大型放射光施設 SPring-8

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コバルト、ニッケルフリーの高性能リチウムイオン電池正極材料を創発 ~マンガン系材料への非金属元素導入による長寿命化・高容量化を実証~(プレスリリース)

公開日
2024年03月06日
  • BL16XU(サンビームID)
  • BL33XU(豊田)

2024年3月6日
株式会社 豊田中央研究所

【 研究のポイント 】
LiBの正極材料として、資源の持続可能性の観点でリスク※1のあるコバルト、ニッケルを使用せず、資源の制約が少ないLiMn酸化物(無秩序岩塩型※2)の結晶構造を制御することで、長寿命化と高容量化を実現できることを試験電池にて実証しました。
● 長寿命化:結晶格子間のすき間(図1左)に非金属元素のホウ素を導入することで、結晶構造が安定化し、繰り返し使用後にも容量維持を実現
● 高容量化:同様にリンを低濃度で導入することで、リチウムイオンの吸蔵・放出量が増え(図1右)、高エネルギー密度を実現

 株式会社 豊田中央研究所は、リチウムイオン二次電池(以下、LiB)の正極材料としてリチウムマンガン(以下、LiMn)酸化物に注目し、非金属元素の導入により性能を向上させることに成功しました。非金属のホウ素やリンを導入することで、それぞれ長寿命化と高容量化の効果があることを実証しました。この研究成果は、John Wiley & Sonsの論文誌「Advanced Energy Materials(オンライン、インパクトファクター:29.698)」に2023年10月17日に掲載されました。(DOI: 10.1002/aenm.202301843

【論文情報】
タイトル:Activation and Stabilization of Mn-Based Positive Electrode Materials by Doping Nonmetallic Elements
掲載誌:Advanced Energy Materials(オンライン版10月17日)
著者:馬原優治*1、岡秀亮*1、野中敬正*1、小坂悟*1、高橋(武市)直子*1、近藤康仁*1、牧村嘉也*1
*1: 豊田中央研究所
DOI:https://doi.org/10.1002/aenm.202301843

図1

図1 左:無秩序岩塩型のLiMn酸化物の結晶構造。格子間のすき間に非金属元素(ホウ素、リン)を導入する微細構造制御を行う。
右:リン(P)を導入した場合の構造。リチウムイオン(Li)を多く保持すること(高容量化)ができるようになる。

< 背景 >
 自動車の電動化への進展に伴い、駆動用のLiBには高性能化だけでなく、さらなるコストの低減や安定供給が期待されています。
 その一方で、高性能LiBの正極材料に広く用いられているコバルト、ニッケルは、金属資源の持続可能性のリスク※1があり、安定供給できる材料への代替が期待されています。
 現在、上記リスクが少ない正極材料の1つとして、マンガン(以下、Mn)系材料があります。しかしながら、一般的なLiMn酸化物は、コバルト、ニッケルを正極材料とした高性能電池に比べて、容量が低く寿命が短いのが現状です。このような背景から、資源的制約が少なく、かつ高性能電池に匹敵する特性が得られる正極材料の実現が強く望まれてきました。
 近年、LiMn酸化物のうち、無秩序岩塩型構造のものは、結晶内部の微細構造をうまく制御することでLiイオンの通り道が出現し、かつ高容量が得られることが分かってきました。
 そこで当社の研究チームは、無秩序岩塩型のLiMn酸化物に着目し、微細構造を制御することで性能を向上させる研究を行うとともに、そのメカニズム解明のために、大型放射光施設SPring-8※3 BL33XU豊田ビームラインにおいて、充放電に伴う微細構造変化の「その場測定」の技術開発を行ってまいりました(その他、BL16XUサンビームも解析に使用)。

