大型放射光施設 SPring-8

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自己修復する耐熱性の多孔性結晶を開拓 〜クラッシャブルゾーンの導入により致命的損傷を回避〜(プレスリリース)

公開日
2018年09月21日
  • BL44B2(理研 物質科学)

2018年9月21日
東京大学
理化学研究所
名古屋大学
京都大学

発表のポイント:
◆202 °Cまでの耐熱性を有し、自己修復(注1)する多孔性結晶の開拓に成功しました。
◆無数の可逆的なC–H···N結合(注2)でできたクラッシャブルゾーン(注3)で致命的損傷を回避できるようになりました。
◆持続性社会の達成に向けた重要な一歩が産業的に有用な多孔性材料の分野で実現が期待されます。

 山岸洋博士(研究当時:東京大学大学院工学系研究科 博士課程3年生/現:筑波大学数理物質系 助教)、相田卓三教授(理化学研究所創発物性科学研究センター 副センター長/東京大学大学院工学系研究科 教授)らを中心とした東京大学、理化学研究所、名古屋大学、京都大学の研究グループは、優れた「耐熱性」と「自己修復性」を両立させた多孔性結晶の合成が可能であることを明らかにしました。矛盾するこれら2つの特性の両立を可能にしたのは、202 °Cで選択的に崩壊して蓄積した歪みを解消するクラッシャブルゾーンを「可逆的に修復可能な無数のC–H···N結合」を用いて構築した点にあります。この多孔性材料はガス分離など産業技術分野での活用が期待されます。本研究成果は9月21日(金)に米国科学誌「Science」に掲載されました。

発表雑誌: 
雑誌名:「Science」(オンライン版の場合:9月21日)
論文タイトル:Self-assembly of lattices with high structural complexity from a geometrically simple molecule
著者:山岸 洋、佐藤弘志、堀 彰宏、佐藤洋平、松田亮太郎、加藤健一、相田卓三
責任著者:山岸 洋、相田卓三
DOI番号:10.1126/science.aat6394

<背景>
 私たちの身の周りにある空気清浄フィルターや浄水フィルターなどは、目には見えない小さな細孔を持つ物質でできています。細孔よりも大きな異物は排除されますし、小さな異物を細孔の奥深くに入れ、出てこられなくすることで空気や水を綺麗にしています。こういった材料は多孔性材料と呼ばれており、家庭用品に留まらず、化学製品の製造現場などに欠かせない重要な工業製品となっています。但し、高温に耐える多孔性結晶は一般に限られており、いかに熱的に丈夫な多孔性材料を作るかが焦点の一つとなっています。
 考慮すべき事柄として、高温に耐える多孔性材料といえども、化学物質である以上、加熱していくと構造的な歪みが蓄積し、どこかで崩壊します。「崩壊したら廃棄するしかない」が一般的な考え方ですが、本研究成果で簡単にもとの構造に修復することが可能になりました。修復に関し、例えば人体には損傷を治癒する機能が備わっています。材料分野でも、破断面を指で軽く押し付けておくと修復する「自己修復性ゴム」などが開発されています。これらのソフトな材料を構成する結合は可逆性を有し、材料が破断しても容易に修復できます。最近では「硬いのに自己修復性を有する樹脂ガラス」も誕生しました。材料の再利用を可能にする自己修復性は、持続性社会の構築の鍵と見なされています。
 加熱しても崩壊しにくい耐熱性の多孔性結晶を作るには、結晶の構成要素である分子を互いに強固に結び付ける必要がありますが、通常、強い結合は一旦切れてしまうと容易には修復しないため、つぶれた細孔を修復することは大変困難です。
 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 博士課程(当時)の山岸洋氏(現:筑波大学数理物質系助教)、相田卓三教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター副センター長/東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻)らを中心とした東京大学、理化学研究所、名古屋大学、京都大学の研究グループは、対称性の高い単純な分子を異方的に自己組織化させ、優れた「耐熱性」と「自己修復性」を両立させた多孔性結晶の開拓に成功しました(図1)。多孔性材料としては歴史的にゼオライト(ケイ素やアルミニウムからできた鉱物の一種)や紺青(顔料の一種)が有名です。今回原料として用いられた分子は、6つの腕を放射状に伸ばした構造を有しています。この分子を高極性の有機溶媒(アセトニトリル)中に溶解させると自己集合し、図1に示した異方的な多孔性結晶を与えます。「対称性の高い分子を結晶化させると、同じく対称性の高い単純な構造を与える」というのがこれまでの常識でしたが、ここではその常識が成り立ちません。しかしながら、この多孔性結晶は202 °Cまでの高温に耐え、さらなる加熱で崩壊させても、アセトニトリルなどの蒸気にさらしておくと潰れた細孔が自発的に修復します。すなわち、自己修復性と耐熱性が両立する「自己修復性を示す耐熱性の多孔性結晶」の開拓に成功しました。

図1

図1 耐熱性と自己修復性を両立させた多孔性結晶

 大型放射光施設SPring-8を使った詳細な構造解析から、各細孔の天井と床の部分が「C–H···N結合と呼ばれる弱く可逆的」な無数の結合でできていることが分かりました。この特別な結合が多孔性結晶の生成に使われた例は過去にありません。この多孔性結晶を加熱すると、徐々に構造的な歪みが蓄積し、上述のように202 °Cで崩壊して細孔を閉じますが、結晶は細孔の天井と床の部分を選択的に崩壊させることで致命的な損傷を回避します。これらの部分は可逆的なC–H···N結合でできているので、崩壊した結晶をアセトニトリルの蒸気にさらしておくと、C–H···N結合が再生し、細孔がもと通りに修復します。325 °C以下までなら、結晶は致命的な損傷を回避し、蒸気により自発的に修復します。
 室温・空気中にて孔を容易に再生できるのであれば、危険を伴わず、資源を無駄にすることもありません。これまでになかった、可逆的に加熱崩壊・再生するクラッシャブルゾーンが導入されたことにより、多孔性結晶は、この部位を選択的に崩壊させ、蓄積した熱歪みを解き放し、加熱による致命的な損傷を回避します。本研究は、持続性社会の構築に貢献する次世代機能性材料の開発に大きく貢献します。開発された「自己修復性を有する耐熱性の多孔性結晶」は有機物のみから構成されており、金属イオンを含んでいないため、人体や環境保護の側面からも優れた材料と言えます。

用語解説
(注1) 自己修復性
一旦崩壊した材料を分子レベルまで分解せずに修復することができる性能の有無のことを指します。自己修復性を示す多孔性結晶は極めて珍しく、現在知られている限り3例程度しか有りません。いずれも耐熱性は本報告の多孔性結晶よりも劣ります。

(注2) C–H···N結合
分子の間に働く極めて微弱な引き合う力を指します。炭素原子につながった水素原子と窒素原子の間に生じます。C–H···N結合が多孔性結晶を与えた例は本研究以前にはありませんでした。

(注3) クラッシャブルゾーン
結晶に歪みが生じた際、他の部分に先駆けて壊れる部分を指します。孔を作る上でより大事な部分を歪みから守る役割を持ちます。本結晶では、C–H···N結合でくみ上げられている孔の天井・床部分が該当します。



問い合わせ先:
筑波大学 数理物質系
助教 山岸 洋(やまぎし ひろし)
 TEL:029-853-5479(内線 5479)
 E-mail:yamagishiatims.tsukuba.ac.jp

東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
教授 相田 卓三(あいだ たくぞう)
 TEL:03-5841-7251
 E-mail:aidaatmacro.t.u-tokyo.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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