大型放射光施設 SPring-8

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基礎物性から迫る抗菌性ゼオライトの秘密(プレスリリース)

公開日
2023年06月28日
  • BL13XU(X線回折・散乱 I)

2023年6月28日
熊本大学
              弘前大学
京都大学
高輝度光科学研究センター
高エネルギー加速器研究機構

(ポイント)
・銀を含むゼオライトは、高い抗菌性と複雑な構造を持つ絶縁体で、比較的簡単に安価に作製することができますが、その抗菌性のメカニズムは明らかになっていませんでした。
・放射光を用いて原子構造と電子状態の基礎物性を明らかにし、得られた実験結果を、密度汎関数法による理論計算によって精密に再現することができました。
・解析の結果、ゼオライト中の銀はおよそ0.5価と電子的に不安定な状態であり、フリーラジカルとして細菌細胞を破壊することで高い抗菌性を持つことがわかりました。

 熊本大学産業ナノマテリアル研究所の細川伸也特任教授、小林健太郎科研研究員(現:島根大学)、先端科学研究部の高良明英技術職員および下條冬樹教授は、弘前大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所、京都大学、物質・材料研究機構(NIMS)、高輝度光科学研究センター(JASRI)並びに東京大学の研究者と協力して、抗菌性を持つ銀含有ゼオライト(注1)の機能の起源の解明に基礎物性の立場から取り組みました。分析には放射光X線を利用したX線回折実験(注2)並びに軟X線分光実験(注3)、および密度汎関数(DFT)法による理論計算(注4)を組み合わせました。  この研究により、これまで不明であった抗菌性のメカニズム、すなわち0.5価という中途半端な価数になっている銀がフリーラジカル(注5)として細菌細胞を破壊することを見出しました。  この研究成果は、これまで経験的にしか語られることがなかった機能性ゼオライトに一定の指針を与えることができ、今後のゼオライト材料の新規材料開発に新たな指針を与えるものとして期待されます。  本研究は文部科学省科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「超秩序構造科学」および基盤研究(C)、科学技術振興機構CRESTの支援を受けて実施されたもので、科学雑誌「Microporous and Mesoporous Materials」に令和5年6月6日掲載され、6月21日に発刊されました。

(論文情報)
論文名:Atomic and electronic structures of an Ag-containing 4A zeolite
著者:Shinya Hosokawa, Kentaro Kobayashi, Akihide Koura, Fuyuki Shimojo, Yasuhisa Tezuka, Jun-ichi Adachi, Yohei Onodera, Shinji Kohara, Hiroo Tajiri, Anand Chokkalingam, Toru Wakihara
掲載誌:Microporous and Mesoporous Materials
DOI: 10.1016/j.micromeso.2023.112662
URL:https://doi.org/10.1016/j.micromeso.2023.112662

[背景]
 ゼオライトは、自然が作る機能性材料として古くから用いられてきています。図1のように、ゼオライトは主としてシリコンやアルミニウムの酸化物により構成されています。結晶中には直径数ナノメートル程度の空洞が縦横に張り巡らされています。その応用範囲は、分子を空洞の大きさによって分ける分子ふるいや、土壌の改良材、水分や二酸化炭素、放射性セシウムの吸着材などとしての古典的利用にとどまらず、近年は高耐久性排ガス処理触媒、石油化学触媒や抗菌剤など多岐にわたります。世界での生産量は年間200万トンを越え、もはやゼオライトなしには人類の生活は成り立ちません。
 本研究で対象とした銀を含むゼオライトは、人体には無害であるにもかかわらず、細菌細胞を破壊する機能があり、安価で衛生学的に有効な材料です。特に発展途上国での疾病病原菌の抑制に大きな力を発揮しています。ゼオライトの機能の高度化を考える上で、その基礎物性の研究は非常に重要ですが、ゼオライトは骨格、空洞、包摂原子グループの3つの階層があり、構造学的に非常に複雑である上に、ゼオライトが絶縁体であるために、電子状態の解明に通常用いられる光電子分光などの方法を容易に用いることができません。そのため、ゼオライトの応用が進んでいるのにかかわらず、その物性の理解やそれを基盤とした機能の高度化は必ずしも順調とは言えません。

図1

図1:ゼオライト構造の概略

[研究の内容]
 今回の研究では、近年ゼオライトなどの複雑な結晶の原子構造を観測するのに有力な、大型放射光施設SPring-8(注6)のBL13XUにおける放射光(高エネルギーX線)を用いたX線回折(HEXRD)法を用いて実験を行いました。得られた結果は、広い波数(Q)遷移にわたるため、フーリエ変換によって求められる実空間の情報、例えば原子間距離や結合角の精密な情報が得られます。また、電子状態の観測は、絶縁体物質の測定が可能で元素および軌道量子数選択性のある軟X線吸収(SXAS)および発光分光(SXES)を用い、KEKフォトンファクトリー(注7)BL-13Aで行いました。これらの実験結果は、DFT計算を行うことにより理論的に極めてよく再現されることがわかりました。またさらに計算結果から、銀の電荷が0.5価と非常に特異な状況にあることがわかりました。これは銀原子がフリーラジカルとして、細菌細胞を酸化させて抗菌性を示すことを極めてよく説明できています。

