大型放射光施設 SPring-8

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水素の影響を受けない新しい高強度アルミニウムの創製~材料を強化するナノ粒子の「切り替え」~(プレスリリース)

公開日
2022年11月18日
  • BL20XU(医学・イメージングII)

2022年11月18日
九州大学
岩手大学
京都大学
科学技術振興機構
高輝度光科学研究センター

ポイント
① 金属に水素が入り込むと、その強度や延性が低下する水素脆化や、長期間使用したときに水素がアルミニウムを突然破壊する応力腐食割れと呼ばれる現象が生じる。本研究グループは、高強度アルミニウムに一般的に用いられるナノ粒子(η)が水素で損傷を受けることを最近報告している。
② この防止のため、アルミニウムの強度をかなり落とした状態で使う、特定の元素を添加して粒子を形成するなどの方法が実用的に用いられる。いずれも水素脆化の防止効果はある程度得られるものの、アルミニウムの強度や靱性(粘さ)を犠牲にせざるを得なかった。
③ 今回、ηとは異なるナノ粒子であるTナノ粒子が水素を大量に吸蔵することを発見した。ηナノ粒子の一部をTナノ粒子に置き換えるだけで、アルミニウムの強度などを犠牲にすることなく、水素によって脆化しない高強度アルミニウムを創成することができることを見出した。

 高強度アルミニウム合金には、水素脆化(※1)応力腐食割れ(※2)などの現象が生じて材料に環境の悪影響があり、また長期間使用する時の信頼性も問題になります。アルミニウムをさらに高強度化しようとすると、これらの現象が著しく生じ、高強度化が阻まれていました。
 九州大学大学院工学研究院の戸田裕之主幹教授、ワンヤフェイ特任助教、岩手大学の清水一行助教らは、原子レベルのシミュレーションを行い、これまで実用されていなかったナノ粒子(T相と呼ばれる)がその内部に水素を強力かつ大量に吸蔵できることを発見しました。また、現在アルミニウムの強化のために用いられているナノ粒子(η:イータと呼ばれる)の一部をTナノ粒子に置き換えることで、水素脆化などが有効に防止できました。これにより、アルミニウムの強度や靱性などを犠牲にすることなしに、水素によって脆化しない高強度アルミニウムを創成することができました。
 さらに研究グループは、高輝度光科学研究センターや京都大学の研究グループと共同で大型放射光施設SPring-8(※3)の高分解能X線CT(※4)を用いた実験を行い、高強度アルミニウム合金の破壊過程を4D(※5)観察することでシミュレーションの結果を検証しました。得られた画像に高度な画像解析を施すことで、アルミニウム中の水素の分布を精密に求めました。従来の高強度アルミニウムでは、水素がηナノ粒子の表面に集中して材料の損傷をもたらしていました。しかし、ηナノ粒子の一部をTナノ粒子に置き換えた場合、Tナノ粒子の内部に水素が大量に蓄えられ、これと引き替えにηナノ粒子に引きつけられる水素が劇的に減少しました。これにより、水素脆化の発生を効果的に防止することができました。また、仮に水素脆化により亀裂が発生したとしても、破壊の進行を強力に抑えることができました。これらは、水素によって脆化しない高強度アルミニウムを実現するための鍵を握る、重要な物理メカニズムです。
 Tナノ粒子の生成には新たな元素の添加は必要とせず、特殊な装置を用いることもありません。以前から用いられている安価な合金元素であるマグネシウムの濃度を現在より少し増やすか、熱処理の温度を少し引き上げるなどだけでηナノ粒子の一部をTナノ粒子に「切り替える」ことができます。したがって、Tナノ粒子の利用は、工業的にも実用可能な技術になると期待されます。
 この研究成果は、11月18日(金)午後7時(日本時間)に国際誌『Nature Communications』に掲載されました。

