大型放射光施設 SPring-8

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独自開発の高温高圧実験技術により、マントル中部の特異な対流現象を解明 ~原因はマントルに含まれる鉱物の相転移だった!~(プレスリリース)

公開日
2023年08月04日
  • BL04B1(高温高圧)

2023年8月4日
岡山大学
高輝度光科学研究センター

発表のポイント
・研究グループが独自に開発した高温高圧実験技術により、マントル鉱物ガーネットの高圧相転移圧力の温度依存性が、温度上昇に伴い負から正に変化することを発見しました。
・この正負逆転現象はマントル相転移の常識を覆し、プレートの沈み込みを抑制し、かつプリュームの上昇を促進する2つの役割を担うことを示しています。
・マントル中部で、沈み込んだプレートの滞留やマントル最深部から上昇したプリュームが観測できなくなる原因を説明できることが分かりました。

 岡山大学惑星物質研究所の石井貴之准教授、ドイツ連邦共和国バイロイト大学バイエルン地球科学研究所の桂智男教授を始めとする研究グループと、高輝度光科学研究センター、中華人民共和国北京高圧科学研究センター、北京大学、東北大学の研究グループからなる国際共同研究チームは、独自に開発した世界最高精度の高温高圧実験技術により、マントル主要鉱物ガーネットのブリッジマナイトへの高圧相転移(ポストガーネット転移)圧力の温度依存性を精密に決定しました。この研究成果は7月27日(現地時間)、英国の地球科学雑誌「Nature Geoscience」にArticleとして掲載されました。
 深さ660~1000 kmで、沈み込むプレートが滞留したり、深部から上昇してきたプリュームが突然見えなくなったりすることが観測されていますが、その原因はこれまで明らかになっていませんでした。今回決定したポストガーネット転移圧力の温度依存性は、温度とともに負から正へと変化し、他のマントル鉱物にはない特異な性質を持つことが分かりました。この性質は、低温のプレートの進行を妨げ、高温のプリュームの上昇を促進します。これにより、上記のプレート滞留とプリューム不可視化がポストガーネット転移によって起こっている可能性を示しました。

論文情報
論文名:Buoyancy of slabs and plumes enhanced by curved post-garnet phase boundary
掲載紙:Nature geoscience
著者:Takayuki Ishii, Daniel J. Frost, Eun Jeong Kim, Artem Chanyshev, Keisuke Nishida, Biao Wang, Rintaro Ban, Jianing Xu, Jin Liu, Xiaowan Su, Yuji Higo, Yoshinori Tange, Ho-kwang Mao, Tomoo Katsura
DOI:10.1038/s41561-023-01244-w
URL:https://www.nature.com/articles/s41561-023-01244-w

<現状>
 地球は深さ平均約30 kmの地殻、深さ2900 kmまでのマントル、深さ6400 kmまでの核という3つの領域から構成されています。特に地球内部の8割以上を占めるマントルでは、沈み込むプレートや深部から上昇するプリュームが長い年月をかけて移動しています。この物質移動現象をマントル対流と呼び、マントルは地球表層-内部間での物質や熱のやり取りを担う重要な領域です。マントル対流を理解することにより、地震や火山活動、そして地球内部の化学的進化の謎を解く手がかりを得ることができます。最近の地震波トモグラフィー(1)を用いた研究により、深さ660~1000 kmで沈み込むプレートが滞留する様子やマントル最深部から上昇するプリュームが深さ1000 kmより浅い領域で突然“見えなくなる”ことが観測され注目を集めています(図1)。これらマントル中部の特異な現象の原因は未だ特定できておらず、研究者たちの頭を悩ませてきました。

