大型放射光施設 SPring-8

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市販のLED照明をX線放射線環境下で使用可能に -光基盤研究施設のグリーン化を推進-(プレスリリース)

公開日
2022年07月01日
  • 加速器他

2022年7月1日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
量子科学技術研究開発機構

 理化学研究所(理研)放射光科学研究センターSPring-8改修検討グループの田中均グループディレクター、高輝度光科学研究センター加速器部門の渡部貴宏部門長、量子科学技術研究開発機構次世代放射光施設整備開発センターの西森信行グループリーダーらの共同研究グループは、X線による放射線環境下でLED照明[1]が故障する過程を詳しく調べ、このような特殊環境下においても市販のLED照明を安定に長寿命で使用できる方法を見いだしました。
 本研究成果は、3GeV次世代放射光施設[2]だけでなく、大型放射光施設「SPring-8[3]」や世界中の同様の施設のグリーン化に貢献すると期待できます。
 加速器トンネル内は強い放射線にさらされ、LED照明が短期間で故障することから、従来の蛍光灯からLED照明への置き換えが進んでいませんでした。
 今回、共同研究グループは、SPring-8ならびに理研放射光科学研究センターのX線照射装置[4]を用いて、X線照射によりLED照明が故障する過程を詳細に調べました。すると、LED照明の駆動電源部のMOSFET[5]が壊れて故障すること、しかもMOSFETは放射線による直接損傷ではなく、熱暴走[6]による高温により壊れることが分かりました。この結果から、LED照明の駆動電源をトンネルの外に移設する、もしくは熱暴走を起こさないように使用時のみ照明をオンするという簡単な対策により、高効率で高い信頼性を備えた市販のLED照明が使用できることが明らかになりました。
 本研究は、科学雑誌『Japanese Journal of Applied Physics』オンライン版(7月1日付)に掲載されました。

論文情報
<タイトル>
Visualization of light-emitting diode lighting damage process in radiation environment by an in situ measurement
<著者名>
Yuji Hosaka, Nobuyuki Nishimori, Toshiro Itoga, Shingo Nakazawa, Shinichiro Tanaka, Toshio Seno, Chikara Kondo, Takahiro Inagaki, Toru Fukui, Takahiro Watanabe, and Hitoshi Tanaka
<雑誌>
Japanese Journal of Applied Physics

図

LED照明駆動電源部内のMOSFETが壊れていく様子

背景
 電力消費に占める照明の割合はおおむね30%と大きく、照明の省電力化は持続可能な開発目標(SDGs)[7]の観点からも重要なテーマです。照明の大幅な高効率化は、2035年の温暖化ガスの大幅削減を経て、2050年のカーボンニュートラル[8]へ向かうための重要な達成目標の一つです。
 LED照明は、蛍光灯に比べ電力を光に変える変換効率が約3倍高く、寿命はほぼ10倍長い優れた照明です。白熱電球は蛍光灯よりもさらに変換効率が悪く、寿命も短いため、従来の照明をLED照明に置き換えれば、電力消費の削減と省資源化につながります。このため、さまざまな場所で全ての照明をLEDなどの持続可能な照明へ置き換えることが進められています。
 大型放射光施設「SPring-8」でも、施設の照明をLED照明に置き換えてきましたが、X線による放射線線量の高い加速器トンネル内では、放射線による影響でLED照明が極めて短い時間で故障するため、依然として蛍光灯を使用せざるを得ず、LED照明への置き換えが進展しない状況が続いていました。
 一方で、放射線環境下でも長寿命で利用できる特別仕様のLED照明は開発されています。しかし、非常に高価であり、市販のLED照明を放射線環境下で利用可能にする対策が強く望まれていました。そこで、共同研究グループは、光科学基盤施設のグリーン化を推進するため、X線放射線環境下における照明のLED化に取り組みました。

研究手法と成果
 共同研究グループは、まず放射線環境下でLED照明の構成要素のどの部分が壊れて故障するのかを調べました。LED照明は、LED光源部と駆動電源部の二つの要素から構成されています。二つの要素部分の放射線線量に大きな差が生じる複数のサンプルを準備して、SPring-8蓄積リングの加速器トンネル内の放射線線量の高いエリアにおいて、故障試験を行いました。試験の結果、LED光源部ではなく、駆動電源部が壊れて故障することが分かりました。
 故障した駆動電源部を詳細に調べたところ、LED光源へ印加する直流の電圧と電流を制御するMOSFET(電界効果トランジスタの一種)が壊れていることが明らかになりました。そこで、MOSFETの故障に至る過程を理解するために、理研放射光科学研究センターのX線照射装置を用いて、動作中の駆動電源部にX線を照射しながら、電源の動作が時間的にどのように変化していくのかを、その場計測[9]により調べました。すると、放射線照射に伴い、徐々にMOSFETの漏れ電流[10]が増加し、0.1mAを超えた付近から、MOSFET素子の温度が上昇を始めました。そして、漏れ電流が1mAを超えるあたりからMOSFETの素子温度は急激に上昇し、漏れ電流が著しく増加し(熱暴走)、故障に至る過程が明らかになりました(図1)。

図1

図1 放射線量と漏れ電流、MOSFET素子の温度の関係

X線照射に伴い、その場計測による漏れ電流(赤)は徐々に増加し、0.1mA(10-4A)を超えた付近から、MOSFET素子の温度が上がり始めた。1mA(10-3A)を超えるあたりで温度は急激に上昇し、熱暴走状態となり、160℃近くまで上昇した。高精度計測による漏れ電流(緑)では、その場計測よりも早い段階から漏れ電流が増加した。