【論文情報】
掲載誌:Nature Communications
タイトル:Switching nanoprecipitates to resist hydrogen embrittlement in high-strength aluminum alloys
(和訳:高強度アルミニウム合金における耐水素脆化ナノ粒子への切り替え)
著者名:Yafei Wang, Bhupendra Sharma, Yuantao Xu, Kazuyuki Shimizu, Hiro Fujihara, Kyosuke Hirayama, Akihisa Takeuchi, Masayuki Uesugi, Guangxu Cheng, Hiroyuki Toda
DOI:10.1038/s41467-022-34628-4

【研究の背景と経緯】
 図1の様に、アルミニウムの強度は長らく大幅には向上していません。これは、鉄鋼の強度が飛躍的に向上しているのとは対照的です。例えば、超々ジュラルミンは最高レベルの強度を持つアルミニウムですが、添加する亜鉛量を増やせば強度がさらに増すことは、以前から知られていました。しかし、それでは水素脆化や応力腐食割れが生じ、実用に耐えられませんでした。水素が材料の強度に及ぼす悪影響を取り除くことができれば、アルミニウムの信頼性の大幅な向上だけではなく、その超高強度化にもつながります。しかし、水素は最も小さな元素で、その存在を可視化したり解析したりすることは、非常に困難です。そのため、水素脆化などのメカニズムや、それに基づいた防止策は、これまで明らかにされていませんでした。
 では、水素を取り除けば良いと思われるかも知れません。しかし、図2に示す様に、アルミニウムの液体と固体では水素が溶ける量が20倍近く異なるため、固体のアルミニウムには多量の水素が含まれます。しかも、アルミニウム表面の強固な酸化物膜のため、水素を除去することも容易ではありません。そこで、たとえ水素が含まれていても水素脆化などが生じないアルミニウムが望まれていました。
 ところで、超々ジュラルミンなどの高強度アルミニウムは、η(イータ)と呼ばれるナノ粒子によってその高強度が発現されます。ところが、本研究により、ηナノ粒子は水素により自発的に破壊するという特異な損傷挙動を示し、高強度アルミニウムの水素脆化などを引き起こしていたのです。そこで、ηナノ粒子に代わるナノ粒子でアルミニウムを強化できないか探索しました。

図1

図1 金属材料の強度向上の歴史


図2

図2 アルミニウム(図中Al)、鉄(Fe)、銅(Cu)への水素の溶解度(水素が金属にどのくらい溶けるか)。アルミニウムのみがその融点(670℃程度)で水素の溶解度が大きく変化するため、固体のアルミニウムには水素が多量に含まれる。黄色のバンドは、実用されているアルミニウムの常温での水素濃度。固体のアルミニウムに含まれた多量の水素は、除去もできない

【研究の内容と成果】
 研究グループは、九州大学のスーパーコンピューターITO(イト)を用いた原子シミュレーションを駆使し、T相と呼ばれるナノ粒子が水素を引き付け易いことを発見しました。専門的には、水素トラップエネルギーがηナノ粒子で0.35~0.55 eVなのに対し、Tナノ粒子では最大0.6 eVと大きな値を取り、より強力に水素を引き付けます(エレクトロンボルト(eV)は、エネルギーの単位)。図3のfは、シミュレーションに用いた原子モデルです。

図3

図3 従来の高強度アルミニウム(LT材)とTナノ粒子を含むアルミニウム(HT材)を対象に、ナノ粒子を電子顕微鏡(a~e)や三次元アトムプローブ法(g~i)を用い、原子レベルで観察したもの。fは、原子レベルシミュレーションのモデルと計算結果(水素をトラップできるサイトの場所とトラップエネルギー)をあわせたもの。


図4

図4 大型放射光施設SPring-8の4D観察技法で観察した高強度アルミニウムの水素脆化挙動。
Tナノ粒子がある場合(HT)とない場合(LT)の比較。aは、引張試験時の応力と歪みの関係。bは、水素量の分析。d~mは、亀裂(黄色)進展の様子の比較。cは、それから計測した亀裂拡大の速度の比較。

