大型放射光施設 SPring-8

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放射光の可視化技術で直接みえた磁石特性向上の指針 ~高耐熱サマコバ永久磁石はもっとタフになる!~(プレスリリース)

公開日
2020年07月13日
  • BL25SU(軟X線固体分光)

2020年7月13日
(公財)高輝度光科学研究センター
東京理科大学
(公財)応用科学研究所
東北大学

【本研究成果のポイント】
① サマリウム(Sm)とコバルト(Co)を主成分とする永久磁石、いわゆる、「サマコバ永久磁石」の磁区を、SPring-8で開発された世界最高性能の放射光磁区観察技術を用いて鮮明に可視化。
② 外部から磁場が加えられた際に、磁石内部で磁気的に弱い部分として、従来指摘されていた粒界相に加え、Sm系酸化物粒の周囲も同様に弱点であることが判明。
③ 本研究で得た知見を基に、粒界相の改質、および、Sm酸化物の低減により、サマコバ磁石の特性が飛躍的に向上すると期待される。

 公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)、東京理科大学、公益財団法人応用科学研究所(RIAS)、東北大学は、大型放射光施設SPring-8※1 BL25SU走査型軟X線磁気円二色性(Soft X-ray Magnetic Circular Dichroism: Soft XMCD)顕微分光※2装置を利用し、Sm2Co17系サマリウム・コバルト磁石(サマコバ磁石※3の磁区が磁場印加によって変化する様子を鮮明に捉えました。サマコバ磁石の磁区観察に関する先行研究では、磁気的に弱い部分が磁石内部の粒界にあることが指摘されていましたが、本研究では磁石内部に不純物粒として分布する希土類酸化物粒子と磁石粒子との界面近傍も主要な弱点であることを明らかにしました。つまり、粒界の改質(具体的には、磁性を弱める)、および、希土類酸化物の生成を抑制する生産プロセスを開発すれば、サマコバ磁石の特性がさらに向上すると考えられます。これにより、より高温下での使用ならびに高磁気特性の長期安定的な維持が可能になり、一般の工業製品はもちろんのこと、その他にも例えば、航空・宇宙分野などへの貢献が期待されます。
本成果は、JASRI 中村 哲也 客員主席研究員(本務所属は 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授)、JASRI石上 啓介 博士研究員、隅谷 和嗣 研究員、梶原 堅太郎 主幹研究員、 東京理科大学 田村 隆治 教授、 加藤 涼 (研究参加当時 修士課程2年)、丸山 涼 (研究参加当時 修士課程2年)、RIAS 松浦 裕 特別研究員が、JST産学共創基礎基盤研究プログラムの研究課題 「永久磁石の微細組織とその局所磁気特性の解析による高保磁力化の指針構築」(JPMJSK1617)の下で実施したものです。今回の研究成果は、米国物理学協会の学術雑誌「Applied Physics Letters」オンライン版に7月15日に掲載予定です。

【論文情報】
題名:Magnetization Reversal of (Sm, Ce)2(Co, Fe, Cu, Zr)17 Magnets as per Soft X-Ray Magnetic Circular Dichroism Microscopy
日本語訳:軟X線磁気円二色性顕微鏡による(Sm, Ce)2(Co, Fe, Cu, Zr)17磁石の磁化反転解析
著者:Yutaka Matsuura, Ryo Maruyama, Ryo Kato, Ryuji Tamura, Keisuke Ishigami, Kazushi Sumitani, Kentaro Kajiwara, and Tetsuya Nakamura
ジャーナル名:Applied Physics Letters
DOI:10.1063/5.0005635

【研究の背景】
 SmCo5磁石やSm2Co17磁石などのSm-Co系磁石は、高い飽和磁化※4とNd-Fe-B磁石(ネオジム磁石)を大きく凌駕するキュリー温度※5を有することから、熱安定性が要求されるモータや加速器の四重極磁石に使われています。しかし、Nd-Fe-B磁石に比べ角型性※6が悪いことやリコイル特性※7に劣ることなどがSm-Co系磁石の実用化の上で問題となっていました。本研究で対象としたSm2Co17磁石はSmCo5磁石よりも飽和磁化とキュリー温度が高い点で優れています。また、熱処理により、高温準安定相のSmCo7相が約100 nmのSm2(Co, Fe)17相とそれを取り囲む数nmのSm(Co, Cu)5相に分離して形成されることが知られています。この二相の磁壁エネルギーの違いにより、その境界で磁壁がピン止めされ(ピンニング)、磁壁がピン止めから外れるときの逆磁場(H)が保磁力※8(HCJ)を決定するものと長らく考えられてきました。また、Sm2Co17磁石の微細組織とその局所磁気特性を直接観察した研究はきわめて限定的で、保磁力メカニズムに関する詳細な研究が待たれていました。

