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始原的なシアノバクテリアの光化学系I複合体の立体構造を解明 ~光合成生物の進化を紐解くきっかけに~(プレスリリース)

公開日
2022年04月14日
  • クライオ電子顕微鏡

2022年4月14日
岡山大学
理化学研究所
東北大学
神戸大学

発表のポイント
クライオ電子顕微鏡(注1)を用いた単粒子構造解析(注2)により、酸素発生型光合成(注3)を行う生物の中で最も始原的なシアノバクテリア(注4)Gloeobacter violaceus(以下、グレオバクター)(注5)光化学系I(PSI)(注6)の詳細な立体構造を決定しました。
・これまで報告されているPSI構造と比較したところ、グレオバクターPSIにはタンパク質の構造や色素分子の配置に大きな違いがあることを見出しました。
・グレオバクターPSIで特異的に見出された構造の特徴は、酸素発生型光合成生物の進化の初期段階の形質であると考えられるため、シアノバクテリアがどのように酸素発生型光合成機構を獲得してきたかの謎を紐解く鍵になることが期待されます。

 岡山大学異分野基礎科学研究所の長尾遼特任講師、加藤公児特任准教授、沈建仁教授と理化学研究所放射光科学研究センターの米倉功治グループディレクター(東北大学多元物質科学研究所教授)、浜口祐研究員(現客員研究員、東北大学多元物質科学研究所准教授)の研究グループは、神戸大学の秋本誠志准教授、村上明男准教授(現研究員)と理化学研究所環境資源科学研究センターの堂前直ユニットリーダーとの共同研究により、クライオ電子顕微鏡を用いて、始原的なシアノバクテリアであるグレオバクターのPSI三量体の立体構造解析に成功しました。他のシアノバクテリアのPSI三量体とは異なり、特定のサブユニットのアミノ酸配列や色素分子の配置に大きな差異を見出しました。特に、クロロフィルのいくつかがグレオバクターPSIで欠落していました。このようなPSIの特徴は、光合成生物の進化の指標となることが期待されます。本研究成果は日本時間4月11日、英国の科学雑誌「eLife」に掲載されました。

論文情報
 論文名:“Structural basis for the absence of low-energy chlorophylls in a photosystem I trimer from Gloeobacter violaceus
「始原的なシアノバクテリアであるグレオバクターの光化学系I複合体における低エネルギークロロフィル欠損の構造的基盤」
 掲載紙:eLife
 著者:Koji Kato1, Tasuku Hamaguchi2, Ryo Nagao1, Keisuke Kawakami2, Yoshifumi Ueno3, Takehiro Suzuki4, Hiroko Uchida5, Akio Murakami3,5, Yoshiki Nakajima1, Makio Yokono6, Seiji Akimoto3, Naoshi Dohmae4, Koji Yonekura2,7,8, and Jian-Ren Shen1
 URL/DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.73990

1岡山大学・異分野基礎科学研究所
2理化学研究所・放射光科学研究センター
3神戸大学大学院・理学研究科
4理化学研究所・環境資源科学研究センター
5神戸大学・内海域環境教育研究センター
6北海道大学・低温科学研究所
7東北大学・多元物質科学研究所
8理化学研究所・理研-JEOL連携センター

<現状>
 酸素発生型光合成は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成する反応です。シアノバクテリア、藻類、陸上植物が酸素発生型光合成を行うことにより、我々ヒトを含む、酸素呼吸をする生物は地球上で生活できています。分子系統解析から、シアノバクテリアの中で最も始原的な生物として位置づけられているものがグレオバクターです。グレオバクターが発見された際、チラコイド膜を持たないシアノバクテリアとして報告されました。そのため、グレオバクターは酸素発生型光合成生物の中で唯一の例外として、チラコイド膜ではなく細胞膜上で光合成を営んでいる生物になります。したがって、グレオバクターには酸素発生型光合成を獲得した進化の初期段階の形質が残されていると考え、光合成反応の根幹を担うPSIの分子構造の解析に着目しました。

<研究成果の内容>
 岡山大学の長尾特任講師、加藤特任准教授、沈教授と理化学研究所の米倉グループディレクター、浜口研究員(現客員研究員)の研究グループは、神戸大学の秋本准教授、村上准教授(現研究員)と理化学研究所の堂前ユニットリーダーらと共に、始原的なシアノバクテリアであるグレオバクターからPSI三量体を単離し、クライオ電子顕微鏡(日本電子社 CRYOARM 300)を用いた単粒子構造解析により、2.04 Åの分解能(注8)でPSIの立体構造を解明しました(図1A)。これまでに報告されているPSIの立体構造の中で最も分解能が高く、高精度に解析できました。他の光合成生物のPSI構造と比較した結果、グレオバクターPSIの3種のサブユニット(PsaA、PsaB、PsaF)それぞれに、他の光合成生物には全く存在しないグレオバクター固有のループ構造を見出しました(図1B;図2)。一方で、他の光合成生物には存在し、光環境応答に関与していると考えられるクロロフィルが、グレオバクターでのみ欠落していることを明らかにしました(図3A;3B)。これらのクロロフィルが、進化の後の段階で強い光環境に対処するために出現してきたことが考えられます。
 生物の祖先が獲得した光合成反応が、どのように進化してきたのかはとても興味深い問いの一つです。グレオバクターは始原的シアノバクテリアであることから、今回我々が得た知見は酸素発生型光合成系の進化の初期段階の特徴を示すものと考えています。本研究成果は、光合成の進化を紐解くうえで重要な契機にもなります。

