大型放射光施設 SPring-8

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発光による衝突後効果の変化を利用するアト秒「ストップウォッチ」 ―原子の内殻過程をアト秒で追及する新しい手法―(プレスリリース)

公開日
2020年05月29日
  • BL17SU(理研 物理科学III)
  • BL19LXU(理研 物理科学II)

2020年5月29日
上智大学
量子科学技術研究開発機構
兵庫県立大学
理化学研究所

【発表のポイント】
・原子の電子構造のダイナミックスをアト秒オーダーで追及するための新しい方法を提案し、実証した。
衝突後相互作用(PCI)によるオージェ電子のエネルギー変化から原子内殻過程における時間情報を得た。
・上記を放射光と電子分光を用いた実験により達成し、理論計算と比較検討した。

 上智大学(学長:曄道佳明)の小杉聡共同研究員・小池文博共同研究員・東善郎客員教授、および量子科学技術研究開発機構、ソルボンヌ大、理化学研究所、兵庫県立大のグループは原子の多段階内殻緩和過程の時間依存をアト秒オーダーでプローブすることに成功しました。この成果は、米国物理学会発刊のPhysical Review Letters 誌の5月8日付けオンライン版に掲載されました。

【論文名および著者】
雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル:Fluorescence Time Delay in Multistep Auger Decay as an Internal Clock
オンライン版URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.124.183001
DOI:10.1103/PhysRevLett.124.183001
著者(共著):Satoshi Kosugi(小杉聡・上智大)、Fumihiro Koike(小池文博・上智大)、Masatomi Iizawa(飯澤正登実・上智大)、Yoshiro Azuma(東善郎・上智大)、James Harries(ジェームズハリーズ・量研)、 Marc Simon(マルクシモン・ソルボンヌ大)、Maria Novella Piancastelli(マリアノベラピアンカステッリ・ソルボンヌ大/ウプサラ大)、Renaud Guillemin(ルノーギユマン・ソルボンヌ大)、Masaki Oura(大浦正樹・理研)、 Kenji Tamasaku(玉作賢治・理研)、Tatsuo Gejo(下條竜夫・兵庫県立大)

【成果の概要】
 原子、分子、固体など広い分野にわたって高速時間分解実験(ultra-fast science)は現在大きな興味がもたれている。その為に国内外において巨大なX線自由電子レーザー(XFEL)施設が建設され高速検出技術の開発も競って進められている。実験手法はポンプ・プローブによる測定が主流であり、最近はフェムト秒オーダーの分解能が得られている。本研究においては放射光と通常の電子分光実験で、自然に生ずる蛍光を仲立ちとしたポンプ・プローブ機能もしくは実質的なストップウォッチ機能をはたす内殻原子過程についてPCI(衝突後相互作用)を解析することによってXFELを凌ぐ約100アト秒の精度で崩壊チャンネル間の時間差を明らかにすることに成功した。

【成果の詳細】
 エネルギーの高い放射光を原子にあてることによって原子の内殻電子を光電子として飛び出させることができます(内殻光イオン化)。そして残った内殻の空孔に外殻の電子が落ちます。その際に、蛍光が発生することもあれば、外殻からオージェ電子が放出されることもあります。とくに内殻閾値よりもわずかだけエネルギーの高いX線で原子の内殻空孔を作ると「ごく遅い」光電子が放出されます。そのあとに放出され得るオージェ電子はずっと速いので光電子を追い越すことになります。この「追い越し」によってオージェ電子・光電子間にPCI(衝突後相互作用)がおこり、それぞれの電子のエネルギーに変化が現れます。よって電子のエネルギーを高分解能で測定するとこれらの過程を区別できます。原子の内殻励起では発光の寿命がアト秒のオーダーであるため、発光が起こる過程と起こらない過程を比べることによって、アト秒スケールで原子の多段階内殻緩和ダイナミックスを調べられます。今回は放射光実験施設SPring-8のビームライン BL19LXUおよびBL17SUを用いて、クリプトン原子の内殻過程を探求しました。

a) 1s光イオン化により光電子を発生。できた1s空孔に一定時間が経過したのちに2p電子が光を放出して落ち、残った2p空孔によるオージェ過程が起こる。PCI効果は2p空孔によるオージェ電子と最初の1s光電子の間に起こる。

b) 2p光イオン化により光電子を発生。できた2p空孔によってただちに発生したオージェ電子との間にPCI効果がおこる。

上記の2つのケースを対比する測定を行い、理論計算との比較によって、100アト秒スケールで原子の脱励起ダイナミックスについて解明しました。この新しい方法は今後さまざまな原子分子内殻過程への応用が期待できます。また、本研究を契機として、PCI自体の研究にも新しい局面が切り開かれることが期待されます。


【用語解説】

PCI(衝突後相互作用:Post Collision Interaction):(光イオン化に関連した定義として);速いオージェ電子が遅い光電子と相互作用することによって双方のエネルギーおよびピーク形状に変化が生ずる現象。今までは単純な一段階のオージェ過程において動径方向の相互作用のみを考慮した研究がなされてきた。本グループをはじめとする最近の動向として、多段階緩和過程および角度依存に興味がもたれている。

ポンプ・プローブ二種類の短パルス光源を用い、最初のパルスによって励起を行い、そのあとの状態の時間依存を次のパルスによってプローブする実験手法。

アト秒:1秒の1,000,000,000,000,000,000分の1(10-18秒)。そして1フェムト秒は1,000アト秒。

【左図】オージェ電子と光電子との間のPCI過程の時間依存に関する模式図。

【右図】PCIの効果によるオージェ電子エネルギーピーク位置の変化。1s光イオン化(発光あり)の場合と2p光イオン化(発光なし)の場合の比較と理論計算。

オージェ電子と光電子との間のPCI過程の時間依存に関する模式図。PCIの効果によるオージェ電子エネルギーピーク位置の変化。


【本件に関する問い合わせ先】
上智大学客員教授 東 善郎 
 Email y-azumaatsophia.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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