大型放射光施設 SPring-8

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葉緑体から光合成産物を運び出すメカニズムを解明(プレスリリース)

公開日
2017年10月03日
  • BL32XU(理研 ターゲットタンパク)

2017年10月3日
東京大学

発表のポイント:
 ◆光合成によって作られる有機分子「トリオースリン酸」の輸送体であるTPTの立体構造を解明した
 ◆TPTがトリオースリン酸を特異的に認識するしくみを明らかにした
 ◆光合成のメカニズムの理解や改変につながることが期待される

葉緑体は、光合成を通じて大気中のCO2を有機分子に変換することで、地球上のあらゆる生命活動にとって欠かせない有機炭素源を供給しています。光合成によって作られる有機分子「トリオースリン酸」は、トリオースリン酸/リン酸輸送体(TPT)とよばれる膜輸送体タンパク質によって葉緑体から細胞質へと運び出されます。このようなTPTの機能は光合成にとって重要であり、約40年前から調べられてきましたが、その詳細な分子機構は不明でした。今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授らの研究グループは、X線結晶構造解析の手法を用いてTPTの立体構造を解明することに成功しました。立体構造は、基質分子がTPTタンパク質に捕捉される様子を明確にとらえていました。今回の研究成果は、あらゆる植物に共通した光合成産物の輸送メカニズムの理解につながることが期待されます。

発表雑誌
雑誌名:「Nature Plants
論文タイトル:Structure of the triose-phosphate/phosphate translocator reveals the basis of substrate specificity
著者:李 勇燦、西澤 知宏、武本 瑞貴、熊崎 薫、山下 恵太郎、平田 邦生、蓑田 歩、長門石 聡、津本 浩平、石谷 隆一郎、濡木 理* (*責任著者)
DOI番号:10.1038/s41477-017-0022-8
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41477-017-0022-8

発表内容
光合成生物は大気中のCO2を有機分子に変換することで、あらゆる生命活動にとって欠かせないエネルギーと有機炭素源を供給しています。植物や藻類がもつ葉緑体では、カルビン回路を通じてトリオースリン酸(図1)という化合物がまず作られ、このトリオースリン酸が細胞質へと運び出されることで、糖が合成されます。この際、トリオースリン酸の運び出しを担うのはトリオースリン酸/リン酸輸送体(TPT)とよばれる膜輸送体タンパク質です(図2)。TPTはトリオースリン酸とリン酸を交換輸送するアンチポーター(注1)であり、これによって葉緑体内から細胞質へ、有機炭素骨格のみを効率的に運び出すことができます。またTPTはトリオースリン酸の前駆物質である3-ホスホグリセリン酸も運ぶことができ、これによって還元力(注2)の運び出しにも関わります。この様なTPTの機能は1960年代から知られており、過去に多くの研究が行われてきましたが、その分子メカニズムはよく分かっていませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授らの研究グループは、TPTタンパク質を基質である3-ホスホグリセリン酸、もしくはリン酸の存在下で結晶化することで、TPTに基質が結合した状態の結晶を作り出すことに成功しました。そして、大型放射光施設SPring-8のBL32XUにおいてX線結晶構造解析の手法を用いて、それらの結晶構造を原子レベルで解明しました。

結晶構造は、基質分子がTPTの中央にあるポケットによって捕捉される様子をとらえていました(図3)。構造を詳しく見ると、ポケット内部にはアルギニン、リジンといった正の電荷を帯びたアミノ酸残基が並んでおり、基質分子に含まれる負の電荷を帯びたリン酸基は、それらのアミノ酸残基と静電的相互作用(注3)を形成することで認識されていました。さらに、3-ホスホグリセリン酸が結合した状態の構造では、ポケットの一部に有機炭素基がぴったりとはまり込んでおり、親水性と疎水性の混ざった特異的な相互作用が形成されていました。これらの相互作用は似た化学構造を持つトリオースリン酸の認識にも適していることから、TPTは3種類の基質(リン酸、トリオースリン酸、3-ホスホグリセリン酸)を同様に認識できることが明らかとなりました。

今回の結晶構造では、基質分子はTPTの内部に閉じ込められており、膜の外側、内側のどちら側からもアクセスできない「閉塞状態」となっていました。基質が膜を越えて輸送されるためには、基質が膜の外側、内側へとアクセスできなければいけません。そのメカニズムを詳細に知るため、分子動力学シミュレーションを行ったところ、TPTは基質の結合に伴う構造変化を起こすことが観察されました。これらの結果から、基質の結合に伴う構造変化によって、TPTは基質を1分子ずつ交互に運ぶことで交換輸送を達成していることが明らかとなりました。

今回の研究は、ほぼ全ての植物が持つ光合成産物の輸送機構を原子レベルで明らかにしたものです。今回明らかとなったメカニズムは、光合成のしくみの理解につながるだけでなく、将来、農作物の改良や光合成能の強化に向けた遺伝子改変のための土台となることが期待されます。


図1

図1 トリオースリン酸と3-ホスホグリセリン酸の化学構造


図2

図2 TPTの機能


図3

図3 TPTの立体構造


【用語解説】
(注1 )アンチポーター
脂質二重膜をはさんだ両側にある二つの基質をそれぞれ逆方向に運ぶ膜輸送体。対向輸送体もしくは交換輸送体とも呼ばれる。=Antiporter。

(注2 )還元力
還元型補酵素(NADPHもしくはNADH)のこと。代謝反応において、自身が酸化されることで他の化合物を還元するため、この様に呼ばれる。葉緑体内ではNADPHが、細胞質ではNADHが主な還元力として用いられる。

(注3 )静電的相互作用
電荷を帯びた物質間に起こる相互作用。正の電荷と負の電荷が近づくと、お互いに引き寄せあう力が生じる。



問い合わせ先:
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授 濡木 理
 TEL:03-5841-4392
 FAX:03-5841-8057
 E-mail:nurekiatbs.s.u-tokyo.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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