<社会的な意義>
 立体構造解析によって生物の多様性を明らかにした本研究の知見を人工光合成研究に取り入れることで、高効率光エネルギー伝達システムの構築が進展するものと期待できます。


図1

図1. グレオバクターPSIの立体構造

(A)グレオバクターPSI三量体の立体構造。マゼンタ、シアン、オレンジ、のそれぞれがPSI単量体。(B)PsaA(赤)、PsaB(青)、PsaF(緑)を表した。


図2

図2. グレオバクターPSIのタンパク質構造の特徴

グレオバクターPSIの単量体に着目し、他の生物の構造とは異なるPsaA(赤)、PsaB(青)、PsaF(緑)の特徴的な構造を示した。


図3

図3. グレオバクターPSIのクロロフィルの特徴

(A)グレオバクターPSI単量体のクロロフィル(青)と他のシアノバクテリアPSIクロロフィル(緑)との違いを示した。赤点線は特徴的なクロロフィル。(B)特徴的なクロロフィルの拡大図(Aの赤点線で囲んだ部分)。グレオバクターPSI(青)、他のシアノバクテリアPSI(緑)。他のシアノバクテリアPSIでは、ヒスチジン(His)と水分子(シアン)が水素結合し、さらにその水がクロロフィルに配位していた。一方、グレオバクターPSIでは、ヒスチジンではなくフェニルアラニン(Phe)であるため、水素結合が形成されず、クロロフィルをもつことができない。


研究資金
 本研究は、日本学術振興会「基盤研究」(課題番号:JP20K06528、JP20H02914)、日本学術振興会「萌芽研究」(課題番号:JP21K19085)、日本学術振興会「新学術領域研究(研究領域提案型)」(課題番号:JP16H06553、JP17H06433)、武田科学振興財団、日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)、JST未来社会創造事業(課題番号:JPMJMI20G5)の支援を受け実施しました。

著者◆研究者からひとこと
 光合成生物にとって当たり前のチラコイド膜(注7)をグレオバクターは持たず、細胞膜上で光合成をします。このため始原的なシアノバクテリアと呼ばれてきました。この論文ではグレオバクターのPSIの立体構造解析に成功したため、始原的な光合成生物の光合成特性を示すことができました。今後は、タンパク質分子レベルでの光合成生物の進化に踏み込んでいきたいです。

■補足・用語説明

注1: クライオ電子顕微鏡
タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法です。まず、試料を含む溶液を液体エタン(約-170℃)に落下させて急速凍結し、アモルファス(非晶質、ガラス状)な薄い氷に包埋します。これを液体窒素(-196℃)条件下で、電子顕微鏡観察します。電子顕微鏡内の真空中では試料は凍結状態を保持でき、また、冷却することにより電子線の照射による損傷を減らすことができます。

注2: 単粒子構造解析
電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子の像から、その立体構造を決定する構造解析手法のことをいいます。2017年のノーベル化学賞の受賞者の一人、Joachim Frankらにより単粒子解析法の基礎がつくられました。

注3: 酸素発生型光合成
光合成は光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成する反応です。光化学系I、シトクロムb6f、光化学系II、ATP合成酵素と呼ばれるそれぞれの膜タンパク質複合体が酸素発生型光合成を駆動します。光合成には酸素を発生する酸素発生型光合成と酸素を発生しない酸素非発生型光合成があります。酸素非発生型光合成生物が進化して酸素発生型光合成生物になったと考えられています。

注4: シアノバクテリア
酸素発生の能力をはじめて獲得した核をもたない光合成微生物で、植物の葉緑体の起源になったと考えられています。シアノバクテリアは約30億年の進化の歴史をもつこともあり、光合成色素や代謝能力など種毎に変化に富んだ形質をもちます。

注5: Gloeobacter violaceus(グレオバクター)
現在発見されているシアノバクテリアの中で最も始原的な生物であると位置づけられています。チラコイド膜(注7)を持たず、細胞膜に光合成タンパク質が内包されています。

注6: 光化学系I(PSI)
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。PSIは10種類のサブユニットから構成されます。補欠因子として、金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)が結合します。クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。

注7: チラコイド膜
PSIやその他の光合成タンパク質が内包されている脂質二重膜のことです。グレオバクター以外の酸素発生型光合成生物に特有の膜構造です。

注8: 分解能
どのくらい細かくものを「見る」ことができるかの指標です。数値が小さい程、分解能が高いと言え、物質をより精細に観測できます。原子の大きさは、1オングストローム(Å、1 Åは100億分の1メートル)程度で、個々の原子の視覚化には1 Å程度の空間分解能が必要となります。



 

<お問い合わせ>
岡山大学 異分野基礎科学研究所
特任講師 長尾 遼 (ながお りょう)
(メール)nagaoryoatokayama-u.ac.jp
(Twitter)https://twitter.com/NagryPhotosyn
(YouTube)https://www.youtube.com/channel/UC8aXWfXWUzxNzAiHpuFRaTQ
(Web site)https://ryoagan.wixsite.com/nagaoryo

理化学研究所 放射光科学研究センター
グループディレクター 米倉 功治 (よねくら こうじ)
(理化学研究所 科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラム
理研-JEOL連携センター 次世代電子顕微鏡開発連携ユニット ユニットリーダー、東北大学 多元物質科学研究所 教授)

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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