 Tナノ粒子は、実用されているアルミニウムにはこれまで利用されていませんでした。本研究グループは、わずかな製造条件の変更で、ηナノ粒子をTナノ粒子に「切り替え」られることを示しました。例えば、この論文の例では、アルミニウムの5つある加工・加熱プロセスの内、最後の1つ、つまり時効処理の温度を120℃から150℃に30℃上げるだけで、ηナノ粒子の約半数がTナノ粒子に置き換わりました。図3のa~dは、原子が見えるレベルの高分解能の電子顕微鏡像で、またg~hは三次元アトムプローブと呼ばれる原子レベルの三次元観察技術を用い、ナノ粒子を観察したものです。元の高強度アルミニウム(LT材:図3のaとb)と比べ、約半数のηナノ粒子がTナノ粒子に置き換えられています(HT材:図3のcとd)。
研究グループは、次にアルミニウム合金中の水素濃度を極限的に高めた後、大型放射光施設SPring-8でのBL20XUにおける4D観察でTナノ粒子がある場合とない場合のアルミニウムの水素脆化挙動を調べました。図4は、従来の高強度アルミニウム(LT材)とTナノ粒子を含むアルミニウム(HT材)の水素脆化の挙動を比較したものです。両者は同程度水素を含んでいますが(図4b)、一部をTナノ粒子に切り替えることで、水素脆化が強力に抑えられています(図4a)。また、図図4d~mは、SPring-8のX線CTによる亀裂の拡大挙動の4D観察結果を示します。図4cは、亀裂の拡大速度の比較です。これから、たとえ水素脆化による亀裂が発生したとしても、その進行は、Tナノ粒子により強力に抑止されることが分かります。

図5

図5 従来の高強度アルミニウム(LT材)とTナノ粒子を含むアルミニウム(HT材)中に存在するηナノ粒子の水素量を比較したもの

 

 研究グループは、原子シミュレーションとSPring-8の4D観察の結果を組み合わせることで、Tナノ粒子の効果を定量的に調べました。Tナノ粒子を導入することで、水素脆化の原因となるηナノ粒子に引き付けられる水素量が約1/1000(LT材の場合の0.11%)に激減しました(図5)。これは、ηナノ粒子がその表面のみで二次元的に水素を吸収するのに対し、Tナノ粒子は粒子内部全体が三次元的に水素を吸収するため、非常に大きな水素吸収効果を有するためです。そのため、ηナノ粒子とTナノ粒子を同じ割合にした場合(HT材)でも、図6(赤字:ηナノ粒子、青字:Tナノ粒子)に示す様に、Tナノ粒子が引き付ける水素は、ηナノ粒子の約15倍と非常に多くなりました。
 これらの発見は、今回の論文投稿と平行し、特許としても出願されています(「アルミニウム合金材の水素脆化防止方法および水素脆化防止剤」、令和4年4月6日出願、発明者:戸田裕之、清水一行等)。

【今後の展開】
 ηナノ粒子は化学式でMgZn2の組成を持ち、マグネシウムと亜鉛からなるのに対し、Tナノ粒子はAl2Mg3Zn3であり、元々材料中に含まれるアルミニウムがηナノ粒子の組成に加わったものです。一般に、Tナノ粒子の生成には、特殊な元素を必要としません。また、様々なアルミニウムを研究室で試作した結果、現在使われているアルミニウムで熱処理の温度を若干高める(方法①)だけで、Tナノ粒子が生成することが分かっています。また、さらに多くのTナノ粒子を生成させたい時には、マグネシウム濃度を少し高める(方法②)か、銅などを少量添加する(方法③)と良いことも分かっています。マグネシウムと銅は、多くのアルミニウム合金にすでに添加されている元素であり、これら①~③の処理は、コスト的にも装置的にも容易に実現できるものです。よって、今回見出した「水素の影響を受けない新しい高強度アルミニウム」は、工業的にも実施し易い技術と言えます。この技術は、アルミニウムの信頼性を長期間にわたって保証するのに非常に有効で、高強度アルミニウムのさらなる高強度化をも可能にします。したがって、カーボンニュートラル時代に航空機、新幹線、自動車といった各種輸送用機器などで加速する軽量化を実現するため、その重要な手段になるものと期待されます。