[成果]

図2

図2:DFT計算によって得られた銀を含む4Aゼオライトの原子配置

 図2に、今回行ったDFT計算によって得られた、銀を含む4A型ゼオライト(Ag4A、(Ag0.1Na0.9)2O ·Al2O3 ·2SiO2)の原子構造を模式的に示します。元素の種類は図の下に記載してあります。シリコン(Si)、アルミニウム(Al)および酸素(O)からなるゼオライトの骨格部分の原子位置は以前に行われたX線回折(XRD)の結果をよく再現しています。ナトリウム(Na)および銀(Ag)イオンの位置は、骨格と結合を組むほど近くはなく、XRDの結果とは異なっています。特に銀は大きな空洞内から側孔方向にかなり移動している様子がよくわかります。

 ここでHEXRD実験から求めた原子構造とDFT計算の結果を比較してみます。図3の(a)および(b)はそれぞれ銀を含まないおよび含む4A型ゼオライト(Na4AおよびAg4A)の二体分布関数g(r)(注2)を示します。銀の添加により、0.28 nmの付近に変化が現れています。この結果を(c)に示すDFT計算の結果と比較してみますと、確かにその付近にAg-Oに関係するピークを見ることができます。

図3

図3:HEXRDで求めた(a)銀を含まない、および(b)含む4A型ゼオライトのg(r)および(c)DFT計算によって得られた結果

 図4に(a)Na4Aおよび(b)Ag4Aゼオライトの酸素2p SXESの実験結果すなわち酸素2p価電子帯部分DOS(伝導帯状態密度)を示します。スペクトルは525.5電子ボルト(eV)付近の大きなピークと524-518 eV付近にある小さなピークや肩からできており、前者は酸素の孤立電子対、後者は酸素とシリコンやアルミニウムとのsp3共有結合バンドによって構成されていることを容易に想像することができます。銀を添加してもSXESスペクトルにほとんど変化が起こらないことから、銀は酸素とほとんど結合がないことが、電子構造の情報からもわかります。(c)および(d)はそれぞれNa4AおよびAg4AゼオライトのDFT計算による酸素2p部分DOSの結果を示します。多少形状に違いはありますが、理論計算の結果はSXES実験の結果を非常によく再現しています。

図4

図4:(a)Na4Aおよび(b)Ag4AゼオライトのSXESの結果。(c)Na4Aおよび(d) Ag4AゼオライトのDFT計算によって求めたO 2p 部分DOS。

 最後にDFT計算で求めた電子状態から得られた、それぞれの元素が持つ価数を図5に示します。この結果、銀がおよそ0.5価であることがわかりました。銀は純粋金属中では0価、酸化物中では1価ですので、非常に特異な価数状態になっていて、フリーラジカルとして細菌を死滅させる効果があります。このような価数状態は、銀原子が10個程度集まったナノパーティクル状態でも実現することが知られており、この状態でもフリーラジカルとして抗菌性を持つことがわかっています。

図5

図5:元素の価数とその分布

[展開]
 今回、放射光施設を有効に用い、また多くの大学、研究施設と共同研究を行うことにより、一つの機能性ゼオライトについて、原子配列や電子状態を実験的に探索することができました。さらにDFT理論を用いることにより、これまでよく見えなかった原子の並び方や電子状態の特徴に踏み込んだ研究を行うことができました。これにより、抗菌性ゼオライトの機能のメカニズムを解明することができました。
 今後は、遷移金属を含むゼオライトの排ガス純化触媒機能について、実験および理論計算を組み合わせて行うことにより、メカニズムを明らかにすることを目指しています。
 また、今回の研究で分かった研究上の大きな問題は、ゼオライトの単位格子に含まれる原子数が600個を超えることです。大学のコンピュータではこれだけの大きさの計算を正確に行うことが難しいので、今後は自然科学研究機構(NINS)の研究者と共同でスーパーコンピュータ「富岳」の利用を行い、共同研究の範囲をさらに広げていきたいと考えています。


【用語解説】

(注1)抗菌性を持つ銀含有ゼオライト
通常のゼオライトの空孔中にはナトリウムあるいはアルカリ金属イオンが存在して、ゼオライトの電荷中性を保っていると考えられていますが、例えば硝酸銀水溶液に浸潤させることにより、銀イオンとアルカリ金属イオンの置換が10%程度起こり、銀を含むゼオライトを比較的簡単に、安価に作製することができます。銀に抗菌性があることは古くから知られており、ゼオライト中に銀を含むことでその機能が大きく向上しますが、そのメカニズムについては明らかではありませんでした。