 熱暴走は照明を常時オン(電源をオン)にしている状況で発生することから、次に電源オフの条件でも放射線照射中に漏れ電流が電源オンのときと同じように増加していくか調べました。この試験では、漏れ電流を測定するときだけ照明をオン(電源をオン)にし、漏れ電流を計測しました。その結果、漏れ電流の増加は大きく抑えられ、照明オンの場合の10倍を超える放射線を照射してもLED照明が正常に動作することが分かりました(図2)。

図2

図2 LED照明がオンとオフの場合の放射線照射によるMOSFETの劣化の違い

LED照明オフの場合は、照明オンの場合に比べ漏れ電流の増加が緩やかで、放射線照射線量が6000Gyを超えても故障しない。

 この結果から、LED照明の駆動電源部を加速器トンネルの外に移設する、もしくは熱暴走を起こさないように使用時だけ照明をオンするという簡単な対策により、市販のLED照明を使用できることが明らかになりました。

今後の期待
 今回見いだした対策により、光源部と電源部が分離したLED照明だけでなく、一体型のものまで、市販のLED照明がX線放射線環境下で通常通り使用可能になります。この成果を取り入れ、現在仙台市の東北大学新青葉山キャンパスに建設中の3GeV次世代放射光施設では、分離型のLED照明を導入しました。SPring-8では一体型LED照明の導入を検討しています。
 本成果は、世界中の同様な光基盤研究施設におけるLED照明の導入を促進するものと期待できます。


補足説明

[1] LED照明
LED照明とは発光ダイオードを用いた白色照明の総称。1993年に青色LEDが実用化され、1996年に黄色の蛍光体と組み合わせて、初めて白色に光るLEDが完成した。温度が上がらない、光への変換効率が高い、高速で応答する、寿命が長いなど、多くのメリットがあり、近年照明としての活用が注目されている。LEDはLight Emitting Diodeの略。

[2] 3GeV次世代放射光施設
軟X線からテンダーX線までの比較的低エネルギーのX線波長領域で、高輝度の光を提供できる低エミッタンス蓄積リング型放射光光源。仙台市の東北大学新青葉山キャンパスに建設が進められている。令和6年4月から利用実験が開始される予定。

[3] 大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[4] X線照射装置
陰極から出た電子線を陽極のターゲットに衝突させてX線を発生させ、さまざまな用途に使用する装置。

[5] MOSFET
電界効果トランジスタ(FET:Field-Effect Transistor)の一種で、LSI(大規模集積回路)の中では最も一般的に使用されている構造である。材質としては、シリコンを使用するものが一般である。MOSFETはMetal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistorの略。

[6] 熱暴走
化学や回路設計の分野で用いられる用語で、発熱がさらなる発熱を招くという正のフィードバックにより、温度の制御ができなくなる現象、あるいはそのような状態のこと。

[7] 持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

[8] カーボンニュートラル
温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること。2020年10月、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言した。

[9] その場計測
計測の容易さから、観察する対象を分解するなどの加工を施して目的の物理量を計測する手法に対して、その場(In Situ)計測は、観察対象を保った非破壊のまま、実際の動作状態もしくは、現象が起こっているその場で目的の物理量を計測する手法。実際の動作や現象で生じる変化や挙動を調べられる。

[10] 漏れ電流
電子回路で、理論上は電流が流れない(絶縁されている)箇所や経路で漏れ出す電流のこと。


共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター 先端放射光施設開発研究部門
 SPring-8改修検討グループ
  グループディレクター 田中 均 (タナカ・ヒトシ)
  研究員 稲垣 隆宏 (イナガキ・タカヒロ)
 制御情報・データ創出基盤グループ
  研究員 福井 達 (フクイ・トオル)
高輝度光科学研究センター 加速器部門
  部門長 渡部 貴宏 (ワタナベ・タカヒロ)
 加速器機器グループ 高周波チーム
  主幹研究員 近藤 力 (コンドウ・チカラ)
 ビームライン技術推進室 放射線遮蔽チーム
  主幹研究員 糸賀 俊朗 (イトガ・トシロウ)
量子科学技術研究開発機構 次世代放射光施設整備開発センター
 高輝度放射光研究開発部 加速器グループ
  グループリーダー 西森 信行 (ニシモリ・ノブユキ)
  主任技術員 保坂 勇志 (ホサカ・ユウジ)
スプリングエイトサービス株式会社 事業部 加速器技術課
  課長 田中 信一郎(タナカ・シンイチロウ)
  課員 中澤 伸侯 (ナカザワ・シンゴ)
  課員 勢納 敏雄 (セノウ・トシオ)



 

発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 放射光科学研究センター 先端放射光施設開発研究部門
SPring-8改修検討グループ
 グループディレクター 田中 均 (タナカ・ヒトシ)

高輝度光科学研究センター 加速器部門
 部門長 渡部 貴宏 (ワタナベ・タカヒロ)

量子科学技術研究開発機構 次世代放射光施設整備開発センター
   高輝度放射光研究開発部 加速器グループ
  グループリーダー 西森 信行 (ニシモリ・ノブユキ)

<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
 E-mail:ex-pressatriken.jp

量子科学技術研究開発機構 経営企画部 広報課
 TEL:043-206-3062 FAX:043-206-4062
 E-mail:infoatqst.go.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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