図6

図6 従来の高強度アルミニウム(LT材)とTナノ粒子を含むアルミニウム(HT材)の様々なミクロ・ナノ組織の吸収水素量(左図)、およびそのミクロ・ナノ組織の水素原子による占有率(右図)。赤字のηナノ粒子と青字のTナノ粒子を比較する。



【用語解説】

(※1)水素脆化
金属材料に水素が入り、破壊が促進されて強度が低下するなどし、伸びが減少する現象。アルミニウム合金や鉄鋼材料をはじめ、多くの金属材料で報告されています。そのメカニズムには不明な点が多く、未だに多くの研究者が精力的に研究に取り組んでいます。

(※2)応力腐食割れ
特定の環境中において、比較的低い力しかかかっていないにもかかわらず、数ヶ月から数年、時として数十年の期間を経て、金属が突然割れる現象。ステンレスは塩素、黄銅はアンモニアなどと特定の材料と環境との組み合わせで生じるが、アルミニウムは空気中の湿気だけで生じるため、応力腐食割れが生じ易い材料と言えます。

(※3)SPring-8
理化学研究所が所有する、播磨科学公園都市(兵庫県)にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。JASRIが利用者支援などを行う。放射光とは、電子を光速とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、超強力な電磁波のことです。SPring-8では世界最大のX線顕微鏡が構築されており、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど放射光を用いた最先端の研究が行われています。

(※4)CT
Computed Tomography(コンピューター断断層撮影法)の略語。病院では骨や臓器を3Dで観察するのに用いられます。一方、SPring-8では、金属材料の組織の超高分解能3D観察が可能で、病院のCT装置に比べて、千~1万倍も高い解像度での観察ができます。

(※5)4D
四次元。3D(三次元)に時間軸を足したものです。4D観察は、一眼レフカメラの連写の様に3D画像を連続的に取得することです。現実の物体は全て3Dであり、4D観察ではその変化を克明に記録することができるため、様々な現象の理解や解明に非常に有効な手段となります。

【謝辞】
 本研究は、JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)CREST、JPMJCR1995の支援を受けたものです。また、本研究の一部は、JSPS科研費 JP21H04624の助成を受けています。

【研究グループ】
九州大学大学院工学研究院 機械工学部門  主幹教授  戸田 裕之 (トダ ヒロユキ)
助教 藤原 比呂 (フジハラ ヒロ)
特任助教 Wang Yafei (ワン ヤフェイ)
特任助教 Sharma Bhupendra (シャーマ ブペンドラ)
特任助教  Xu Yuantao (シー ユアンタオ)
岩手大学 理工学部 物理・材料理工学科 助教 清水 一行 (シミズ カズユキ)
京都大学 大学院工学研究科 材料工学専攻  助教 平山 恭介 (ヒラヤマ キョウスケ)
高輝度光科学研究センター 散乱・イメージング推進室 顕微・動的画像計測チーム 
主幹研究員   竹内 晃久 (タケウチ アキヒサ)
主幹研究員   上椙 真之 (ウエスギ マサユキ)
西安交通大学 化学プロセスおよび技術学部   教授 Guangxu Cheng (グアンシー チェン)



お問い合わせ
<研究に関すること>
九州大学工学研究院 機械工学部門 主幹教授 戸田 裕之(トダ ヒロユキ)
TEL:092-802-3246 FAX:092-802-0001
Mail:todaatmech.kyushu-u.ac.jp

<報道に関すること>
九州大学 広報室
TEL:092-802-2130 FAX:092-802-2139
Mail:kohoatjimu.kyushu-u.ac.jp

岩手大学 総務広報課広報グループ
TEL:019-621-6015 FAX:019-621-6014
Mail:kkohoatiwate-u.ac.jp

京都大学 総務部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX: 075-753-2094
Mail:commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
Mail:jstkohoatjst.go.jp

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(シマバヤシ ユウコ)
TEL:03-3512-3531 FAX:03-3222-2066
Mail:crestatjst.go.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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