中途半端な価数の新化合物の物性・構造を明らかに ~物質の電磁気的性質の理解に役立つ発見~(プレスリリース)
- 公開日
- 2026年06月04日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL12XU(NSRRC ID)
2026年6月4日
大阪公立大学
高輝度光科学研究センター
理化学研究所
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<概要> 論文情報 |
<ポイント>
①バリウム(Ba)以外の+2価の金属を用い、金属フラーレン化合物の構造と物性を調べた。
②フラーレンにドープ※2 できる金属元素のうち、原子の大きさが最も小さい希土類金属イッテルビウム(Yb)を用いることで、体積を小さくできた。また、その結晶構造の変化を観察することに成功した。
③物性については、超伝導は発現しなかったが、広い温度範囲で金属として振る舞うことが判明した。

<研究者コメント>
この論文は私が博士前期課程在籍中に自力で着想し、博士後期課程まで続けた研究成果の一部です。『この方法ならうまくいくだろう』と考えて、予想通りになった事・まったく予想しなかった事の両方が含まれる、研究の面白さが凝縮されたテーマでした。未発見の新物質を自力で合成する物質科学の醍醐味を成果として発表でき、大変うれしく思います。
<研究の背景>
60個以上の炭素原子が集まってできるフラーレンという分子は、ボール型の構造をしており、さまざまな性質があります。例えば、固体のフラーレンC60とアルカリ金属を高温で反応させると、結晶の間隙にアルカリ金属が入っていく現象であるドーピング※3やインターカレーション※4が起きます。このとき、アルカリ金属は電子を周りに渡しやすい性質になり、フラーレンは電子を受け取りやすい性質になるため、アルカリ金属からフラーレンに電子が移動します。これを電荷移動といい、アルカリ金属をたくさんドープすると、フラーレンが持つ電子の数も増えます。
このような金属とフラーレンの化合物は超伝導を示すなどの性質があります。ドーパント※5の大きさ・価数・数によって結晶構造と物性が劇的に変化することから、発見以来30年以上にわたり研究が続けられてきました。C60は12個まで電子を受け取ることができ、どの価数がどのような性質を示すのか、大まかには調べられてきましたが、組成式A5C60で表される物質が存在しないため、-5価状態のC60からなる金属フラーレン化合物はこれまでほとんど研究されてきませんでした。しかし、アルカリ土類金属のバリウム(Ba)と一緒にドープすることで、唯一Ba2AC60という物質のみ-5価状態を実現できていました。ただし、金属フラーレン化合物では、価数が同じでも結晶の体積が変わると物性も変化することが知られています。Ba2AC60は体積がアルカリ金属の大きさによってほとんど変化しないため、-5価状態のフラーレンの詳しい物性は明らかになっていませんでした。
<研究の内容>
本研究では、Ba以外の+2価の金属を用い-5価状態のC60からなる金属フラーレン化合物の構造および物性を調べました。フラーレンにドープできる金属元素は化学的性質から数種類に限られているため、その中で原子の大きさが最も小さい希土類金属イッテルビウム(Yb)をBaの代わりに用いることで体積の制御範囲を拡大できると考えました。その結果、体積を小さくするという目的が達成でき、同時に予想していなかった結晶構造の変化も観察されました。これは、大型放射光施設SPring-8※6のビームラインBL02B2における放射光粉末回折実験やOak Ridge National Laboratoryにおける中性子回折実験により、C60分子の五員環※7がYb原子の方を向いており、同時にC60分子が結晶軸から少し傾いた状態であることが明らかになりました。
また、SPring-8のビームラインBL12XUにおけるX線吸収分光法により、ドープしたYbの価数は室温でほぼ純粋な+2であることが明らかになりました。他の希土類フラーレン化合物においては+2.2程度の“中途半端な価数”を取ることが知られていることから、本結果は価数揺動※8の研究に重要な情報を与えます。
さらに、物性に関しては、超伝導は発現しませんでしたが、広い温度範囲で金属として振る舞うことを実験で確認しました。これは 電子間の強い反発が超伝導のカギとなる -3 価のフラーレン化合物とは異なる性質ですが、 伝導帯のバンド※9の幅Wと電子間の反発の強さUが同程度の強さであることが主な理由であることを、密度汎関数理論※10による計算と実験結果を照らし合わせることで明らかにしました。
<期待される効果・今後の展開>
本研究は、これまでに数例しか報告のない-5価状態の金属フラーレン化合物において、世界で初めて結晶格子体積を変化させることで、バンド構造の制御に成功し、また結晶構造と電子物性について詳細に明らかにしました。これらは、金属フラーレン化合物を含む、強相関電子系物質※11 の電気的・磁気的な振る舞いを理解するためのマイルストーンとして重要な情報を与え、将来的には超伝導物質の設計指針につながります。また、副次的な発見として、通常+3価であるYbイオンが、Yb2CsC60中でほぼ+2価となる物質であることが明らかになりました。さらに、炭素という地球上にありふれた元素で作る機能性材料としても将来的な応用が期待されます。
<資金情報>
本研究は、次世代研究者挑戦的研究プログラム事業(JPMJSP2139)、科学研究費補助金(JP21H01907、JP22K18693、JP23KJ1843)の支援を受けて実施しました。
【用語解説】
※1 フラーレン
建築家のバックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)にちなみ名付けられた、球状の分子。サッカーボール型のC60のほか、C70やそれ以上の炭素数をもつ無数の高次フラーレンが存在する。
※2 ドープ
材料の性質を変化させる目的で、母材に対して少量の異種成分を添加すること。
※3 ドーピング
物質に別の元素や分子を添加すること。
※4 インターカレーション
ここでは、結晶中の分子の隙間に原子を挿入すること。
※5 ドーパント
ドープ(ドーピング)で添加する異種成分のこと。金属フラーレン化合物では、金属がこれに相当する。
※6 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※7 五員環
5つの原子が環状に結合した構造のこと。
※8 価数揺動
希土類などの一部の元素は、複数の価数状態が共存することがある。例えば、ある物質中で70%が+2価、30%が+3価で存在する場合、その元素の価数を平均して+2.3と表す。温度や圧力など、環境によって価数が変化すると物性も変化する。
※9 バンド
原子が集まって結晶を形成するとき、電子がとりうるエネルギー準位が帯(バンド)状に分布する構造のこと。
※10 密度汎関数理論
物質中の個々の電子の位置ではなく、密度を用いて計算する手法。
※11 強相関電子系物質
電子間の反発エネルギーの影響が物性に強く表れる物質群。液体窒素で冷やせる温度で超伝導体になる銅酸化物など、高温超伝導体の多くがこれに属する。
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