図6

図6:軟X線吸収、
発光分光の原理

(注2)X線回折実験
 X線回折はX線が発見された直後の20世紀の初頭から用いられている物質の原子配列を測定する基礎的な手法です。一般的には、研究室に設置した銅などをターゲットとしたX線管球を用いて、測定できる回折ピーク(ブラッグピーク)の観測角度から、結晶の種類やその格子定数を求める実験が一般的ですが、ゼオライトの場合には結晶が非常に複雑であることを反映して、とても多くのピークが重畳して観測されます。
 今回用いた手法HEXRDは、高エネルギーX線を用いて、なるべく広いQ遷移範囲の情報を得て、フーリエ変換により主として実空間の原子間距離や結合角の情報を得るものです。この手法を二体分布関数(pdf)法と呼びます。

(注3)軟X線分光実験
 図6に酸素を例として、軟X線を用いた分光法の原理を説明します。
 物質に軟X線(酸素の場合530 eVを超えるエネルギー)を照射すると、酸素の1s電子を物質の酸素2p空電子状態に励起させることができます。それを利用する軟X線吸収分光(SXAS)では、主として酸素2p電子の伝導帯状態密度(DOS)の情報を得ることができます。
 一方、酸素の1s状態が空になるため、物質中の価電子状態に存在する酸素2p電子が1s状態に緩和すると同時にそのエネルギー差に対応する軟X線を放出する現象を利用するのが軟X線発光分光(SXES)で、価電子帯のDOSの情報を得ることができます。
 いずれの分光法も、軌道角運動量量子数が1つ異なる状態に励起、緩和する遷移選択則があるため、それらの結果には軌道角運動量選択性があります。また、1s電子は酸素原子の原子核近くにしか存在できませんので電子遷移の対象は酸素2p電子に限られることから、元素選択性もあります。さらに試料が帯電してもスペクトルに影響しないので、絶縁体試料にも用いることができることが大きな特徴です。

(注4)密度汎関数法による理論計算
 密度汎関数理論(DFT)は電子系のエネルギーなどの物性を電子密度から計算する理論です。すなわち、DFTは物理や化学の分野で、原子、分子、凝集系などの多体電子系の電子状態あるいは最も安定な原子位置を調べるために用いられる量子力学の手法で、現在もっとも使われている汎用性の高い手法です。この理論では多体系の全ての物理量は空間的に変化する電子密度の汎関数(すなわち関数の関数)として表され、名前はそこに由来しています。DFTは第一原理計算の一つとして分類される、経験的なポテンシャルなどを用いない計算手段の一つです。最近の理論研究に多く用いられるCar-Parrinelloの分子動力学計算には、電子状態の計算に提唱された当初からDFT計算が含まれています。

(注5)フリーラジカル
 通常分子の中の電子は、共有結合などにより2つが対をなして安定して存在しています。ところがその電子が対をなさず、ひとつだけ離れて存在することがあります。このような電子を持つ原子や分子をフリーラジカルと呼びます。フリーラジカルはまわりの原子から電子を奪って安定になろうとします。つまり、相手の物質を酸化する力が強く、その代表は活性酸素です。銀元素は通常1価で存在するのですが、本研究が示すようにゼオライト中ではおよそ0.5価です。細菌細胞から足りない電子を奪う、すなわち酸化させようとするため、細菌にとっては極めて危険な物質といえます。同様な現象は銀のナノパーティクルにも見ることができますが、製造が難しくしかも高価です。

(注6)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。

(注7)フォトンファクトリー
 「光の工場」という意味の愛称で知られる、KEK のつくばキャンパスにある放射光実験施設です。X線領域では日本で最初の放射光専用加速器で、1982年に運転を開始し、数度の改造を経て放射光の高輝度化を図ってきました。国内外の大学等から年間 3000人を超える研究者が訪れ利用しています。



 

【お問い合わせ先】
熊本大学産業ナノマテリアル研究所
担当:特任教授 細川伸也
 TEL:096-342-3806
 e-mail:shhosokawaatkumamoto-u.ac.jp

弘前大学理工学研究科
担当:准教授 手塚 泰久
 TEL:0172-39-3642
 e-mail:tezukaathirosaki-u.ac.jp

高輝度光科学研究センター
担当:主幹研究員 田尻寛男
 TEL:0791-58-2785
 e-mail:tjiriatspring8.or.jp

<報道に関するお問い合わせ先>
熊本大学 広報戦略室
 TEL:096-342-3271
 e-mail:sos-kohoatjimu.kumamoto-u.ac.jp

京都大学 渉外部広報課国際広報室
 TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
 e-mail:commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構広報室
 TEL:029-879-6047
 e-mail:pressatkek.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp