大型放射光施設 SPring-8

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ゲート型吸着剤はガス分子をどう取り込む? ―サブ秒でのX線回折測定が動的過程を紐解く―(プレスリリース)

公開日
2023年11月08日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
  • BL13XU(X線回折・散乱 I)

2023年11月8日
京都大学
高輝度光科学研究センター

 京都大学大学院工学研究科 坂中勇太 博士課程学生(研究当時)、平出翔太郎 同助教、菅原伊織 同修士課程学生(研究当時)、植松源 同修士課程学生、高輝度光科学研究センター(JASRI) 河口彰吾 主幹研究員、京都大学大学院工学研究科 故 宮原稔 教授、渡邉哲 同准教授らの研究グループは、従来の吸着剤とは異なる革新的な新材料(ゲート型吸着剤)がガス分子を取り込む際の動的な描像を明らかにしました。
 現在、構造に柔軟性を持つ「ゲート型吸着剤」がその特異性から注目を集めています。ゲート型吸着剤はあるしきい値となるガス圧力において、自身の骨格構造を変形することでガス分子を取り込みます。「ゲート吸着」と呼ばれるこの現象ですが、その動的な過程に対する考察はあまり進んでいませんでした。
 本研究グループは、化学反応の速度式と反応のメカニズムが密接に関係していることに着目し、構造変形速度の定式化によってゲート吸着の動的過程が解明できると考えました。そして、大型放射光施設SPring-8におけるサブ秒での粉末X線回折測定を駆使した解析により、構造変形の速度式は材料ごとに大きく異なり、その関数形から骨格構造の柔らかさやガス分子の取り込まれかたを読み解くことができることを見出しました。
 本研究の意義は、構造変形のメカニズムを明らかにしたという理学的な側面だけでなく、ガス分離システムの設計には欠かせない吸着速度を定式化したという工学的側面にもあります。本成果により、ゲート型吸着剤を活用した高効率・省エネルギーな吸着分離回収システムの実現に一歩近づいたといえます。
 本成果は、2023年11月1日10:00(現地時間)に国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Generalised analytical method unravels framework-dependent kinetics of adsorption-induced structural transition in flexible metal-organic frameworks
(参考訳:柔軟性金属有機構造体が示す吸着誘起構造転移の骨格構造に依存した速度過程を解析する汎用手法)
著者:Yuta Sakanaka, Shotaro Hiraide, Iori Sugawara, Hajime Uematsu, Shogo Kawaguchi, Minoru T. Miyahara, Satoshi Watanabe
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-023-42448-3

図

サブ秒での粉末X線回折測定がゲート吸着の動的過程を紐解く

【背景】
 温室効果ガスの一種であるCO2を分離・回収することは解決すべき重要な課題です。現在、一般的なCO2回収技術としてはアミン水溶液を用いた吸収法が挙げられますが、腐食や有害な副生物などの課題も有しており、これに代替する省エネルギーな分離技術の確立が必要です。そのひとつとして吸着分離プロセスが挙げられ、特に、柔軟性を持つ吸着剤である「ゲート型吸着剤」を用いたプロセスはその特異性から注目を集めています。ゲート型吸着剤はCO2などのガス圧力が小さいとき、ガス分子が内部に入る細孔を持っていないのに対し、あるしきい値の圧力以上になると骨格構造が変形することでガス分子を内包できる細孔が生じます。「ゲート吸着」と呼ばれるこの現象を活かした分離プロセスは、従来の吸着剤を用いた分離プロセスを刷新する可能性を秘めており、広く研究が進められています。その中で、例えば構造変形の前後で材料を構成する原子がどこに位置するかといった情報や、そもそもなぜ構造変形が生じるのかといったことが分かってきていますが、構造変形の過程でガス分子がどのように構造の中を移動するのか、構成原子はどう動いているのかといった動的な過程に対する検討はあまり進んでいませんでした(図1)。新たな分離プロセスとして実用化を目指す今、この動的な過程を知ることが重要です。しかしながら、この動的な過程を直接的に観察するためには、原子レベルの観察技術が必要であり、現在の高い分析技術を持ってしても容易ではありません。
 そこで本研究グループは、化学反応の速度式と反応のメカニズムが密接に関係していることに着目し、構造が変形していく速度を定式化することができればその式形から構造転移の動的過程を知ることができると考えました。吸着現象の速度過程として、一般的には吸着剤内部の現在のガス分子濃度と環境中の濃度の差によって速度が決定されるという線形推進力モデルなどが知られています。しかしながら、ガス分子の拡散現象と構造の変形が同時に起こるゲート型吸着剤の場合にとってこのモデルが適切かどうか検討しなければなりません。本研究グループは、ゲート吸着の速度過程を表現する式を導き出す実験・解析手法を提案し、それを活用することで複数のゲート型吸着剤の速度過程を定式化しました。そして、その式形と既にわかっているそれらの原子構造から予想されるCO2ガスの拡散経路・骨格構造の変形過程を推定しました。

図1

図1 ゲート型吸着剤の吸着挙動と明らかとなっていない動的な過程

【研究手法・成果】
 ゲート吸着の速度過程を知るためには、何らかの方法で構造が変形しガスが吸着していく過程を測定する必要があります。本研究では、その手法として大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B2において、ゲート型吸着剤の詳細な原子構造を調べるためにも活用されている粉末X線回折測定を行いました。この時、CO2ガス圧力を一定の速度で上昇させながら、500ミリ秒というごく短い時間の粉末X線回折測定を繰り返すことで、無孔構造から多孔構造へと変形していく過程を測定しました(図2)。ELM-11と呼ばれるゲート型吸着剤の一種は、温度–25℃の時、CO2ガス圧力が約10kPaを超えた時に構造が変形することがわかっていますが、昇圧させながら測定した場合にもその圧力から無孔構造を表すパターンから多孔構造を表すパターンへと変化していることがわかります。
 この構造変形過程を速度式として導出する上で、CO2ガス圧力(P)を定速で上昇させながらの測定であるという点が大きな意味を持ちます。速度式とは言い換えると、粉末X線回折のパターンから得られる構造転移した割合(α)の時間変化を意味します。実験的にこれを知るには、図のように表される関数dα/dt = f(α, P)について、様々な式を試行錯誤的に当てはめて最もフィットするものが妥当であると判断せざるを得ません。しかし本研究ではこの式に加えて、実験条件であるガス圧力の上昇速度の式も連立することができ、この式で除することによってf(α, P)について整理しやすくなります。この結果、ELM-11の構造変形過程について、経験則に頼ることなく速度式を決定することに成功しました。

図2

図2 ガス圧力を上昇させながら粉末X線回折測定を行った結果と二つの速度式を整理したことで導かれたゲート型吸着剤の構造転移速度式

 この式の(k1α + k2)(1 – α)の部分は、ELM-11の結晶構造内部で構造がどのように変形しガスが拡散しているのかを表しています。特にこの式形は、化学反応においては自触媒反応とも呼ばれている形であり、反応生成物(ここでは多孔構造となった領域)が触媒のように作用し、周囲の反応を促進していることを意味しています。ELM-11の詳細な原子構造は既に明らかとなっており、その構造からこの自己触媒作用について考察しました。ELM-11は金属イオンと有機物で構成された平板が積み重なった構造を持っており、その平板は上から見ると格子状になっています。その結果、平板の間隔を広げながら通る経路①と格子を貫きながら通る経路②の二つのガス拡散経路が存在しうることがわかりました。ここで重要なのは、経路①を通り内部に侵入したCO2は経路②を通り隣接した平板へと移動することができる点です。すると、CO2が移動してきた平板はやや移動することとなり、結果的に経路①をガスが拡散しやすい状況を生み出します。つまり、変形した構造が周囲の未変形の構造の転移を促すという自触媒効果の概念そのものを表しているといえます。以上のような検討が妥当かどうか確かめるため、MIL-53(Al)CuFBと呼ばれる骨格構造の異なるゲート型吸着剤についても同様の測定・解析を行ったところ、ELM-11とは全く異なる式形が導かれました。さらに、それらの構造と合わせて検討したところELM-11の場合と同様に式形をよく表現する拡散経路を有していることが明らかとなりました(図3)。