<研究成果の内容>
 岡山大学惑星物質研究所の石井准教授、ドイツ連邦共和国バイロイト大学バイエルン地球科学研究所の桂教授を始めとする研究グループと、高輝度光科学研究センター、中華人民共和国北京高圧科学研究センター、北京大学、東北大学の研究グループからなる国際共同研究チームは、独自に開発してきた世界最高精度の高温高圧実験技術を駆使して、大型放射光施設SPring-8(2)のBL04B1にて、マントル鉱物パイロープガーネットのブリッジマナイト+アルミナへの高圧相転移(3)(ポストガーネット転移)圧力の温度依存性を精密に決定しました。
 今回決定したポストガーネット転移圧力の温度依存性は、温度とともに負から正へと変化するという、他のマントル鉱物にはない特異な性質を持つことがわかりました。これまで鉱物の高圧相転移圧力の温度依存性は、正か負どちらかであると考えられてきました。正の場合、対流は促進(加速)され、逆に負の場合は抑制(減速)されます。ポストガーネット転移は、低温のプレートの進行を抑制する半面、高温のプリュームの上昇を促進するという従来の常識を覆す2つの性質をもっています。このポストガーネット転移により、上記のプレート滞留とプリュームの不可視化(加速による細線化と解釈)が整合的に説明できる可能性があることがわかりました。

<社会的な意義>
 マントル対流は、私たちの生活に大きな影響を与える地震や火山活動を引き起こす原因の一つであるとともに、私たち生命の起源にも大きく関わっています。今回私たちは、数あるマントル鉱物の中でガーネットに注目し、独自の実験技術により、ガーネットの相転移がマントルの深い領域で起こる特殊な対流現象の原因である可能性を示すことができました。この技術を用いて、他のマントル鉱物の相転移についても詳細に明らかにしていくことで、マントル対流の全貌を解明することが期待されます。

図1

図1 マントル中部のプレート(a)とプリューム(b)の特異な挙動を捉えた地震波トモグラフィーによるマントル断面図の例。


図2

図2 マントル中部でのプレート・プリュームの特異な挙動のポストガーネット転移による解釈。

■研究資金
 本研究は欧州研究会議(研究資金番号:787527)、ドイツ連邦教育科学研究技術省(研究資金番号:05K16WC2)、ドイツ研究振興協会(研究資金番号:IS350/1-1)、中国国家自然科学基金委員会(研究資金番号:U1930401、42150104、92158206)の支援を受けて実施しました。


補足・用語説明

(1) 地震波トモグラフィー
地震によって発生する波を地震波といいます。地震波が伝わりやすい(伝わりにくい)物質を通ると、より短い(長い)時間で、地震波が観測点に到達します。この性質を利用して、地球内部を通る大量の地震波の到達時間を調べることで、地球内部の地震波速度分布図を作ることができます。この手法を地震波トモグラフィーといいます。これは、医療で用いられるX線コンピューター断層撮影(トモグラフィー)(CT)スキャンと同じ原理です(CTスキャンでは、物質を透過するX線の強度を使用します)。地震波はプレートのような冷たく硬い物質ほど速く、プリュームのような温かく柔らかい物質ほど遅く伝わるので、地震波速度が速い領域をプレート、遅い領域をプリュームと考えることができます。このように、地震波トモグラフィーにより、プレートやプリュームの現在の挙動をスナップショットとして見ることができます。

(2) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

(3) 高圧相転移
結晶を構成する原子は規則正しく配列していますが、圧力・温度が変化すると、全く違った配列に変化することがあります。これを相転移と言います。地球を構成する主要な鉱物は、地球深部の深さに相当する圧力で様々な相転移を起こし、より高密度の鉱物(高圧鉱物)になります。

◆研究者からのひとこと
石井准教授今回の結果は、放射光施設で2日間に及ぶ“単調”な長時間実験の中で得ることができました。私を含め、その場にいたグループメンバー全員が「もう寝たい」と思っていたはずですが、温度上昇に伴い低下していた転移圧力が、上昇し始めたことを観測したときは、一気に眠気が覚めて、ワクワクしながらこの不思議な現象をみんなで考察したことが印象に残っています。高圧をキーワードにした研究に興味があります。共同研究も大歓迎です!


 

お問い合わせ
<研究に関すること>
岡山大学 惑星物質研究所
准教授 石井貴之
 TEL:0858-43-3754 FAX:0858-43-2184
 E-mail:takayuki.ishiiatokayama-u.ac.jp

高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後祐司
 TEL:0791-58-0802(3721)
 E-mail:higoatspring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp