青銅器時代末期に実用化された「鋳ぐるみ」技術が、新たに普及し始めた鉄製品に応用されていたのです。異なる金属の「鋳ぐるみ」は、初期には大変難しい技術だったようで、長い柄を作るために何度も熔けた青銅を流し込んだ痕跡も見つかりました。柄の先端に取り付けられた飾り((つか)(がしら) 飾り)には様々な流行があり、より目立つ大型の青銅製柄頭をあらかじめ製作した後、鉄剣の(なかご)とともに青銅で鋳ぐるまれていました。 最先端の科学の目の助けを借りた調査の結果、人類共通の遺産であるオリエント考古美術品を傷つけることなく、人類が歩んできた文明の発展過程を跡付ける手がかりを得ることができました。当館では、今後もこのような研究活動を続けていきます。
 これはSPring-8が実施している重点社会文化利用領域の成果であり、他の成果とともに、3月4日に東京の浜離宮朝日ホールで開催される第4回SPring-8文化財分析技術ワークショップ「SPring-8を使った文化財研究の最前線」で詳細が紹介されます。

研究の背景
 西アジアは、世界で最も早く鉄が使用された地域と考えられています。もっとも、初期の鉄製品は隕鉄を用いていたようですが、遅くとも前2000年頃には人工鉄が存在したと考えられています。鉄利用の先進地として知られるアナトリア高原(現在のトルコ)では、ヒッタイト帝国期(前17〜13世紀)の粘土板文書には鉄流通に関する記述があり、ヒッタイト以前のアッシリア商業植民地時代(前20〜18世紀)には鉄を思わせる用語が見られることから、アナトリアは「最古の鉄を生み出した地域」、ヒッタイト人は「鉄を生み出した民族」と理解されてきました。しかしながら、考古学の現場からは、ヒッタイト時代の鉄製品の出土は稀です。(※1)
 近年、初期の鉄製品が比較的多く出土しているのは、パレスティナ(現在のイスラエル)やキプロスで、前1200年を境に鉄製品が急増することが指摘されています。近年では、初期の人工鉄は銅生産の副産物として得られたのではないか、という説もある中、「なぜ」「どのように」鉄生産が始まり、普及するのか、といったプロセスは不明確なままとなっており、考古学における重要なテーマの一つとなっています。
 これら地域の東側に位置するイラン高原もまた、豊かな鉱物資源で知られており、イラン北部は、前2千年紀末に遡る、鉄利用先進地域の一つと考えられています。中でも、バイメタル剣(鉄刃青銅柄剣)は、イラン北部からトランスコーカサス地域(現在のアゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア)の鉄器時代移行期に特徴的に見られる金属器で、イランにおける鉄器化の進行を解明する重要な資料と考えられてきました。バイメタル剣は、金属器生産技術が青銅器時代から、鉄器時代へとうつりかわる様子を反映していると考えられ、古代の社会変化を探る上で貴重な手がかりです。しかし、イラン国外のバイメタル剣は、出自の不明確な博物館資料が多く、その研究は進みませんでした。
 本研究では、岡山市立オリエント美術館や広島大学などが所蔵するバイメタル剣に対して、高エネルギーX線を用いたCT(※2)画像撮影を試み、バイメタル剣の製作技法に着目した画像解析を行いました。

研究成果の内容
 当研究グループは、SPring-8(※3)の高エネルギーX線を用いた高分解能CT画像撮影を行い、このバイメタル剣の柄の鮮明な画像を得ることに、世界で初めて成功しました。この実験はSPring-8の高エネルギー白色ビームラインBL28B2で行われました(図1)。200keVという高エネルギーのX線を用いて、分解能0.015mmで三次元CT撮影を行い、柄の断面画像や立体構造を得ることができました。これまで既に、オリエント美術館や広島大学所蔵品などを含め、30本以上のバイメタル剣の撮影を行っています。
 図2は、イラン北部由来と考えられる、バイメタル剣(前10世紀頃)の透過画像と断面画像です。この画像から、鉄剣に青銅の柄をつけるにあたって、鉄剣の(なかご)を手がかりとして型に入れ、熱して熔かした青銅を流し込む“鋳ぐるみ”技術が使われていることが判明しました(図2)。これは初期には難しい技術であったらしく、長い柄を作るために、何度も熔けた青銅を流し込んだ痕跡が見つかりました(図3)。また、柄の先にはさまざまな装飾(柄頭飾り)が付けられましたが、複数回の鋳ぐるみや、別作りの青銅製柄頭を鋳ぐるむなどして製作していたことがわかりました(図4)。
 以上のように、前2千年紀末に新たに普及しはじめた鉄製武器は、在地の青銅器製作技術の中に取り込まれながら、数世紀かけて普及していった様子を反映しているものと考えられます。

研究の意義と今後の展開
 本研究は、金属考古学資料の内部を高分解能で観察するという、きわめて新規性の高い研究です。これまで、古代の金属製品に関する研究は形型式学的研究が中心で、製作技法を含めた、金属製品内部に関する情報を得るためには、切断を含む破壊分析を伴う必要があり、貴重な文化財への応用は躊躇されました。X線撮影は有効ですが、直径30ミリ以上もある銅柄内部を高分解能で鮮明に観察するには、X線の強度が弱すぎました。
 本研究のように、SPring-8の高エネルギー放射光を用いることで、非破壊かつ高分解能で内部構造を調べられることを世界に提示しただけでなく、古代の金属器製作技術の一端を明らかにすることができました。このように、考古遺物の専門家と放射光分析の専門家が共同して文理融合型の研究を進めることで、両者の学際において最大の成果が得られるものと考えられます。
 本研究で確立したバイメタル剣の高分解能画像解析法により、貴重な文化財の非破壊分析の新たな道が開けました。また本研究の対象としたバイメタル剣は青銅器から鉄器への製作技術の移り変わりをよく表すものであり、人類が鉄器を活用するに至った過程を詳細に知る手がかりとなるため、その新しい知見は考古学に限らず歴史学、美術史においても有用な情報です。
 このように、普段は展示場で美術品として陳列されている文化財も、科学の目で調べることによって文明の発達過程を知る手がかりとなります。当館では、今後もこのような研究活動を続けていきます。
 本研究を行うにあたり、増渕麻里耶先生(東京文化財研究所アソシエイトフェロー)、岡村秀典先生(京都大学人文科学研究所教授)、西秋良宏先生(東京大学総合研究博物館教授)にご協力いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

図1
図1

SPring-8 BL28B2での測定の様子

図2
図2

バイメタル剣の柄内部(広島大学考古学研究室所蔵)

図3.
図3

柄と柄頭飾りの鋳造にあたり、鉄剣の(なかご) を手がかりとして鋳型に入れ、熔かした青銅を流し込む「鋳ぐるみ」が、3回行われていることが確認できます(東京大学総合研究博物館所蔵)

図4
図4

別作りの柄頭(ピンク色部分)と鉄剣の茎(緑色部分)を楔(紫色、黄色部分)で接合後、鋳型に青銅を流し込むことで柄を形成しています(岡山市立オリエント美術館蔵)


<註>
※1
考古学では文字による記録の存在しない時代の歴史を区分する方法として、刃物に用いられた材質の変化に着目して分類します。古いほうから石器時代、青銅器時代、鉄器時代です。西アジアでは、青銅器時代のはじまりは約5000年前と考えられています。様々な武器や道具が青銅(銅合金)で作られたこの時代には、文字の発明や都市国家が形成されるなど、文明が確立・発展した時代と考えられています。鉄製品が主要な道具となる鉄器時代への移行は地域によって異なり、3500〜3200年前と考えられています。もっとも、初期には鉄製品の量はとても少なく、指輪やイヤリングなど装飾品の扱いだったようです。約3000年前を境に、鉄製の武器や工具が普及し始め、西アジア全域が鉄器時代へと移行しました。アッシリア帝国が繁栄したのは、この時代です

※2 CT (Computed Tomography)
コンピュータ断層撮影法(コンピュータだんそうさつえいほう)は、X線などを利用して物体の多方向からの透過像をコンピュータを用いて処理することで、物体の内部画像を構成する技術です。病院等で多用されている。物体の輪切り画像を得るだけでなく、結果を3次元グラフィックスとして表示されることもあります。

※3 大型放射光施設SPring-8
理研が所有する兵庫県にある世界最高レベルの放射光を生み出す放射光施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波です。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。



お問い合わせ先
<研究内容>
岡山市立オリエント美術館
副主査学芸員 四角 隆二 (しかく りゅうじ)
 TEL:086-232-3636
 E-mail:ryuuji_shikakuatcity.okayama.jp

国立大学法人広島大学大学院文学研究科
地表圏システム学講座 考古学研究室
教授 野島 永(のじま ひさし)
 TEL:082-424-6660
 E-mail:nojimaathiroshima-u.ac.jp

<報道対応>
岡山市立オリエント美術館
館長 佐藤 佳昭
 TEL:086-232-3636、FAX:086-232-5342
 E-mail:orientatcity.okayama.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人 高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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