図2

図3 3種のゲート型吸着剤の骨格構造と想定される拡散パス、および転移速度式の違い

【波及効果、今後の予定】
 以上のように、本研究ではCO2ガスによって構造が変形する3種類のゲート型吸着剤について測定・解析を行い、速度式の導出および構造変形時のガス拡散過程を表現することに成功しました。この手法を広く活用していくことによって、ほとんど明らかとなっていなかったゲート型吸着剤が構造変形する過程の理解が進んでいくことが期待されます。例えば、構成原子がわずかに異なるゲート型吸着剤や異なるガス分子種について測定・解析することで、構造の柔軟性とガス分子の拡散経路がどのように変化するのか確かめることで実用的な速度を意識した材料開発の指針となります。こうした更に踏み込んだ解析を行うためには、より高品質な粉末X線回折データをもっと短い時間間隔(サブ秒からミリ秒へ)で測定する必要があり、現在本研究グループは、それを可能とするSPring-8 BL13XUビームラインの高分解能粉末回折装置に活動の場を移して研究を続けています。
 一方で、骨格構造という原子レベルの観点に留まらず、ゲート型吸着剤の粒子径や形状といったマクロ的な因子が今回の検討にどう影響を及ぼしているのかについても確かめる必要があります。そういった因子を調整する精密合成や計算科学的アプローチなどを含めて、今後もさらに研究を進めていくことを予定しています。

【研究プロジェクトについて】
 本研究は、日本学術振興会特別研究員奨励費(21J14297)、挑戦的研究(開拓)(21K18187)、基盤研究B(22H01848および23H03673)、JST CREST(JPMJCR1713)の支援のもと行われました。


【用語解説】

ゲート型吸着剤
ガスの圧力がある「しきい値」を超えると、構造変形し、急激にガス分子を吸着する「柔らかい」吸着剤。金属イオンと有機分子が交互に結合した構造を持つ、多孔性配位高分子(PCP)または金属有機構造体(MOF)と呼ばれる材料に多く見られます。

大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設であり、JASRIが利用者支援などを行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来し、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで、放射光を用いた幅広い研究が行われています。

粉末X線回折
粉末状の微結晶にX線を照射し、微結晶中の原子核の周りにある電子によって散乱されるX線の回折像を測定することで、結晶構造を解析する手法。

ELM-11
化学式[Cu(4,4'-bypiridine)2(BF4)2]nで表される「柔らかい」PCP/MOFであり、ゲート型吸着剤の一種。

MIL-53(Al)
化学式[Al(OH)(1,4-benzendicarboxylate)]nで表される「柔らかい」PCP/MOFであり、ゲート型吸着剤の一種。

CuFB
化学式[Cu(fumarate)(trans-bis(4-pyridyl)ethylene)0.5]nで表される「柔らかい」PCP/MOFであり、ゲート型吸着剤の一種。



【お問い合せ先】
研究に関する問い合わせ先
平出翔太郎(ひらいでしょうたろう)
京都大学大学院工学研究科化学工学専攻
 TEL:075-383-2672
 FAX:075-383-2652
 E-mail:hiraideatcheme.kyoto-u.ac.jp

渡邉哲(わたなべさとし)
京都大学大学院工学研究科化学工学専攻
 TEL:075-383-2672
 FAX:075-383-2652
 E-mail:nabeatcheme.kyoto-u.ac.jp

河口彰吾(かわぐちしょうご)
高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
 TEL:0791-58-2785
 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kawaguchiatspring8.or.jp

報道に関する問い合わせ先
国立大学法人京都大学
総務部広報課 国際広報室
 TEL:075-753-5729
 FAX:075-753-2094
 E-mail:commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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