【研究内容と成果】
 本研究グループは大型放射光施設SPring-8 BL25SUの走査型軟X線磁気円二色性(Soft X-ray Magnetic Circular Dichroism: Soft XMCD)顕微分光装置を用いて、Co L3 XMCD比(吸収強度に対するXMCD強度)の面内分布の外部磁場(+5.0 Tから-5.0 T)依存性を計測することで、異方性(Sm, Ce)2(Co, Fe, Cu, Zr)17磁石の局所磁気特性を調べました。図1(a)は試料全体の磁化曲線です。この磁化曲線上に丸で示した磁気状態で測定した磁区像が図1(b)-(e)です。図1(b)-(e)において、赤い領域はCoの磁化が外部磁場と同じ向きにそろっていること、青い領域は外部磁場と逆向きにそろっていること、白い領域はCoの磁化がほぼゼロの非磁性相であることを示しています。試料の磁化は、外部磁場+5.0 Tで飽和した後(図1(b))、結晶粒界から優先的に磁化反転し(図1(c))、外部磁場-0.5 Tで結晶粒界の一部の領域と非磁性相から結晶粒内に向かって磁化反転が進んでいく様子(図1(d))が観測されました。磁化反転はその後、結晶粒内へ進み-1.1 T付近で赤い領域と青い領域の面積がほぼ等しくなり保磁力に到達しました(図1(e))。図1(d)の黒枠内を拡大したものが図1(f)で、同図中の丸で示した位置(g)から(k)の局所磁化曲線がそれぞれ図1(g)-(k)、全ての局所磁化曲線の平均値が図1(l)です。結晶粒内の局所磁化曲線(図1(k))と比較して、結晶粒界(図1(g))、粒界三重点(図1(h))、結晶粒内部に磁化反転が進む起点となった結晶粒界近傍(図1(i))と非磁性相近傍(図1(j))では保磁力および磁化曲線の角型性などの磁気特性において顕著な違いが観測されました。また、結晶粒内へ磁化反転が進む外部磁場の値が平均磁化曲線(図1(l))の傾きが大きく変化する磁場と一致したことから、「異方性Sm-Co磁石の磁気特性は、結晶粒界、および、非磁性相近傍というナノ領域の磁気特性に強く依存する」ことが明らかとなりました。界面近傍で観られた磁気特性劣化の原因を探るために、結晶粒界および非磁性相近傍について、電子顕微鏡とエネルギー分散型蛍光X線検出器を用いて元素濃度分析した結果が図2図3です。図2の丸で示した非磁性相近傍では、Sm Lα線強度と酸素K線強度がともに高いことから、非磁性Sm系酸化物を起点として磁化反転が結晶粒内に進展することが明らかとなりました。また、結晶粒界(図3(b))と結晶粒内のCo濃度には有意な違いが検出されていませんが、鉄(Fe)濃度の増加と銅(Cu)濃度の低下が観測されました。非磁性Sm系酸化物の近傍(図3(c))においては、結晶粒内と比べてSm濃度の増加とCu、Fe、Co濃度の低下が観測されました。以上から、酸化物近傍の結晶粒内で生じた組成変化が、酸化物による磁気特性劣化の主たる要因であると考えられます。

【今後の展開】
 本研究では最先端の磁区可視化技術の利活用により、サマコバ磁石の性能向上の妨げになっている要因を直接観察することができました。今後、結晶粒界組成の改質、および、酸化物を除去するための製造プロセスの改良により、Sm-Co磁石の保磁力や角型性を飛躍的に向上することが期待されます。

【研究資金等】
 本研究は文部科学省の元素戦略プロジェクト(ESICMM) (JPMXP0112101004)で開発された設備を用い、国立研究開発法人 科学技術振興機構の産学共創基礎基盤研究プログラムの研究課題「永久磁石の微細組織とその局所磁気特性の解析による高保磁力化の指針構築」(Grant JPMJSK1617)の下で実施されました。また、本研究で用いたSm-Co磁石は、信越化学工業株式会社より学術研究用試料として提供していただいたものです。


図1

図1 異方性(Sm, Ce)2(Co, Fe, Cu, Zr)17磁石のバルク磁化曲線(a)。Co L3 XMCD比を用いた磁区像の外部磁場依存性、外部磁場=+5.0 T (b)、-0.4 T (c)、-0.5 T (d)、-1.1 T (e)。結晶粒内に磁化反転が進展した領域の拡大図(f)。磁化曲線の場所依存性、結晶粒界(g)、粒界三重点(h)、結晶粒界から結晶粒内に向かって磁化反転が進展した位置(i)、非磁性相から結晶粒内に向かって磁化反転が進展した位置(j)、結晶粒内(k)、局所磁化曲線の全体平均(l)。


図2

図2 外部磁場-0.5 TにおけるCo L3 XMCD磁区像(a)、磁区像に対応する領域の電子顕微鏡の二次電子像(b)、
Sm Lα線強度マップ(c) 、酸素K線強度マップ(c)。


図3

図3 外部磁場-0.5 TにおけるCo L3 XMCD磁区像(a)、
電子顕微鏡写真、線分析位置に対する相対元素濃度(結晶粒界近傍(b)、非磁性Sm系酸化物(c))。


【用語解説】

※1.大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などはJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2.走査型軟X線磁気円二色性(Soft X-ray Magnetic Circular Dichroism: Soft XMCD)顕微分光
X線磁気円二色性とは、磁化した磁性体を透過する円偏光X線の吸収係数が左・右円偏光で差を生じる現象です。走査型軟X線磁気円二色性顕微分光では、光源に100 nm程度に集光された軟X線を用い、照射位置を二次元的に走査して左・右円偏光による吸収の差を測定することにより、磁気モーメントの配向する領域、すなわち磁区を可視化します。また、磁性体の局所領域における磁化曲線の測定が可能です。

※3.サマコバ磁石
Sm2Co17系、または、SmCo5系のサマリウム・コバルト磁石(Sm-Co磁石)の名称を簡略化した呼称。

※4.飽和磁化
磁化は外部磁場の増加に伴って増大し、最終的に磁石全体の磁化が磁場と同じ方向を向いた状態になり、それ以上磁場を加えても磁化の値が変わらなくなります。この状態を磁気飽和といい、このときの磁化の値が飽和磁化になります。

※5.キュリー温度
強磁性体が消磁し、常磁性体に変化する転移温度。温度がキュリー温度へと上昇するのに伴い、それぞれの磁区内での磁化は減少し、キュリー温度以上では、磁気モーメントが整列した磁区および磁化は消失します。
強磁性体内では原子磁石が消磁し、常磁性体に変化する転移温度。温度がキュリー温度へと上昇するのに伴い、それぞれの磁区内での磁化は減少し、キュリー温度以上では、磁気モーメントが整列した磁区および磁化は消失します。

※6.角型性
磁化曲線の直線部分に傾きが見られず、その形状が四角形に近いほど、外部磁場がゼロにおける残留磁化が飽和磁化に近く、良い永久磁石といえます。

※7.リコイル特性
減磁曲線の直線部分(磁化変化が小さい所)で、磁場を0からマイナス方向に一度印加した後で、磁場を0に戻した時に見られる磁化の減少量をリコイル特性と呼びます。この量が少ないほど良い磁石です。

※8.保磁力
磁化した磁石に、磁化と反平行に印加する外部磁場を強めていくとき、磁化がゼロになる外部磁場の大きさを保磁力といいます。高性能な磁石は、飽和磁化が大きく、かつ、保磁力が大きい磁石です。



《問い合わせ先》
中村 哲也(ナカムラ テツヤ)
・公益財団法人 高輝度光科学研究センター 研究プロジェクト推進室 客員主席研究員
 E-mail:nakaatspring8.or.jp
・東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授
 E-mail:tetsuya.nakamura.b5attohoku.ac.jp

(報道に関すること)
東京理科大学 広報部広報課(担当:福岡)
 TEL:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823
 E-mail:kohoatadmin.tus.ac.jp

公益財団法人 応用科学研究所 (担当:常務理事 野村俊雄)
 TEL:075-701-3164 FAX:075-701-1217
 E-mail:nomuraatrias.or.jp

東北大学多元物質科学研究所 広報情報室(担当:伊藤)
 TEL:022-217-5198 FAX:022-217-5211
 E-mail:press.tagenatgrp.tohoku.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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