大型放射光施設 SPring-8

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木材が曲がる瞬間をナノ・ミクロの世界で初めて観察!―放射光で明かされたマルチスケール構造変化―(プレスリリース)

公開日
2025年07月25日
  • BL40B2(SAXS BM)

2025年7月25日
京都大学

【研究のポイント】

・木材にマクロな変形を与えたときのミクロ・ナノ構造の変化の検出に世界で初めて成功した。
・木材の曲げで生じる引張・圧縮ひずみに伴うミクロクラック発生・細胞圧密がそれぞれ検出された。
・引張・圧縮ひずみに伴うセルロースミクロフィブリル※1の間隔の増加・減少がそれぞれ検出された。

木材を大きく曲げると、肉眼では見えないナノ~ミクロスケールの構造にどのような変化が起きるのでしょうか。この度、京都大学生存圏研究所の田中聡一助教・今井友也教授、京都府立大学大学院生命環境科学研究科の神代圭輔准教授、産業技術総合研究所マルチマテリアル研究部門の堀山彰亮研究員らの研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」で行った小角X線散乱(SAXS)と広角X線回折(WAXD)による「その場観察」で、木材が曲がる瞬間のナノ・ミクロ構造の変化を世界で初めて捉えました。木材を曲げると、凸側(外側)は引っ張られて伸び、凹側(内側)は圧縮されて縮みます。得られたSAXSデータをフィンランド・Aalto大学(現Jyväskylä大学)のPenttilä博士が開発した「WoodSASモデル※2」で解析した結果、引っ張られた外側では微小なクラック(ひび割れ)が発生し、圧縮された内側では細胞が圧密化(細胞が密集して密度が高くなる現象)することが検出されました。同時に、細胞壁を構成するセルロースミクロフィブリル同士の距離(数ナノメートル)が、引っ張られることで広がり、圧縮されることで狭まることも検出されました。この成果は、外力によって木材のナノ・ミクロ構造を制御する新たな可能性を示すものであり、革新的な木質系材料の開発や木材加工技術の向上に貢献するとともに、地球上最大規模のバイオマス資源である木材のさらなる有効活用にもつながると期待されます。
本研究成果は、2025年7月2日に国際学術誌『Carbohydrate Polymers』(Elsevier出版)でオンライン公開され、同月10日に正式版が公開されました(現地時間)。

論文情報
雑誌名: Carbohydrate Polymers
題名 :In-situ synchrotron SAXS/WAXD analysis for tracking the change in multiscale structure of wood during macroscopic flexural deformation
著者:田中聡一1*、神代圭輔2、堀山彰亮3、今井友也1
所属:1) 京都大学 生存圏研究所(*Corresponding author)、2) 京都府立大学大学院 生命環境科学研究科、3) 産業技術総合研究所 マルチマテリアル研究部門
DOI:10.1016/j.carbpol.2025.124000

【背景】

木材は、目に見える大きさから顕微鏡でしか見えないナノレベルまで、非常に複雑な階層的構造を持っています。この多様な構造が木材の強度や柔軟性といった機械的性質を決めています。木材を効率的に加工することに加え、優れた性能をもつ木質系材料を開発するためには、これらの構造が変形時にどのように変化するかを詳しく理解することが重要です。しかし、これまでの研究では、マクロな変形に伴うナノ~ミクロスケールの構造変化を同時に直接観察することが困難でした。
一方で、近年では放射光施設を利用したX線による散乱・回折測定(SAXS/WAXD)が材料科学分野で広く用いられており、木材の微細な構造解析にも利用されています。この技術ではオングストロームから数百ナノメートルオーダーの構造解析が可能であるとされてきました。しかし、SAXSやWAXDにはそれらの構造が集まってできたより大きなミクロンオーダーの構造までが全て影響します。近年、フィンランド・Aalto大学(現Jyväskylä大学)のPenttilä博士らは木材のSAXSのデータより構造情報を求める「WoodSASモデル」を提案し、このモデルが木材のナノ~ミクロ構造変化を適切に評価できることを明らかにしました。そこで、本研究では、SAXS/WAXD測定を木材が変形している最中に行い、SAXSのデータをWoodSASモデルで解析することで、マルチスケールな階層構造がどのように変化するかを明らかにすることを目的としました。


図1. 木材のマクロな曲げ変形とそれに伴うミクロ構造・ナノ構造の変化


【研究の成果】

SPring-8のBL40B2ビームラインの高輝度X線を用いて、飽水状態※3の木材に曲げ変形を与えながらSAXS/WAXD同時測定を行い(図1)、木材中のナノ~ミクロ構造のその場観察を行いました。そのために、水中で木材を曲げながらX線を通す特殊な治具を作製してSPring-8に持ち込みました。木材を曲げると、凸側(外側)は引っ張られて伸び、凹側(内側)は圧縮されて縮みます。得られたSAXSデータから引張と圧縮によって細胞の形状が変化することが示唆されました。また、SAXSデータをWoodSASモデルで解析することにより、細胞壁を構成するセルロースミクロフィブリルどうしの距離が引張によって増加し、圧縮によって減少することが示唆されました。さらに、圧縮による圧密化の際に細胞壁が折りたたまれることが示唆され、引張によって微小なクラックが生成することも示唆されました。一方、WAXDのデータから評価されるセルロース結晶の格子間隔や結晶サイズに大きな変化は認められませんでした。これらのことから、十分に水分を含んだ木材の変形は、主にセルロースミクロフィブリル周辺のマトリクス成分※4が担うことが示唆されました。

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

本研究によって、木材が曲げられた際のナノ~ミクロスケールでの構造変化を世界で初めて詳細に検出できました。一方で、今回用いた解析モデルには木材の構造を反映しきれていない部分も残っています。今後、一層データを蓄積して新たなモデルを構築することで、検出精度を向上させるだけでなく未知の構造変化を明らかにしていくことが課題です。
この研究は、木材をナノ・ミクロスケールで制御する新技術につながる可能性があり、次世代の革新的な木材加工技術や新素材の開発への応用が期待されます。今後は、さらに多くの樹種や加工条件について構造変化を詳しく調べることで、木材利用の新たな可能性を広げていきます。

【研究助成】

京都大学生存圏研究所のミッション4・生存圏科学研究およびJSPS科研費(課題番号25K02072)の支援を受けて実施されました。


【用語解説】

※1. セルロースミクロフィブリル
木材細胞壁の主成分で、強度や柔軟性を与えるナノスケールの繊維状構造。

※2. WoodSASモデル
フィンランドのPenttilä博士が開発した、SAXSデータから木材の構造を解析するためのモデル。

※3. 飽水状態
木材が水分を最大限に含んだ状態で、細胞内腔(細胞内部の空間)がすべて水で満たされ、細胞壁が十分に膨潤し、それ以上水を吸収できない状態。

※4. マトリクス成分
セルロースミクロフィブリル間を埋めるヘミセルロースやリグニンなどの物質。



本件に関するお問い合わせ先
(研究に関するお問い合わせ先)
京都大学生存圏研究所 助教 田中 聡一

(報道に関するお問い合わせ先)
京都大学広報室国際広報班
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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