“氷を制御するタンパク質”が乾燥から細胞を守ることを発見 線虫を用いて、生体保存技術への応用につながる新たな細胞保護機能を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2026年06月02日
- BL43IR(赤外物性)
2026年6月2日
茨城大学
高輝度光科学研究センター
東京大学大学院新領域創成科学研究科
北海道大学
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茨城大学学術研究院応用理工学野の倉持昌弘講師らの研究グループは、氷の成長を制御する「氷晶結合タンパク質」が、氷のない乾燥ストレス条件でも細胞を保護することを、線虫 C. elegans を用いて明らかにしました。本研究では、高活性氷晶結合タンパク質 TisIBP8 を発現する線虫が、乾燥処理後に野生型線虫より高い生存率を示すことを確認しました。また、筋細胞の損傷が抑えられること、さらに放射光赤外顕微分光を用いた解析からは乾燥に伴う細胞膜脂質構造の乱れが軽減されることを示しました。これらの成果は、氷晶結合タンパク質の機能が、従来知われていた凍結・低温保護にとどまらず、細胞膜の安定化を介した脱水ストレス保護にも広がる可能性を示すものです。将来的には、細胞、組織、生体試料の保存技術の高度化に貢献することが期待されます。この成果は、2026年5月21日付で「FEBS Open Bio」に掲載されました。
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下瀬 大輝 茨城大学大学院理工学研究科博士前期課程(研究当時)
尾崎 晃太郎 茨城大学大学院理工学研究科博士前期課程
栗山 稜平 茨城大学大学院理工学研究科博士前期課程(研究当時)
池本 夕佳 公益財団法人高輝度光科学研究センター 分光イメージング推進室 主席研究員
三尾 和弘 国立研究開発法人産業技術総合研究所 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 単一状態計測チーム ラボチーム長(研究当時)
佐々木 裕次 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授
新井 達也 北海道大学大学院先端生命科学研究院 助教
津田 栄 北海道大学大学院先端生命科学研究院 学術研究員
新海 陽一 国立研究開発法人産業技術総合研究所細胞分子工学研究部門細胞未病エンジニアリング研究グループ 研究グループ長
倉持 昌弘 茨城大学学術研究院応用理工学野 講師
■背景
氷晶結合タンパク質は、氷の表面に結合して氷結晶の成長や再結晶化を制御するタンパク質であり、魚類、昆虫、植物、菌類など、さまざまな生物で見つかっています。氷晶結合タンパク質はこれまで主に凍結環境で生物を保護する分子として研究されてきました。一方で近年では、この氷晶結合タンパク質が、氷の存在しない低温条件でも細胞を保護する可能性が報告されており、その作用には細胞膜の安定化が関係すると考えられています。細胞膜は、凍結、乾燥、浸透圧変化などのストレスによって構造が乱れやすく、細胞の生死に大きく関わる重要な構造です。そこで本研究では、氷晶結合タンパク質が、凍結だけでなく乾燥ストレスに対しても細胞を保護できるのではないかと考え、モデル生物である線虫Caenorhabditis elegansを用いて検証しました。
■研究手法・成果
研究グループは、高活性の菌類由来氷晶結合タンパク質 TisIBP8 を筋細胞で発現する線虫を用い、乾燥ストレス後の生存率、運動機能、筋細胞の損傷、細胞膜構造の変化を評価しました。乾燥処理後に水を加えて再水和し、生存率を調べたところ、TisIBP8 を発現する線虫では、野生型線虫と比べて生存率が有意に高くなりました。特に 20分および30分の乾燥処理で保護効果が認められました。一方で、40分の強い乾燥処理では両者とも生存が確認されず、TisIBP8 の効果は強い乾燥耐性を与えるものではなく、乾燥による細胞ダメージを部分的に軽減するものと考えられました。次に、筋細胞の細胞核を蛍光タンパク質で可視化して解析したところ、TisIBP8 を発現する線虫では、乾燥後も検出可能な筋細胞核がより多く保持されていました。これは、TisIBP8 が乾燥による筋細胞の構造的損傷を抑えることを示しています。さらに、大型放射光施設SPring-8 の BL43IR において、放射光赤外顕微分光を用いて線虫体内の膜脂質構造を解析しました。その結果、野生型線虫では細胞膜脂質に由来する赤外吸収スペクトルが乾燥後に大きく変化したのに対し、TisIBP8 発現線虫ではその変化が小さく抑えられていました。これにより、TisIBP8 が乾燥ストレス下で細胞膜構造を安定化している可能性が示されました。
■今後の展望
本研究により、氷晶結合タンパク質は氷結晶の成長を制御するだけでなく、細胞膜を安定化することで乾燥ストレスによる細胞損傷を軽減する可能性が示されました。凍結保存では、氷結晶による物理的損傷だけでなく、凍結に伴う水分移動や浸透圧変化によって細胞が脱水状態にさらされることも大きな問題です。そのため、本研究で明らかになった「膜安定化による脱水ストレス緩和」は、凍結保存の新しい理解にもつながる可能性があります。今後は、氷晶結合タンパク質がどのように細胞膜と相互作用するのかを分子レベルで明らかにするとともに、細胞、組織、臓器、微生物など、さまざまな生体試料の保存技術への応用可能性を検討していきます。
■研究助成等
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ACT-X(JPMJAX22B7)、日本学術振興会(JSPS)科研費(25K01630、25K22444、24K17826)の支援を受けたものです。
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