オオムギのアルミニウム耐性を担うクエン酸輸送体の構造的基盤を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年08月10日
- BL41XU(生体高分子結晶解析 I)
2025年8月10日
(2025年8月5日 岡山大学プレスリリース)
岡山大学
・オオムギの根からクエン酸を分泌し、酸性土壌※1でのアルミニウム毒性を緩和するクエン酸輸送体AACT1タンパク質について、これまで不明だった立体構造を解明しました。
・この構造解析により、クエン酸を輸送する仕組みも明らかになりました。
・本成果は、AACT1タンパク質の働きを応用すれば、安定して収穫できる作物の開発に役立つことが期待されます。
岡山大学学術研究院先鋭研究領域(異分野基礎科学研究所)の菅倫寛教授の研究グループは、同領域(資源植物科学研究所)の馬建鋒教授、三谷奈見季准教授、同領域(異分野基礎科学研究所)の篠田渉教授、浦野諒助教(特任)らと共同で、オオムギ由来のクエン酸輸送体AACT1タンパク質の立体構造を明らかにしました。この立体構造の解析から、AACT1がクエン酸を放出する仕組みの構造的基盤が解明されました。
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本研究は、彼女の粘り強い努力と、共同研究者の多大な支援のもとで実現された成果です。
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菅教授 |
<現状>
土壌の酸性化は、世界中の作物生産に深刻な影響を及ぼす広範な問題です。耕作可能な土地のおよそ30〜40%が酸性土壌であり、その主な原因として、降雨、肥料施用、有機物の分解、農作物の収穫などが挙げられます。特に日本は多雨な気候のため、土壌中のカルシウムやマグネシウムなどの塩基が雨水により流出しやすく、酸性化が進行しやすい傾向があります。酸性土壌ではアルミニウムがイオン化し、植物の根に吸着してその成長を阻害します。
一方で、酸性土壌に適応し、その環境ストレスを緩和するように進化した植物も存在します。オオムギはイネや小麦と比べて酸性土壌での生育が難しいとされていますが、一部の品種では、根からクエン酸を分泌することでアルミニウムの毒性を軽減し、生育を可能にしています。オオムギは古くから世界各地で栽培されてきた作物であり、ビールや味噌の原料として私たちの生活に欠かせません。
これまで馬教授のグループは、特定のオオムギ品種がアルミニウムイオンを感知すると、これを無毒化するためにクエン酸を根から放出し、クエン酸がアルミニウムと結合することで、生育阻害を回避することを明らかにしてきました。また、このクエン酸の放出には、AACT1(Al-Activated Citrate Transporter 1)と呼ばれるアルミニウム活性型クエン酸輸送体タンパク質が関与することも、同グループによって発見されています。しかし、これまでAACT1タンパク質の立体構造は明らかにされておらず、クエン酸放出の分子メカニズムは不明でした。
オオムギ由来のクエン酸輸送体AACT1の立体構造を、X線結晶構造解析※2という手法により3.2 Å(1 Å = 1×10-10 m)の解像度で決定し、その構造的基盤を明らかにしました。解析の結果、AACT1タンパク質はアルファベットのV字型をした構造をもち、細胞の外側に大きく開いた状態をとっていました。輸送体の中央には大きなくぼみが形成されており、その内側には一方に正電荷、他方に負電荷が分布していました(図1)。
クエン酸は負の電荷をもつため、この正電荷を帯びた領域に引き寄せられ、結合した後、細胞外へと輸送されると考えられました。加えて、くぼみの負に帯電した領域は、輸送体の動作に必要な正電荷をもつ水素イオンを引き付けている可能性も示されました。
この仮説を検証するため、クエン酸が結合すると考えられるアミノ酸を人為的に変異させたところ、その部位がクエン酸の効率的な輸送に不可欠であることが明らかになりました。さらに、理論化学計算によっても、その部位にクエン酸が結合することが裏付けられました。
細胞膜を介した物質の輸送は、生物学における基本的かつ重要な研究テーマです。本研究は、AACT1の立体構造を初めて明らかにしただけでなく、クエン酸の輸送において、構造中の正電荷および負電荷を巧みに利用する仕組みを示した、初の報告となりました。
なお、本研究の回折実験は、大型放射光施設SPring-8(BL41XU)にて実施しました。
土壌の酸性化は、作物生産において世界的な課題であり、主な原因はアルミニウムのイオン化による植物根への吸着と、それに伴う成長阻害です。
一方で、植物は進化の過程でアルミニウム耐性を獲得し、酸性土壌に適応してきました。AACT1タンパク質のように、アルミニウム耐性に関与するタンパク質の立体構造と機能の詳細を解明することは、酸性土壌でも健全に育つ作物の開発に直結する重要なステップです。
この知見は、農業の持続可能性向上や食糧安全保障の強化に資するものであり、今後の品種改良や農地利用の最適化において大きな社会的意義を持つといえます。
本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「特別推進研究」(課題番号:JP16H06296)、「基盤研究S」(課題番号:JP21H05034)、「基盤研究B」(課題番号:JP23K27143)、JST・創発的研究支援事業JPMJFR230W、日本学術振興会・論博事業等の支援を受けて実施しました。
【用語解説】
※1. 酸性土壌
土壌中の水素イオン濃度を示す指標であるpHにおいて、7.0より小さいものを酸性、7.0を中性、7.0より大きいものをアルカリ性と定義される。土壌のpHが5.5以下になると、土壌中のアルミニウムがイオン化して溶出し、土壌微生物の活動や作物の生育に悪影響を及ぼす。日本の土壌の多くは黒ボク土であり、アルミニウムを多量に含むことに加え、多雨な気候のためにカルシウムやマグネシウムといった塩基が雨水によって流亡しやすく、酸性化が進行しやすい特徴がある。このような背景から、酸性土壌は日本における農作物の生産を制限する重要な要因の一つとなっている。
※2. X線結晶構造解析
原子と原子との結合距離は1 Å(1 Å = 1×10–10 m)程であり可視光(400-800×10–9 m)よりもはるかに短いため、光学顕微鏡で拡大して観察することができない。このため、分子の形を詳細に観察するために、分子を結晶化して可視光よりも波長の短いX線を照射することで立体構造を決定するX線結晶構造解析という手法が用いられている。
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