<研究内容と成果 >
 本研究では、無秩序岩塩型LiMn酸化物の微細構造制御として、図1に示す格子間のすき間に小さな非金属元素(ホウ素、リンなど)の導入を行いました。
 その結果、図2右に示すように、ホウ素を導入することで、微細構造が安定化して繰り返し使用後にも高容量が維持される「長寿命化」の効果を、低濃度のリンを導入することで、格子間のすき間が制御され、リチウムイオンの移動・吸蔵が増えて(図1右)、高性能のLiBに匹敵する高エネルギー密度化を実現する「高容量化」の効果(図2左)を明らかにしました。

図2

図2 ホウ素、リン導入による微細構造制御の効果。

左:リンを導入した場合は、鉄系、ニッケル系の正極材料と比べて初期放電が高容量化している。

右:ホウ素を導入した場合は、繰り返し使用後も高容量が維持されている。
さらにSPring-8にて正極材料の微細構造変化を解明し、構造制御のための非金属元素導入の指針を提案しました。これら新材料を正極に用いた小型のラミネート型LiBを作製し、非金属元素導入による長寿命化、高容量化を実証しました。

<本研究の意義、今後への期待 >
 これまでLiBの正極材料は、母体となる金属元素を他の金属元素で置き換えることによる改良が検討されてきました。しかし本研究にて、正極材料の長寿命化、高容量化に非金属元素(ホウ素、リン)の導入が有用であることを明らかにしました。さらに、微細構造変化の解明により材料設計指針を提案しました。
 その一方、電池性能は正極、負極、電解液の各材料の組合せ、マクロ・ミクロ構造の制御により決まります。従って、実際に電池を組み上げて性能実証することが非常に重要です。今回、非金属元素を導入した無秩序岩塩型LiMn酸化物のLiBを作製し、その性能向上を実証することに成功しました。
 さらに、正極材料に用いる金属元素は単一(モノメタル)であれば分別が容易なことから、LiBのリサイクル促進につながります。今回検証した正極材料はMn系のみで構成されており、コバルトとニッケルの不使用、長寿命と高容量の両立だけでなく、リサイクルしやすい特長を持つLiBの実現が期待されます。


【用語解説】

※1. 金属資源の持続可能性のリスク
石油などのエネルギーや金属などの産業上重要な原料が、需要の増大に対して供給が追いつかなくなること。電池に用いる金属資源では、高性能LiBの正極材に広く用いられているコバルト、ニッケルがあげられます。
< コバルト >
レアメタルの一種。2021年の世界全体のコバルト生産量は17万トン。生産量が少なく、生産国が偏在しています。
< ニッケル >
レアメタルの一種。2021年の世界全体のニッケル生産量は約269万トン。生産国が偏在しています。
< マンガン >
レアメタルの一種。2020年の世界全体のマンガン鉱石の生産量は約7,000万トン。マンガン酸化物は古くから乾電池、リチウム一次電池に用いられている、資源的制約の比較的少ない金属元素です。
出展:独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC) 鉱物資源マテリアルフロー
出版物・レポート一覧|JOGMEC金属資源情報

※2. 無秩序岩塩型構造(図3):
塩化ナトリウム型の結晶構造の1つで、緩く膨張する格子骨格を持ちます。結晶格子間に非金属元素のリンを導入すると格子間が膨張し、リチウムイオンを多く含むようになります(図1右参照)。

図3

図3 無秩序岩塩型構造の例

※3. 大型放射光施設(SPring-8)
SPring-8は、世界最高性能の放射光(荷電粒子が磁場で曲げられるとき、その進行方向に放射される電磁波)を利用することができる大型実験施設です。国内外の研究者に広く開かれた共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの分野で優れた研究成果をあげています。SPring-8 Web Site



《問い合わせ先》
株式会社 豊田中央研究所
総合企画・推進部 広報室
https://www.tytlabs.co.jp/contact/toiawase.html

(SPring-8 / SACLAに関すること)
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
 TEL: 0791-58-2785 FAX: 0791-58-2786
 E-mail: kouhou@spring8.or.jp

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